或いは、逆上のアリス

板近 代

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34『爛れたラッシュフィルム』

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 ルールーはあらかじめ避難していた地下シェルターで、アリスの帰りを待っていました。そしてアリスは、泣きながら焼け跡の中を歩いていました。ルールーに、外に出されてしまったからです。

「見つからない……見つからない」

 ルールーはアリスにこう言いました。

「あの爆発で生き残ったやつを連れてこい」

 アリスはルールーにこう答えました。

「私とお母さんが生き残っています」

 ルールーはアリスの腹を思いっきり蹴飛ばして言い放ちました。

「君に品性は求めていない。だがいくらなんでも今の言葉は酷い。最低だ。世界が、滅びかけたのだぞ」

 こうしてアリスは謝ることすら許されず、黒焦げの世界へと放り出されてしまったのです。

「ん」

 鼻の下が、いつの間にかぬめっていました。

「あ、あれ? え?」

 ポトン。ポトン。白いエプロンの上に真っ赤な血が滴る様は、まるで春の一斉開花のよう。

「なに? なに?」

 痛みはありません。ただ、血がどんどんと落ちてくるのです。

「急がなきゃ、早く見つけなきゃ」

 熱でガラス化した瓦礫におびえながら、アリスは急ぎます。ゆく当てもなく。

「あれ」

 いつの間にか掌の端が小さな鍬で耕したかのように、荒れていました。恐る恐るそこにさわってみると……。

「いっ……いいいいいい!」

 ずるり、手首からひじ裏まで一気に皮膚が捲れてしまったのです。

「あ、あい、いいい! いいい!」

 服の中で体の動きに合わせて皮膚がずれていく感触がありました。

「いいいいいい、いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

 自分の表面がどんどん剝がれていくという恐怖に、アリスは狂いかけます。

「触ったらだめだよ!」

 大きな瓦礫の曲がり角。

「うあ……あああああ! いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「逃げないで! 待って!」

 急に話しかけてきたのは、全身が真っ赤に抉れた子どもでした。赤すぎてどんな顔をしているのか、まったくわからない子どもです。

「ああ! あああああ! いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい! いいいいいい! あああ」

 血液が人の形をしているだけ。悪夢のような姿の子どもに追いかけられたアリスは必死に走って逃げます。

 ぐすりぐすり
 泣きじゃくり
 ぐずりぐずり
 靴の中で足が崩れていく
 
 ゴリンと、露出した骨が靴の内側をひっかいてアリスが転びます。

「うわあっ!」

 ついにアリスの足は潰れてしまったのです。 

「来ないで! 来ないでぇええええええええええ!」
「大丈夫、大丈夫だから」
「いいいいいいいいや、いやだ、来ないで! 来ないで! きもちわるいから! 来ない……あれ、あなた」
「うん、俺も君と同じだよ。このあたりは早く動くと肌が崩れたり剥がれたりしちゃうから、ゆっくり、ゆっくり動かないと」

 いつの間にか血だらけの子どもの顔には、皮膚が張りはじめていました。頭部からするすると伸びていく髪は銀色でとても美しく――――――。

「あなた、人間なの?」
「人間というより、猫鬼かな」

 再生していく白く美しい肌に、あどけない顔立ち。恐怖の対象が美しい少女に変化していく様を見たアリスの頬を涙が伝う…………アリス、人生初の感涙でした。

「君も、目が一つしかないんだね」

 少女には右目がありませんでした。アリスには左目がありませんでした。そして、二人の瞳は。どちらも青空のようにとても綺麗なライトブルーでした。

「あ、あれ?」

 アリスの捲れた皮膚も再生していきます。まるで、銀髪の少女再生に呼応するかのように。

「俺はエリー。君は」
「私はアリス」

 アリスは一糸まとわぬ片目の少女に、自分の服を分けてあげたいと思いました。家のクローゼットにずらりと並んでいる、サイズも形も同じエプロンドレスを一つ。
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