自殺愛

目黒サイファ

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4. 死体と眠る

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 優奈の両親は交通事故で死んだらしい。
 体が芯から冷えるような寒い夜の帰り道に聞かされた話だった。
「とうちゃーく!」と優奈は子供のようにドアを勢いよく開いた。自宅のドアが大きな音を立てて軋んだ。家主が目の前にいるというのに、遠慮というものはないのか、と思う。
 優奈は二面性のある少女だった。「死にたい」という彼女は、子どもにしては物事を冷めた目線で見ていたように思う。目の前ではしゃいでいる優奈は別人のように明るかった。優奈の不安定さは見ていて危うさを感じる。
 ――明日には関係のない話だが。優奈の内面を知りたいというのは方便で、彼女を見ていても殺意しかこみ上げるものが無かった。人と会話すること自体が億劫な自分にとって、ここまで冷静なのは予想外だ。
 部屋に入ってすぐに「お風呂借りてもいい?」と優奈は言った。
「いいよ」と言って、優奈を風呂場に案内した。風呂場にはお高めのシャンプーとリンスが完備されている。シャンプーハットの置き場所を説明すると、優奈は「なんかキモい」と一蹴した。
 こいつ店員には気遣うくせに俺には容赦ないなと、扱いの差にやられかけるが何とか持ち直す。必要な物の場所をある程度説明し終えたので、俺は自室のデスクチェアに座った。
 胃の中はモツ鍋の具材でいっぱいだった。結局、半分以上は俺が食べたのだ。久しぶりに長時間会話したせいか、疲れが一気に押し寄せた。二十歳になる前は、成人すれば何もかも要領よくこなせると思っていたのだが、成人になってみてそれは勘違いだったと痛感する。
「大人ぶるのって大変だ」と俺は深く息を吐いた。
 モツ鍋店での優奈との会話を思い出す。
(死ぬことすら選べないって残酷だよ)
 両親が交通事故で死んだ優奈にとっては、不慮の事故というのはなのだ。別れも告げられず即死する死に方は、他の死に方と比較してもかなり不幸だ。ゲームの電源ボタンを切られるまえに、自分から消してしまえという理屈だろうか。確かに、その方が区切りがつく。
 しかし、あまりにも極端すぎる考えではないだろうか。「不運な死」が発生する確率は統計的にどの程度の確率なのだろうか。知りはしないが、さほど高くないだろう。優奈は「不運な死」が発生する確率を考慮できていない。不運に死ぬか、死なないか、の二つの事象しか見えていないのだ。これでは人生における視野狭窄である。
「まぁ、そんなこと言う人はいないだろうけど」と優奈に聞こえない声量で呟いた。
 両親が死んだ少女にそんなことを言う人がいるのならば、そいつは紛れもなく狂っている。
 機嫌よく歌を歌っているらしい優奈の声を聴きながら、そう思った。

   *

 気づけば深夜一時を過ぎた頃になっていた。二人とも別々に入浴を済ませ、別々のベッドと布団に横になっている。優奈にベッドを貸して文句を言われるのが嫌だったので、ほとんど使われていない布団を貸した。押し入れにしまったまま一度も使われることが無かった布団なので、状態は新品同然だった。
「電気消すよ」と言って俺は証明のリモコンに手を伸ばし、電気を消した。
 しばらくベッドで横になっていると、布団のある方向から音がした。ガサゴソと、何やら手元を動かしているようだった。
「何してるの?」と思わず気になり聞いてしまう。
「睡眠薬を飲んでるの」
「それ、過剰摂取するつもりじゃないよな」
「違うよ。ちゃんと適量飲んで寝るから」と優奈は弱弱しく言った。
「眠れないのか」
「眠れるわけないでしょ。夜って嫌い。寝なきゃいけないから」
 優奈は両親が亡くなった後、精神科に通っているらしかった。睡眠薬もそこで処方されたものだろう。精神を病むと眠れなくなるというが、本当らしい。眠れなくなるという現象が俺にはよく分からなかった。
「優奈が寝るまで、俺が見といてあげるよ」
「なんか嫌かも」と優奈は軽く笑った。
「他人が見ているのって、結構効果あるよ」
「そうなの?」
「優奈が寝ていることを観測する人がいるというのが大事なんだ。不確定なことは他人が見ることで確定する」
「……全然分かんないや」
「とりあえず、お休み」と言って、俺は静観することに努めた。
 優奈が寝るのにそれから大体三十分ほどかかった。

   *

 優奈の眠る姿はまるで死体のようだった。
 仰向けに寝ている彼女は睡眠薬が効いているせいか微動だにしない。肌に夜光が反射して、白い肌が余計に白く映った。彼女を見ていると、思わず殺した後のことを思案する。
 俺はこの顔を二度見ることになるだろうなと確信した。ここまで無防備なのだから、殺し方はいくらでも選べる。本来ならば、優奈と出会う前に決めておくべきなのだが、殺人ビギナーなことが祟っていまだに逡巡している。
 刺殺、絞殺、毒殺……意外と人を殺す方法が多いことに改めて気づく。世の殺人鬼たちは数多の殺害方法から選択して人を殺しているのか、と考えると殺人鬼も努力家である。
 突き落とすというのも悪くないと思えた。ちょうど近くに高低差十五メートル程度の吊り橋があるのだ。
 そうだ、そこに突き落とそう。死体を確認することは叶わないが、一人で落ちていく優奈を眺めるのも悪くないと思えた。殺害方法が決定した瞬間だった。
 熟睡している優奈をもう一度見て、毛布を被った。十二月の寒い夜で、暖かくして眠るのは最高だった。
 疲れていたこともあって、五分後には意識が飛んだ。
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