アキとハル(完結)

くろ

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 アキと俺の終わりが始まる。俺はこの世で一番可哀そうな男になった。





 ***




「春太~。後輩きてんぞ」
 クラスメイトに呼ばれて振り返るとアキが手を小さく振っていた。
 今日はバイトの日だと伝えているはずなのに珍しいなと思いながら、帰り支度をしていたところだったので教室に入れて待ってもらうことにした。
「どうした?」
「んー、なんか、会いたくて」
「…あっそ」
 前の席に座り鞄に荷物を入れていく俺をぼんやり眺めている。
「なんかあった?」
「なんで~?なんもないよ」
「なんかあった顔してる」
「……」
 思った事がすぐ顔と声に出てしまうアキが、ぐ、と言葉に詰まって困っている。
「俺のお気に入りのグラス割った?」
「そんなことしてない」
「じゃあ勝手に大福食った?」
「それは俺じゃなくてシュウ」
「じゃあ夜こっそりこっちの布団入ってきてること?」
「それ、は…なんで知ってんの」
 目を見開いて驚いている。本気でバレてないと思っていたのか。
 じゃあ、と言ってアキと目を合わせる。

「家から出て行くの?」

 言った瞬間アキの目が滲んだ。
 なんとなくそんな気がして聞いてみて、やっぱりその通りで、鳩尾に力を込めた。そうしないと崩れ落ちてしまいそうだから。
「さっき大家さんから連絡きて」
「うん」
「あと一週間くらいで引っ越せるって」
「…うん」
 聞きながらアキの居なくなった部屋を想像する。おかえりと走ってくる音が聞こえる玄関、二人分の朝ごはん、特等席。あと一週間で全部が幻みたいに消えていく。一緒に帰ることもシフトの確認もおはようもおやすみも、全部。視界がぐらりと揺れて足元がふらつく。一瞬、教室の床が抜けてしまったのかと錯覚してしまうほど自然に全身の力が抜けた。
「え、ハル!?」
 アキの焦った顔を見て自分が倒れてしまいそうな事を理解した。このまま意識を飛ばして目が覚めた時には全部なかったことにならないかな。そう祈りながらもたれかかるようにアキに体重を預けた。

 ―――夢を見た。
 母親と父親とそれからアキ。まだ中学生の俺はアキと草原を走り回っている。両親はレジャーシートに座って楽しそうにこちらを見ている。そのうち疲れてその場に倒れこむとアキが嬉しそうに飛びついてきた。くすぐったくて、嬉しくてたくさん笑った。だけど俺はこれが夢だってわかっている。目が覚めるといつも部屋にひとり。俺以外の全員が居なくなった部屋でやり過ごせない程の虚無感に襲われ顔を覆って泣いてしまうとわかっているから、笑いながら泣いてしまった。アキは俺の涙に気が付いて、拭き取るように顔中を舐めた。優しいベロの動きに涙は止まって、思いっきりアキを抱き締めた。ありがとう、と話しかけるとアキはベロをぺろんと出して光って消えた。


 目が覚めても状況は変わっていなかったらしい。おそらく保健室に運ばれたのだろうベッドの上でぼんやりしているとカーテンの向こうでアキとシュウの声がした。
「それでハルのとこから出て行くのか」
「うん、そのつもり」
「…それでいいのかよ」
「もう一緒にはいられない」
 アキの声は小さく弱々しいものだった。だけど俺の耳に真っ直ぐ、鋭く届いてぐさりと刺さった。無意識に心臓辺りを押さえて耐える。バレないようにゆっくりと深呼吸をして気持ちを整える。出会ってまだ三週間とちょっと。傷つくならまだ浅い方がいい。今のうちに離れて暮らしてしまえばこのやりきれない気持ちもすぐ消えてなくなるだろう。カーテンをゆっくり開けて顔を出すと、シュウと目が合った。シュウの表情の動きで気が付いたのかアキもこちらを振り返った。
「具合どうだよ」
「絶好調ではない」
「ハル!大丈夫?」
「だから、大丈夫じゃ…」
 言いながら自分が泣いていることに気が付いた。泣くつもりなんかさらさら無いのに涙腺がバカになったみたいに次々と溢れてくる。立ち上がったシュウが近づいてきて、おでこに手を置いた。
「熱があるから情緒不安定なんじゃね」
「ハル、熱あるの?」
 そう言われてみれば身体が熱い。近づいてきたアキがシュウと同じようにおでこに手を伸ばす。今アキに触れて欲しくなくて咄嗟に手を払い除けた。アキは驚いて払われた手を眺めている。三人に気まずい沈黙が流れてしまい、どうにか誤魔化さなくてはと笑って見せるけど、どうやっても歪んでアキの顔が真っ直ぐ見れなかった。
「あー、とりあえず先生呼んでくる」
 シュウが呟いて保健室をあとにする。あの野郎逃げやがった。アキと俺はガラガラと閉まっていく保健室の扉を睨んだ。
「…ごめん」
「なにが」
 アキは申し訳なさそうにベッドの横に突っ立っていて、俺は身体がだるくて涙も止まらなくてもう何もかもどうでもよくなってしまった。
「もういいよ」
「え」
「もう一緒にいれないんだろ。勝手にどこへでも行けばいい」
「ハル、ちがう」
「何が違うんだよ。そう聞こえたけど」
 言いながら涙がぼたぼたと流れてくる。俺はアキが好きなのに、アキは俺といるのが嫌だと言う。シュウが戻ってきたとして、こんな顔シュウにも先生にも見せたくない。ベッドから出て上履きを履こうとすると、アキが肩を持って止めに入った。
「ハル、だめだよ。行かないで」
「行かないでって、出て行くのはお前だろ」
「そうなんだけど違くって、」
「もー訳わかんねぇよ、離せ」
「やだ」
 ずるずると鼻水を啜ると、アキが頬を掴んで無理矢理顔を上げさせた。真上にアキの顔。悲しんでるのか怒ってるのか判断できないぐしゃぐしゃの顔で俺を見ている。両頬を固定されていてアキしか見れない。思わず目を伏せて視線を逸らすと温かくて柔らかいものが瞼に触れた。アキが俺の涙を舐めている。
「アキ、やめろ…」
 やめてくれ。さっきまで見ていた夢を嫌でも思い出してしまう。アキが生まれ変わりなんじゃないかと思う度に苦しくなっていく。この好きは、アキの好意とは違う。俺はアキに側に居て欲しい。抱き締めて欲しいしキスだってしたければすればいい。でもアキは、そんなこと望んでいないだろう。大好きな親友のために生まれ変わってきてくれたアキは、ただ俺が笑って暮らしていればそれでいい。俺がそれ以上のことを望んでしまっているから離れて行くんだろう?
「やめろ、って!」
 ぐずぐずになった身体でどうにか押し退けて上履きを履いた。
「悪いけど今日はシュウのとこにでも泊まって」
 机に置いてあった鞄を持って保健室を出た。幸いにもまだシュウはまだ見当たらなくて、逃げるように下駄箱へ走った。秋から冬へ移り変わろうとしている空気は熱い身体を冷やすのにはちょうど良く、涙とアキの唾液でべちゃべちゃになった頬と空っぽになろうとしている心には寒すぎて、思わず肩を震わせた。



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