神子だろうが、なにもかも捨てて俺は逃げる。

白光猫(しろみつにゃん)

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第四十話 夜が来ちゃいました。

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 あれから何事もないまま暇を潰し、いつの間にか夜も更けていた。

 夕飯を終えて歯を磨いて、風呂にも入って……あとは寝るだけ。
 ただし、寝る前のお祈りは相変わらず無しだ。
 そういえば、大神殿に来てまだ一回もお祈りポーズさせられてないなあ……黒神子がこんなんでいいのかね? まあどうでもいいか。

 やれやれ、今日は気詰まりな一日だった。
 でも、結果はともかくエイデン王子には自分の気持ちを伝えられたし、アーチーや老師とも前向きな話が出来た。
 変態ロリコンな王様にも会わずに済んだ。三つ子に楽しく折り紙も教えられた。
 一日にそれだけ成果があっただけでも良しとしよう。なんでもポジティブに考えなければやってられん。

 せめて良い夢が見られますように。
 お布団被っておやすみなさ~い。

「まだ寝るには早すぎやしませんか?」

 布団から半分出ている頭を、オスカーが撫でてきた。
 キシリとベッドがきしみ、奴のリアルな存在感を俺に知らせてくる。

「……今夜はもう疲れたから眠りたい」
「笑えない冗談ですね」

 ……けんもホロロとは、このことか。

 ガバリと布団をめくって、勢いよく上半身を起こす。
 急に跳ね起きた俺に、オスカーは意表を突かれたのか目をパチクリとさせた。

「……え~と」

 いざ決意を固めたものの、なんて切り出せばいいんだ?

 オスカーは何も言わずに、こちらの言葉を待っている。
 なんだこの空気……。
 ベッドの上で、しばし見つめ合う。

 とりあえず、いまの自分の気持ちを正直に訴えて、最後のあがきをしてみよう。

「……俺は……おまえも見抜いている通り、前世で超奥手だった。女性との経験も数えるほどだ。転生してからは尚更、そういった行為をしたことがない。男にも女にもなりきれてないこの身体を、自分でもどう扱っていいのか持て余している」
「……そのようですね」
「だからもう少しだけ、気持ちを整理する時間をくれないか? いまはまだ、他人にこの身体をさらすのが怖い……。おまえが相手だからじゃない。誰に対してもそうだ」
「……」
「今回の件で、迷惑をかけたことは本当にすまないと思っている。でもこういうことはやっぱり……その……合意の上で……気持ちが整ってからの方が……」
「迷惑だなんて思っていません」

 きっぱりと強い口調で、オスカーが話しをさえぎった。

「無自覚で考えなしの行動に呆れることはあっても、迷惑だなどと感じたことは、ただの一度もありません」

 ……それって、褒めてないよね?

「あなたの言いたいことは分かりました。要は【初めてなので優しくして】と、そういうことですね?」
「ぜんっぜん違う! そんなエロ台詞に変換するな!」

 真面目に告白して損したわいっ!
 枕をむんずと掴んで、思いっきりオスカーに振り下ろしてみたが、なんなく片手で防御されてしまった。笑みまで浮かべて、余裕綽々な態度に腹が立つ。
 こっちは、いつ襲われるともしれない状況に心臓バックバクなのに!

「とんだじゃじゃ馬ですねえ。どこが違うというのです?」
「愛情の問題だっつーの! 片方の気持ちが追いついてないのに、肉体関係結んだところで、むなしいだけだろうがっ!」
「そうですかねえ。快楽から入った方が手っ取り早いんじゃないですか?」
「……いいか良く聞け、エロ司教。このままじゃ、おまえはただの強姦者に成り下がるぞ? 俺と気持ちよく交際したいなら、もっとこう……男として踏むべき段階があるだろう? まずは告白して、デ……デートに誘う、とか……手を繋ぐ……とか……さ」

 言葉尻がだんだんとしぼんでいく。
 なぜ俺はよりにもよって、自分を口説く方法をコイツに伝授してるんだ?
 でも犯られたくないし……、時間稼ぎに必死過ぎて、訳が分からなくなってきた感は否めない。

「……段階ですか。確かに」

 え? わかってくれたの?
 まさかの展開に、今度は俺の方が目をパチクリさせられた。

「いいでしょう。まずは【告白】から、でしたね」

 オスカーは柔らかく微笑むと、俺の左手をすくい取って、甲に唇を押し当てた。

「――ッ!」

 まるで物語のワンシーンのような華麗な動作に、手を引っ込めることも忘れて、つい見入ってしまう。

「……カルス様」

 艶を帯びた低音で呼ばれて、不本意にも鼓動が高鳴った。
 誰もが見惚れる水色の美しい双眸が、じっと俺のことを見据えている。

「あなたという存在に、俺はとうに狂わされています。あなたを手に入れる為なら、神を捨てて国を裏切り、地獄の業火に焼かれ続けても後悔はしない。……愛しています、カルス様。心が張り裂けそうなほど……あなただけを愛しています」

 オスカーは切なげに目を細めて、再び俺の甲に口づけた。

(……な……なんだこれ……)

 唇の感触を意識した途端、まるで導火線に火がついたように、かあっと全身に羞恥が燃え広がる。ヤバいっ! これは何やらヤバい展開だ!
 みるみる火照ってきた頬を隠したくて、俺はギクシャクと視線をそらした。

「次は【デートに誘う】でしたね。……では、この騒ぎが落ち着いた後に、ふたりで海を見に行きましょう。絵筆では表現しきれない、とても雄大な眺めですから」

(……え?)

 彼の言葉に一瞬呼吸が止まる。絵筆ってまさか……。
 えっ嘘だろう? 気づいていたのか!

 脳裏に浮かんだのは、海が描かれた一枚の風景画……。
 それは書斎の片隅に飾られた……白い額縁のなかの小さな世界。

 オスカーの部屋を訪れるたびに、自然と目がいっていたように思う。

 幼い頃から神殿に預けられ、一度も海を見たことが無い【私】にとって、その額縁の向こうに広がる景色は、とても不思議で自由な空間に思えた。
 彼とそうした会話をしたことはなかったが、そうか……冷たいようで、ちゃんと見てくれていたんだ。ちょっと嬉しい……

 ……って、いやいや、待て待てっ!
 また騙されそうになってる! あっぶねえ! 

 慌てて腕を取り戻そうとしたが、強引に手首をとられて握りこまれてしまった。
 抵抗する間もなく、オスカーの胸元へと力強く引き寄せられる。

「……なっ、離せっ!」
「そして【手を繋ぐ】と……これでおしまいでしょうか? ……いや……もうひとつ何かありましたよね? なんでしたっけ?」

 頭上から呑気な声が降ってきた。
 これまでのしおらしさとは真逆の、いつもの飄々としたオスカーの声だ。

「――苦しい! 離せって!」

 体格差があり過ぎて、いくらもがこうとビクともしない。
 あらがえばあらがう程、いっそう深く抱き込まれてしまう。

「そんなに暴れていないで、あなたも一緒に考えてください。……ああ、そうだ。……カルス様、ようやく思い出せました」

 息がかかるほどの距離で、艶やかにオスカ―が微笑んでくる。


「確か【キスする】……でしたよね?」


 そんなこと、言ってね――――っ! 


 俺の絶叫は、重ねられた唇に全て吸い込まれた。
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