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石枕
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少年は森の中にいた。周囲には木々が繁々と生えていて、葉は露で潤っている。少年は生来、森に育まれて生きてきたのだ。森の食物連鎖は少年を激しく興奮させ、学びを授けるものであった。そして、強い日差しから守ってくれるのは森に生い茂る葉であった。
森は時に母へと姿形を変え、少年を見つめているようだった。
少年はしばらく森を駆け回ると、開けた場所に辿り着いた。そこは、砂利が一面を敷き詰めていて、全体は青色を帯びている。一見、殺風景とも思えるこの場所は、少年の興味を惹いた。
少年はこの場所を初めて発見したのだ。人生で到達できるかわからないであろう場所に、少年は初めて遭遇した。
「これは森に導かれたからではない!」と少年は断言した。
初めて自分の意志で森の隠してきた現実を暴いてやった気がした。主従が逆転し、子供であった少年は一歩大人になった感覚を覚えた。
この場所は何か隠されているのだろうか。今まで到達できなかった場所に、少年は強い意味があると考えた。新たな知見に出会えると確信した。
周囲を散策すると、岩に座った老人がいた。頭には帽子を被り、身体はカーキ色のコートを纏っている。少年が森の中で人に出会ったのは初めてのことだった。
「君、辿り着いたかね?」老人は振り向きもせず言った。
怪しい、と少年は思った。しかし、知的探求心には逆らえず、少年は口を開いた。
「この場所は何ですか? 一体何があるんですか?」
「ここにはね。真実が隠されているんだよ。石枕というのはご存じかな?」
「石枕とはなんでしょう」
「あれのことだよ」老人は一つの丸い石を指さした。大きさは頭より少し大きい。「あの枕で寝ることが人生の一つのゴールなのだよ」
「そんな馬鹿な。石を枕にして寝るなんて聞いたことがありません」
「よく考えてみなさい。そして、よく観察しなさい」老人は諭すように答えた。
少年は丸い石に近づいて、じっと眺めた。よく見ると、他の石より表面が滑らかだった。色も白く、ただの石であるにも関わらず、高価な品のようだと錯覚する。この石を枕にして寝ることは、確かに意味のあることなのかもしれないと、少年は深い息を吐いた。
「わかったかね? わからなければ去りなさい。君には資格がないということだ」背後から老人が言った。
「待ってください! 確かにこの石枕からは何かを感じます」少年は間髪を入れず叫んだ。
「君もわかるかね。石枕で寝ることは、羽毛の入った枕で寝るより何倍も価値のあることなのだ。羽毛の枕で寝ると、まず、身体が軟弱になり、そして、精神が虚弱になる。石枕はその逆だ。君の身体と精神をゆっくりと確実に強固なものへと昇華させるのだ」老人の瞳は黒く、底が見えないほど深い。人生経験の累積がそのまま表れているように見えた。「君は若く、まだ知らないだけなのだ」
少年は石枕をもう一度見る。今まで聞いたことのないことを、少年は必死に解釈した。
この解釈が好意的なものによることを少年は自覚していなかった。
「僕も石枕で夢を見てみたい」
「そうだろう。君も理解してくれてよかった」老人は遠くを眺めた。「今頃、私の同志たちも石枕で眠り、着実に成長しているだろう」
「同志がいらっしゃるのですか」少年は恐る恐る訊いた。少年の瞳に映る老人は、尊敬に足る人物へと変貌していたからだ。言葉を紡ぐことすら失礼なことに思えた。
「もちろんだ。同志たちが世界を支配するのもそう遠くはないだろうね。彼らは人生の意味に気付いたのだから。周囲の愚鈍な人間とは、比べ物にならない」
「僕も研鑽に励みます!」少年は最大限喉を震わせて言った。
少年は石枕に駆け寄り、ゆっくりと抱き寄せた。生涯をかけて石枕で眠ることを誓った。
老人の姿はもうない。どこかへ旅立ったようだった。老人の腰の辺りに黒くて歪なしっぽが生えていたことに、少年は気づかなかった。
石枕は長い年月をかけて、少年の身体を蝕んだ。
森は時に母へと姿形を変え、少年を見つめているようだった。
少年はしばらく森を駆け回ると、開けた場所に辿り着いた。そこは、砂利が一面を敷き詰めていて、全体は青色を帯びている。一見、殺風景とも思えるこの場所は、少年の興味を惹いた。
少年はこの場所を初めて発見したのだ。人生で到達できるかわからないであろう場所に、少年は初めて遭遇した。
「これは森に導かれたからではない!」と少年は断言した。
初めて自分の意志で森の隠してきた現実を暴いてやった気がした。主従が逆転し、子供であった少年は一歩大人になった感覚を覚えた。
この場所は何か隠されているのだろうか。今まで到達できなかった場所に、少年は強い意味があると考えた。新たな知見に出会えると確信した。
周囲を散策すると、岩に座った老人がいた。頭には帽子を被り、身体はカーキ色のコートを纏っている。少年が森の中で人に出会ったのは初めてのことだった。
「君、辿り着いたかね?」老人は振り向きもせず言った。
怪しい、と少年は思った。しかし、知的探求心には逆らえず、少年は口を開いた。
「この場所は何ですか? 一体何があるんですか?」
「ここにはね。真実が隠されているんだよ。石枕というのはご存じかな?」
「石枕とはなんでしょう」
「あれのことだよ」老人は一つの丸い石を指さした。大きさは頭より少し大きい。「あの枕で寝ることが人生の一つのゴールなのだよ」
「そんな馬鹿な。石を枕にして寝るなんて聞いたことがありません」
「よく考えてみなさい。そして、よく観察しなさい」老人は諭すように答えた。
少年は丸い石に近づいて、じっと眺めた。よく見ると、他の石より表面が滑らかだった。色も白く、ただの石であるにも関わらず、高価な品のようだと錯覚する。この石を枕にして寝ることは、確かに意味のあることなのかもしれないと、少年は深い息を吐いた。
「わかったかね? わからなければ去りなさい。君には資格がないということだ」背後から老人が言った。
「待ってください! 確かにこの石枕からは何かを感じます」少年は間髪を入れず叫んだ。
「君もわかるかね。石枕で寝ることは、羽毛の入った枕で寝るより何倍も価値のあることなのだ。羽毛の枕で寝ると、まず、身体が軟弱になり、そして、精神が虚弱になる。石枕はその逆だ。君の身体と精神をゆっくりと確実に強固なものへと昇華させるのだ」老人の瞳は黒く、底が見えないほど深い。人生経験の累積がそのまま表れているように見えた。「君は若く、まだ知らないだけなのだ」
少年は石枕をもう一度見る。今まで聞いたことのないことを、少年は必死に解釈した。
この解釈が好意的なものによることを少年は自覚していなかった。
「僕も石枕で夢を見てみたい」
「そうだろう。君も理解してくれてよかった」老人は遠くを眺めた。「今頃、私の同志たちも石枕で眠り、着実に成長しているだろう」
「同志がいらっしゃるのですか」少年は恐る恐る訊いた。少年の瞳に映る老人は、尊敬に足る人物へと変貌していたからだ。言葉を紡ぐことすら失礼なことに思えた。
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「僕も研鑽に励みます!」少年は最大限喉を震わせて言った。
少年は石枕に駆け寄り、ゆっくりと抱き寄せた。生涯をかけて石枕で眠ることを誓った。
老人の姿はもうない。どこかへ旅立ったようだった。老人の腰の辺りに黒くて歪なしっぽが生えていたことに、少年は気づかなかった。
石枕は長い年月をかけて、少年の身体を蝕んだ。
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