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「そろそろ日も高くなってきましたし、軽食でも取りましょうか」

 そろそろ昼食時らしい。ここを訪れた当初よりも活気づいてきた街中を見回す。

「食欲無いんですけど」

「あそこで郷土の肉料理が売っていますよ」

 嫌がらせか?嫌がらせかなのか?

「そこまでひどい匂いはしなかったでしょう。所詮は肉を焼いただけのことですよ」

「え?貴方やっぱりサイコパス?」

「さっきから仰られているそのサイコパスとは何ですか?」

 不思議そうに首をかしげられた。

「では折角ですので、露店で何か飲み物でも買ってきましょう。ここを動かないでくださいね」

 そう言っておそらく露店が連なっていると思われる、特に人だかりが多い場所へと行ってしまった。

(....置いてかれた。いや、あの人と一緒にいるのも妙に怖いから別にいいけど)

 さっきまでの言動を思い出して冷や汗が出てくる。これからは彼の前で王様の悪口はよそう。

(........何か私のハーレムルート前途多難すぎない?)

 本来思い描いていた想像とかなり乖離してきてはいないだろうか。好意を持たれている気がしないというか、こちらの恐怖感が増してきているだけのような。

(はっきりと言って逃げたい。ハーレムルートどころかへたしたら焼肉にされそう) 

 しかしながら、この国を出てもの垂れ死ぬ未来しか予想できない。ぶっちゃけ詰んでる。

(はぁー、これなら前の世界のほうが良かったかもなー。イジメられてたけど、あそこまで頭がおかしい人は居なかったし)

 まぁ、考えてもしょうがない。ハインリッヒがいなければ自分はここから城に戻ることすら出来ないのだ。大人しく待っているほか術はないのだ。

 

 ーーーー買い物にきた女性、何か重そうな物を運んでいる男性、呼び込みをする少年、連れ添って歩いている老夫婦ーーーーん?


 広場に集まる人々をぼんやりと眺めていたとき、ふと目にとまった物があった。

 ーーあの女の子、さっき路地裏のほうへ行かなかったか?ーー

 日本が世界一安全な国と言い張るつもりは毛頭ないが、それでも一時期、路地裏巡りというものが流行っていたこともあった。
 ここが日本ならば特に気にも止めないが、当然ながらここは日本ではないのだ。この国の犯罪率がどの程度かは知らないが、少なくとも路地裏巡りが流行っているとは思えない。

(まぁ、ちょっと様子を見てくるだけだし....いいよね)

 気休めだったらそれでいいのだ。








 少女の影を追って、暗くじめじめとした、ろくに舗装もされていない道を早足に進む。
 本来であれば少し様子を見るだけのつもりだったのだ。中に足を踏み入れるつもりは少しも無かった。
 ーーーーしかし

(何であの子呼んでも反応しないの!?)

 そうなのだ。先ほどからいくら声を掛けてもいっこうに振り向くどころか、歩みを遅らせることすらしない。
 ひょっとして耳が聞こえていないのだろうか。それならばなおさらこの場所にいるのは危険だろう。
 彼女を追いかける際に、地面に蹲っている人を何人か通りすぎた。生きているのか死んでいるのかは判断がつかないが、どっちにしろこの人たちと関わりを持つべきではない。早々に表通りに戻らなければ。

(何で追い付けないの!?)

 しかし、逸る心を抑えつけ、懸命に足を動かしているにも関わらず、いっこうにあの少女に追い付くことが出来ない。
 明らかに足はこちらのほうが速いにのに、何故か少女が角を曲がるたびに、不自然なほど距離が開いている。

(なにこれ怖っ!!)

「ちょっ、待っ、っておうわっっ!!!!」

 彼女が角を曲がり、これ以上距離を離されてたまるかと、スピードを緩めずに角を曲がった。
 けれども、予想に反して彼女は三メートルほど先に立たずんでおり、たたらを踏むようにして自分も足を止める。

「........」

「あの、表に戻らない?ここヤバそうだし、ね?」

 立ち止まってくれたものの、こちらに背を向けた状態で何も話さない少女に、次第に焦れてきた。話し合うにしても広場に戻ってからでも十分だろう。
 そう思い、少女の手をとって元の場所に帰ろうとしたときだった。

「後ろ」

 今までひと言も話さなかった少女の初めて聞く声に、弾かれたように後ろを振り返る。

「っ!!?」

 そこには、縄を持った数人の男たちが、こちらを捕まえようと近づいてきていた。

「っ走って!!!!」

 すぐに少女の手を引いて、さらに奥の道へと走り出す。後ろから、逃げたぞ!!と声が聞こえた。

(ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!!!!)

 早鐘を打つ心臓と頭の中に鳴り響く警鐘音がいっしょくたになって、限界を越えてもなお足を動かそうとする。
 さらに入り組んだ道をでたらめに進みながら、全速力で追っ手から逃走する。
 
(くそっ!!表通りにでないといけないのに!!!!)

 いっこうに表通りに繋がる道は見つからない。それどころかさらに奥まった場所に進んでいるようだ。
 後ろからハァハァと、苦しげな息づかいが聞こえてくる。
 少女の体力は、何故あれほどに追い付くことができなかったのか疑問なほど、同年代の少女のそれと同程度のものだった。

(この子を見捨てれば助かるかもしれないーー)

 そんな考えが思い浮かび、少女と繋いでいた手が緩む。

(うー、あぁ、もう!!!!)

 何度か緩めて、握り直すことを繰り返した後、結局今まで以上に固く握り直した。

(後で、覚えてろよ!!)

 絶対泣くほど怒ってやる。
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