神子だろうが、なにもかも捨てて俺は逃げる。

白光猫(しろみつにゃん)

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第十七話 王都に戻ってきました。

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 やってきました、王都――――!

 気分はどうかって?
 最悪だよ。いますぐ吐きそうなくらい最悪だ。

 もう荷馬車は二度と乗らん。なぜ同乗してきた村の人たちは、ピンピンしているんだ。
 気持ち悪いよぉ。まだ地面が揺れている感覚がするよぉ。
 帰りは歩いて帰る。ひとりでも絶対に歩いて帰るからな。

「ユキちゃん大丈夫? はいお水。冷たくてさっぱりするから飲んで」
「ありがとう。助かるよ」

 泉から水を汲んで、親切に俺に渡してくれたのは、村長の娘のリンダちゃん十六歳だ。つまりはアーチーの妹にあたる。

「もしかして、荷台に乗ったのは初めてだった?」
「うん。すごい揺れなんだね」

 板敷きの荷台から、お尻にダイレクトに響く振動は、なかなかの体験だった。黒神子時代には、ちょっとの移動も、お尻フカフカの馬車しか乗ったことなかったからなあ。貧弱な自分を大いに反省したい。

「ふふっ、ユキちゃんたら、まるでお姫様みたい」
「コラ、そこは王子様だろ?」
「ハイハイ王子様。とっととお水をお飲みくださいませ」

 クスクスとからかいながらも、リンダは甲斐甲斐しく世話をやいてくれている。
 俺の中身がおっさんで、さらに友人の妹ということもあり……、俺にとってのリンダは、妹とか……下手したら娘みたいな存在だ。

 兄貴と同じ焦げ茶色の髪は、おさげに結われて両肩にちょこんとのっている。目の色は薄い茶色だ。本人は気にしているようだが、女の子らしくて丸みのある、少しぽっちゃりとした体形が実に可愛らしい。しかし、身長は俺よりも少し高い。残念だ……非常に残念だ。
 リンダは自分の身長は百七十センチだと主張して譲らない。そうなると俺の身長は百六十五センチ以下になってしまう。しかし俺は反論せずに、年上の余裕でいつも軽く受け流してやっている。断じて現実逃避ではない。断じて。

「だいぶ楽になったよ。ありがとうリンダ」
「どういたしまして」

 さてと、俺もみんなを手伝いますか。
 椅子から立ち上がるために、一度視線を地面へ落とすと、細い足首が視界に入ってきた。

「……ふん。男のくせにだらしがないわねえユキ。そうやって弱っているところを見せて、同情でも誘う気?」

 ――――でたな、女ボス。

 鼻息荒く俺を見下ろしながら、腕を組んで嫌味をぶつけてきたのは、リンダと同級生の少女だ。名前をジャンヌという。

 オレンジ色の長い髪をポニーテールに結び、やや釣りあがった同じ色の瞳で、こちらを睨みつけている。スタイル抜群なのがご自慢らしく、今日も胸の広く開いた上着を着ていて、男勝りなリンダとは対照的な色っぽさだ。

 彼女は毎回、俺の顔をみるたびに、なぜか突っかかってくる。原因は不明だ。
 しかし俺の中身はおっさんなので、「今日もオッパイご馳走様です」くらいしか、感じないのだが……、

「ちょっとジャンヌ! なによその言い方! ユキちゃんが可哀想じゃない」

 何故かいつも、リンダが俺の代わりに怒ってくれるのだ。
 大変ありがたいのだが、毎回ものすごい剣幕で女同士のバトルが勃発するため、俺は身の置き所がなくて困ってしまう。この二人は村でも有名な犬猿の仲らしい。

「だって、いきなり足手まといなんだもの。嫌味の一つも言いたくなるわよ」
「そういう台詞は、仕事してる人が言うものなの。あんたさっきから、なんにも手伝ってないじゃない? なによ偉そうに」
「……なんでアタシが店の準備まで手伝わなくちゃいけないのよ。アタシは客引きのために呼ばれたのよ?」
「ユキちゃんだってそうよ」
「それがおかしいって言うのよ! 女のアタシたちだけで充分でしょうがっ!」
「私たちだけじゃ力不足なの」
「なんですって!」

 ……リンダ恐るべし。俺が口を挟む隙が全くない。

 村から来た他の連中は、見ないふりをして、黙々と店の準備を進めている。とばっちりを避けたいのだろう。賢明な判断だ。
 今日来た村人は、村長の人選により、普段から自分の店を切り盛りしている、商売人のおばさんやおじさんたちばかりだ。
 若者は俺達三人だけなので、ジャンヌはそれが気に入らないらしい。集合場所から、道中ずっと文句を言い続けていた。

「だいたいなんで、アーチーがいないのよっ!」
「はっ、おあいにくさま。兄さんは勉強で忙しいの」
「でも王都にはいるんでしょ! 顔くらい出すわよね! アーチーがいるっていうからアタシ来たんだから!」
「やっぱりね! おかしいと思ったのよ! アンタが手伝いを立候補するなんて裏があるに決まっているもの!」

 ……へえ、ジャンヌはアーチーが目的だったのか。
 それで朝から、輪をかけて不機嫌だったんだ。なるほど。

 このままだと、花も恥じらう嫁入り前のふたりが、取っ組み合いの大喧嘩を始めてしまいそうだ。ここは勇気を振り絞って、おじさんが仲裁に入ろうではないか。

「まあまあ、ふたりとも、やめ……」
「おらガキどもが! 店前でなにをピーチクパーチク騒いでやがる! とっとと着替えてこんか!」

 ……あっ、挨拶回りに出ていた村長さんが帰ってきた。

 いつもは温厚な、ただのアゴヒゲぽっちゃりおじさんなのに、怒ると妙に迫力がある。髪はフサフサで、アーチー兄妹と同じ焦げ茶色だ。
 リンダのポッチャリ感は、明らかにお父さん似だろう。アーチーは村長夫人に似たんだろうな。

「そろそろこの通りも開放されるぞ。人で溢れかえる前に、綺麗どころは準備! 準備! ほら行った、行った」

 手をパンパンと叩いて、少女ふたりを追い立てる村長さん、さすがです。

「……ユキ、体調は大丈夫か?」
「はい、もうすっかり」
「それは良かった。ならさっそく、この衣装に着替えてきてもらえるか?」
「はい」

 会場のすぐ近くに、荷物置き場として借りている小屋がある。
 女性みたいに化粧をするわけではないから、俺はそこでさっさと着替えることにした。渡された荷物をほどく。なんだこれ結構詰まってんな。

 ええっと……、カツラと衣装と靴か。
 ……仕方がない。俺は自分のカツラを脱いで、持参したカバンへ放り込んだ。

 衣装は着替える順番に入れてくれてあるので、テキパキと着替えていく。
 途中から村長の意図がわかり、俺の魂が何度か抜けそうになったが、ここまでくればガタガタ言うまい。今日は楽しいお祭りなのだ。乗りかかった船だ。開き直ってやろうじゃないか。

 全部着替え終わったら、念のために上から下までしっかりと目視で点検する。
 カツラもちゃんと被ってる。よしっ!
 鏡がないところでよかった。いまの自分の恥ずかしい姿をみたら、きっと小屋から出られなくなるだろう。

 いざ、ゆかんっ! 外の世界へ!
 俺はもうヤケクソで、ことさら荒々しくドアを開けた。

 俺の姿をみた村人たちの動きが一斉に止まる。
 その瞬間、爽やかな風が吹いてきて、おばさんたちのエプロンやスカートが、ふんわりとひるがえった。

 俺のスカートもなっ!
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