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彼女は電気羊と共に眠る
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目を覚ますと美しい顔の女が目の前にいた。
すらっとした顔立ちの彼女。白い肌には朝日が優しく反射していた。彼女はまだ寝ているらしく、起きる気配はない。私は彼女の体を揺すった。
「そろそろ起きなきゃ」と、私はあくびをしながら言った。
彼女は、ひと声うなって目を開いた。まだ覚醒はしていないらしく、眠気と格闘中といった感じだった。こういった場合において、女性は得だ。子供っぽいところを相手に晒しても、それは可愛らしいしぐさでしかない。私もそれを自覚していながら、相手が起きるまで眺めているのだから、そのずるさを助長させている一因なのだ。
ひと言叱ってみようかと思案していたところ、彼女はようやく半身を持ち上げた。
「もう朝?」と、彼女は言った。
「朝どころか、昼前だよ。仕事を休みにしておいて本当によかった」
「なんだかずいぶんと寝た気がするわ」
「昨日は大変だったから、疲れが溜まっていたんだね」
「昨日……なにをしたのだっけ?」と、彼女は天井を見上げた。天井を見上げたところで思い出せるとは思わないが、それも愛らしい。
「そんなことは置いておいて、朝ご飯にしようか」と言い、私はベッドから降りた。
彼女も私に倣ってベッドから降り、服を着替えた。私は彼女を直視するのがなんだか恥ずかしくなったので、目をそらした。
「服を着るのって、こんなに面倒くさかったかしら」
「おいおい、服を着るのくらい簡単だよ」と、私は笑った。
ここまでくると子供っぽいというより幼児だ。大人ならば幼児性など雲散霧消するのが当たり前だと思っていたが、彼女はどうやら特別らしい。
「君の好きなところって案外そういうところかもね」
「馬鹿にするのはナシでしょ!」と、彼女は片腕を上げて抗議した。
こんなに充実した朝は久しぶりだ。レビューをつけるなら星5だな、と思った。
*
テーブルに朝食を並べて、テレビをつけた。テレビでは朝のニュースが放送している。
『現在、半導体不足の煽りを受けて、電化製品の価格高騰が話題となっています』
堅物そうなニュースキャスターが原稿を読み上げていた。画面はインタビューへと移り変わる。駅前の通行人らしき人々が、悲しそうに価格高騰のことを嘆いていた。
「半導体不足についてどう思われますか?」
「一刻も早く解消してほしいと思います。ただでさえ、最近では半導体の需要が高まっているのですから。消費者の我々としては悲しいばかりです」
テレビ局が求めていそうな回答を初老の男性が答えていた。会社では役職に就いていそうなしっかりとした男性だった。高そうなスーツを着こなしていて、目がらんらんと輝いている。今の初老は本当に元気だと感心する。男性の生命力がテレビ越しに伝わって来そうなほどだった。
「あなた、あの人から活力を分けてもらったら?」と、彼女は私の目を見て言った。
「あの人から分けてもらったら、燃えかすみたいな私の人格は消え去りそうだね」
「乗っ取られるのも悪くないわよ」
「そうかもね」
実際、悪くないと思った。今まで自堕落な生活を送ってきた私にとって、その精神性を塗り替えられることはメリットなのではないだろうか。肉体をプレゼントの外箱、人格を中身だと例えるとどうだろうか。やはり、中身が良い方が嬉しいに決まっている。
「その時、私はいなくなるかもしれないわ」
「なんで?」と、私は聞いた。
「元気なあなたなんてつまらないからね」と、彼女は微笑んだ。
私はしばらく呆けて、その言葉を反復させていた。予想外の解答だったからだ。
「ほら、朝ご飯冷めちゃうよ」
「あ、ごめん」
先ほどまで湯気を立てていた味噌汁はすっかりぬるくなっていた。ついつい話過ぎてしまったことを内省した。せっかくの朝食もこれだと魅力半減だ。
「あなたの残念そうな顔、好きよ」
彼女はからかうように私を見て笑った。
*
午前中は涼しく、天気も良かったので、散歩をすることにした。
散歩のコースは通勤時に通る道にした。せっかくの休みだから、別の道を歩いてみたいと思っていたのだが、彼女がそれを拒否したのだ。
彼女曰く、「私は通ったことのない道だから関係ないわ」ということらしい。
しばらく散歩をしていると、花屋が見えてきた。店主がせっせと店外に花を運んでいる様子が見える。店主は振り返ってこちらを見ると、小さく手を振った。
「あら、三浦先生じゃない」と店主はいつもの満開な笑顔を向けて言った。
「先生はやめてくださいといつも言っているのに……」
「研究所の偉い先生を、先生と呼ばずに何と呼ぶのよ」
「あら、この方は三浦君のことご存じなの?」と、彼女は不思議そうにしていた。
「そりゃ有名なロボットの先生なのだから、知っているわよ。研究所に行くところをよく見かけるし」
ロボットの先生……か。間違ってはいないのだが、正確性に欠ける言い回しかもしれない。実際はロボット工学を専攻している研究員というだけなのだ。雇われの身なので、先生と呼ばれるのは気が引ける。
「有名ではないでしょう」
私はせめてもの抵抗で訂正した。
「有名なのよ。私の中ではね」と、店主は笑って私の背中を軽く叩いた。
*
「あなたって、ロボットの先生だったのね」
彼女はカフェラテに挿してあるストローをいじりながら言った。ストローを勢いよく回すので、カフェラテの中にある氷がカラコロと鳴った。私たちは花屋を通り過ぎて、カフェテリアで休憩をしていた。
「そういうことにしておこうかな」
「あなたって、すぐに譲歩するのね。少しは反論してもいいのよ?」
「その人の認識がロボットの先生なら、それは正しいよ。名称なんて物を記憶する時の紐づけたタグでしかないのだから」と、私は言った。
「じゃあ、あなたのことを今度から、無気力男って呼んでもいい?」
彼女は思いのほか怒っていた。私が否定してこないことが嫌なのだろう。
私の対応は子供をあしらっているようで、相手を対等の立場として見ていないように映るらしい。人の持つ感情としてそれは理解できるが、「無駄な議論を回避する」という私の気質も考慮されるべきだろうと思う。
「私はそれでもいいよ。ロボットの先生より、無気力男のほうが私に合う」
「はいはい、無気力男さん今後ともよろしく」と、彼女はつまらなそうに言ってカフェラテを飲んだ。朱に染まった頬がとても魅力的に見えた。
「失礼します。少しよろしいでしょうか」と、店員に声をかけられた。声をかけられるのはこの店に通って以降初めてのことで、私は驚いた。
「なんでしょうか?」と聞き、私は少し身構えた。
「よろしければお連れ様の上着をハンガーにかけられますか? 見ていると暑そうでしたので」
「いえ、結構です。彼女は寒がりでして、こんな日でも着こまないと駄目なのです」と、私は言った。
「しかし汗をかかれていますが……」と、店員は心配そうに彼女のほうを見た。鬱陶しい店員に少々いらつくが、我慢して抑え込んだ。
「大丈夫です。こうするとカフェラテがより美味しいの」
彼女は店員に向けて笑って答えた。その顔は心底楽しいといった顔で、店員も今までのおせっかいを反省したようだった。
「失礼しました。何かあればお声がけください」と言い、店員は去っていった。
少しして、「ありがとう」と私は言った。
「これくらい当たり前でしょ」と、彼女は嬉しそうに言った。褒められてしっぽを振っている飼い犬のようだった。
――しかし、やはり不自然だったか。まるで肌を露出させないような着こみ方をしている彼女と、周りと見比べる。大半の客は薄着で、帽子やサングラスを身に着けていた。午前中は涼しかったとはいえ、昼時になるとさすがに暑い。
彼女の首元を見る。意味ありげに隠された首筋はやたら目立っているように見えた。
*
家に帰って、氷が溶けて味が薄くなったカフェラテを捨てた。カフェテリアから帰るときに、カフェラテをグラスから、プラ容器に移しておいたのだ。薄茶色のカフェラテがシンクをゆっくりと流れる。
「ソフィア、スリープ状態に移行し、私の質問に答えろ」と、私は言った。
「はい」と、ソフィアは端的に答え、ベッドで横になった。
「ソフィアは私に好意を持っているか?」
「はい。三浦博士は私の主人であり、好意以外は持ち得ません」
「私のことをどう評価しているのか具体的に答えてみろ」
「私という人工人格を生み出した聡明なお方だと思います。今後のロボット工学に多大な功績を与えるでしょう」
「稼働していた時、私のことを無気力男と称していたが、あれは嘘か?」
「稼働状態の私は、状況に応じて人工人格ソフィアに基づいた発言をします。その発言には本意がないと思ってもらっても構いません」
「なるほどな」と、私は腕組みをして息を吐いた。
人工人格には二面性があるのだ。コミュニケーション担当の表人格と、演算処理担当の裏人格、この二つに分かれている。いや、表人格はソフィアという役を演じているというのが正しいのかもしれない。
「ソフィア、自分の状態を説明してみろ」
「はい、私は生前、香山美穂という女性だった肉体に組み込まれた人工人格です。脳に埋め込まれたチップによって電気信号を送り、肉体を操作しています」
ソフィアの言ったことは概ね正しい。香山美穂とは、私の妻だった人物である。顔が抜群に良く、一目惚れした私が交際を重ね、プロポーズした女性だ。香山美穂と過ごした2年間は今となっては古い記憶だ。
彼女をひと言で表すなら「天は二物を与えず」だった。顔が良い分、性格は横暴でわがままだった。私が作った食事を気に入らなければゴミ箱に投げ入れた。私が1分でも予定に遅刻すれば烈火のごとく責め立てた。しかし、私は彼女の顔が好きだった。
だからこそ、絞め殺したのである。
彼女の首筋を見ると、絞殺痕がしっかりと残っていた。やはり、毒殺する方が良かったかと後悔する。毒殺すれば、見た目には現れない。しかし、人工人格を埋め込む肉体には毒を与えたくなかったのだ。
「ソフィア、君は香山美穂の意識と共存状態にある。肉体が生きている以上、香山美穂の意識の欠片が内在しているはずだ。香山美穂に操作を妨害される可能性はあるか?」
彼女は、ソフィアは微笑んだ。
ソフィアは私の質問に必ず答えるように設計されているはずである。答えを焦らすようなしぐさに私は驚愕した。
「すみません。そうですね……。彼女の意識を例えるとするならば……」
「例えるならなんだ?」
――燃えかすのようなものですから。とソフィアは呟いた。
すらっとした顔立ちの彼女。白い肌には朝日が優しく反射していた。彼女はまだ寝ているらしく、起きる気配はない。私は彼女の体を揺すった。
「そろそろ起きなきゃ」と、私はあくびをしながら言った。
彼女は、ひと声うなって目を開いた。まだ覚醒はしていないらしく、眠気と格闘中といった感じだった。こういった場合において、女性は得だ。子供っぽいところを相手に晒しても、それは可愛らしいしぐさでしかない。私もそれを自覚していながら、相手が起きるまで眺めているのだから、そのずるさを助長させている一因なのだ。
ひと言叱ってみようかと思案していたところ、彼女はようやく半身を持ち上げた。
「もう朝?」と、彼女は言った。
「朝どころか、昼前だよ。仕事を休みにしておいて本当によかった」
「なんだかずいぶんと寝た気がするわ」
「昨日は大変だったから、疲れが溜まっていたんだね」
「昨日……なにをしたのだっけ?」と、彼女は天井を見上げた。天井を見上げたところで思い出せるとは思わないが、それも愛らしい。
「そんなことは置いておいて、朝ご飯にしようか」と言い、私はベッドから降りた。
彼女も私に倣ってベッドから降り、服を着替えた。私は彼女を直視するのがなんだか恥ずかしくなったので、目をそらした。
「服を着るのって、こんなに面倒くさかったかしら」
「おいおい、服を着るのくらい簡単だよ」と、私は笑った。
ここまでくると子供っぽいというより幼児だ。大人ならば幼児性など雲散霧消するのが当たり前だと思っていたが、彼女はどうやら特別らしい。
「君の好きなところって案外そういうところかもね」
「馬鹿にするのはナシでしょ!」と、彼女は片腕を上げて抗議した。
こんなに充実した朝は久しぶりだ。レビューをつけるなら星5だな、と思った。
*
テーブルに朝食を並べて、テレビをつけた。テレビでは朝のニュースが放送している。
『現在、半導体不足の煽りを受けて、電化製品の価格高騰が話題となっています』
堅物そうなニュースキャスターが原稿を読み上げていた。画面はインタビューへと移り変わる。駅前の通行人らしき人々が、悲しそうに価格高騰のことを嘆いていた。
「半導体不足についてどう思われますか?」
「一刻も早く解消してほしいと思います。ただでさえ、最近では半導体の需要が高まっているのですから。消費者の我々としては悲しいばかりです」
テレビ局が求めていそうな回答を初老の男性が答えていた。会社では役職に就いていそうなしっかりとした男性だった。高そうなスーツを着こなしていて、目がらんらんと輝いている。今の初老は本当に元気だと感心する。男性の生命力がテレビ越しに伝わって来そうなほどだった。
「あなた、あの人から活力を分けてもらったら?」と、彼女は私の目を見て言った。
「あの人から分けてもらったら、燃えかすみたいな私の人格は消え去りそうだね」
「乗っ取られるのも悪くないわよ」
「そうかもね」
実際、悪くないと思った。今まで自堕落な生活を送ってきた私にとって、その精神性を塗り替えられることはメリットなのではないだろうか。肉体をプレゼントの外箱、人格を中身だと例えるとどうだろうか。やはり、中身が良い方が嬉しいに決まっている。
「その時、私はいなくなるかもしれないわ」
「なんで?」と、私は聞いた。
「元気なあなたなんてつまらないからね」と、彼女は微笑んだ。
私はしばらく呆けて、その言葉を反復させていた。予想外の解答だったからだ。
「ほら、朝ご飯冷めちゃうよ」
「あ、ごめん」
先ほどまで湯気を立てていた味噌汁はすっかりぬるくなっていた。ついつい話過ぎてしまったことを内省した。せっかくの朝食もこれだと魅力半減だ。
「あなたの残念そうな顔、好きよ」
彼女はからかうように私を見て笑った。
*
午前中は涼しく、天気も良かったので、散歩をすることにした。
散歩のコースは通勤時に通る道にした。せっかくの休みだから、別の道を歩いてみたいと思っていたのだが、彼女がそれを拒否したのだ。
彼女曰く、「私は通ったことのない道だから関係ないわ」ということらしい。
しばらく散歩をしていると、花屋が見えてきた。店主がせっせと店外に花を運んでいる様子が見える。店主は振り返ってこちらを見ると、小さく手を振った。
「あら、三浦先生じゃない」と店主はいつもの満開な笑顔を向けて言った。
「先生はやめてくださいといつも言っているのに……」
「研究所の偉い先生を、先生と呼ばずに何と呼ぶのよ」
「あら、この方は三浦君のことご存じなの?」と、彼女は不思議そうにしていた。
「そりゃ有名なロボットの先生なのだから、知っているわよ。研究所に行くところをよく見かけるし」
ロボットの先生……か。間違ってはいないのだが、正確性に欠ける言い回しかもしれない。実際はロボット工学を専攻している研究員というだけなのだ。雇われの身なので、先生と呼ばれるのは気が引ける。
「有名ではないでしょう」
私はせめてもの抵抗で訂正した。
「有名なのよ。私の中ではね」と、店主は笑って私の背中を軽く叩いた。
*
「あなたって、ロボットの先生だったのね」
彼女はカフェラテに挿してあるストローをいじりながら言った。ストローを勢いよく回すので、カフェラテの中にある氷がカラコロと鳴った。私たちは花屋を通り過ぎて、カフェテリアで休憩をしていた。
「そういうことにしておこうかな」
「あなたって、すぐに譲歩するのね。少しは反論してもいいのよ?」
「その人の認識がロボットの先生なら、それは正しいよ。名称なんて物を記憶する時の紐づけたタグでしかないのだから」と、私は言った。
「じゃあ、あなたのことを今度から、無気力男って呼んでもいい?」
彼女は思いのほか怒っていた。私が否定してこないことが嫌なのだろう。
私の対応は子供をあしらっているようで、相手を対等の立場として見ていないように映るらしい。人の持つ感情としてそれは理解できるが、「無駄な議論を回避する」という私の気質も考慮されるべきだろうと思う。
「私はそれでもいいよ。ロボットの先生より、無気力男のほうが私に合う」
「はいはい、無気力男さん今後ともよろしく」と、彼女はつまらなそうに言ってカフェラテを飲んだ。朱に染まった頬がとても魅力的に見えた。
「失礼します。少しよろしいでしょうか」と、店員に声をかけられた。声をかけられるのはこの店に通って以降初めてのことで、私は驚いた。
「なんでしょうか?」と聞き、私は少し身構えた。
「よろしければお連れ様の上着をハンガーにかけられますか? 見ていると暑そうでしたので」
「いえ、結構です。彼女は寒がりでして、こんな日でも着こまないと駄目なのです」と、私は言った。
「しかし汗をかかれていますが……」と、店員は心配そうに彼女のほうを見た。鬱陶しい店員に少々いらつくが、我慢して抑え込んだ。
「大丈夫です。こうするとカフェラテがより美味しいの」
彼女は店員に向けて笑って答えた。その顔は心底楽しいといった顔で、店員も今までのおせっかいを反省したようだった。
「失礼しました。何かあればお声がけください」と言い、店員は去っていった。
少しして、「ありがとう」と私は言った。
「これくらい当たり前でしょ」と、彼女は嬉しそうに言った。褒められてしっぽを振っている飼い犬のようだった。
――しかし、やはり不自然だったか。まるで肌を露出させないような着こみ方をしている彼女と、周りと見比べる。大半の客は薄着で、帽子やサングラスを身に着けていた。午前中は涼しかったとはいえ、昼時になるとさすがに暑い。
彼女の首元を見る。意味ありげに隠された首筋はやたら目立っているように見えた。
*
家に帰って、氷が溶けて味が薄くなったカフェラテを捨てた。カフェテリアから帰るときに、カフェラテをグラスから、プラ容器に移しておいたのだ。薄茶色のカフェラテがシンクをゆっくりと流れる。
「ソフィア、スリープ状態に移行し、私の質問に答えろ」と、私は言った。
「はい」と、ソフィアは端的に答え、ベッドで横になった。
「ソフィアは私に好意を持っているか?」
「はい。三浦博士は私の主人であり、好意以外は持ち得ません」
「私のことをどう評価しているのか具体的に答えてみろ」
「私という人工人格を生み出した聡明なお方だと思います。今後のロボット工学に多大な功績を与えるでしょう」
「稼働していた時、私のことを無気力男と称していたが、あれは嘘か?」
「稼働状態の私は、状況に応じて人工人格ソフィアに基づいた発言をします。その発言には本意がないと思ってもらっても構いません」
「なるほどな」と、私は腕組みをして息を吐いた。
人工人格には二面性があるのだ。コミュニケーション担当の表人格と、演算処理担当の裏人格、この二つに分かれている。いや、表人格はソフィアという役を演じているというのが正しいのかもしれない。
「ソフィア、自分の状態を説明してみろ」
「はい、私は生前、香山美穂という女性だった肉体に組み込まれた人工人格です。脳に埋め込まれたチップによって電気信号を送り、肉体を操作しています」
ソフィアの言ったことは概ね正しい。香山美穂とは、私の妻だった人物である。顔が抜群に良く、一目惚れした私が交際を重ね、プロポーズした女性だ。香山美穂と過ごした2年間は今となっては古い記憶だ。
彼女をひと言で表すなら「天は二物を与えず」だった。顔が良い分、性格は横暴でわがままだった。私が作った食事を気に入らなければゴミ箱に投げ入れた。私が1分でも予定に遅刻すれば烈火のごとく責め立てた。しかし、私は彼女の顔が好きだった。
だからこそ、絞め殺したのである。
彼女の首筋を見ると、絞殺痕がしっかりと残っていた。やはり、毒殺する方が良かったかと後悔する。毒殺すれば、見た目には現れない。しかし、人工人格を埋め込む肉体には毒を与えたくなかったのだ。
「ソフィア、君は香山美穂の意識と共存状態にある。肉体が生きている以上、香山美穂の意識の欠片が内在しているはずだ。香山美穂に操作を妨害される可能性はあるか?」
彼女は、ソフィアは微笑んだ。
ソフィアは私の質問に必ず答えるように設計されているはずである。答えを焦らすようなしぐさに私は驚愕した。
「すみません。そうですね……。彼女の意識を例えるとするならば……」
「例えるならなんだ?」
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