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第三十二話 鬼がいない間にやってきました。
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朝食へ向かう道すがら、オスカーは人気のない回廊で立ち止まると、三つ子たちを少し後ろへ下がらせた。
ふたりで庭を眺めるようにして、しばらく会話する。
「……俺はこれから王宮へ行ってきます。あなたを同伴するつもりでしたが、向こうに不穏な動きがあるため今回は見合わせます」
「不穏な動きって?」
「王はあなたを愛妾にするつもりのようです」
「……は?」
聞き間違いかな? なんと?
「あの男は昔からずっとあなたを狙っていました。どうやら後宮に監禁しようと目論んでいるようです。年を追うごとに美しく成長していくあなたを、息子に与えるのが惜しくなったのでしょう。あなたが失踪したときも、俺はその心情につけ込むことで王子との婚約を解消させましたからね。息子への愛情よりも己の欲を優先する、下種な男で大変助かりました」
……いやいや、ちょっと待て。
あのシワだらけのクソじじいが俺を? 仮にも息子の婚約者だったのに?
しかもコッチは未成年で、年の差四十じゃきかねえぞ?
完璧にロリコンじゃねえか。正気か?
虫が這うように、生理的嫌悪感がゾワゾワと背中を這い上がってくる。
「……朝食前なのに吐きそう」
不覚にも、あのじじいに触られている自分を想像してしまった。
胸を押さえてえずく俺を、三つ子が遠くから心配そうに見ている。こんな下世話な話を、あの子たちに聞かせるわけにはいかない。
「俺が戻るまでは、ゆっくり過ごしていてください。誰が来てもお会いにはなりませんように。いいですね?」
「了解」
鬼の居ぬ間のなんとやら……だな。
大勢の使用人たちに見守られる中、ひとりぼっちで朝食をとり、俺はまた趣味部屋に引きこもっていた。
お茶でも飲みながら、読みかけの本でも開いて、のんびりさせてもらおう。
じいちゃんたちの件は、オスカーがいないと話が進まないからな。
ウジウジ考え込んでも時間の無駄だ。
目的無く動き回っても、神殿の人たちに迷惑がかかりそうだし、ここは素直におとなしくしていよう。
先程の朝食では、見知った使用人や神官はひとりもいなかった。
人事が変わったのか、はたまた単に俺が覚えていないだけなのか……。
だいたい二年前は、オスカー以外とそんなに交流無かったもんなあ。
黒神子は治癒研究に夢中な学者気質だったし……、だから周囲に相談できずに水風船パーンしちゃったんじゃねえの?
これからは積極的に周囲ともコミュニケーションをとろうと思う。
介護でも育児でも、悩み事はひとりで抱え込むのが一番よくないっていうからな。
そんなことを考えながら、俺はしばらく部屋でまどろんでいた。
本も読み終え、コクリコクリと舟を漕ぎかけたとき、コンコンコンと扉が小さくノックされた。
ここは寝室からしか入れない小部屋なので、ノックできる者も近しい使用人に限られている。
「はい。どうぞ」
「失礼いたします」
入ってきたのは、三つ子ちゃんのうちの一人だった。
そうだ。この子は確か……
「ミカエ…」
「いえ、ラファエルです」
……被り気味でニッコリと否定された。
これで四連続不正解のリーチだ。やばい。
このゲームの発案者は俺だ。
五回連続で間違えたら罰ゲームで、三人のお願いごとをひとつ聞くことになっている。目下かなり苦戦中だ。
「……あの、カルス様。このゲームはカルス様にかなり不利じゃありませんか? 正解は僕たちにしか分からないのですから、不正したい放題です」
「でも君たちは、俺に嘘はつかないだろ?」
「はいっ! もちろんです」
「じゃあ問題ないよ。君はラファエルだね。よしっ! 今度こそ覚えたぞ!」
「カルス様ったら、先程も同じことを言っておられましたよ?」
クスクスと笑うラファエルは、すごく楽しそうだ。
子供はこういうゲームが好きだからな。仕事の合間に、少しでも楽しんでもらえればなによりだ。
「ところで何か用事?」
「あっ! そうでした! 第一王子が黒神子様に至急お会いしたいと、おひとりでおみえになられています」
ラファエル! それ忘れちゃダメなやつ!
おまえ、結構天然だろ!
「王子が? 今ここに来てるのか!」
「はい。来賓専用のお部屋でお待ちいただいております。オスカー様のご命令で、大神殿は厳重に警備されていますから、いかに王子といえども、そこから先は許可なく通ることはできません。いかがなされますか?」
「……王子がひとりっきりか。武器は持っていないんだよね?」
「入り口でお預かりしました」
「うーん、どうしたもんだか……」
いくら結婚が嫌だったとはいえ、婚約者を置いて失踪したというのは、後味が大変よろしくない。
すでに婚約も解消されたことだし、ここは自分の気持ちを丁寧に説明して、お互いにまた新たな道へ進むのも有りなのではないか。
王子は下半身が暴走気味なだけで、【私】に対しては基本的に悪い奴じゃなかったし……。ここで顔見知りを玄関払いというのもなんだか気が引ける。結婚は絶対に嫌だけどな。
「わかった。今からその来賓用の部屋へ行くから案内してくれる? そこで済ましてきちゃおう」
「えっ! お会いになられるのですか!」
「うん。顔だけ見せて帰ってもらうよ。王族なのにここまで来てくれたんだ。これ以上波風は立てたくないし」
来賓用の部屋は確かこっちだよね……と歩き始めた俺に、顔を青くしたラファエルが慌てて後を追ってきた。
その後ろには風神雷神もいる。
夜勤明けなのにまだいたのか。お疲れさん。
いくつもある来賓用の部屋の中から、俺は王子が通されたという一室まで案内してもらった。部屋の前には警護の神官が立っている。王子の近衛騎士は神殿の外で待たされているらしい。
(二年ぶりの再会か……ちょっと緊張するなあ)
重厚な扉の前で一度深呼吸したあと、ノックして部屋に入った。
そこには椅子に座ることなく、第一王子が悠然と窓際で景色を見ていた。
俺が直接ここに来るとは思ってもみなかったのだろう。振り返った王子の目が大きく見開かれた。
「……カルス」
「エイデン王子、ご無沙汰しており……わぷっ!」
挨拶を言い終える前に、俺の頭は分厚い胸板に押し付けられていた。
ふたりで庭を眺めるようにして、しばらく会話する。
「……俺はこれから王宮へ行ってきます。あなたを同伴するつもりでしたが、向こうに不穏な動きがあるため今回は見合わせます」
「不穏な動きって?」
「王はあなたを愛妾にするつもりのようです」
「……は?」
聞き間違いかな? なんと?
「あの男は昔からずっとあなたを狙っていました。どうやら後宮に監禁しようと目論んでいるようです。年を追うごとに美しく成長していくあなたを、息子に与えるのが惜しくなったのでしょう。あなたが失踪したときも、俺はその心情につけ込むことで王子との婚約を解消させましたからね。息子への愛情よりも己の欲を優先する、下種な男で大変助かりました」
……いやいや、ちょっと待て。
あのシワだらけのクソじじいが俺を? 仮にも息子の婚約者だったのに?
しかもコッチは未成年で、年の差四十じゃきかねえぞ?
完璧にロリコンじゃねえか。正気か?
虫が這うように、生理的嫌悪感がゾワゾワと背中を這い上がってくる。
「……朝食前なのに吐きそう」
不覚にも、あのじじいに触られている自分を想像してしまった。
胸を押さえてえずく俺を、三つ子が遠くから心配そうに見ている。こんな下世話な話を、あの子たちに聞かせるわけにはいかない。
「俺が戻るまでは、ゆっくり過ごしていてください。誰が来てもお会いにはなりませんように。いいですね?」
「了解」
鬼の居ぬ間のなんとやら……だな。
大勢の使用人たちに見守られる中、ひとりぼっちで朝食をとり、俺はまた趣味部屋に引きこもっていた。
お茶でも飲みながら、読みかけの本でも開いて、のんびりさせてもらおう。
じいちゃんたちの件は、オスカーがいないと話が進まないからな。
ウジウジ考え込んでも時間の無駄だ。
目的無く動き回っても、神殿の人たちに迷惑がかかりそうだし、ここは素直におとなしくしていよう。
先程の朝食では、見知った使用人や神官はひとりもいなかった。
人事が変わったのか、はたまた単に俺が覚えていないだけなのか……。
だいたい二年前は、オスカー以外とそんなに交流無かったもんなあ。
黒神子は治癒研究に夢中な学者気質だったし……、だから周囲に相談できずに水風船パーンしちゃったんじゃねえの?
これからは積極的に周囲ともコミュニケーションをとろうと思う。
介護でも育児でも、悩み事はひとりで抱え込むのが一番よくないっていうからな。
そんなことを考えながら、俺はしばらく部屋でまどろんでいた。
本も読み終え、コクリコクリと舟を漕ぎかけたとき、コンコンコンと扉が小さくノックされた。
ここは寝室からしか入れない小部屋なので、ノックできる者も近しい使用人に限られている。
「はい。どうぞ」
「失礼いたします」
入ってきたのは、三つ子ちゃんのうちの一人だった。
そうだ。この子は確か……
「ミカエ…」
「いえ、ラファエルです」
……被り気味でニッコリと否定された。
これで四連続不正解のリーチだ。やばい。
このゲームの発案者は俺だ。
五回連続で間違えたら罰ゲームで、三人のお願いごとをひとつ聞くことになっている。目下かなり苦戦中だ。
「……あの、カルス様。このゲームはカルス様にかなり不利じゃありませんか? 正解は僕たちにしか分からないのですから、不正したい放題です」
「でも君たちは、俺に嘘はつかないだろ?」
「はいっ! もちろんです」
「じゃあ問題ないよ。君はラファエルだね。よしっ! 今度こそ覚えたぞ!」
「カルス様ったら、先程も同じことを言っておられましたよ?」
クスクスと笑うラファエルは、すごく楽しそうだ。
子供はこういうゲームが好きだからな。仕事の合間に、少しでも楽しんでもらえればなによりだ。
「ところで何か用事?」
「あっ! そうでした! 第一王子が黒神子様に至急お会いしたいと、おひとりでおみえになられています」
ラファエル! それ忘れちゃダメなやつ!
おまえ、結構天然だろ!
「王子が? 今ここに来てるのか!」
「はい。来賓専用のお部屋でお待ちいただいております。オスカー様のご命令で、大神殿は厳重に警備されていますから、いかに王子といえども、そこから先は許可なく通ることはできません。いかがなされますか?」
「……王子がひとりっきりか。武器は持っていないんだよね?」
「入り口でお預かりしました」
「うーん、どうしたもんだか……」
いくら結婚が嫌だったとはいえ、婚約者を置いて失踪したというのは、後味が大変よろしくない。
すでに婚約も解消されたことだし、ここは自分の気持ちを丁寧に説明して、お互いにまた新たな道へ進むのも有りなのではないか。
王子は下半身が暴走気味なだけで、【私】に対しては基本的に悪い奴じゃなかったし……。ここで顔見知りを玄関払いというのもなんだか気が引ける。結婚は絶対に嫌だけどな。
「わかった。今からその来賓用の部屋へ行くから案内してくれる? そこで済ましてきちゃおう」
「えっ! お会いになられるのですか!」
「うん。顔だけ見せて帰ってもらうよ。王族なのにここまで来てくれたんだ。これ以上波風は立てたくないし」
来賓用の部屋は確かこっちだよね……と歩き始めた俺に、顔を青くしたラファエルが慌てて後を追ってきた。
その後ろには風神雷神もいる。
夜勤明けなのにまだいたのか。お疲れさん。
いくつもある来賓用の部屋の中から、俺は王子が通されたという一室まで案内してもらった。部屋の前には警護の神官が立っている。王子の近衛騎士は神殿の外で待たされているらしい。
(二年ぶりの再会か……ちょっと緊張するなあ)
重厚な扉の前で一度深呼吸したあと、ノックして部屋に入った。
そこには椅子に座ることなく、第一王子が悠然と窓際で景色を見ていた。
俺が直接ここに来るとは思ってもみなかったのだろう。振り返った王子の目が大きく見開かれた。
「……カルス」
「エイデン王子、ご無沙汰しており……わぷっ!」
挨拶を言い終える前に、俺の頭は分厚い胸板に押し付けられていた。
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