神子だろうが、なにもかも捨てて俺は逃げる。

白光猫(しろみつにゃん)

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第三十四話 捨て台詞が間違っています。

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 それは羽根のように触れただけで、すぐに離れていった。
 しかし相手の気持ちが充分に伝わる……情熱的な一瞬だった。

(……いやいや……いやいやいやいや、……嘘だろうっ!)

 ふいうちで注ぎ込まれた熱量が凄すぎて、なかなか心臓が処理しきれない。

 王子の告白は、予測の遥か上空から投げ込まれてきた。
 う……受けとめきれない! 隕石か! 

 この下半身暴れん坊のプレイボーイが、俺のことを愛しているだと? 
 いまさらそんな、一途キャラにシフトチェンジされましても!

 王子にとっての黒神子は、王に与えられた人形みたいなものだと思ってた。
 実際そんな扱いだった。真剣に愛を囁かれたことなど一度もなかった。
 希少で価値があるからこそ、傍に置き大切に愛でて、披露したり飾りたてたり、愛着めいた感情で取り扱っているのだと……勝手にそう解釈していた。

 事実は全く違ったらしい。
 王に楯突いてでも、俺と結婚したいと言う。
 オスカーといい、王子といい……好きだというなら、もう少し分かりやすく伝えてくれ! 誤解ばかり生んで、幼い黒神子には一切伝わっていなかったぞ!

 相手の真剣な気持ちが分かっただけに、跳ね除ける言葉を使うのに躊躇してしまう。
 でも……やっぱり断らないと。
 後宮での生活なんて、俺には絶対に無理だ。

 しかし王子はその沈黙を、全く違う方向に解釈したようだ。

「……まだオスカーのことを想っているのか?」
「え?」

 驚いて顔をあげれば、苦笑している王子と目が合った。

「カルスはずっとアイツに惚れていただろう? とうとう恋仲にでもなっちまったか?」
「なっていませんっ! 冗談じゃないです!」
「……なんだと? それは本当か?」

 あっ……やべぇ。つい本音が……。

 驚きに目を瞠った王子をみて、己の失敗を悟る。
 王族に対抗し得るオスカーという最強カードを、王子の目の前で、自ら破り捨ててしまった。誤解させたままの方が、この先何かと都合が良かったのに。

「この二年で気持ちが吹っ切れたということか?」
「……そんなところです」

 吹っ切るどころか、王子もろとも忘却の彼方だったよ……とは、さすがに言えず、ここは曖昧に頷いておく。オスカーを忘れるための傷心旅行みたいに取られたかもしれないけど、まあいいや。

 ……それより、いい加減に腰から手を離してほしい。
 そういうところだぞ? そういう慣れきったスキンシップが、宮廷イチの遊び人と噂される由縁だぞ?

「奴に未練がないなら、今すぐここからおまえをさらって王宮へ迎え入れたい。俺と婚姻を結べば王からも神殿からも守ってやれる。愛しいおまえをこのままオスカーの近くになど置けるものか。逃げようとしても拉致監禁されて無理やり貞操を奪われるぞ」

 ……うん。同じような台詞を、オスカーにも聞かされたよ。
 君たち似た者同士なんだね。そうか、同族嫌悪か。

 王子は俺の貞操を案ずるあまり、王宮までさらう気満々のようだ。

 ……困った。
 急に「守る」とか言われてもその条件が結婚なわけだし、初夜迎えたら貞操も何もないんだから、俺からすれば、相手がオスカーから王子に代わるだけで、最悪なシナリオとしか思えない。絶対に回避したい。

 ここは手の内を明かして、一旦帰っていただこう。
 なにより、黒神子として上品に話したりネコ被ることが、いい加減しんどくなってきた。好意をよせてくれる人に、嘘をつき続けることも心苦しい。

「私はあなたが思う程、非力で守りを必要とする人間ではありません。その証拠に、自分を守る術を幼い頃から神に与えられています。試してみましょうか?」
「……試す?」
「失礼いたします」

 俺の腰を抱いたままの腕を、そっと撫でるように手で触れてみる。

「……っ!」

 電流が流されたように、王子の腕が小さく跳ねてほどけたので、俺は悠々と身体を離して微笑んでみせた。

「……いまのは何だ?」
「御無礼をお許しください。私は肌に触れたものを攻撃することが出来るのです。ですから誰も私には手出しできません。寝所の中では尚更ですので、そういったご心配は無用です」

 なんて言いつつも、オスカーに対しては、人質をとられて必殺技使えないんだけどね。でもそんな情けない実情はおくびにも出さずに話を続ける。

「御無礼ついでに言わせていただきますと、いまの私の恋愛対象は女性なのです。ですから王子ともオスカーともそういった関係になるつもりはありません。それに王子には私以外にも多数のお相手がいらっしゃるはずです。すでにお子様も何人かおられるのではありませんか?」
「……知っていたのか」
「はい。お子様を儲けることは王族としての大事な責務です。非難するつもりはありませんが……」
「それに関しては本当に悪かったと思っている。いやその……手を出すにしてもおまえはまだ子を産める身体ではなかったし、俺は王子という立場上、政治的な理由もあって、他の畑に種をばら撒くしかなかったんだ。すまん。しかし正妃は昔からおまえと決めている。愛妾が目障りというなら全員と手を切る。子供が邪魔なら里子に出そう。それでも駄目か?」
「駄目に決まっています。撒いた種は責任を持って、きちんと愛情注いで育ててあげてください。神さまからの授かりものですよ」
「おまえ以外は、正直どうでもいいんだがなあ」

 王子が困ったように頬をかきながら見下ろしてきた。
 本当にどうでもよさそうだ。

 俺がこいつの親なら、一発引っぱたいているところだ。

 王子にとっては、近寄ってきた女も男も、ただのつまみ食い程度だったんだろう。気に入ったものは大事にするが、飽きたオモチャは迷いなくポイ捨てするタイプだ。
 常にハーレムの中心にいる男だからこその、冷酷さと傲慢さがチラリと垣間見えた瞬間だった。やっぱり恐ろしい奴だ。

「……そろそろ時間切れだな。とにかく会えて嬉しかった。また来るから、また口説かせてくれ」
「は?」
「俺は全力でこれから口説きにかかるから、おまえも全力で俺を諦めさせてみろ。執念深いし手強いから覚悟しておくんだな。じゃあなカルス。オスカーに【地獄に堕ちろ】と伝えておいてくれ」

 王子は素早く俺の頬にキスをすると、ひとり満足げに颯爽と出ていった。
 遠ざかる足音と遅れて閉じた扉の音が、静かになった室内にやけに大きく響き渡る。
 
「……ええ……っと」

 頬に残された感触に手を当てながら、いま起こった出来事を反芻してみる。

 エイデン王子といい、オスカーといい……、

【諦める】という言葉を知らんのか。
 狙った獲物は絶対に逃がさない主義なのか。


 どうか神様、お願いします。
 この国に【ね〇とん紅鯨団】の告白タイムを導入してください。

 そうアレです。


「付き合ってください」(手を差し出す)
    ↓
「ごめんなさい」(ぺこり)


 で終われる定番のアレです。
 いまこそ便利なアレが必要なんです。
 どうか神様……。

 たまにはひとつくらい俺の願いを聞いてください。
 頼むから……



 ……いい加減なんか叶えろっつーの!
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