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序章 ベルティオ領編
英雄の終わりと誕生
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エルベを助けたグリディア達は急遽予定を変更し、公爵城まで護衛をしてその後、再びこの迷宮に挑む事にした。エルベが目覚めた日は出発はせずに、基本的に食料調達以外はエルベの側に付き、隣国の学院での様々な思い出話を聞きながら一日を過ごした。
翌日......
日が昇るのとほぼ同時刻に起床したグリディアは、すぐ近くの川で顔を洗い、朝食の支度を始める。このパーティーでは、≪料理≫系スキルを持っているのがグリディアしかいない為、必然的に彼が料理を作る事になっていた。
本日の朝飯は、ここ四日間変わることのない、森で採れた野菜のサラダ、昨晩狩った六角兎の丸焼き、堅焼きパンの計三種だ。エルベには少々物足りないと思われるかと思いきや、美味い美味いとそれはそれは見事な食べっぷりだった。
「お前、何者だ?こんな美味い料理城でも滅多に出ないぞ」
「そうなのですか?」
「あぁ、今度城に来てうちの料理人達に食べさせてやれよ。そん時は使いの者を一週間前くらいに遣わすからよ」
「そんな、私のような者をそのように簡単に城へ招いてもよろしいのですか?いくら、次期公爵様とはいえ申し訳ありませんがそこまで自由に出来るのでしょうか」
「俺の力だけでは無理に等しいだろう。俺の力だけでは、な」
エルベは怪しげな目つきでそう言い放った。その視線にグリディアは何か嫌な予感を感じ、背筋に氷でも入れられたかのような寒気が走り、思わずその身をブルリと震わせた。
「エルベ様......まさか、公爵様に!」
「おっと、それ以上は言うなよ。ガルア」
「しかし、それはいくらなんでも無茶だと思いますが」
「容易い事さ、まぁそう遠くないうちにまた会うことになるだろうよ。ところで、リディと嬢ちゃんは『白金蝶』に入らないのか?」
そう、実はまだ二人は『白金蝶』に加わっていない。そして、パーティー加入の相談は受けていたが未だ詳しい事は決まっていなかったのだ。二人の強さは冒険者の中でもトップに君臨できるほどある。しかし、冒険者としてこの世界で生き抜く力は新米より少しマシな程度でしかない。
このパーティーのメンバーは、冒険者としての長さが一番短い者でも十年は超えている。それ故に、このパーティーに加わり冒険する事は大きく成長できる足がかりとなるが、それと同時に二人の目標を達成するための足枷ともなる。二人の目標はこの世界を脅かす何かから世界を救わなければならないというものだ。そして、それを成し遂げるために神から様々な祝福を得ている。
しかし、彼ら『白金蝶』のメンバーはそうではない。少し嫌な言い方になってしまうかもしれないが、二人にとってはただの足手纏いとなってしまうのだ。
冒険者としての知識を得るならばこうした、冒険者歴の長い者達に教えを乞うことが何よりも良い方法だろう。だが、その者達をいつかは弱いから必要ないと切り捨てなければならない時がきてしまう。その事が、パーティーに加入する事に悩む一番の要因だった。
「何を悩む必要があるんだ?君らの悩みを全て知り得ているわけではないが、恐らく俺達では見当もつかんくらいとんでもない代物なんだろう。それも、こいつらを犠牲にしてしまうようなモノなんだろう?」
「っ!......はい」
「ならばなんの悩む要素もない。こいつらはお前達が思ってるよりヤワじゃねぇし、それにチームワークだけでいえばどんな冒険者パーティーよりも上だ。安心しろ、このSランク冒険者である俺が言ってるんだ!自慢ではないがな」
「え、Sランク!?それほど、お強かったとは......しかし、それほどの方がなぜそれ程までに追い詰められてしまってのですか?」
Sランク冒険者は勇者の次に強い、つまり事実上この世界で最強の人類——、『英雄』だ。それほどの強者を、死の寸前にまで追い込んだ襲撃者とは一体何者なんだ、そう思った次の瞬間だった。野営地を丸々包み込むほどの結界が張られ、七人が閉じ込められる。各々がそれぞれの武器を取り背中を合わせて警戒態勢に入る。
「何が起きてんだ、クソッ!」
「分からないわ!とりあえず分かるのは、この結界は限越ランクのスキル≪金剛不壊≫......一度入ったらもう抜け出せない」
「クソッ!誰だこんな真似した奴はぁ!隠れてないで出て来いやぁ!」
「そう急かさなくても出てきますよ、ねぇエルベ君?」
「お前は昨日のっ......一体何をしに来た!俺を殺すためか、だとしてもこいつらは関係ないだろう!直ぐにこいつらだけでも解放しろ」
エルベが鬼の形相で、木の陰から出てきた奇怪な覆面と黒いフード付きのマントを身に纏った忍者のようなその者に怒鳴りつける。くっくっく、と堪えるように笑い左右の指を同時に弾く。
すると、『白金蝶』の四人が光に包まれ結界の外に出た。しかし、包んだ光が両手両足を拘束したため彼らは動けずにその場に転がる。
「どう言う事だ!この二人も全く関係はないはずだ、直ぐに結界に出せ!」
「それは無理に等しい要求ですよ。それに今の君達の命は私の手の中にある、先程の要求はせめてもの慈悲だ。身の程を弁えたまえ、次期公爵殿」
次の瞬間、体が地に叩きつけられる。立とうとするも、凄まじい重圧によって押さえつけられているためにどう足掻いても膝をつくことすらできない。ここで死んでしまうのか、そうエルベが思った瞬間隣で同じように伏せていたはずのリディの声が聞こえた。
「個性≪超錬金術≫、起動!≪金剛不壊≫を解体!」
そう叫んだ瞬間、体にかかっていた重圧が結界や『白金蝶』のメンバーの拘束が全て消え去った。どうやら、これは想定外の事態だった様で覆面の黒装束も驚きを隠せないでいた。
「まさか......転生者か!他にもいたなんてなぁ、まぁいい。総員!こいつらを取り押さえろ!」
『了解!』
木の上から彼と同じ服装をした人間が十五人、飛び出し襲い掛かる。次々と仲間達の手足に縄が掛けられ、猿轡が嵌められた。そして、エルベとグリディア、レライエには青いゴムのような性質のヘッドバンドも嵌められる。
「それは、魔法やスキルなどの特殊技能の発動を阻害する術式が織り込まれた冠だ。これで、お前はもう逃げられない」
「んぐっほごはおう!(このやろう!)はでほごごうがうぐ!(なぜこのような事をする!)」
「何を言っているのか全く分からんなぁ、まぁ一つ言えるとしたら我が主の命令であり望みだからだ。憎むべき転生者、英雄は全て殺せと言う命令だ」
「(万事休すか......まさかこんなふうに殺されるなんて!だれか助けに来てくれ!)」
エルベは必死に願い続けた。それは他の六人も同じだ。こんな、迷宮に訪れる英雄級の冒険者など滅多にいない。それを、分かりきっているのにそう願ってしまうのが人というものだ。
しかし、それは無駄だった。助けの来るものはいくら待っても来なかった。
「終わりだ、英雄、転生者ども。精々あの世で楽しく暮らしてろ!スキル≪個性破棄≫≪能力初期化≫......死ね、まずは英雄お前だ。≪滅≫」
断末魔さえ上げることすら許されず、エルベの体が光の粒となって砕け散った。その直後だった、エルベの体があった場所を中心に爆発が起こる。直ぐ近くにいた二人はその爆発の勢いでかなり遠くまで吹き飛ばされた。ようやく止まったその場所は、パン聖森林に食い込むようにある峡谷の直ぐそばで、下には川が流れている。もしここから飛び降りれば助かるかも知れない、しかし、この高さでは恐らくかなりの数の骨が折れるだろう。下手をすれば死んでしまうかもしれない。
だが、ここで飛び降りなければ覆面男によって確実に死に追いやられてしまう。それは彼にとって大切な人であるレライエも同じだ。グリディアはレライエの目を見る。レライエは構わないようだ。
「(よし、行くぞ!)」
「(うん!)」
ゴロゴロと転がり勢いよく飛び出す。飛び出した瞬間、森の方から出てくる黒装束が走ってくる様子が見えた。後ろには『白金蝶』の四人もおり目を見開いてこちらに必死に手を伸ばしているが、すぐに周りの黒装束に押さえつけられる。
二人は、そのまま物理法則に従って速度を上げながらも川に向かって落下して行く。やがて、水面が間近に迫った時、レライエがグリディアの手を縛る縄に自らの手を絡ませた。どうやら、離れないようにしているようだ。
そして、猛スピードで川に突っ込み、その衝撃で意識が途切れた。
一方、崖の上では......
「自滅したか。まぁいい、こちら側としても手間が省けて助かったな。さて、君達はもう用済みださっさとこの場から消え失せろ。どうせ、解放したところで俺に歯向かえる訳がないんだ......拘束はそのままで街道にでも放っておけ」
「了解です、リーダー」
後ろにいた黒装束が頷き、用意していた馬車に載せる。そして、全員が乗り込んだところで出発し、街道に文字通り放り出したところでリーダーと思しき黒装束が何かを呟くと、馬車の下に魔法陣が出現しあっと言う間に消え去った。
『白金蝶』は全員、気絶させられており魔物に襲われたらひとたまりもないが、運良く馬車が通りかかるまでは無事だったらしい。彼らはその通りかかった馬車がちょうど緊急道路に入り、門に辿り着く直前に目を覚ました。
「あの、ここは......ガーベラルですか?」
「おや?目を覚まされたのですね、それは良かったです。少し待っていてください」
「え?あ、はい」
御者の青年が衛兵の元へ行き手続きを行っている、間彼らは互いにこれまでに起きた事を話し合って記憶違いが無いか確認しあっていた。その結果、記憶操作がされていることは確認できずひとまずその問題に関しては問題ないと分かった。武器や所持品を盗られた形跡も無く、本当に自分たちが何もされていない事に少しばかり恐怖を覚えた。
暫くすると、御者の青年が馬車に戻ってきて出発する事を告げる。ゆっくりと走り出した馬車は、緊急通用門を潜り商業区と呼ばれる第二地区に入って行く。着いた先は——、『フレイザー商会』。彼らにとっては、一緒に冒険していたチームメイトでついさっき崖の下に落ちていった二人のガーベラルでの母親とも言える人の商会だった。
「少し待っていてくださいね」
青年が建物の中へと入って行く。直ぐに青年は出てきたのだが、その後ろにはここの商会長であるフレイザー・ボルカノンが少し慌てた様子でこちらに駆けて来た。
「グーちゃんとエーちゃんは!?一体何があったの?」
「実は......」
四人を代表して、サルマンがつい先程までの出来事を詳しく語り出した。元々、パン聖森林に行くことは伝えていたため、次期公爵を発見した時の事から話す事にした。
倒れていたところを助けた事、次期公爵がそこまで追い詰められた経緯、結界の事、覆面黒装束の事など様々な事を話して行く度にフレイザーの顔はどんどんと青ざめていき、最後に二人が崖の下に落ちていった事を話した時に気を失った。慌ててラナが抱きかかえ、建物内に運び休ませる。側には、副商会長と秘書が付くことにし、その日はもう休み翌日に再び話し合いをするとのことだった。
『白金蝶』のパーティーハウスに着くと、まず最初にガルアがその場で泣き崩れた。あまりにも急だったためみんなも動揺していた。
「どうしたんだよ、ガルア」
「......実はな、私はエルベ様の元護衛係兼教育係だったんだ。しかも、彼は然程年が離れていなかったため兄弟のように接しさせて頂いていた。それも、彼がかなり幼い頃から学院に入るまでとかなり長くな」
「そうだったのか......」
「あぁ、それに彼が卒院した後も護衛役を依頼されていたのだ。だから、みんなには申し訳ないが、迷宮から帰った後に全て話しこのパーティーを抜けさせてもらおうと思っていたのだ。しかし、こうなった今、私はどうすれば......」
「そんなの一つしかないだろ!残って!もっともっと鍛えて!あいつらの分もがんばって生きるしかねぁだろぉ!」
「そうだよ!また、あいつらが出て来たときに三人の分の仇を討つまで頑張るしかないよ!」
「そうねぇ、わたくしも同意見ですわ。それに、このまんま負けたままなんて性に合わないでしょう?」
怒るサルマン。励ますラナ。普段より強気なクルル。
感情は違えど、志は一つの方向に揃って向いている
その心意気にガルアの心の奥に眠る何かが大きく震えた
そうだ、このパーティーに諦めという文字はない
それは誰よりもガルアが一番分かっていた
そのガルアなしに、いや誰かが一人欠けただけでこのパーティーは崩れてしまう
なれば、当然ガルアの行く先も同じだ
「すまぬ、見苦しいところを見せてしまった。私も皆と同じだ」
「それでこそお前だ!」
「そうね」
「えぇ」
「みんな......ありがとう。本当に......あり、がとぅ」
ガルアは再び泣きそうになるが、思い切り背中を叩かれた。サルマンだ。その目尻には涙が浮かんでいる他の二人もそうだ。
「これくらいの困難無しに成長なんてできねぇよ」
「こんな事もう繰り返したくないよ......」
「それは、みんな同じよ。だから、強くならなきゃ......これを乗り越えて生きていくのが私たちの使命よ」
「その通りですな、こうなってしまった限り頑張るしかないでしょう」
これが、そう遠くない未来で語り継がれる事になる物語の序章に過ぎない事はまだ誰も知らない。
翌日......
日が昇るのとほぼ同時刻に起床したグリディアは、すぐ近くの川で顔を洗い、朝食の支度を始める。このパーティーでは、≪料理≫系スキルを持っているのがグリディアしかいない為、必然的に彼が料理を作る事になっていた。
本日の朝飯は、ここ四日間変わることのない、森で採れた野菜のサラダ、昨晩狩った六角兎の丸焼き、堅焼きパンの計三種だ。エルベには少々物足りないと思われるかと思いきや、美味い美味いとそれはそれは見事な食べっぷりだった。
「お前、何者だ?こんな美味い料理城でも滅多に出ないぞ」
「そうなのですか?」
「あぁ、今度城に来てうちの料理人達に食べさせてやれよ。そん時は使いの者を一週間前くらいに遣わすからよ」
「そんな、私のような者をそのように簡単に城へ招いてもよろしいのですか?いくら、次期公爵様とはいえ申し訳ありませんがそこまで自由に出来るのでしょうか」
「俺の力だけでは無理に等しいだろう。俺の力だけでは、な」
エルベは怪しげな目つきでそう言い放った。その視線にグリディアは何か嫌な予感を感じ、背筋に氷でも入れられたかのような寒気が走り、思わずその身をブルリと震わせた。
「エルベ様......まさか、公爵様に!」
「おっと、それ以上は言うなよ。ガルア」
「しかし、それはいくらなんでも無茶だと思いますが」
「容易い事さ、まぁそう遠くないうちにまた会うことになるだろうよ。ところで、リディと嬢ちゃんは『白金蝶』に入らないのか?」
そう、実はまだ二人は『白金蝶』に加わっていない。そして、パーティー加入の相談は受けていたが未だ詳しい事は決まっていなかったのだ。二人の強さは冒険者の中でもトップに君臨できるほどある。しかし、冒険者としてこの世界で生き抜く力は新米より少しマシな程度でしかない。
このパーティーのメンバーは、冒険者としての長さが一番短い者でも十年は超えている。それ故に、このパーティーに加わり冒険する事は大きく成長できる足がかりとなるが、それと同時に二人の目標を達成するための足枷ともなる。二人の目標はこの世界を脅かす何かから世界を救わなければならないというものだ。そして、それを成し遂げるために神から様々な祝福を得ている。
しかし、彼ら『白金蝶』のメンバーはそうではない。少し嫌な言い方になってしまうかもしれないが、二人にとってはただの足手纏いとなってしまうのだ。
冒険者としての知識を得るならばこうした、冒険者歴の長い者達に教えを乞うことが何よりも良い方法だろう。だが、その者達をいつかは弱いから必要ないと切り捨てなければならない時がきてしまう。その事が、パーティーに加入する事に悩む一番の要因だった。
「何を悩む必要があるんだ?君らの悩みを全て知り得ているわけではないが、恐らく俺達では見当もつかんくらいとんでもない代物なんだろう。それも、こいつらを犠牲にしてしまうようなモノなんだろう?」
「っ!......はい」
「ならばなんの悩む要素もない。こいつらはお前達が思ってるよりヤワじゃねぇし、それにチームワークだけでいえばどんな冒険者パーティーよりも上だ。安心しろ、このSランク冒険者である俺が言ってるんだ!自慢ではないがな」
「え、Sランク!?それほど、お強かったとは......しかし、それほどの方がなぜそれ程までに追い詰められてしまってのですか?」
Sランク冒険者は勇者の次に強い、つまり事実上この世界で最強の人類——、『英雄』だ。それほどの強者を、死の寸前にまで追い込んだ襲撃者とは一体何者なんだ、そう思った次の瞬間だった。野営地を丸々包み込むほどの結界が張られ、七人が閉じ込められる。各々がそれぞれの武器を取り背中を合わせて警戒態勢に入る。
「何が起きてんだ、クソッ!」
「分からないわ!とりあえず分かるのは、この結界は限越ランクのスキル≪金剛不壊≫......一度入ったらもう抜け出せない」
「クソッ!誰だこんな真似した奴はぁ!隠れてないで出て来いやぁ!」
「そう急かさなくても出てきますよ、ねぇエルベ君?」
「お前は昨日のっ......一体何をしに来た!俺を殺すためか、だとしてもこいつらは関係ないだろう!直ぐにこいつらだけでも解放しろ」
エルベが鬼の形相で、木の陰から出てきた奇怪な覆面と黒いフード付きのマントを身に纏った忍者のようなその者に怒鳴りつける。くっくっく、と堪えるように笑い左右の指を同時に弾く。
すると、『白金蝶』の四人が光に包まれ結界の外に出た。しかし、包んだ光が両手両足を拘束したため彼らは動けずにその場に転がる。
「どう言う事だ!この二人も全く関係はないはずだ、直ぐに結界に出せ!」
「それは無理に等しい要求ですよ。それに今の君達の命は私の手の中にある、先程の要求はせめてもの慈悲だ。身の程を弁えたまえ、次期公爵殿」
次の瞬間、体が地に叩きつけられる。立とうとするも、凄まじい重圧によって押さえつけられているためにどう足掻いても膝をつくことすらできない。ここで死んでしまうのか、そうエルベが思った瞬間隣で同じように伏せていたはずのリディの声が聞こえた。
「個性≪超錬金術≫、起動!≪金剛不壊≫を解体!」
そう叫んだ瞬間、体にかかっていた重圧が結界や『白金蝶』のメンバーの拘束が全て消え去った。どうやら、これは想定外の事態だった様で覆面の黒装束も驚きを隠せないでいた。
「まさか......転生者か!他にもいたなんてなぁ、まぁいい。総員!こいつらを取り押さえろ!」
『了解!』
木の上から彼と同じ服装をした人間が十五人、飛び出し襲い掛かる。次々と仲間達の手足に縄が掛けられ、猿轡が嵌められた。そして、エルベとグリディア、レライエには青いゴムのような性質のヘッドバンドも嵌められる。
「それは、魔法やスキルなどの特殊技能の発動を阻害する術式が織り込まれた冠だ。これで、お前はもう逃げられない」
「んぐっほごはおう!(このやろう!)はでほごごうがうぐ!(なぜこのような事をする!)」
「何を言っているのか全く分からんなぁ、まぁ一つ言えるとしたら我が主の命令であり望みだからだ。憎むべき転生者、英雄は全て殺せと言う命令だ」
「(万事休すか......まさかこんなふうに殺されるなんて!だれか助けに来てくれ!)」
エルベは必死に願い続けた。それは他の六人も同じだ。こんな、迷宮に訪れる英雄級の冒険者など滅多にいない。それを、分かりきっているのにそう願ってしまうのが人というものだ。
しかし、それは無駄だった。助けの来るものはいくら待っても来なかった。
「終わりだ、英雄、転生者ども。精々あの世で楽しく暮らしてろ!スキル≪個性破棄≫≪能力初期化≫......死ね、まずは英雄お前だ。≪滅≫」
断末魔さえ上げることすら許されず、エルベの体が光の粒となって砕け散った。その直後だった、エルベの体があった場所を中心に爆発が起こる。直ぐ近くにいた二人はその爆発の勢いでかなり遠くまで吹き飛ばされた。ようやく止まったその場所は、パン聖森林に食い込むようにある峡谷の直ぐそばで、下には川が流れている。もしここから飛び降りれば助かるかも知れない、しかし、この高さでは恐らくかなりの数の骨が折れるだろう。下手をすれば死んでしまうかもしれない。
だが、ここで飛び降りなければ覆面男によって確実に死に追いやられてしまう。それは彼にとって大切な人であるレライエも同じだ。グリディアはレライエの目を見る。レライエは構わないようだ。
「(よし、行くぞ!)」
「(うん!)」
ゴロゴロと転がり勢いよく飛び出す。飛び出した瞬間、森の方から出てくる黒装束が走ってくる様子が見えた。後ろには『白金蝶』の四人もおり目を見開いてこちらに必死に手を伸ばしているが、すぐに周りの黒装束に押さえつけられる。
二人は、そのまま物理法則に従って速度を上げながらも川に向かって落下して行く。やがて、水面が間近に迫った時、レライエがグリディアの手を縛る縄に自らの手を絡ませた。どうやら、離れないようにしているようだ。
そして、猛スピードで川に突っ込み、その衝撃で意識が途切れた。
一方、崖の上では......
「自滅したか。まぁいい、こちら側としても手間が省けて助かったな。さて、君達はもう用済みださっさとこの場から消え失せろ。どうせ、解放したところで俺に歯向かえる訳がないんだ......拘束はそのままで街道にでも放っておけ」
「了解です、リーダー」
後ろにいた黒装束が頷き、用意していた馬車に載せる。そして、全員が乗り込んだところで出発し、街道に文字通り放り出したところでリーダーと思しき黒装束が何かを呟くと、馬車の下に魔法陣が出現しあっと言う間に消え去った。
『白金蝶』は全員、気絶させられており魔物に襲われたらひとたまりもないが、運良く馬車が通りかかるまでは無事だったらしい。彼らはその通りかかった馬車がちょうど緊急道路に入り、門に辿り着く直前に目を覚ました。
「あの、ここは......ガーベラルですか?」
「おや?目を覚まされたのですね、それは良かったです。少し待っていてください」
「え?あ、はい」
御者の青年が衛兵の元へ行き手続きを行っている、間彼らは互いにこれまでに起きた事を話し合って記憶違いが無いか確認しあっていた。その結果、記憶操作がされていることは確認できずひとまずその問題に関しては問題ないと分かった。武器や所持品を盗られた形跡も無く、本当に自分たちが何もされていない事に少しばかり恐怖を覚えた。
暫くすると、御者の青年が馬車に戻ってきて出発する事を告げる。ゆっくりと走り出した馬車は、緊急通用門を潜り商業区と呼ばれる第二地区に入って行く。着いた先は——、『フレイザー商会』。彼らにとっては、一緒に冒険していたチームメイトでついさっき崖の下に落ちていった二人のガーベラルでの母親とも言える人の商会だった。
「少し待っていてくださいね」
青年が建物の中へと入って行く。直ぐに青年は出てきたのだが、その後ろにはここの商会長であるフレイザー・ボルカノンが少し慌てた様子でこちらに駆けて来た。
「グーちゃんとエーちゃんは!?一体何があったの?」
「実は......」
四人を代表して、サルマンがつい先程までの出来事を詳しく語り出した。元々、パン聖森林に行くことは伝えていたため、次期公爵を発見した時の事から話す事にした。
倒れていたところを助けた事、次期公爵がそこまで追い詰められた経緯、結界の事、覆面黒装束の事など様々な事を話して行く度にフレイザーの顔はどんどんと青ざめていき、最後に二人が崖の下に落ちていった事を話した時に気を失った。慌ててラナが抱きかかえ、建物内に運び休ませる。側には、副商会長と秘書が付くことにし、その日はもう休み翌日に再び話し合いをするとのことだった。
『白金蝶』のパーティーハウスに着くと、まず最初にガルアがその場で泣き崩れた。あまりにも急だったためみんなも動揺していた。
「どうしたんだよ、ガルア」
「......実はな、私はエルベ様の元護衛係兼教育係だったんだ。しかも、彼は然程年が離れていなかったため兄弟のように接しさせて頂いていた。それも、彼がかなり幼い頃から学院に入るまでとかなり長くな」
「そうだったのか......」
「あぁ、それに彼が卒院した後も護衛役を依頼されていたのだ。だから、みんなには申し訳ないが、迷宮から帰った後に全て話しこのパーティーを抜けさせてもらおうと思っていたのだ。しかし、こうなった今、私はどうすれば......」
「そんなの一つしかないだろ!残って!もっともっと鍛えて!あいつらの分もがんばって生きるしかねぁだろぉ!」
「そうだよ!また、あいつらが出て来たときに三人の分の仇を討つまで頑張るしかないよ!」
「そうねぇ、わたくしも同意見ですわ。それに、このまんま負けたままなんて性に合わないでしょう?」
怒るサルマン。励ますラナ。普段より強気なクルル。
感情は違えど、志は一つの方向に揃って向いている
その心意気にガルアの心の奥に眠る何かが大きく震えた
そうだ、このパーティーに諦めという文字はない
それは誰よりもガルアが一番分かっていた
そのガルアなしに、いや誰かが一人欠けただけでこのパーティーは崩れてしまう
なれば、当然ガルアの行く先も同じだ
「すまぬ、見苦しいところを見せてしまった。私も皆と同じだ」
「それでこそお前だ!」
「そうね」
「えぇ」
「みんな......ありがとう。本当に......あり、がとぅ」
ガルアは再び泣きそうになるが、思い切り背中を叩かれた。サルマンだ。その目尻には涙が浮かんでいる他の二人もそうだ。
「これくらいの困難無しに成長なんてできねぇよ」
「こんな事もう繰り返したくないよ......」
「それは、みんな同じよ。だから、強くならなきゃ......これを乗り越えて生きていくのが私たちの使命よ」
「その通りですな、こうなってしまった限り頑張るしかないでしょう」
これが、そう遠くない未来で語り継がれる事になる物語の序章に過ぎない事はまだ誰も知らない。
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