神子だろうが、なにもかも捨てて俺は逃げる。

白光猫(しろみつにゃん)

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第二十七話 素直になってみました。

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 オスカーという名の【水色の悪魔】と会談後、俺は久しぶりに神殿の風呂に入った。
 勝手知ったる大神殿……ということで、なんの不自由もなく、ひとりで入ることができた。

 黒神子の頃は、尻にかかるほど伸びた髪を自分では洗えなかったため、使用人にほとんど世話をしてもらっていた。
 だがいまの俺は違う。適度な長さに髪を切ったことで、全部ひとりでやれるようになった。髪を乾かすのも爪の手入れから歯磨き着替えまで、何でもお茶の子さいさいだ。どんなもんだい。

「そんなゴシゴシ乱暴に拭いては、髪が傷んでしまいますよ」

 ロング丈のスラリとした神官服に着替えたオスカーが、呆れた様子で俺から布を取り上げた。

 ……なぜ悪魔が、俺の寝室にいる。

「ここに座ってください」

 俺は壁際に置かれた、豪奢な鏡台の前に座らされた。
 家にはばあちゃんの手鏡くらいしか無かったので、自分の顔をこんなにマジマジと鏡でみたのは久しぶりだ。
 
(……そういえば、現世の俺ってこんな顔してた)

 濡れた黒髪に白い肌、長い睫毛に黒目がちな瞳……村人が言っていたように、確かに人形っぽく、自分で言うのもなんだが、凛としてとても綺麗な顔立ちをしている。
 半分男なせいか、お目目ウルウルな美少女めいた脆弱さが無いのが救いだが、こりゃ何年たってもヒゲなんて生えないんだろうなあ。あんなに畑仕事してきたのに、腕も細いままだ。理想の体型には程遠い容姿に、深いため息がこぼれる。

 オスカーはそんな俺に構うことなく、丁寧な手つきで髪を拭くと、鏡台に置いてあった小瓶を手のひらに傾けた。
 優しく頭皮マッサージをしながら、良い匂いのする香油をまんべんなく毛先までなじませていく。悔しいがとても気持ちがいい。そこは褒めてつかわす。

「あなたの数少ない取り柄なんですから、髪は大事にしてください」

 ……悪魔はひとこと多い。

 二年ぶりに、このネグリジェみたいな白い寝間着に腕を通したが(スケスケじゃないぞ)、絹のようなサラサラとした肌触りが実に心地よい。
 ばあちゃんたちにも、この生地でパジャマを作ってあげたら喜んでもらえるかな? それとも贅沢品だって叱られちゃうかも……。

 いまごろオスカーの配下にぐるりと家を警護されて、さぞかし不安な夜を過ごしているに違いない。早く顔を見せて安心させてあげたい。それにつきる。

 村の人たちとも、もう普通の交流は望めないかもしれない。

 でもアーチーは、神殿の医学図書館に通っているはずたから、あそこなら俺も自由に出入りできる。この先も頻繁に会えるかもしれない。
 彼の師匠が図書館にいるのなら、探してアーチーへ伝言を頼んでみよう。
 よしっ! ちょっと元気出てきたぞ。

「夜の祈りはしないのですか?」
「しない。この二年間、なんにもしてこなかった。明日の朝もしないからな。朝から冷たい泉に浸かるなんて狂気の沙汰だ。風邪引いちまう」
「わかりました」

 俺の髪を軽くブラシで整えながら、オスカーがあっさり返事をしてきた。
 反論されると思っていたから、かなり拍子抜けだ。つい彼の表情を凝視してしまう。

「……なんですか? なにか問題でも?」

 鏡越しに目が合ったオスカーが、不思議そうに尋ねてきた。

「いや……やけに簡単に受け入れたなと思って……」
「泉の儀式は、数百年前に残された文献を元に、大神官たちが手探りのまま復活させたものです。その文献は、先代の黒神子様直筆の日記で、夜明け前から神殿の周囲を散策したり、様々な食事制限や、毎朝【聖なる泉】に浸かることで力がみなぎってくる……などと書かれていたそうです。先代はかなりご自分に厳しい方だったようですね」

 その健康オタクのトンチキ日記をいますぐ燃やせっ!

「しかし、泉と治癒力に関連性がないことは、あなたご自身がこの二年間で身をもって実証してくださいました。さっそく明日、上の年寄り連中に廃止を提言してみます」
「……是非そうしてくれ」
「他にも思うところがあれば言ってください。昔のあなたは、ご自身に関することはギリギリまで我慢してしまう悪い癖がありました。言葉にすれば、案外簡単に解決するかもしれませんよ?」
「……」

 確かに、黒神子だった【私】は、重責をひとりで背負って、自分で自分を押し潰す傾向があったかもしれない。
 でもそれは、傍に甘えられる人がいなくて……それで……。
 ふいに過去の寂寥感が蘇ってきて、俺は下を向いて唇を噛んだ。

「……そこまで追い込んでしまったのは、俺のせいかもしれません。誤解を与えるような行為をし、あなたの心を閉ざしてしまったのは、後見人として大いに反省しています。申し訳ありませんでした」

 いつのまにか横で膝をついたオスカーは、俺の両手をそっと握ると、真摯な表情で詫びてきた。じっと上向き、俺の次の言葉を待っている。
 
 ……信じられない。
 いつも上から目線のオスカーが……俺に目線を合わせて、素直に謝ってくれているのだ。
 やばい、ちょっと……、いやかなり嬉しいかも……。

「……こっちも……悪かった。今日はいろいろ後始末をしてくれて……ありがとう」

 向こうから歩み寄ってくれたんだ。
 俺も子供みたいに意地を張っていないで、ここはちゃんと言葉にして伝えてみよう。
 今日から俺達の関係も、少しずつ変わっていければ……。


「それでは褒美をいただきましょうか」


 オスカーはいきなり俺の身体をすくい上げると、そのまま近くのベッドへ放り投げた。
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