神子だろうが、なにもかも捨てて俺は逃げる。

白光猫(しろみつにゃん)

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第二十二話 視線を感じて怖いです。

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 アーチーが二人分の串焼きを買ってくれている様子を、俺は通りを挟んだ広場からのんびりと眺めていた。この広場にも、いくつかの丸テーブルが臨時に置かれて、座りながら外で食べられるようになっている。

 丁度、二人分の席が空いていたので、アーチーが買ってくれている間、俺は席を確保しながら待つことにしたのだ。

 通りを行きかう人々の合間を縫って、アーチーがチラチラと視界に入ってくる。

 高身長でシュッと男前な彼は、これだけ人が溢れかえっているにもかかわらず、かなりの目立ちっぷりで、若い女の子たちが、彼に向かって熱視線を送っているのが遠くからでも見てとれた。

 それに比べて俺ときたら……。

「おひとりですか? よかったらここに座っても?」
「……すみません。連れが戻ってくる予定ですので」
「そうつれないことを言わずに、一杯奢らせてもらえませんか?」
「いえ、あの、勝手にそこ座らないでもらえます? 連れが来るので」

 変な男たちから、ずっと集中砲火を浴び続けていた。
 バチッと男と目が合うたびに、呼んでもいないのに、声をかけられてしまう。
 俺ってそんなに寂しそうにみえるのか? ひとりぼっちオーラが滲み出ちゃってんのか?

「じゃあ、お相手が来るまでの間、少しだけでもお話しさせてもらえませんか?」
「でもホントもう来るし……、ああ来ました。アイツです」

 俺が指さした方向から、両腕に屋台の御馳走をもった強面の男が、ズンズンと一直線に迫ってきた。
 その姿を確認した途端、ナンパ男は逃げるように去って行った。

「……また変な奴に絡まれていたのか、大丈夫か?」
「平気平気、みんな祭りで浮かれてるんじゃないの? それより飲もうぜ! 食べようぜっ! 俺もう腹ペッコペコ!」
「はいはい、仰せのままに」

 アーチーは、テーブルの上に屋台の御馳走を並べながら、そのまま近くを歩く酒売りのおじさんに声をかけ、手際よく赤ワインを注文してくれた。コップになみなみと注がれた酒に、俺の目線はずっと釘付けだ。
 前世の俺は、自他ともに認める酒豪だった。しかし現世では、未成年ということもあり、ずっとずーっと我慢してきたのだ。お祭りって最高っ!

「乾杯」

 お疲れっす! あざーっす! ゴチになりまーす!
 ごきゅごきゅごきゅ……プハァー!
 美味いっ! 異世界の酒も美味すぎる!

「……なかなかの飲みっぷりだな。酒は初めてじゃないのか?」
「ううん、初めてだよ」

 現世ではね。

「アーチーはもう二十歳だよね。酒はイケル方なの?」
「まあ普通じゃないか? 悪酔いはしたことない」
「そうなんだ」
「ほら冷めないうちに食べてみろ。美味しいから」

 俺の相手をしながら、アーチーは手慣れた様子で串から肉をはずしていく。
 なるほどこうやって食べるのか。確かに焼き鳥よりもだいぶ大きいもんな。あやうく串に直接齧り付くところだったぜ。
 俺は遠慮なく、その塊を口へ放り込んでみた。香辛料の風味とともに、口のなかいっぱいに肉汁が広がっていって……

「んまいっ!」
「そうだろ」

 微笑みながらアーチーも肉の串に噛り付いた……ん?

「……なんでおまえは串ごと食べてるんだよ」
「この串は重いから、ユキには大変だと思うぞ」

 にゃにおう! 

「寄こしてみろ」

 女扱いされて少しムカついた俺は、アーチーの食べかけの串を片手で奪ってやった。途端にズッシリとした重みを感じて、もう片方の手で慌てて支える。やっべえ! 危うく落としちゃうとこだったよ。なんだコレ。

 両手持ちじゃないと、肉が重くてバランスが取りづらい。でもしっかり握れば、食べられないこともない。俺はそのまま、かぷりと噛り付いてやった。どうだ!

 満足して、もっきゅもっきゅと肉を頬張りながら前をむけば、

「……ユキは小動物みたいで可愛いな」

 正面で穏やかに微笑むアーチーの姿があった。
 男らしさをアピールしたつもりなのに、なぜ「可愛い」で返してくる。

「こっちは俺の分だろ。ユキはそっち」
「あっ」

 しかも、ヒョイと簡単に、片手で串を奪われてしまった。
 そもそも腕力でアーチーに勝てるはずもない。なにやってんだ俺。

「ユキが食べてくれたおかげで、少し軽くなって持ちやすくなったよ。肉好きなんだな。いっぱい食べてくれ」
「……うん」

 せっかく親切にしてもらったのに、変にムキになった自分が急に恥ずかしくなってきた。ここは素直に、目の前の肉をいただくことにする。やっぱりこっちの方が、食べやすいし美味く感じた。

 そのあとは、男二人でも普通に世間話をして楽しめたのだが、残念な事実も判明した。

 どうやら俺は、前世と身体の構造が違うせいか、めちゃくちゃ酒に弱くなってしまったらしい。コップ半分のワインで、みるみる顔がほてってきたときは心底驚いた。
 まさかこの俺に酒を残す日が訪れようとは……この世界の神様は本当に意地悪すぎる。水風船パーン以来のショックだった。

 そんなふうに、泣く泣く腹を満たした後は、王都に詳しいアーチーの案内で、ぶらりと観光名所を巡ることにした。気分はすっかりおのぼりさんだ。
 大神殿や王宮へ続く入り口も、観光客に紛れながら、改めて外からじっくり眺めることができた。こんなに重厚な門だったのか。さすがに一般人の姿では中には入れないし、二度と入ろうとも思わないけれど……。

 ……あれから二年も経ったんだな。
 今頃オスカーや王子たちは、この門の向こう側で、何をしているのだろうか……。

 大通り沿いの建物の入り口には、美しい女神像が立っていた。
 俺はこの建物には見覚えがある。大神殿が運営している孤児院だ。【私】が公務で外を訪れることを許された、数少ない建物のうちのひとつだった。

 よくお菓子を配ったっけ。あのときの子供たちは、元気にしてるかなあ?
 クッキーを受け取る、ぷにょぷにょとした子供特有の小さな手が脳裏に浮かんだ。

 ふと視線を感じて目をやれば、見慣れた女神像の顔が、じっとこちらを向いているように見えた。
 たまたま角度がそうだっただけで目の錯覚だ。気にする必要はない……そう思い込もうとすればするほど、どんどん視線が絡みついてくる。気のせいなんかじゃない。
 大神殿の近くということもあり、噴水や広場のあちこちに女神像は飾られていた。

 俺はもう、黒神子なんかじゃない。
 あんたに与えられた力を使って、もう充分役目は果たしたじゃないか。
 そんな目で見ないでくれ。放っておいてくれ。

「……ユキ? どうした?」

 低くいたわるような声に、ハッと意識が鮮明になる。
 耐えきれなくなってうつむいた俺に、アーチーが声をかけてくれたようだ。
 そういえば、俺の手は相変わらず、彼にしっかりと握られたままだった。震えそうになる手をじっとこらえる。

 そうだ、俺の名前は【ユキ】だ。

「……なんでもない。ちょっと酔っぱらっちゃったみたい」
「少し休むか?」
「大丈夫。でもここら辺はもういいや。また屋台の通りへ行ってもいい?」
「……わかった」

 俺はアーチーの腕をグイグイ引きながら、女神に背を向けて歩き出した。
 一刻も早く、ここから離れたかった。
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