27 / 59
第二十七話 素直になってみました。
しおりを挟む
オスカーという名の【水色の悪魔】と会談後、俺は久しぶりに神殿の風呂に入った。
勝手知ったる大神殿……ということで、なんの不自由もなく、ひとりで入ることができた。
黒神子の頃は、尻にかかるほど伸びた髪を自分では洗えなかったため、使用人にほとんど世話をしてもらっていた。
だがいまの俺は違う。適度な長さに髪を切ったことで、全部ひとりでやれるようになった。髪を乾かすのも爪の手入れから歯磨き着替えまで、何でもお茶の子さいさいだ。どんなもんだい。
「そんなゴシゴシ乱暴に拭いては、髪が傷んでしまいますよ」
ロング丈のスラリとした神官服に着替えたオスカーが、呆れた様子で俺から布を取り上げた。
……なぜ悪魔が、俺の寝室にいる。
「ここに座ってください」
俺は壁際に置かれた、豪奢な鏡台の前に座らされた。
家にはばあちゃんの手鏡くらいしか無かったので、自分の顔をこんなにマジマジと鏡でみたのは久しぶりだ。
(……そういえば、現世の俺ってこんな顔してた)
濡れた黒髪に白い肌、長い睫毛に黒目がちな瞳……村人が言っていたように、確かに人形っぽく、自分で言うのもなんだが、凛としてとても綺麗な顔立ちをしている。
半分男なせいか、お目目ウルウルな美少女めいた脆弱さが無いのが救いだが、こりゃ何年たってもヒゲなんて生えないんだろうなあ。あんなに畑仕事してきたのに、腕も細いままだ。理想の体型には程遠い容姿に、深いため息がこぼれる。
オスカーはそんな俺に構うことなく、丁寧な手つきで髪を拭くと、鏡台に置いてあった小瓶を手のひらに傾けた。
優しく頭皮マッサージをしながら、良い匂いのする香油をまんべんなく毛先までなじませていく。悔しいがとても気持ちがいい。そこは褒めてつかわす。
「あなたの数少ない取り柄なんですから、髪は大事にしてください」
……悪魔はひとこと多い。
二年ぶりに、このネグリジェみたいな白い寝間着に腕を通したが(スケスケじゃないぞ)、絹のようなサラサラとした肌触りが実に心地よい。
ばあちゃんたちにも、この生地でパジャマを作ってあげたら喜んでもらえるかな? それとも贅沢品だって叱られちゃうかも……。
いまごろオスカーの配下にぐるりと家を警護されて、さぞかし不安な夜を過ごしているに違いない。早く顔を見せて安心させてあげたい。それにつきる。
村の人たちとも、もう普通の交流は望めないかもしれない。
でもアーチーは、神殿の医学図書館に通っているはずたから、あそこなら俺も自由に出入りできる。この先も頻繁に会えるかもしれない。
彼の師匠が図書館にいるのなら、探してアーチーへ伝言を頼んでみよう。
よしっ! ちょっと元気出てきたぞ。
「夜の祈りはしないのですか?」
「しない。この二年間、なんにもしてこなかった。明日の朝もしないからな。朝から冷たい泉に浸かるなんて狂気の沙汰だ。風邪引いちまう」
「わかりました」
俺の髪を軽くブラシで整えながら、オスカーがあっさり返事をしてきた。
反論されると思っていたから、かなり拍子抜けだ。つい彼の表情を凝視してしまう。
「……なんですか? なにか問題でも?」
鏡越しに目が合ったオスカーが、不思議そうに尋ねてきた。
「いや……やけに簡単に受け入れたなと思って……」
「泉の儀式は、数百年前に残された文献を元に、大神官たちが手探りのまま復活させたものです。その文献は、先代の黒神子様直筆の日記で、夜明け前から神殿の周囲を散策したり、様々な食事制限や、毎朝【聖なる泉】に浸かることで力がみなぎってくる……などと書かれていたそうです。先代はかなりご自分に厳しい方だったようですね」
その健康オタクのトンチキ日記をいますぐ燃やせっ!
「しかし、泉と治癒力に関連性がないことは、あなたご自身がこの二年間で身をもって実証してくださいました。さっそく明日、上の年寄り連中に廃止を提言してみます」
「……是非そうしてくれ」
「他にも思うところがあれば言ってください。昔のあなたは、ご自身に関することはギリギリまで我慢してしまう悪い癖がありました。言葉にすれば、案外簡単に解決するかもしれませんよ?」
「……」
確かに、黒神子だった【私】は、重責をひとりで背負って、自分で自分を押し潰す傾向があったかもしれない。
でもそれは、傍に甘えられる人がいなくて……それで……。
ふいに過去の寂寥感が蘇ってきて、俺は下を向いて唇を噛んだ。
「……そこまで追い込んでしまったのは、俺のせいかもしれません。誤解を与えるような行為をし、あなたの心を閉ざしてしまったのは、後見人として大いに反省しています。申し訳ありませんでした」
いつのまにか横で膝をついたオスカーは、俺の両手をそっと握ると、真摯な表情で詫びてきた。じっと上向き、俺の次の言葉を待っている。
……信じられない。
いつも上から目線のオスカーが……俺に目線を合わせて、素直に謝ってくれているのだ。
やばい、ちょっと……、いやかなり嬉しいかも……。
「……こっちも……悪かった。今日はいろいろ後始末をしてくれて……ありがとう」
向こうから歩み寄ってくれたんだ。
俺も子供みたいに意地を張っていないで、ここはちゃんと言葉にして伝えてみよう。
今日から俺達の関係も、少しずつ変わっていければ……。
「それでは褒美をいただきましょうか」
オスカーはいきなり俺の身体をすくい上げると、そのまま近くのベッドへ放り投げた。
勝手知ったる大神殿……ということで、なんの不自由もなく、ひとりで入ることができた。
黒神子の頃は、尻にかかるほど伸びた髪を自分では洗えなかったため、使用人にほとんど世話をしてもらっていた。
だがいまの俺は違う。適度な長さに髪を切ったことで、全部ひとりでやれるようになった。髪を乾かすのも爪の手入れから歯磨き着替えまで、何でもお茶の子さいさいだ。どんなもんだい。
「そんなゴシゴシ乱暴に拭いては、髪が傷んでしまいますよ」
ロング丈のスラリとした神官服に着替えたオスカーが、呆れた様子で俺から布を取り上げた。
……なぜ悪魔が、俺の寝室にいる。
「ここに座ってください」
俺は壁際に置かれた、豪奢な鏡台の前に座らされた。
家にはばあちゃんの手鏡くらいしか無かったので、自分の顔をこんなにマジマジと鏡でみたのは久しぶりだ。
(……そういえば、現世の俺ってこんな顔してた)
濡れた黒髪に白い肌、長い睫毛に黒目がちな瞳……村人が言っていたように、確かに人形っぽく、自分で言うのもなんだが、凛としてとても綺麗な顔立ちをしている。
半分男なせいか、お目目ウルウルな美少女めいた脆弱さが無いのが救いだが、こりゃ何年たってもヒゲなんて生えないんだろうなあ。あんなに畑仕事してきたのに、腕も細いままだ。理想の体型には程遠い容姿に、深いため息がこぼれる。
オスカーはそんな俺に構うことなく、丁寧な手つきで髪を拭くと、鏡台に置いてあった小瓶を手のひらに傾けた。
優しく頭皮マッサージをしながら、良い匂いのする香油をまんべんなく毛先までなじませていく。悔しいがとても気持ちがいい。そこは褒めてつかわす。
「あなたの数少ない取り柄なんですから、髪は大事にしてください」
……悪魔はひとこと多い。
二年ぶりに、このネグリジェみたいな白い寝間着に腕を通したが(スケスケじゃないぞ)、絹のようなサラサラとした肌触りが実に心地よい。
ばあちゃんたちにも、この生地でパジャマを作ってあげたら喜んでもらえるかな? それとも贅沢品だって叱られちゃうかも……。
いまごろオスカーの配下にぐるりと家を警護されて、さぞかし不安な夜を過ごしているに違いない。早く顔を見せて安心させてあげたい。それにつきる。
村の人たちとも、もう普通の交流は望めないかもしれない。
でもアーチーは、神殿の医学図書館に通っているはずたから、あそこなら俺も自由に出入りできる。この先も頻繁に会えるかもしれない。
彼の師匠が図書館にいるのなら、探してアーチーへ伝言を頼んでみよう。
よしっ! ちょっと元気出てきたぞ。
「夜の祈りはしないのですか?」
「しない。この二年間、なんにもしてこなかった。明日の朝もしないからな。朝から冷たい泉に浸かるなんて狂気の沙汰だ。風邪引いちまう」
「わかりました」
俺の髪を軽くブラシで整えながら、オスカーがあっさり返事をしてきた。
反論されると思っていたから、かなり拍子抜けだ。つい彼の表情を凝視してしまう。
「……なんですか? なにか問題でも?」
鏡越しに目が合ったオスカーが、不思議そうに尋ねてきた。
「いや……やけに簡単に受け入れたなと思って……」
「泉の儀式は、数百年前に残された文献を元に、大神官たちが手探りのまま復活させたものです。その文献は、先代の黒神子様直筆の日記で、夜明け前から神殿の周囲を散策したり、様々な食事制限や、毎朝【聖なる泉】に浸かることで力がみなぎってくる……などと書かれていたそうです。先代はかなりご自分に厳しい方だったようですね」
その健康オタクのトンチキ日記をいますぐ燃やせっ!
「しかし、泉と治癒力に関連性がないことは、あなたご自身がこの二年間で身をもって実証してくださいました。さっそく明日、上の年寄り連中に廃止を提言してみます」
「……是非そうしてくれ」
「他にも思うところがあれば言ってください。昔のあなたは、ご自身に関することはギリギリまで我慢してしまう悪い癖がありました。言葉にすれば、案外簡単に解決するかもしれませんよ?」
「……」
確かに、黒神子だった【私】は、重責をひとりで背負って、自分で自分を押し潰す傾向があったかもしれない。
でもそれは、傍に甘えられる人がいなくて……それで……。
ふいに過去の寂寥感が蘇ってきて、俺は下を向いて唇を噛んだ。
「……そこまで追い込んでしまったのは、俺のせいかもしれません。誤解を与えるような行為をし、あなたの心を閉ざしてしまったのは、後見人として大いに反省しています。申し訳ありませんでした」
いつのまにか横で膝をついたオスカーは、俺の両手をそっと握ると、真摯な表情で詫びてきた。じっと上向き、俺の次の言葉を待っている。
……信じられない。
いつも上から目線のオスカーが……俺に目線を合わせて、素直に謝ってくれているのだ。
やばい、ちょっと……、いやかなり嬉しいかも……。
「……こっちも……悪かった。今日はいろいろ後始末をしてくれて……ありがとう」
向こうから歩み寄ってくれたんだ。
俺も子供みたいに意地を張っていないで、ここはちゃんと言葉にして伝えてみよう。
今日から俺達の関係も、少しずつ変わっていければ……。
「それでは褒美をいただきましょうか」
オスカーはいきなり俺の身体をすくい上げると、そのまま近くのベッドへ放り投げた。
11
白光猫の小説情報を随時更新中です。
twitterアカウント ⇒ @shiromitsu_nyan
twitterアカウント ⇒ @shiromitsu_nyan
お気に入りに追加
1,690
あなたにおすすめの小説

イケメンは観賞用!
ミイ
BL
子爵家の次男として転生したオリバー・シェフィールドは前世の記憶があった。しかし、チートとしての能力は皆無。更にこれといって特技も無い。
只、彼の身体は普通ではなかった。
そんな普通ではない身体に生まれた自分の価値はこの身体しかないと思い悩む日々…を過ごすこともなく趣味に没頭する彼。
そんな彼の趣味は"美しい男性を観て楽しむ"ことだった。
生前、◯ャニーズJr.が大好きだった彼は今世でもその趣味を続け楽しく過ごしていたが、父親に持ってこられたお見合い話で運命の歯車が動き出す。
さらに成人を間近に迎えたある日、彼は衝撃の事実を知らされたのだった。
*タグは進む内に増やしていきます
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた
やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。
俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。
独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。
好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け
ムーンライトノベルズにも掲載しています。

悪役令嬢の兄になりました。妹を更生させたら攻略対象者に迫られています。
りまり
BL
妹が生まれた日、突然前世の記憶がよみがえった。
大きくなるにつれ、この世界が前世で弟がはまっていた乙女ゲームに酷似した世界だとわかった。
俺のかわいい妹が悪役令嬢だなんて!!!
大事なことだからもう一度言うが!
妹が悪役令嬢なんてありえない!
断固として妹を悪役令嬢などにさせないためにも今から妹を正しい道に導かねばならない。
え~と……ヒロインはあちらにいるんですけど……なぜ俺に迫ってくるんですか?
やめて下さい!
俺は至ってノーマルなんです!

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる