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6. エピローグ
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まさか、病室で優奈の寝顔を見ることになるとは思わなかった。この顔を見たのは人生で二度目だ。
無理心中しかけた相手同士を同じ病室にする病院は職務怠慢としか思えなかった。普通は隔離されるのが常識だろう。優奈の姿を見る限り、軽傷らしかった。それに反して俺は、全身打撲のうえに骨折していた。吊り橋から飛び降りたのだから当然である。
病室の扉が開いた。どうやら様子を見に来た看護師のようだった。
看護師は俺を見た瞬間「目が覚めたんですね」と驚き、先生を呼びに行った。看護師の表情には、何やら歓喜に近い表情が読み取れた。患者の意識が回復した程度であれほど喜ぶものだろうか。あの看護師は適職に就いたらしいと、思わず感心した。
冬の病室はやけに白かった。
*
医師に状況説明をしてもらった。どうやら、事実とは捻じ曲がって話が伝わっているらしかった。シナリオとしては、自殺しようとしていた優奈を、俺が車から降りて止めようとしたということらしい。しかも、落下する優奈を抱きかかえて落下の衝撃から守ったというおまけ付きだ。そのあと、吊り橋手前で止まっている車を不審に思った通行人が気づいて通報、という流れらしかった。
そうか――無事掴めていたのかと安堵する。十五メートルの高さから落ちたのだ。俺は死ぬだろうと思っていたのだが、運よく助かった。
「吊り橋の下に雪が積もっていたんですよ。雪が落下の衝撃を和らげたんですね。無事に助かって良かったです」と医師は言った。
あの日は寒かった。今思えば雪が降っていたのかもしれない。雪が積もることを考慮していなかった自身の詰めの甘さに辟易する。殺そうとしても殺しきれなかった可能性があったのだ。
「全治三か月といったところですね」
「そうですか……。ところで彼女は大丈夫ですか」
「おかげ様で二週間で退院できますよ!」と医師は豪快に笑った。
より詳細に聞くと、優奈は俺より一日前に目覚めていたらしい。俺は良かったと胸をなでおろした。
殺そうとした相手に向ける感情とは我ながら思えなかった。
*
病室に戻ると、「あ、私のヒーローだ」と優奈が言った。医師と話している間に目覚めていたらしい。
この状況でも呑気なのは優奈らしかった。
「だれがヒーローだよ。事情聴取のとき嘘言ったな?」
「だって、説明するの面倒くさいし……」と優奈は申し訳なさそうにうつむいた。そういえば、優奈はそもそも面倒くさがりな性分なのだった。
「助けたんだから、もう死ぬなよ」と俺は語気を強めて言った。骨折してまで助けたのに、翌週に自殺された日には立ち直れるか分からない。
「死なないよ。見てこれ」と優奈は私にスマートフォンの画面を向けた。
スマートフォンにはSNSのアカウント作成画面が映されていた。優奈のアカウントが綺麗さっぱり消えている。
「アカウント消したのか?」
「もう私には必要ないから。人間って簡単には死なないんだって知れたし」と優奈は言った。
――それに助けてくれる人がいるしね。と優奈は付け足して笑った。
「あんなこともう二度とやらないよ」と優奈に続けて笑った。人の命を助けるなどという大役はもう御免だ。
ひとしきりに笑ったあと、病室に沈黙が流れた。
「ねぇ、この関係続けてみない?」と優奈が言った。冗談で言っているようには見えなかった。
「それはどうだろう」
「おにーさんは私の特別で、私のこと助けてくれるでしょ? ウィンウィンの関係だよ」
優奈の提案は理屈が通っているようには思えなかった。しかし、彼女は本心で言っているに違いなかった。
「いいかもね」と、俺は優奈の提案を受け入れた。理屈より、自分の意思を尊重することにした。
「やったぁ!」と優奈は喜んで、腕を振り上げた。痛めないか心配したが大丈夫そうだった。
病室も同じだったので二週間の間、優奈と一日中過ごすことになった。あの日の優奈と違って、病室の優奈は毎日、元気そうに見えた。
無理心中しかけた相手同士を同じ病室にする病院は職務怠慢としか思えなかった。普通は隔離されるのが常識だろう。優奈の姿を見る限り、軽傷らしかった。それに反して俺は、全身打撲のうえに骨折していた。吊り橋から飛び降りたのだから当然である。
病室の扉が開いた。どうやら様子を見に来た看護師のようだった。
看護師は俺を見た瞬間「目が覚めたんですね」と驚き、先生を呼びに行った。看護師の表情には、何やら歓喜に近い表情が読み取れた。患者の意識が回復した程度であれほど喜ぶものだろうか。あの看護師は適職に就いたらしいと、思わず感心した。
冬の病室はやけに白かった。
*
医師に状況説明をしてもらった。どうやら、事実とは捻じ曲がって話が伝わっているらしかった。シナリオとしては、自殺しようとしていた優奈を、俺が車から降りて止めようとしたということらしい。しかも、落下する優奈を抱きかかえて落下の衝撃から守ったというおまけ付きだ。そのあと、吊り橋手前で止まっている車を不審に思った通行人が気づいて通報、という流れらしかった。
そうか――無事掴めていたのかと安堵する。十五メートルの高さから落ちたのだ。俺は死ぬだろうと思っていたのだが、運よく助かった。
「吊り橋の下に雪が積もっていたんですよ。雪が落下の衝撃を和らげたんですね。無事に助かって良かったです」と医師は言った。
あの日は寒かった。今思えば雪が降っていたのかもしれない。雪が積もることを考慮していなかった自身の詰めの甘さに辟易する。殺そうとしても殺しきれなかった可能性があったのだ。
「全治三か月といったところですね」
「そうですか……。ところで彼女は大丈夫ですか」
「おかげ様で二週間で退院できますよ!」と医師は豪快に笑った。
より詳細に聞くと、優奈は俺より一日前に目覚めていたらしい。俺は良かったと胸をなでおろした。
殺そうとした相手に向ける感情とは我ながら思えなかった。
*
病室に戻ると、「あ、私のヒーローだ」と優奈が言った。医師と話している間に目覚めていたらしい。
この状況でも呑気なのは優奈らしかった。
「だれがヒーローだよ。事情聴取のとき嘘言ったな?」
「だって、説明するの面倒くさいし……」と優奈は申し訳なさそうにうつむいた。そういえば、優奈はそもそも面倒くさがりな性分なのだった。
「助けたんだから、もう死ぬなよ」と俺は語気を強めて言った。骨折してまで助けたのに、翌週に自殺された日には立ち直れるか分からない。
「死なないよ。見てこれ」と優奈は私にスマートフォンの画面を向けた。
スマートフォンにはSNSのアカウント作成画面が映されていた。優奈のアカウントが綺麗さっぱり消えている。
「アカウント消したのか?」
「もう私には必要ないから。人間って簡単には死なないんだって知れたし」と優奈は言った。
――それに助けてくれる人がいるしね。と優奈は付け足して笑った。
「あんなこともう二度とやらないよ」と優奈に続けて笑った。人の命を助けるなどという大役はもう御免だ。
ひとしきりに笑ったあと、病室に沈黙が流れた。
「ねぇ、この関係続けてみない?」と優奈が言った。冗談で言っているようには見えなかった。
「それはどうだろう」
「おにーさんは私の特別で、私のこと助けてくれるでしょ? ウィンウィンの関係だよ」
優奈の提案は理屈が通っているようには思えなかった。しかし、彼女は本心で言っているに違いなかった。
「いいかもね」と、俺は優奈の提案を受け入れた。理屈より、自分の意思を尊重することにした。
「やったぁ!」と優奈は喜んで、腕を振り上げた。痛めないか心配したが大丈夫そうだった。
病室も同じだったので二週間の間、優奈と一日中過ごすことになった。あの日の優奈と違って、病室の優奈は毎日、元気そうに見えた。
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