神子だろうが、なにもかも捨てて俺は逃げる。

白光猫(しろみつにゃん)

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第二十話 勝手に話がすすんでいます。

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 ……めっちゃくちゃ怖えぇ。

 アーチーに対して、こんなふうに感じたのは初めてだ。

 薄緑がかった金色に光る双眸が、ぞっとするほど冷徹な眼差しで、男たちを見下ろしている。鋭い目つきと無機物的な色合いが相まって、威圧感倍増の大迫力だ。

 助けてもらった俺がそうなのだから、いま睨みつけられているチンピラ二人はどういった気持ちなのか……、俺のすぐ近くにある四本の脚が、わかりやすくガクガクと震えていて、彼らの心境を物語っていた。ちなみにもうひとりは、腕を後ろにねじりあげられたまま、ヒィヒィと激痛に身悶えている。

 三匹の野良犬 対 黒豹一頭といったところか……。

「……ユキ、酷いことはされていないか?」

 牙をむいていた黒豹さんが、獲物を捕らえている爪はそのままに、穏やかな口調で俺に話しかけてきた。いつものアーチーの口調に、少しだけ気が抜ける。

「うん。俺は全然大丈夫だけど……あっ」

 俺達が会話している隙をついて、男二人が這う這うの体で逃げていった。
 おいおい、躊躇なく仲間置いて行っちゃったよ。

「アーチー、その人も放していいよ」
「……わかった」

 地面へ投げ捨てるようにアーチーが手を離した途端、男は逃げた仲間を追うようにして、フラフラと人ごみの中へと紛れていった。
 あいつら、あとで揉めるんだろうなあ。同情はしないが……。

「アーチーありがとう。助かった」
「本当に何もされてないんだな?」
「うん。それにしても喧嘩が強いんだなあ。驚いたよ」
「……驚いたのは俺の方だ」

 座ったまま呑気にアーチーに笑いかけたら、はあーと重苦しい溜息で返された。
 いや、心配かけて悪かったって。
 でも俺には、治癒術変換で相手を昏倒させる裏ワザがあるから、いざというときは逃げられる自信があったんだ。それを知らないアーチーからすれば、チンピラ三人に粉かけられてる非力な人間としか映ってなかったんだろうけど。

「まさかユキが、そういう衣装を着るとは思わなかったから……心臓止まりかけた」

 げげっ! 忘れてた!
 そういや、まだ着替えてなかったんだった!

 ぎゃあああ! 恥ずかしいっ!
 みないで! こんなヒラヒラレースな俺をみないでくれ!

 そりゃ驚くわな。俺だって待ち合わせ場所に、花飾りつけてスカートはいた男友達が座ってたらビックリ仰天だわ。

 「ふっ、俺は治癒術変換できるから」……なんて、コッチが余裕ぶちかましている間に、事情を知らないアーチーの方は、「コイツは真顔で女装して何してんだ?」って、疑問符だらけでドン引きしていたわけだろう? 
 いたたまれない。いますぐ穴を掘ってずっぽりと埋まりたい。

「いやっ! 違うんだアーチー! これは断じて俺の趣味ではなく、村長さんに頼まれて……っ!」
「ああ知ってる。どうせ親父かリンダの仕業だろ? 夕べもウキウキしながら衣装準備してたからな。だいたい想像できる」

 ……そうなの? それはそれで複雑な気分なんだけど。

「でもまさか、ユキが承知するとは思わなかった」
「まあ、そこはお祭りだから。お世話になってる人たちからの頼みだし、俺が道化やって盛りあがるんなら、どうってことないさ」
「そういうところは、ホント男らしいんだよな……でもなユキ、次回からは、嫌なら嫌だと、ハッキリ断ってくれて構わない。村人に無茶を言われたら俺に相談してくれ。そうしないと、皆どんどんつけあがるぞ」
「わかったよ」

 なんだかアーチーが、友人通り越して、過保護なパパに見えてきた。

「他の通りのお祭りも、もう始まっているのか?」
「ああ、屋台も出ててかなり賑わってた」
「リンダに聞いたんだが、祭りは夜がメインなんだろ? まだ時間早いし、俺達も宿で一休みしてから出直すか?」
「そうだな……」

 アーチーが俺を見下ろしながら、急に考え込んだ。

「……せっかくだから、このまま明るいうちに王都を回ってみないか? 夜だと建物も見えづらいだろう? そのあと宿でのんびりして、夜にまた出直せばいい」
「ああ、なるほど」

 確かに、観光名所巡るなら、明るいうちの方がいいよな。

「あら兄さん! もう来たの?」

 アーチーに気づいたリンダが、嬉しそうに駆け寄ってきた。

「リンダ、丁度良かった。おまえたちは、これから宿まで行くんだろう?」
「うん。宿でみんなと待ち合わせしてるから」
「なら、ユキの荷物も一緒に頼んでいいか? 俺たちはこれから街を観光してくる」
「そんなの、お安い御用よ。ユキちゃんのカバンもわかってるし」

 リンダがドンと胸を叩いて請け負ってくれた。なんと頼もしい。
 村の人たちの作業もひと段落ついたようだ。
 よし! 今が着替えのチャンス!

「リンダありがとう。じゃあ俺ちょっと、あそこの小屋で着替えて荷物もまとめてくるよ。この衣装も返さないといけないし……」

 走ろうとしたら、ガッチリとアーチーに腕を掴まれた。

「え? なにして……」
「着替えは宿に戻ってからのんびりすればいい」

 俺の手首を握ったまま、アーチーが歩き始めてしまった。
 ちょっと待てっ!

「カバンの中に財布あるから取ってこないとっ! 屋台でなんか食いたいし!」
「それくらい俺が奢ってやる。行こうユキ」
「いや、そんなわけには……おいっ、離せって!」

 ズルズル引きずられていく俺に向かって、リンダは「いってらっしゃい」と楽しげに手を振るばかりで、まったく助けようともしない。

 その後ろには、般若のような顔つきでこちらを見つめるジャンヌの姿が……。
 横から獲物(アーチー)をかっさらった俺を、メラメラと殺気丸出しで睨みつけている。そういや彼女の大本命はアーチーだった。

 ……嫉妬の炎って目に見えるんだなあ。
 
 いまあの場に戻れば、とばっちりで丸焦げにされる可能性が高い。
 勇気がない俺は、大人しくアーチーに付いていくしかなかった。
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