6 / 44
06『フランク・シナトラを聴いて』
しおりを挟む
その女は、世界で最も賢い人間は自分であると理解していました。同時に最も賢いことと、最も優れていることがイコールではないこともよくわかっていました。
ドクターストライプこと、ルールー・ララトアレ。
ドードー再生プロジェクトの一員でもあった彼女に最初につけられたあだ名は、ドクタートランプというものでした。あだ名の由来は、不思議の国のアリスのキャラクターのトランプ兵から。地球がまだ丸かったころに、ルールーにポーカーでしこたま負けた同僚が、悔し紛れにつけたあだ名です。
「いくらなんでも、安直すぎるだろう」
ルールーはトランプというあだ名を嫌がり、トランプとよく似た響きを持つ言葉であるストライプを自身のあだ名にするよう周囲の者に言って聞かせたのです。それもまあ、安直ですけどね。
「ねぇルールー。あなたは今、なにを考えているのかしら?」
「ああ、昔のあだ名のことだよ。もう、誰にも呼ばれなくなってしまったからね」
ドードーを復活させたときのメンバーは、もう誰一人いません。皆、死んでしまったからです。
「なんてあだ名なの?」
「この世界に必要なものはなんだと思う」
「話を逸らすということは、聞かれたくないあだ名なのね」
「ほう、なかなか気を使えるじゃないか、アリス」
アリスと呼ばれたのは、金髪碧眼の少女でした。エプロンドレスに身を包んだ姿は、不思議の国のアリスの主人公、アリス、そのものです。
「私は思うんだ。世界を救うのはいつだって純粋さだと」
「それじゃあルールーは、世界を救えないわね。だって、話題をころころ変えて、私との会話を楽しむことを放棄しているもの。邪悪だわ。まるでジャバウォックよ」
「辛辣だね。まあ、間違ってはいないが……なんせ、マイ・ウェイがシド・ヴィシャスのオリジナルソングだと信じていた私は、とっくの昔に死んでしまったからね」
「今日は誰の歌を聴かせてくれるのかしら?」
アリスはできるだけ話を広げないことにしました。ルールーと話すのが、面倒になってきてしまったのです。
「そうだな、アレッサンドロ・モレスキはどうだ。君は、美しい音が好きだろう」
「音以外も好きよ、美しければ」
ルールーが指をパチンと鳴らすと、デジタル化された古い蓄音機が聖歌を奏でます。
「モレスキはいつ聞いてもいいな……ああ、そうか。純粋さの消失とは、ワイヤーアクションが発明されてアクション映画がダサくなったことによく似たものか。それとも、インターネットのせいでロックが死んだことか?」
「ルールー。あなたはいったい、なにが言いたいのかしら? 会話を成立させる気はある?」
「残念ながら、私が一番得意なコミュニケーションは論文だ」
「あなたは、馬鹿ね」
そうかもしれないなと、天才科学者は笑います。嬉しそうに、嬉しそうな顔で。
ドクターストライプこと、ルールー・ララトアレ。
ドードー再生プロジェクトの一員でもあった彼女に最初につけられたあだ名は、ドクタートランプというものでした。あだ名の由来は、不思議の国のアリスのキャラクターのトランプ兵から。地球がまだ丸かったころに、ルールーにポーカーでしこたま負けた同僚が、悔し紛れにつけたあだ名です。
「いくらなんでも、安直すぎるだろう」
ルールーはトランプというあだ名を嫌がり、トランプとよく似た響きを持つ言葉であるストライプを自身のあだ名にするよう周囲の者に言って聞かせたのです。それもまあ、安直ですけどね。
「ねぇルールー。あなたは今、なにを考えているのかしら?」
「ああ、昔のあだ名のことだよ。もう、誰にも呼ばれなくなってしまったからね」
ドードーを復活させたときのメンバーは、もう誰一人いません。皆、死んでしまったからです。
「なんてあだ名なの?」
「この世界に必要なものはなんだと思う」
「話を逸らすということは、聞かれたくないあだ名なのね」
「ほう、なかなか気を使えるじゃないか、アリス」
アリスと呼ばれたのは、金髪碧眼の少女でした。エプロンドレスに身を包んだ姿は、不思議の国のアリスの主人公、アリス、そのものです。
「私は思うんだ。世界を救うのはいつだって純粋さだと」
「それじゃあルールーは、世界を救えないわね。だって、話題をころころ変えて、私との会話を楽しむことを放棄しているもの。邪悪だわ。まるでジャバウォックよ」
「辛辣だね。まあ、間違ってはいないが……なんせ、マイ・ウェイがシド・ヴィシャスのオリジナルソングだと信じていた私は、とっくの昔に死んでしまったからね」
「今日は誰の歌を聴かせてくれるのかしら?」
アリスはできるだけ話を広げないことにしました。ルールーと話すのが、面倒になってきてしまったのです。
「そうだな、アレッサンドロ・モレスキはどうだ。君は、美しい音が好きだろう」
「音以外も好きよ、美しければ」
ルールーが指をパチンと鳴らすと、デジタル化された古い蓄音機が聖歌を奏でます。
「モレスキはいつ聞いてもいいな……ああ、そうか。純粋さの消失とは、ワイヤーアクションが発明されてアクション映画がダサくなったことによく似たものか。それとも、インターネットのせいでロックが死んだことか?」
「ルールー。あなたはいったい、なにが言いたいのかしら? 会話を成立させる気はある?」
「残念ながら、私が一番得意なコミュニケーションは論文だ」
「あなたは、馬鹿ね」
そうかもしれないなと、天才科学者は笑います。嬉しそうに、嬉しそうな顔で。
10
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【仮想未来SFノベル】『永劫のレオハルト』Samsara of Eden
静風
SF
西暦2157年。
人類は肉体を捨て、仮想世界《エーテル》へと移行した。
死も老いも克服され、人間の意識はデータ化されて永遠の進化を手に入れた。
この楽園を創り上げたのは天才科学者、レオハルト・カストナー。
彼は確信していた――エーテルこそが、人類が辿り着くべき「神の領域」であると。
だがある日、彼はシステムの深部で不可能な記録を目にする。
《エーテル起動記録:西暦2147年》
世界の創造は10年前に始まったはずだった。
にもかかわらず、それ以前のデータが存在しているのだ。
エーテル誕生より古い記録が、なぜエーテルの内側にあるのか?
誰が、何の目的で?
過去を記録する者、秩序を維持する者、
そして、この世界を監視する者たち。
真実に近づくたび、完璧であるはずの世界は静かに歪み始める。
それでもエーテルは、彼の意識に囁き続けた。
「ようこそ、永遠の世界へ」
この『永劫』という名の檻から脱出する術は、本当に存在するのだろうか――?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~
海野 入鹿
SF
高校2年生の相場源太は暴走した車によって突如として人生に終止符を打たれた、はずだった。
再び目覚めた時、源太はあの桶狭間の戦いで有名な今川義元に転生していた―
これは現代っ子の高校生が突き進む戦国物語。
史実に沿って進みますが、作者の創作なので架空の人物や設定が入っております。
不定期更新です。
SFとなっていますが、歴史物です。
小説家になろうでも掲載しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる