15 / 44
15『或る、化け物たち』
しおりを挟む
ルールー・ララトアレが脳に本を埋め込む手術を施した猫鬼は、現時点で七十二体になります。そのうち、実用化できたのは四体だけ。先日、エリーが一体殺してしまったので、残るは三体ということです。
「私が彼女たちと違うのは、なぜでしょうか」
水銀灯の輝く天井を見上げている炎のような髪と瞳を持つ褐色の肌の少女は、そのうちの一体でした。名前は、ハーヴィ・ライブといいます。
「そんなもん、どうだっていいだろうがよ」
ハーヴィのとなりで不機嫌そうにしている、ガラスのように透き通った髪と光が内部で乱反射する瞳を持つ少女の名はルベローチェといいました。彼女ももちろん、脳に本を埋め込まれたカスタム猫鬼です。
「猫鬼は蝋人間を集めるためにつくられたものです。でも私たちは埋め込まれた本の力でその労働から解放されています。でも、本当にそれでよいのでしょうか。私たちも猫鬼として――」
「ああ? やりたきゃやれよ。私らは自由だろうが」
「自由ではありません。どこかで、オリジナルである不思議の国の所有者を殺したいと思っている。これは、私たちの意志ではなく、与えられた意志なのでは?」
「そりゃ、そうだけどよ」
ルベローチェの脳に埋め込まれているのは、人工知能ビルの執筆したアリスシリーズの続編、七万六千九百五十六パターン目でした。七万六千九百五十五パターン目を搭載したハーヴィはルベローチェの姉にあたる存在でしたが、二人の間には――――どのようなものであろうとも――――上下関係は存在しません。
「蝋人間は本当に、足りるのでしょうか。ルールーの目的を達成するには、少なすぎる気がしませんか? たとえ、世界中の蝋人間を集めたとしても」
「そんなこと、私らにとってはどうでもいいだろう。どうせ世界より早く死ぬんだからよ」
二人が眺めているのは、猫鬼たちが集めてきた蝋人間を溶かし海の底に流し込む大型機械でした。
「ルベローチェ、あなたには夢はありますか」
「なんか今日のてめぇ、糞うぜぇんだけど」
「すみません、昨晩夢を見たもので」
「どっちの夢の話をしてぇんだ」
「人の、夢のほうです」
ルベローチェは舌打ちし、一時間前から噛んでいた味のないガムを吐き捨てます。
「夢……ってほどじゃないけどよ、長く生きてみたいとは思うな。でも、ルールーの言う通り世界が滅んじまうなら早く死んだほうが楽な気も――」
「ちょうど私も、そういう夢を見たんです。とても美しい少女が、長く生きたいと願い海に身を投げる夢を」
「たのむからよ、どっちの夢を語るか統一してくれ」
苛立ちが暴力に発展しないように、ルベローチェは一生懸命我慢していました。ハーヴィと本気で争うことほど不毛なことはないと、よくわかっているのです。
「すみません。私には、寝て見る夢こそが人の夢のようでして」
「じゃあなにか? てめぇが悪夢を見たら人の夢も悪か? チッ、またアレが出てやがる」
ルベローチェの視線の先、蝋人間を溶かす機械の一部が、デジタルノイズのように揺れて歪んでいました。
「この世界は本物なのでしょうか。それとも、夢のようなものなのでしょうか」
「アレ見た後にそれを問うか?」
ノイズのような空間の歪みは、この大型機械の周辺でたびたび起きている現象です。二人はそれを見ることがなぜか好きで、こうして時々工場へと足を運んでいるのです。
「私は、ドードーを見たことがありません。この世界をつくる発端となった鳥が、なぜいないのでしょう?」
「たしか、私らより先に生まれた猫鬼が食っちまったんだろ? 可哀想なやつらだ、二度も人間に絶滅させられるだなんて」
「それは、猫鬼も人間であるということですか?」
「めんどくせぇやつだな」
この日、機械に投げ込まれた蝋人間は、平均的な成人男性七十五人分を少しこえる程度の量。
「今日は終わりですね」
「ったく、意味のねぇ一日だったよ」
二人は結局、機械の自動点検機能が作動するまで、眺め続けていたのです。
「私が彼女たちと違うのは、なぜでしょうか」
水銀灯の輝く天井を見上げている炎のような髪と瞳を持つ褐色の肌の少女は、そのうちの一体でした。名前は、ハーヴィ・ライブといいます。
「そんなもん、どうだっていいだろうがよ」
ハーヴィのとなりで不機嫌そうにしている、ガラスのように透き通った髪と光が内部で乱反射する瞳を持つ少女の名はルベローチェといいました。彼女ももちろん、脳に本を埋め込まれたカスタム猫鬼です。
「猫鬼は蝋人間を集めるためにつくられたものです。でも私たちは埋め込まれた本の力でその労働から解放されています。でも、本当にそれでよいのでしょうか。私たちも猫鬼として――」
「ああ? やりたきゃやれよ。私らは自由だろうが」
「自由ではありません。どこかで、オリジナルである不思議の国の所有者を殺したいと思っている。これは、私たちの意志ではなく、与えられた意志なのでは?」
「そりゃ、そうだけどよ」
ルベローチェの脳に埋め込まれているのは、人工知能ビルの執筆したアリスシリーズの続編、七万六千九百五十六パターン目でした。七万六千九百五十五パターン目を搭載したハーヴィはルベローチェの姉にあたる存在でしたが、二人の間には――――どのようなものであろうとも――――上下関係は存在しません。
「蝋人間は本当に、足りるのでしょうか。ルールーの目的を達成するには、少なすぎる気がしませんか? たとえ、世界中の蝋人間を集めたとしても」
「そんなこと、私らにとってはどうでもいいだろう。どうせ世界より早く死ぬんだからよ」
二人が眺めているのは、猫鬼たちが集めてきた蝋人間を溶かし海の底に流し込む大型機械でした。
「ルベローチェ、あなたには夢はありますか」
「なんか今日のてめぇ、糞うぜぇんだけど」
「すみません、昨晩夢を見たもので」
「どっちの夢の話をしてぇんだ」
「人の、夢のほうです」
ルベローチェは舌打ちし、一時間前から噛んでいた味のないガムを吐き捨てます。
「夢……ってほどじゃないけどよ、長く生きてみたいとは思うな。でも、ルールーの言う通り世界が滅んじまうなら早く死んだほうが楽な気も――」
「ちょうど私も、そういう夢を見たんです。とても美しい少女が、長く生きたいと願い海に身を投げる夢を」
「たのむからよ、どっちの夢を語るか統一してくれ」
苛立ちが暴力に発展しないように、ルベローチェは一生懸命我慢していました。ハーヴィと本気で争うことほど不毛なことはないと、よくわかっているのです。
「すみません。私には、寝て見る夢こそが人の夢のようでして」
「じゃあなにか? てめぇが悪夢を見たら人の夢も悪か? チッ、またアレが出てやがる」
ルベローチェの視線の先、蝋人間を溶かす機械の一部が、デジタルノイズのように揺れて歪んでいました。
「この世界は本物なのでしょうか。それとも、夢のようなものなのでしょうか」
「アレ見た後にそれを問うか?」
ノイズのような空間の歪みは、この大型機械の周辺でたびたび起きている現象です。二人はそれを見ることがなぜか好きで、こうして時々工場へと足を運んでいるのです。
「私は、ドードーを見たことがありません。この世界をつくる発端となった鳥が、なぜいないのでしょう?」
「たしか、私らより先に生まれた猫鬼が食っちまったんだろ? 可哀想なやつらだ、二度も人間に絶滅させられるだなんて」
「それは、猫鬼も人間であるということですか?」
「めんどくせぇやつだな」
この日、機械に投げ込まれた蝋人間は、平均的な成人男性七十五人分を少しこえる程度の量。
「今日は終わりですね」
「ったく、意味のねぇ一日だったよ」
二人は結局、機械の自動点検機能が作動するまで、眺め続けていたのです。
10
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
我ら新興文明保護艦隊
ビーデシオン
SF
もしも道行く野良猫が、百戦錬磨の獣戦士だったら?
もしも冴えないサラリーマンが、戦争上がりのアンドロイドだったら?
これは、実際にそんな空想めいた素性をもって、陰ながら地球を守っているエージェントたちのお話。
※表紙絵はひのたけきょー(@HinotakeDaYo)様より頂きました!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる