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第六話 嫌な気配を感じます。
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落ち着け! 落ち着くんだ俺!
そうだ! こんなときこそ甘いもの!
微かにふるえる手で、懐かしいクッキーを口に運ぶ。
……我ながらうまいなコレ。
まろやかなコクといい、ほどよい甘みと絶妙な歯ごたえといい……俺は天才か。
二年たっても味が変わらないのは、さすがは神殿お抱え料理長だ。褒めてつかわす。
ちなみに【私】は、神殿ではもちろん料理なんてさせてもらえなかった。
しかし、刺繍と読書くらいしか部屋での楽しみがなかったため、料理本も結構読破しており、知識だけはやたらと豊富だった。
そのペーパー知識をフル活用して、無茶を承知で、【奴】にレシピを渡して提案してみたら、奇跡の激ウマクッキーが出来あがってしまったのだ。
このレシピは、一子相伝の黒神子様オリジナルレシピとして、未来永劫語り継がれるであろう……って、俺のバカ! いまはそんな場合じゃねえ!
「今日はね、王都の大神殿から、有名な司教様がいらしてくださったの。まだお若いのにしっかりした御方でねえ。こんな田舎の教会にわざわざ来てくださるだなんて、本当にありがたいことですよ。ねえ、じいさんや」
「ほんにのう。長く生きていれば良いこともあるのう。ありがたやありがたや」
そのときの興奮が蘇ってきたのか、ばあちゃんの目がウルウルと潤みだした。じいちゃんは、そんなばあちゃんにそっと白い布を差し出している。
男前だなオイ。でもそれフキンだからやめてあげて。
高位の司教なんて一般庶民からしてみたら、雲の上の存在だもんな。
そりゃあ嬉しいよなあ。本当に良かったね。
……ところで、おふたりさん。
もうお忘れのようですけど、あなたがたの目の前にいる俺も、黒神子時代は司教よりもずっと上の地位だったんだよ?
【神童も、二十歳過ぎればただの人】って言いますもんね。
【黒神子も、二年も過ぎればただの親戚】ってことかな?
うん、そんな未来志向なあなたがたは嫌いじゃない。
いやでも、聞けば聞くほど、俺は大ピンチなんですけど。
【若くて王都で司教やってる人間】なんて、この世でひとりしか俺知らねえよ?
……【奴】だよね?
完璧に【奴】じゃねえか?
今日は行かなくて本当によかった。ギリギリセーフ!
神父様以外の特別な人が説教壇(せっきょうだん)に立つかも……って噂で聞いて、ちょっと嫌な予感がしてたんだよね。
教会で深いフード被るわけにはいかないし、カツラを被っていても顔は丸見えだもんな。村人以外の人に会うのは、まだまだ危険が伴う。
でもまさか、サプライズゲストが【奴】だったとはな。驚きだ。
しかし、何故こんな片田舎に湧いて出たんだ?
あの大神殿の高位の聖職者は、権力欲は強いが高齢の者が非常に多く、若くて有能な【奴】が実質、あの大神殿の総責任者だといっても過言ではない。
各地にある教会も奴の管理下だし、大神殿が管轄している広大な領土も支配している。
宮廷での宗教的祭事も取り仕切っているし、王を神託で選定……なんてことも、奴が教徒を先導して本気を出せば、もしかしたら出来てしまうかもしれないのだ。
いまの【奴】は、王族と同等の権力を持っていると言ってもいい。
なにが言いたいかというと、それだけ権力の中心にいるのだから、国の中枢から、こんな田舎に出張ってくる暇はないはずなのだ。
……まさか、俺を探しに来たわけじゃないよね?
あれから二年も経っているし。
風の噂によると、【黒神子様】は、役目を終えて一旦天に帰ったというような内容で、国王から公布されたと聞いたぞ?
【私】は、いつから背中に羽根が生えたんでしょうか?
そして、地上への多くの加護と引き換えに、愛する王子と涙ながらに別れた黒神子様の悲恋物語が、実録として小説化され、王都で一時期大ブームになったそうだ。
……作家一発殴らせろ。
王宮からいくら金貰いやがった? 印象操作にしても悪趣味すぎるだろう。
歴史の真実はこうやって、権力者の都合で好き勝手に歪められていくんだな。
そのうち、翼の生えた俺の銅像とか、絵画が飾られたりしてな。怖い怖い。
でもそういった流れで、最近は追手の気配も全く感じられず、俺のこちらでの生活も、だいぶ落ち着いてきてはいたんだ。
【奴】や王子との悪縁も切れたんだろうって、お気楽にそう考えてた。
そうしたらコレだもんな。神様って本当に意地が悪いんだと思う。
まあ、奴がいまさら、自分の足で俺を探しにくるわけがないし、今回のことは偶然なんだろう。
ドーム公演ばかりだった大スターが、たまに地方ツアーも企画して、ファンの好感度あげるみたいな感じか? よくわかんねえけど。
とにかく、いまの俺に出来ることは、じいちゃんたちにはしっかりと口止めをして、奴の気配がなくなるまで、この家でおとなしく過ごすことだ。
俺にとって、じいちゃんたちはもうかけがえのない家族だ。いまさら出ていく選択肢はない。油断して足元をすくわれないように、慎重に行動しよう。
しかし、このクッキーは本当に美味いな。
じいちゃんたちに今度作ってやるか。レシピだいたい覚えてるし。
これから昼飯なのに、全部食べ切っちゃったよ。おやつにとっておけばよかったな。
とにかく、用意していたパイを焼かないとな。
今日のお昼は、特製のミートパイだ。
ペーパー料理人だった俺も、ばあちゃんにビシビシ鍛えられて、ここ二年でだいぶ腕をあげた。裁縫は、もともと刺繍が趣味だったからお手の物だし、掃除洗濯も一通りこなせるようにはなった。
……あれ?
いつのまにか、花嫁修業させられてる気がするのは気のせいだよね?
気のせいだよね? ばあちゃん?
教会の話でまだ盛り上がっているふたりを残し、俺は裏庭へと向かう。
外に特製の石窯(いしがま)があるから、まずは火を入れないとね。家の調理場とは別に俺が作ったんだ。えっへん。
火打ち金でチョイチョイっとね。もう慣れたもんだ。
それじゃあパイ生地を持ってきますか……と、鼻歌交じりに振り返ったら
【奴】がいた。
振り返れば奴がいたよ。
昔、似たような題名のドラマがあったよね。
若い人はもう知らないかな?
主人公って、最後死んだっけ? 生きてたっけ?
……神様って本当に意地悪だ。
大っっ嫌いだ!
そうだ! こんなときこそ甘いもの!
微かにふるえる手で、懐かしいクッキーを口に運ぶ。
……我ながらうまいなコレ。
まろやかなコクといい、ほどよい甘みと絶妙な歯ごたえといい……俺は天才か。
二年たっても味が変わらないのは、さすがは神殿お抱え料理長だ。褒めてつかわす。
ちなみに【私】は、神殿ではもちろん料理なんてさせてもらえなかった。
しかし、刺繍と読書くらいしか部屋での楽しみがなかったため、料理本も結構読破しており、知識だけはやたらと豊富だった。
そのペーパー知識をフル活用して、無茶を承知で、【奴】にレシピを渡して提案してみたら、奇跡の激ウマクッキーが出来あがってしまったのだ。
このレシピは、一子相伝の黒神子様オリジナルレシピとして、未来永劫語り継がれるであろう……って、俺のバカ! いまはそんな場合じゃねえ!
「今日はね、王都の大神殿から、有名な司教様がいらしてくださったの。まだお若いのにしっかりした御方でねえ。こんな田舎の教会にわざわざ来てくださるだなんて、本当にありがたいことですよ。ねえ、じいさんや」
「ほんにのう。長く生きていれば良いこともあるのう。ありがたやありがたや」
そのときの興奮が蘇ってきたのか、ばあちゃんの目がウルウルと潤みだした。じいちゃんは、そんなばあちゃんにそっと白い布を差し出している。
男前だなオイ。でもそれフキンだからやめてあげて。
高位の司教なんて一般庶民からしてみたら、雲の上の存在だもんな。
そりゃあ嬉しいよなあ。本当に良かったね。
……ところで、おふたりさん。
もうお忘れのようですけど、あなたがたの目の前にいる俺も、黒神子時代は司教よりもずっと上の地位だったんだよ?
【神童も、二十歳過ぎればただの人】って言いますもんね。
【黒神子も、二年も過ぎればただの親戚】ってことかな?
うん、そんな未来志向なあなたがたは嫌いじゃない。
いやでも、聞けば聞くほど、俺は大ピンチなんですけど。
【若くて王都で司教やってる人間】なんて、この世でひとりしか俺知らねえよ?
……【奴】だよね?
完璧に【奴】じゃねえか?
今日は行かなくて本当によかった。ギリギリセーフ!
神父様以外の特別な人が説教壇(せっきょうだん)に立つかも……って噂で聞いて、ちょっと嫌な予感がしてたんだよね。
教会で深いフード被るわけにはいかないし、カツラを被っていても顔は丸見えだもんな。村人以外の人に会うのは、まだまだ危険が伴う。
でもまさか、サプライズゲストが【奴】だったとはな。驚きだ。
しかし、何故こんな片田舎に湧いて出たんだ?
あの大神殿の高位の聖職者は、権力欲は強いが高齢の者が非常に多く、若くて有能な【奴】が実質、あの大神殿の総責任者だといっても過言ではない。
各地にある教会も奴の管理下だし、大神殿が管轄している広大な領土も支配している。
宮廷での宗教的祭事も取り仕切っているし、王を神託で選定……なんてことも、奴が教徒を先導して本気を出せば、もしかしたら出来てしまうかもしれないのだ。
いまの【奴】は、王族と同等の権力を持っていると言ってもいい。
なにが言いたいかというと、それだけ権力の中心にいるのだから、国の中枢から、こんな田舎に出張ってくる暇はないはずなのだ。
……まさか、俺を探しに来たわけじゃないよね?
あれから二年も経っているし。
風の噂によると、【黒神子様】は、役目を終えて一旦天に帰ったというような内容で、国王から公布されたと聞いたぞ?
【私】は、いつから背中に羽根が生えたんでしょうか?
そして、地上への多くの加護と引き換えに、愛する王子と涙ながらに別れた黒神子様の悲恋物語が、実録として小説化され、王都で一時期大ブームになったそうだ。
……作家一発殴らせろ。
王宮からいくら金貰いやがった? 印象操作にしても悪趣味すぎるだろう。
歴史の真実はこうやって、権力者の都合で好き勝手に歪められていくんだな。
そのうち、翼の生えた俺の銅像とか、絵画が飾られたりしてな。怖い怖い。
でもそういった流れで、最近は追手の気配も全く感じられず、俺のこちらでの生活も、だいぶ落ち着いてきてはいたんだ。
【奴】や王子との悪縁も切れたんだろうって、お気楽にそう考えてた。
そうしたらコレだもんな。神様って本当に意地が悪いんだと思う。
まあ、奴がいまさら、自分の足で俺を探しにくるわけがないし、今回のことは偶然なんだろう。
ドーム公演ばかりだった大スターが、たまに地方ツアーも企画して、ファンの好感度あげるみたいな感じか? よくわかんねえけど。
とにかく、いまの俺に出来ることは、じいちゃんたちにはしっかりと口止めをして、奴の気配がなくなるまで、この家でおとなしく過ごすことだ。
俺にとって、じいちゃんたちはもうかけがえのない家族だ。いまさら出ていく選択肢はない。油断して足元をすくわれないように、慎重に行動しよう。
しかし、このクッキーは本当に美味いな。
じいちゃんたちに今度作ってやるか。レシピだいたい覚えてるし。
これから昼飯なのに、全部食べ切っちゃったよ。おやつにとっておけばよかったな。
とにかく、用意していたパイを焼かないとな。
今日のお昼は、特製のミートパイだ。
ペーパー料理人だった俺も、ばあちゃんにビシビシ鍛えられて、ここ二年でだいぶ腕をあげた。裁縫は、もともと刺繍が趣味だったからお手の物だし、掃除洗濯も一通りこなせるようにはなった。
……あれ?
いつのまにか、花嫁修業させられてる気がするのは気のせいだよね?
気のせいだよね? ばあちゃん?
教会の話でまだ盛り上がっているふたりを残し、俺は裏庭へと向かう。
外に特製の石窯(いしがま)があるから、まずは火を入れないとね。家の調理場とは別に俺が作ったんだ。えっへん。
火打ち金でチョイチョイっとね。もう慣れたもんだ。
それじゃあパイ生地を持ってきますか……と、鼻歌交じりに振り返ったら
【奴】がいた。
振り返れば奴がいたよ。
昔、似たような題名のドラマがあったよね。
若い人はもう知らないかな?
主人公って、最後死んだっけ? 生きてたっけ?
……神様って本当に意地悪だ。
大っっ嫌いだ!
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