神子だろうが、なにもかも捨てて俺は逃げる。

白光猫(しろみつにゃん)

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第二十八話 また奪われてしまいました。

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「――っ! 何をっ! んぅ!」

 口内に入ってきた柔らかな舌の感触と、突如脳内に響き始めたクチュクチュという恥ずかしい水音でパニックになる。

 反射的に顔をそむけようとしたものの、髪を鷲掴みされていて動かすことが出来ない。その間にも、口中はどんどん強引にかき混ぜられ、相手から流し込まれる熱量を受け止めるだけで、俺は精一杯の状態だ。
 望んでもいない甘い刺激が走りぬけるたびに、背中がそそけ立って跳ねそうになる。

 こくりと二人分の唾液を飲みこんでしまったところで、俺の唇をひと舐めしたオスカーは、ゆっくりと離れていった。
 ハクハクと呼吸が整わない俺とは違い、ベッドのふちに腰かけたまま、涼しい顔で見下ろしている。

「……あなたはもう少し、人を疑うということを覚えた方がいい。危険視していた相手でも、詫びられればほだされて、こうして簡単に気を許してしまう。懲りずにまた俺に襲われているじゃないですか。学習能力がないのですか? それともわざと誘ってる?」
「んなわけあるかっ!」

 身をよじって逃げようとしたが、今度は両肩を押さえつけられて、もがくことしかできない。肩から伝わってくる圧倒的な力の差に、小さな震えが走った。

「釣り上げたばかりの魚のようだ。実にイキがいい」
「まな板にのせられてたまるか、ボケッ!」
「近いうちに王や王子たちとも対面します。あなたは両性具有なんですから妊娠も可能です。既成事実を作るべく、彼らも策を練ってくるでしょう。こんな調子で寝所に引きずり込まれて子種を注ぎ込まれたらどうします?」
「こ、子種って……」

 お上品な司教から出た露骨な表現に、顔が一気に赤らんだ。

「二年前まであなたが襲われなかったのは、まだ女性の機能が目覚めていなかったからです。この先王都にいる時は、決して油断しないこと……よろしいですね? カルス様」
「……わかった」

 騙し討ちにあったようで悔しかったが、こいつの言うことも一理あるので、ここは素直に頷いておく。
 すると肩にかかっていた重みは消えて、詰めていた息を吐き出すことができた。
 キスされて動揺している顔を見られたくなくて、急いで顔面を両腕で隠す。

「……もう……ほんと怖えよ、おまえ」

 まだ手の震えが止まらない。今回は正直犯られるかと思った。
 力ずくでベッドに押し倒されると、こんな気持ちになるのか……。中身が男の俺でも、恐怖で身体が竦んで大した抵抗が出来なかった。

「外にはもっと飢えた狼たちが、手ぐすね引いて待っていますよ」
「……」
「ほら、こういうところが隙だらけだって言ってるんです。まったく目に毒だ」

 オスカーは眉を寄せながら、俺の寝間着のすそを整えた。
 どうやら暴れたときに、太もも付近までめくれ上がってしまったらしい。道理でスース―すると思った……っていうか、元々おまえのせいじゃねえか。

「そう言われても、俺の中身は中年のおっさんなんだって。四十年以上、野郎として生きてきたのに、いまさら男の目を気にしろって言われてもさあ……」
「はいはい、愚痴だけ言うならもう寝てください。あなたが仕出かしたことで、俺は今夜から仕事が山積みです。警備は厳重にしてありますから、王子に夜這いされる心配もないでしょう。おやすみなさいカルス様」

 ツラツラツラーと言うだけ言って、オスカーは振り返りもせずに出て行った。
 時間に追われているのは、たぶん本当なんだろう。 

 騒ぎの張本人が、こんなふうに呑気に寝っ転がっていられるのも、奴が水面下で、王宮や神殿の上層部に圧力をかけてくれたからだ。いまも神殿の外は、黒神子の降臨で大騒ぎらしい。

 俺は権謀術数に長けてないから、この先しばらくは、オスカーを後見人にして、負んぶに抱っこの情けない立場になる。自業自得だが、明日からのことを考えると憂鬱で仕方がない。外国へ逃げようにも、じいちゃんたちが人質にとられているし、王室に頼れば、すぐさま後宮へ放り込まれるだろう。八方ふさがりとはこのことだ。

 いまは黙って奴の【提案】に乗るしかねえけど、乗ったら乗ったで、そのうち犯られちまうのは目に見えている。
 どさくさに紛れてベロチューまでしてきやがって……俺の貞操はいまや風前の灯だ。


 ……これでもし、奴に【あのこと】まで知られてしまったら……。


 この世界の神様は、やたらと俺の身体にオプションを付けたがる。
 どれもこれも、俺には心底イラナイモノばかりだ。

 ブタさんが、いっぱい真珠のネックレスぶら下げられて喜ぶか?
 お馬さんが、耳に念仏聞かされてありがたがるか?

 なのに神様は、最近また俺に余計なものを追加してきやがった。
 ここまでくると、完全に嫌がらせとしか思えない。
 この秘密については墓場まで持っていくと決めた。絶対誰にも言うものか。


 ――俺はただ、野菜を育てながら平凡に暮らしたいだけなんだ。


 みるみる理想から掛け離れていく現実に、俺はベッドの上で頭を抱えるしかなかった。
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