神子だろうが、なにもかも捨てて俺は逃げる。

白光猫(しろみつにゃん)

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第四話 村でのんびり暮らしています。

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 今日も元気だ、パンがうまい!

 おはようございます。【俺】です。
 朝からもりもり食欲全開で、口いっぱいにパンを頬張っている俺です。
 ばあちゃんの焼き立てパンは、いつも絶品なのだ。

 神殿で暮らしていた頃の【私】は、朝になってもなかなか目が覚めず、毎朝【奴】にゆっくりと段階を踏んで起こしてもらっていた。

 でもいまの【俺】には、そんな他人任せの手順はまったく必要ない。
 小窓からお日様の光が差し込んで来たら、ちゃんと自分で起床できる。ばあちゃんと一緒に朝食の用意もする。ニワトリの卵も取りに行く。餌もやる。自分から何でもできる。

 きっとあの頃の【私】は、単純に【起きたくなかった】んだと思う。

 起きて身支度を整えたら、まず神殿の中にある【聖なる泉】に向かう。
 そこで身を清めてから、神に感謝の祈りを捧げる……というのが朝の始まりだった。

 ……よく心臓麻痺で死ななかったよね。

 朝一発目で、いきなりキンキンに冷えた水風呂だよ?
 そりゃ、ずっとベッドに潜りたくもなるわな。
 毎朝、無自覚で命の危機を感じていたんじゃないのかな?

 だいたい、どこのトチ狂った奴が、そんな淫靡で怪しげな儀式考えたんだよ。
 神子にだけやらせてるんだぜ? 鬼畜の所業じゃねえか。
 ほんとお気軽な第三者はいいよなあ。見目麗しい青年の水浴びシーン眺めているだけで、お給料もらえちゃうんだから。美味しい仕事だよ。変態野郎どもめ。
 【私】が時々熱を出したのも、病弱とかじゃなく、普通に風邪ひいてたんだろうよ。

 ちなみに現在の【俺】は、朝の祈りなんて一切やっていない。
 せいぜいご飯食べるときに「いただきます」と、大地の恵みに感謝するくらいだ。
 でも治癒術は、相変わらず使えてしまっている。
 ほらみろ、やっぱりあれはエセ儀式だったんだ。馬鹿馬鹿しすぎる。
 あんなわけわからん宗教団体、抜け出してきて本当に正解だった。

 朝食を終えて、三人分の食器をチャパチャパ洗っていると、

「じゃあなユキ。わしらは行ってくるからの。留守は頼んだぞ」

 じいちゃんが俺の背中を杖でこずいて、声をかけてきた。

「うん、いってらっしゃい」

 俺は濡れた手のまま、じいちゃんに手を振った。
 玄関先では、もう準備万端といった様子で、ばあちゃんが待っている。

 あっ、そうだ。ここで報告です。
 俺は二年前に改名しました。じゃじゃーん!

 逃亡者だから名前を隠す意味ももちろんあったが、それよりなにより、【俺】の肌にはどうしても【カルス】という響きが合わなかった。むしろ拒否反応に近かった。

 神殿時代は【黒神子様】という、こっ恥ずかしいニックネームの方が定着していたし、親しげに本名呼んで近づいてくるような奴らは、権威や身体目当てが見え見えの、ロクでもない人間ばかりだった。

 しかも、親ともほとんど会っていなかったのに、【親に貰った大事な名前】といわれても、愛着なんて感じられるわけがない。
 正直、俺の頭の中では、現世の親の顔はもはや【へのへのもへじ】と化している。

 そこで、新しい家族も増えたことだし、お年寄りにも覚えやすい名前ということで、前世の名前、幸成(ゆきなり)から二文字とって、【ユキ】にしてみたら……

 ジャストフィット!

 名前って大事だよね。
 ようやく本来の自我も取り戻せた感じだよ。

「ねえユキちゃん。本当に行かないのかい? 神父様が、ユキちゃんがいないと寂しいと、前にもおっしゃられていてねえ……」
「ばあちゃん、ごめんな。知り合いだけの小さな集まりだったらいいんだけど、今回は違うみたいだからさ。次の集会のときにはたぶん行けるよ。神父様にもよろしく伝えておいて」
「でも……」
「コラばあさん、いつまでも困らせては駄目じゃよ。いってくるぞい、ユキ」
「うん、気をつけてね」

 ばあちゃんの背中を押すようにして、じいちゃんたちは出かけて行った。
 やれやれ助かったぜ、じいちゃん。

 俺たちは、王都から山みっつ分離れた、牧草地が広がる、のどかな片田舎に住んでいる。
 国外へ逃げることももちろん考えた。
 しかしそれには、厳しい検問をいくつか潜り抜けないといけなくなる。
 国境レベルだと、さすがにあの門番のようにはいかないだろう。常に軍が警備しているはずだ。
 だったらもう、俺はとことん開き直って、国内のこの土地に、どっかりと腰を下ろすことに決めたのだ。
 もちろん、俺が逃亡した当時は、王都から大勢の追手が押し寄せ、この村も片っ端から兵士に捜索された。

 だがしかし!
 駄菓子菓子!

 じいちゃんたちは、みるからに善良そうな地蔵パワーを武器に、それはもう巧妙に追手を油断させて、俺を上手に隠してくれた。
 そして俺自身も、ちょこまかと要領よく、逃げまわるのが得意だった。

「もしかしたら、神様が守ってくれていたのかもしれないのう」

 なんて、じいちゃんは微笑んでいたが、ナイナイナイ!
 俺は【神の御使い】を勝手に自主廃業しちゃった、トンデモ神子ですから。
 怒って罰を与えられるならまだしも、それはないと思うよ?

 でも、いまの話からも分かるように、じいちゃんたちは結構熱心な神教徒だ。
 たぶん、この国の人々は、俺以外はそうなんじゃないかな。
 週末には家族で教会へ行って、神に祈りを捧げることが当たり前の生活なのだ。

 そして今日も、じいちゃんたちは教会へ出かけて行ったのだが……。

 ……俺はやっぱり、神様に頭を下げることに抵抗あるんだよなあ。

 あそこの神父様はとても優しい。村の人も同様だ。
 じいちゃんの遠い親戚として紹介された俺を、なんの疑いもなく、あたたかく迎え入れてくれた。
 それは前世で、田舎暮らしを始めたときと、少し似ている。

 でも、あの時と決定的に違うのは……。

 前世では、【必要とされない虚しさ】から逃げて、田舎暮らしを始めた。
 いまは、【必要とされすぎる重圧】から逃げて、ここにいる。

 ねえ神様……。
 【足して2で割って丁度いい】って言葉知ってます?
 あなたはなんでも極端すぎますって。

 俺は、朝の家事をひととおり終えると、カツラをかぶって外へでて、裏山に作った畑の草むしりを始めた。
 そして、その周りに少しずつクワを入れて、畑を広げていく。
 この辺りは根っこだらけなので、体力的に結構きつい作業だ。でも頑張らねば。
 まだ趣味レベルの段階だが、いずれはここで本格的に農業を始める予定だ。
 いまは地道に研究して、野菜作りのための理想の土づくりに励んでいる。
 クワを一回ふるうたびに、夢に一歩近づいてると思えば、ヤル気もみなぎるというものだ。
 よーし! 頑張るぞ――!

 えいやっ! えいやっ! と、夢中で土を耕していたら、じいちゃんたちが帰ってきてしまった。
 やばい! もうそんな時間だったか!

「あらあらユキちゃん。帽子を被らないと駄目でしょう。かわいい顔が日に焼けちゃったらどうするの。お嫁にいけなくなるじゃないの」

 こんなとき、ばあちゃんは何かと俺を女扱いしてくる。解せぬ。
 それというのも、俺は去年から、月に一度の乙女の日……つまりは、生理が来るようになってしまったのだ。
 両性具有だから、いつかは来ると覚悟はしていたけどね。
 中身は気弱な中年男なので、いざ血を見たら、結構パニックになってしまった。情けない。
 そのとき、ばあちゃんに処置を相談したせいか、彼女のなかで、【ユキちゃんは女の子】【子供を産める】という印象が強く根付いてしまったらしい。

「違うって、ばあちゃん! 俺は男なんだって! かわいい顔のお嫁さんを俺がもらうの! 村の人にも俺は男だって紹介しただろう? そんな話聞かれて、変な噂にでもなったらどうするんだよ! 頼むよ!」
「でもねえ、ユキちゃんよりかわいい子なんて、この村にはいませんよ。この前も男の子に告白されていたでしょうに」

 グサリッ!
 いきなり心の臓をひと突きにされました!
 誰かっ! 誰か救急車を!
 容疑者は目の前にいます! いますぐ逮捕してください!

「おやおや、それは初耳じゃのう」
「村長さんの息子さんですよ。あの子は真面目で優しくて良い子だから、ユキちゃんにピッタリだと思うんです」
「ああ、あの子なら安心じゃな。体格も立派だし、ユキを守ってくれそうじゃ」
「そうでしょう、そうでしょう。ワタシもつい嬉しくてねえ。さっき教会で会ったときに【ユキちゃんを末永くよろしくお願いします】と、声をかけておきました」
「気がきくのう、ばあさん」

 ……だんだんと意識が遠のいてきたのは、気のせいかな。
 俺が畑を耕していた間に、嫁入り先が決まっていたようです。
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