神子だろうが、なにもかも捨てて俺は逃げる。

白光猫(しろみつにゃん)

文字の大きさ
上 下
25 / 59

第二十五話 とても懐かしいです。

しおりを挟む
 恩知らずな少女から、大々的に【黒神子】だと拡散されること二時間……。

 結論から言うと俺は無事だ。
 興奮した人々に押し潰されることも無くピンピンしている。

 ……肉体的には。

 精神的には、クッタクタに疲弊しきっていた。
 重傷者を治療し続けたから? ……違います。
 正体知られて大騒ぎになったから? ……ブッブー。

 正解は……

 【俺の目の前に、オスカーがいやがるから】でした。

 涙ちょちょ切れながら、ここに至った経緯を説明しよう。


 黒神子が再度降臨したということで、現場は一時騒然となった。

 地面にひれ伏し祈りだす者や、怪我人抱えて救いを求める者、歓声をあげる者……そりゃあもう、てんやわんやの大騒ぎだ。
 異形の者みて混乱する気持ちは分からんでもないが、俺は次の現場へ向かいたいので、とっとと道を開けてほしい。これでは正体明かした意味がない。
 雰囲気に流されてカツラ取らなければよかった。

 叫んでお願いしてみる?
 
 う~ん。俺の声ってイマイチ通りづらいんだよなあ。
 店員さん呼ぶときに、聞こえなくて無視されちゃうときってあるじゃない? 俺そのタイプです。
 でもやるっきゃないか。
 俺は出来る子、やれば出来る子。すうっと息を吸い込んで……

「皆の者、静まれっ!」

 威厳にみちた男性の声が響き渡り、辺りは水を打ったような静寂に包まれた。

 ……ちなみにいまの声、俺ではないよ?

 そして、珍しくも俺の願いが神様に通じたのか、モーゼの【海割り】のごとく、人々が左右に割れていくではないか。おおおっ! 素晴らしい! 

 喜んだのもつかの間、その原因は、オスカー率いる聖騎士団が、剣を携え物々しく到着したからだった。
 おまえの声だったんかーいっ!

 騒ぎの中心にいた俺と目が合った途端、オスカーの眉がかすかに寄せられた。

 こんなところで何をやっているんですか……とそのお綺麗な顔に書いてある。俺もそう思う。あとからこいつに、どんな嫌味を言われるのか想像しただけで、いますぐこの場から逃げ出したい。

 しかし、そのあとの奴の行動は早かった。
 間抜けに突っ立っていた俺の前まで進み出ると、

「お迎えに上がりました。黒神子様」

 剣を脇に置いて片膝をつき、さも、「ご降臨されるのは知っていましたよ」的な感じで、司教ヅラして飄々と挨拶をしてのけたのだ。人々が固唾を呑んで、俺の反応に注目しているのがわかる。
 ……仕方ねえ。いまは緊急事態だ。
 混乱を避けるためにも、こいつの三文芝居にのるしかない。助けられたのは事実だし、ここはこいつの顔を立ててやろう。

「オスカー司教、私は、此度の事故で傷ついた人々を救済するために戻ってきました。重傷者から治療していきたいので案内を頼みます」
「かしこまりました」

 オスカーは余計なことは言わず、部下に怪我人たちの状況を迅速に調べさせ、優先順位が高い順に俺を導いてくれた。こういうところは信頼できる男だ。俺の求めに応じて、先へ先へと動いてくれる。これで性格が良かったら……つくづく残念だ。

「お手をどうぞ」

 移動の際に、がれきで躓きかけた俺に向かって、オスカーが手を差し出してきた。
 皆の前で断ったら角が立つ。

「ありがとう」

 渋々受け入れたものの、奴の親指が、時折俺の指を撫でてきやがったので、俺も負けじと奴の手のひらにキツく爪を立ててやった。お互いに真面目な表情して何やってんだか……。

 しかしオスカーたちに手伝ってもらったおかげで、治療はトントン拍子で進み、事故による重傷者は、問題なく全て治療することができた。
 御者と馬が亡くなってしまったが、俺も万能ではない。心臓マッサージで助かる一縷の望みでもない限り、一度死んだ者を蘇らせることは出来ない。それこそ神の領域だ。

 瀕死の人間を一気に二十人以上治療して、俺もさすがに力を使い果たした。

 なんでもあの馬車には、王の誕生パーティに招待された、外国からの招待客が乗っていたらしい。その要人は奇跡的に軽傷で済んだそうだ。
 陰謀の可能性もあるため事故と両面で捜査するとのことだが、権力持ってる人間も、日々狙われて大変だな。俺も他人のことは言えないが……。

 残った軽傷者は、孤児院に運んで治療をしているそうだ。あそこは神殿管轄の施設だから任せていて大丈夫だろう。近くの大神殿には医者も豊富だ。

 そういえば、アーチーの姿が終始見当たらなかったが、彼も医者のタマゴだから、今頃孤児院の中で手伝っているのかもしれない。村長たちもどうしているだろう。
 俺が急に行方知れずになったら皆に心配かけちまう。なにより、家ではじいちゃんたちが、俺の帰りを首を長くして待っててくれている。どうしたもんだか……。

 あとで【こいつ】に頭を下げて、相談するしかないか。

 俺はいま、二年ぶりに足を踏み入れた懐かしい自室で、オスカーと対峙していた。


「……あの頃と何も変わってないんだな」

 棚から一冊本を取り出して、パラパラとめくってみる。ホコリも被っていないし、しおりもそのままだ。そういえば、この本読みかけだったな……。

「そうですね。あなたがいつ帰ってきてもいいように、手入れはしていましたよ」

 夕方になって薄暗くなってきたので、オスカーが部屋に明かりを灯してくれた。
 なにかと俺の世話をやく動作は二年前と少しも変わらない。
 ぼんやりと見えづらかった本の文字が、明るさと共に鮮明に浮かび上がった。

「お疲れになったのではありませんか? ここなら落ち着いて話もしやすいでしょう。椅子に座って休んでいてください。いま飲み物をとってきます」

 言われるがままに、俺は窓際に置いてある椅子に座った。
 籐で編まれた椅子には、大きな背もたれが付いていて、足も少しだけ伸ばせる角度になっている。黒神子が読書や刺繍をするときは、いつもそこが定位置だった。

(ほんと懐かしいなあ)

 ここは趣味のための小部屋なので、勉強机や刺繍の道具箱、あとは本棚くらいしかない。隣りは広い寝室に続いている。元々は着替えを置くための部屋だったのだが、飾り気のない黒神子の周りは、いつの間にか服よりも本で溢れかえっていた。

「お待たせしました」

 オスカーが飲み物を持って戻ってきた。
 紅茶と同じような風味で、この国ではよく飲まれている。
 差し出されたカップを素直に受け取って口に含んだ。相変わらず、俺の口に合う絶妙なブレンドだ。村でなんとかこの味を再現したくて試行錯誤したものの、結局作ることは出来なかった。高い茶葉使ってるんだろうなあ……あっ、このカップも懐かしい。

「美味しそうに飲みますね」
「そう?」
「二年ぶりに自分で茶をいれましたが、お口に合ったようで良かったです」 

 ……そうか。
 オスカーは司教様で、普段は自分で茶なんか入れないよなあ。

 しかし、なんなんだろう? ……この優しくて穏やかな空間は。
 俺、結構身構えて来たんだけど、想像していたのと全然違う。てっきり王様の前に突き出されたり、二年前のことをよってたかって糾弾されるものかと思ってた。
 これなら交渉もスムーズにいくかもしれない。ちょっと光が差してきた。

「……さてと。ここなら邪魔は入りませんから、たっぷり言い訳を聞かせてもらいましょうか。カルス様」

 空になったカップを受け取りながら、オスカーがにっこりと微笑んだ。

 あれ? なんか雲行きが怪しくなってきたぞ?
しおりを挟む
白光猫の小説情報を随時更新中です。
twitterアカウント ⇒ @shiromitsu_nyan
感想 25

あなたにおすすめの小説

イケメンは観賞用!

ミイ
BL
子爵家の次男として転生したオリバー・シェフィールドは前世の記憶があった。しかし、チートとしての能力は皆無。更にこれといって特技も無い。 只、彼の身体は普通ではなかった。 そんな普通ではない身体に生まれた自分の価値はこの身体しかないと思い悩む日々…を過ごすこともなく趣味に没頭する彼。 そんな彼の趣味は"美しい男性を観て楽しむ"ことだった。 生前、◯ャニーズJr.が大好きだった彼は今世でもその趣味を続け楽しく過ごしていたが、父親に持ってこられたお見合い話で運命の歯車が動き出す。 さらに成人を間近に迎えたある日、彼は衝撃の事実を知らされたのだった。 *タグは進む内に増やしていきます

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。

悪役令嬢の兄になりました。妹を更生させたら攻略対象者に迫られています。

りまり
BL
妹が生まれた日、突然前世の記憶がよみがえった。 大きくなるにつれ、この世界が前世で弟がはまっていた乙女ゲームに酷似した世界だとわかった。 俺のかわいい妹が悪役令嬢だなんて!!! 大事なことだからもう一度言うが! 妹が悪役令嬢なんてありえない! 断固として妹を悪役令嬢などにさせないためにも今から妹を正しい道に導かねばならない。 え~と……ヒロインはあちらにいるんですけど……なぜ俺に迫ってくるんですか? やめて下さい! 俺は至ってノーマルなんです!

第二王子の僕は総受けってやつらしい

もずく
BL
ファンタジーな世界で第二王子が総受けな話。 ボーイズラブ BL 趣味詰め込みました。 苦手な方はブラウザバックでお願いします。

処理中です...