神子だろうが、なにもかも捨てて俺は逃げる。

白光猫(しろみつにゃん)

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第七話 命の危機を感じています。

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 【ヘビに睨まれたカエル】って、ことわざがあるよね?

 いまの状況がまさにそんな感じ。
 どっちがカエルかって? 決まってるだろ。

 突然目の前に現れた美貌の男に、氷のような冷たいまなこで見据えられ、恐怖のあまり身体がすくんで、ただいま一歩も動けない俺です。ゲコゲコ。

 二年ぶりに対峙した【奴】は、ますます迫力に磨きがかかっていた。

 奴の名は、オスカーという。

 年齢は俺よりもひとまわり離れていたから、いまは三十一歳のはずだ。
 身長は百八十五センチくらい。昔からいつも俺を偉そうに見下ろしてきやがる。

 ちなみに俺の身長は百七十センチだ。
 この二年間どんなに牛乳を飲んでも、星空に願っても、それ以上は伸びなかった。
 俺の願い事って、神様にことごとく既読無視されているんだと思う。

 昔からオスカーには、人を威圧する圧倒的な存在感があった。形の良い眉の下にある怜悧な眼差しは、とにかく切れ味抜群だ。

 まずこいつは、非常に整った容貌をしている。それは悔しいが認めてやる。
 男目線な俺でも時折見惚れてしまう程に、お上品かつ端正な顔立ちのハンサム野郎だ。二年経ってもシャープな顎(あご)のラインは全然変わっていなかった。腹が立つ。

 肌は白く、髪も目の色も薄い水色だ。全体的に色素は薄い。腰まで伸びた艶やかな髪は、銀の留め具でひとつに結ばれている。

 聖職者であるにもかかわらず、オスカーの身体にはしっかりと引き締まった筋肉がついている。
 騎士の資格を持っているそうだ。神殿に属しているので、聖騎士と呼ばれるらしい。
 神の教えに背くような不届きものだと大神殿が判断すれば、その者を容赦なく罰することができる。困っている人々を救済するためには、剣をとることも許される。

 ……こいつこそ、本当に無双じゃねえか。

 そんな男の鋭い眼差しが、先程からじっと俺に向けられている。
 しかも、いまのオスカーは見慣れた神官服ではなく、白っぽい聖騎士の服装をしているのだ。当然、腰には剣もある。

 ここで俺に動けという方が無理だろう。
 相手の底知れぬ沈黙が怖くて、緊張のあまり息がつまりそうだ。
 俺、切られちゃうのかな……脱走者だもんな。

 するとオスカーは、秀麗な眉間をわずかに寄せて、

「あなたには似合っていませんよ、そのカツラ」

 そうぽつりと呟いた。

 満を持しての第一声がそれかいっ!
 相変わらず、低く響いていい声してやがるな、こんちくしょう!

 俺はヘナヘナと崩れ落ちそうな身体をなんとか踏ん張った。
 オスカーからの思いもよらぬ発言で、全身を縛っていた緊張感が一気にほぐれた気がする。
 不機嫌そうだが殺気は感じられないし、どうやら命拾いしたようだ。

 怖かったよう。めちゃくちゃ怖かったよう。
 まだ心臓がドックンドックンいってるよう。
 おしっこチビっちゃうかと思ったよう。

「……似合ってなくて悪かったな」

 情けなくも、少ししゃがれた声になってしまったが、なんとか声も出せた。
 もうすっかり正体もバレているようだし、ここはジタバタせずに覚悟を決めて、こいつと冷静に向き合うしかないだろう。

「最初に言わせていただきますが、治癒術を使って俺をまた昏倒させるのはおすすめしません。次に俺が目覚めたら、あなたの目の前で、あの素朴な老夫婦が真っ先に殺されることになります。それが嫌ならば、俺から逃げるのを諦めるか、いますぐ俺を殺すことですね」

 ……どっちも嫌です。その発想が怖いです。

 もうやだ。二年前と全然性格変わってない。仮にも聖職者のはしくれが、そんな物騒な発言していいのか?
 おまえのファンが泣くぞ。そこの扉あけてみ? 熱狂的なのがふたりいるから。

「……俺をこのまま連れて帰る気か?」
「連れかえって欲しいんですか?」

 質問に質問で返すなって、先生に習いませんでした?

「二年経って、あなたの口調はだいぶ変わられたようだ。自分のことを、【私】ではなく、【俺】と呼ぶようになったのですね」
「……悪いかよ」
「いいえ。いまのあなたには似合っていますよ」

 そういって、オスカーは小さく口元をほころばせた。
 それは、いつも【私】が見慣れていた、日常的で穏やかな表情だった。

 カツラは似合わないと言っていたくせに、まさかそんなところを、褒められるとは思っていなかった。
 なんだよコイツ……さっきから調子狂うな。

 でもそれも、黒神子を懐柔するコイツの手かもしれない。
 俺は絶対に騙されねえからな。

「すぐに神殿へさらうようなまねはしません。お約束しましょう」
「……わかった」
「そう警戒しなくても大丈夫ですよ。これからについて話をしたいのですが、なにか作業をされている最中のようですね。なにをされていたのです?」
「……これから昼飯を作ろうと思って……準備してた」
「なるほど」

 なんだか、なにもかも夢の中の出来事のようだ。
 こんな田舎の、こんな小さな家の裏庭に、オスカーが立っている。

 国王と同じくらいの身分の男がだ。うちの狭い庭の様子をもの珍しそうに眺めているんだぞ?
 あまりにも場違いだろう。掃き溜めに鶴だ。目が混乱してチカチカする。
 悪夢だ……これは悪夢に違いない。夢ならとっとと覚めてくれっ!

「わかりました。では俺も手伝いましょう」
「……へ?」
「家であの夫婦が待っているのでしょう?まずはその用事をすませてしまいましょう。さあ行きますよ」
「え? え? ……ちょ、ちょっと……」

 オスカーは俺の手首を取ると、なかば引きずるようにしてさっさと歩き出した。
 ちょっと待って! 気持ちがついていかない!
 え? え? どういうこと?

「ちゃんとご家族に、俺のことを紹介してくださいね」


 どういうこと――――?
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