神子だろうが、なにもかも捨てて俺は逃げる。

白光猫(しろみつにゃん)

文字の大きさ
上 下
6 / 59

第六話 嫌な気配を感じます。

しおりを挟む
 落ち着け! 落ち着くんだ俺!

 そうだ! こんなときこそ甘いもの!
 微かにふるえる手で、懐かしいクッキーを口に運ぶ。

 ……我ながらうまいなコレ。
 まろやかなコクといい、ほどよい甘みと絶妙な歯ごたえといい……俺は天才か。
 二年たっても味が変わらないのは、さすがは神殿お抱え料理長だ。褒めてつかわす。

 ちなみに【私】は、神殿ではもちろん料理なんてさせてもらえなかった。
 しかし、刺繍と読書くらいしか部屋での楽しみがなかったため、料理本も結構読破しており、知識だけはやたらと豊富だった。
 そのペーパー知識をフル活用して、無茶を承知で、【奴】にレシピを渡して提案してみたら、奇跡の激ウマクッキーが出来あがってしまったのだ。
 このレシピは、一子相伝の黒神子様オリジナルレシピとして、未来永劫語り継がれるであろう……って、俺のバカ! いまはそんな場合じゃねえ!

「今日はね、王都の大神殿から、有名な司教様がいらしてくださったの。まだお若いのにしっかりした御方でねえ。こんな田舎の教会にわざわざ来てくださるだなんて、本当にありがたいことですよ。ねえ、じいさんや」
「ほんにのう。長く生きていれば良いこともあるのう。ありがたやありがたや」

 そのときの興奮が蘇ってきたのか、ばあちゃんの目がウルウルと潤みだした。じいちゃんは、そんなばあちゃんにそっと白い布を差し出している。
 男前だなオイ。でもそれフキンだからやめてあげて。

 高位の司教なんて一般庶民からしてみたら、雲の上の存在だもんな。
 そりゃあ嬉しいよなあ。本当に良かったね。

 ……ところで、おふたりさん。

 もうお忘れのようですけど、あなたがたの目の前にいる俺も、黒神子時代は司教よりもずっと上の地位だったんだよ?
 【神童も、二十歳過ぎればただの人】って言いますもんね。
 【黒神子も、二年も過ぎればただの親戚】ってことかな?
 うん、そんな未来志向なあなたがたは嫌いじゃない。

 いやでも、聞けば聞くほど、俺は大ピンチなんですけど。
 【若くて王都で司教やってる人間】なんて、この世でひとりしか俺知らねえよ?

 ……【奴】だよね?

 完璧に【奴】じゃねえか?

 今日は行かなくて本当によかった。ギリギリセーフ!
 神父様以外の特別な人が説教壇(せっきょうだん)に立つかも……って噂で聞いて、ちょっと嫌な予感がしてたんだよね。
 教会で深いフード被るわけにはいかないし、カツラを被っていても顔は丸見えだもんな。村人以外の人に会うのは、まだまだ危険が伴う。
 でもまさか、サプライズゲストが【奴】だったとはな。驚きだ。

 しかし、何故こんな片田舎に湧いて出たんだ?

 あの大神殿の高位の聖職者は、権力欲は強いが高齢の者が非常に多く、若くて有能な【奴】が実質、あの大神殿の総責任者だといっても過言ではない。
 各地にある教会も奴の管理下だし、大神殿が管轄している広大な領土も支配している。
 宮廷での宗教的祭事も取り仕切っているし、王を神託で選定……なんてことも、奴が教徒を先導して本気を出せば、もしかしたら出来てしまうかもしれないのだ。
 いまの【奴】は、王族と同等の権力を持っていると言ってもいい。

 なにが言いたいかというと、それだけ権力の中心にいるのだから、国の中枢から、こんな田舎に出張ってくる暇はないはずなのだ。

 ……まさか、俺を探しに来たわけじゃないよね?

 あれから二年も経っているし。
 風の噂によると、【黒神子様】は、役目を終えて一旦天に帰ったというような内容で、国王から公布されたと聞いたぞ?
 【私】は、いつから背中に羽根が生えたんでしょうか?

 そして、地上への多くの加護と引き換えに、愛する王子と涙ながらに別れた黒神子様の悲恋物語が、実録として小説化され、王都で一時期大ブームになったそうだ。
 ……作家一発殴らせろ。
 王宮からいくら金貰いやがった? 印象操作にしても悪趣味すぎるだろう。

 歴史の真実はこうやって、権力者の都合で好き勝手に歪められていくんだな。
 そのうち、翼の生えた俺の銅像とか、絵画が飾られたりしてな。怖い怖い。

 でもそういった流れで、最近は追手の気配も全く感じられず、俺のこちらでの生活も、だいぶ落ち着いてきてはいたんだ。
 【奴】や王子との悪縁も切れたんだろうって、お気楽にそう考えてた。
 そうしたらコレだもんな。神様って本当に意地が悪いんだと思う。

 まあ、奴がいまさら、自分の足で俺を探しにくるわけがないし、今回のことは偶然なんだろう。
 ドーム公演ばかりだった大スターが、たまに地方ツアーも企画して、ファンの好感度あげるみたいな感じか? よくわかんねえけど。

 とにかく、いまの俺に出来ることは、じいちゃんたちにはしっかりと口止めをして、奴の気配がなくなるまで、この家でおとなしく過ごすことだ。
 俺にとって、じいちゃんたちはもうかけがえのない家族だ。いまさら出ていく選択肢はない。油断して足元をすくわれないように、慎重に行動しよう。

 しかし、このクッキーは本当に美味いな。
 じいちゃんたちに今度作ってやるか。レシピだいたい覚えてるし。
 これから昼飯なのに、全部食べ切っちゃったよ。おやつにとっておけばよかったな。

 とにかく、用意していたパイを焼かないとな。
 今日のお昼は、特製のミートパイだ。
 ペーパー料理人だった俺も、ばあちゃんにビシビシ鍛えられて、ここ二年でだいぶ腕をあげた。裁縫は、もともと刺繍が趣味だったからお手の物だし、掃除洗濯も一通りこなせるようにはなった。

 ……あれ?
 いつのまにか、花嫁修業させられてる気がするのは気のせいだよね?
 気のせいだよね? ばあちゃん?

 教会の話でまだ盛り上がっているふたりを残し、俺は裏庭へと向かう。
 外に特製の石窯(いしがま)があるから、まずは火を入れないとね。家の調理場とは別に俺が作ったんだ。えっへん。
 火打ち金でチョイチョイっとね。もう慣れたもんだ。

 それじゃあパイ生地を持ってきますか……と、鼻歌交じりに振り返ったら

 【奴】がいた。

 振り返れば奴がいたよ。

 昔、似たような題名のドラマがあったよね。
 若い人はもう知らないかな?
 主人公って、最後死んだっけ? 生きてたっけ?


 ……神様って本当に意地悪だ。

 大っっ嫌いだ!
しおりを挟む
白光猫の小説情報を随時更新中です。
twitterアカウント ⇒ @shiromitsu_nyan
感想 25

あなたにおすすめの小説

【完結済み】準ヒロインに転生したビッチだけど出番終わったから好きにします。

mamaマリナ
BL
【完結済み、番外編投稿予定】  別れ話の途中で転生したこと思い出した。でも、シナリオの最後のシーンだからこれから好きにしていいよね。ビッチの本領発揮します。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

兄たちが弟を可愛がりすぎです

クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!? メイド、王子って、俺も王子!? おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?! 涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。 1日の話しが長い物語です。 誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。

風紀委員長様は今日もお仕事

白光猫(しろみつにゃん)
BL
無自覚で男前受け気質な風紀委員長が、俺様生徒会長や先生などに度々ちょっかいをかけられる話。 ※「ムーンライトノベルズ」サイトにも転載。

悪役令嬢の兄になりました。妹を更生させたら攻略対象者に迫られています。

りまり
BL
妹が生まれた日、突然前世の記憶がよみがえった。 大きくなるにつれ、この世界が前世で弟がはまっていた乙女ゲームに酷似した世界だとわかった。 俺のかわいい妹が悪役令嬢だなんて!!! 大事なことだからもう一度言うが! 妹が悪役令嬢なんてありえない! 断固として妹を悪役令嬢などにさせないためにも今から妹を正しい道に導かねばならない。 え~と……ヒロインはあちらにいるんですけど……なぜ俺に迫ってくるんですか? やめて下さい! 俺は至ってノーマルなんです!

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

乙女ゲーの悪役に転生したらハーレム作り上げてしまった

かえで
BL
二十歳のある日、俺は交通事故に遭い命を終わらせた… と思ったら何故か知らない世界で美少年として産まれていた!? ていうかこれ妹がやってた乙女ゲーの世界じゃない!? おいお前らヒロインあっち、俺じゃないってば!ヒロインさん何で涎垂らしてるのぉ!? 主人公総受けのハーレムエンドになる予定です。シリアスはどこかに飛んで行きました 初投稿です 語彙力皆無なのでお気をつけください 誤字脱字訂正の方は感想でおっしゃって頂けると助かります 豆腐メンタルの為、内容等に関する批判は控えて頂けると嬉しいです

処理中です...