神子だろうが、なにもかも捨てて俺は逃げる。

白光猫(しろみつにゃん)

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第四十一話 夜が始まりました。※R18表現あり

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「んんっ……んぅ……やめっ」

 歯を食いしばる間もなく、無遠慮にオスカーの舌が押し入ってきた。
 逃げようとする舌はあえなく絡め取られ、口づけは執拗に深くなっていく。

 男の熱い舌先が淫猥な動きで、俺の口中をこすったり、なぞりあげていくたびに、弱い電流が背中に走って、ビクビクと肢体が揺れてしまう。

 吐息ごと奪われる濃厚すぎるキスに、抵抗らしい抵抗も出来ない。
 ただただ奪われ、むさぼられ続ける。

「……はっ……んっ…」

 ずっと片手で頭を固定されたまま、舌を捻じ込まれて快感を探られる。
 合わさった唇が角度を変えれば、どちらのものともつかない唾液が、顎にまで伝わっていった。

 ――こんなに激しいキスは知らない。
 ――こんなにギラギラとしたオスカーを……俺は知らない。


 恐怖を感じて、たまらず男の胸を叩く。

 痺れたようにまるで手に力が入らなかったが、オスカーはそれに応えるように、ようやく顔を離してくれた。その際に、二人の唇を結ぶようにして銀糸がひいたのを、俺の唇ごとぞろりと舐めとっていく。

「……はあっ、……ふっ」

 脳に霞がかかり、息を整えるだけで精いっぱいの身体は、そのまま抱きかかえられるようにして寝台の中央へと運ばれた。
 慌てて身をよじっても、オスカーに伸し掛かられて、全く身動きが取れない。

「カルス様。あなたは先程、その身体を持て余していると言いましたね」
「……んっ……やめろっ!」
「だったら俺が、最奥まで暴いてえぐって引きずりだしてやります。本当のあなたを教えてあげる」

 低く囁きながら、敏感な耳朶を舐めしゃぶられた。
 片耳だけに響く動物的でみだらな水音に、急激に体温が跳ね上がってしまう。

「このっ……、ふざけ……んな……」
「そんなに暴れないでください。契約違反ですよ。ほらもう一度、口を開けて」
「……や。やだっ……んくっ!」

 顎を掴まれ、再度強引に口づけられる。
 また歯列を割って舌を捻じ込まれそうになり、噛んでやろうかと思ったが、出血や痛みを想像するだけで、心臓がキュッとなる。俺には無理だ。

「ん……んぅ……はっ……」
 
 ヌメヌメとした熱い舌先が、生き物のように激しく口内を蹂躙していく。

 快楽を探り当てられては重点的に掘り起こされてしまい、すごく嫌なのに、肌が泡立つような感覚がせり上がってくる。そのたびに、相手に知らせるように腰が跳ねてしまうものだから、悔しくて恥ずかしくて泣きたくなる。
 唇が少し離れるたびに、掻き混ぜられた唾液をなんとか飲みこみ、息を吸ったら、また唇が重ねられる。

 そうして意識が朦朧となったところで、仕上げとばかりに舌を強く吸い上げてから、気配は離れていった。

 そろりと目を開ければ、オスカーが笑みを浮かべて見つめていた。

 その顔に文句のひとつも投げつけたかったが、キスから解放された身体は、薄い胸を上下させるだけで、なかなか声を発することが出来ない。

 いつも冷たいはずのオスカーの美貌が、少し熱をはらんで男の色香をまとっている。濡れた唇に自然と目がいってしまい、あまりの気恥ずかしさに慌てて視線をそらした。

「睫毛に涙が絡まってますね。そんなに泣くほど嫌でしたか?」
「……」
「それとも、泣くほど気持ちよかった?」
「……っ! 違う! すっごく気持ち悪かった!」
「それは残念です」

 オスカーは余裕の表情で、上機嫌に目を細めている。

 うう~顔が熱いっ! めちゃくちゃ腹が立つ!
 たぶん今の俺は、あまりにも刺激的すぎたキスの余韻で、目がうるんで顔も真っ赤だと思う。それが分かって聞いてくるんだからタチが悪い。

 ……こいつやっぱりセックスに慣れてる。

 わかってたけど。
 わかってたつもりだったけど……。

 経験値の差をこれでもかと叩きこまれて、俺の男としてのプライドは、もうボロッボロのボロ雑巾状態だ。
 キスだけで足腰が立たなくなるなんて、そんなの小説や漫画の中だけの過剰表現だと思ってたのに、それがいま現実となってしまってる。どうしようっ!

 一刻も早くこの男から逃げ出したいのに、家族も家もとうに奪われている。


「今夜はたくさん奉仕させていただきますよ。あなたが気持ちよくなれるまで、たっぷりとね」


 いま俺が逃げこめる場所は……

 どこにも無い。
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