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しおりを挟む結局、アキは俺の家で暮らしている。
俺は流されに流されて、アキと一緒にいる。
不思議な共同生活が始まってから数日。
「ハル、ちょーだい」
「ん、~~~~~~っ!」
心臓がいくつあっても足りない日々が始まった。
***
肌寒くなって来たとはいえ、昼休みは天気が良くて外に出たくなる。昼食を終えた後に一人でぼんやりするために教室を出た。シュウはクラスの男子とオンラインゲームの話で盛り上がっていたので特に声もかけずに校舎裏まで行き、手入れの行き届いていない花壇の端に腰を下ろす。おやつに食べようと思っていたクッキーを口に入れるとほろほろと崩れてバターの香りが広がる。さく、しと、その中間くらいの食感は飲み込む前に次の一枚を袋から出してしまう。食べかけのクッキーを口にくわえて両手で袋に力を加えたとき、遠くの方から声がした。
「ハルだ!」
アキが大きめの丸いプランターを抱えながら走ってきているところだった。プランターには花が植えられていてアキが足早に進むたびに赤と紫の間くらいの色したコスモスがゆらりと踊っている。
「なんでコスモス持ってんの」
「これコスモスなんだ」
アキは自分の持っている花をまじまじと見て、匂いを嗅ぐように顔を近づけた。無駄にキレイな顔面のせいで画になっているのが腹立たしい。どうやらここの花壇の入れ替えを押し付けられたらしく、何個かあるプランターを運ぶようだ。
「今日朝から天気良かったからつい居眠りしちゃって」
先生の苦労が窺える。話を聞きながら二枚目のクッキーを取り出すとアキの目の色が変わった。
「俺の好きなクッキーだ!」
コロコロ変わる表情に追いつけないでいるとプランターを持ったままアキが近づいてくる。一枚ください、と言われなくても顔に書いてある。ちょうど袋から出たばかりのクッキーを差し出すと嬉しそうに顔を緩めて口を開けた。俺はアキの口ぎりぎりまで運んだ後にひょいと自分の口にくわえた。アキはあっと大きい声を出して目をぱちくりさせた。あまりの間抜け面にクッキーをくわえたまま笑ってしまうと今度は頬を膨らませて不貞腐れた。
「ハル、いじわる」
ジト目で睨まれたのがまた面白くてつい煽ってやりたくなる。くわえたクッキーを取ってみろと座ったまま顎をあげてやると想像の斜め上を行くアキは何故か笑顔になって顔を近づけてくる。いつの間にかコスモスが視界を覆って、その先にアキのカタチのいい唇が見えた。あーんと大きく開けた口からちらりと舌が見えて思考が止まる。
「ちょーだい!」
「んっ、」
唇が触れないギリギリの距離でクッキーがパキンと折れた。半分になったクッキーをくわえながらアキの唇が離れていく。もぐもぐと動く口角が上がったままの幸せそうな唇を眺めながら今何が起きたのか必死で処理をする。追いつかない。
「ありがと」
アキは何も気にしていないようで満足そうにクッキーを飲み込んだ。口の端についた小さなカスを取るようにペロと舌が出る。何故かその動きから目が離せなくてぼーっとしていると、同じようにアキもこちらを見ていることに気が付いた。
「…食べないの?」
「ふぇ?」
半分に割れたクッキーはまだ口に挟まったまま、アキに狙われている。やばいと口を動かすよりも先にプランターを置いたアキが俺の両腕を掴み近づいてくる。コスモスで隠れていない分アキの顔が近く、そして鮮明に映ってしまう。もし誰かが見ていたら完全なるキスシーンと思われるだろう。覆いかぶさるようにアキがギリギリまで顔を近づけて器用にクッキーを挟む。完全に力がなくなっている俺の口からするりとクッキーが抜けてアキの口へ移動する瞬間、唇と唇が触れてしまった。
「あ、やべ」
小さく呟いたアキは奪ったクッキーを咀嚼している。
「…当たってんじゃねぇかよ」
ツッコミを入れなくてはとどうにか絞り出した一言は思っていたよりもリアルになってしまい、笑うことも出来なかった。それでもアキは気にせずごめんごめんと軽く謝り得意の笑顔で誤魔化している。それからふと気が付いたように口をゆっくりと動かしながら目を開いた。
「なんか、こっちのが甘い気がする」
気が遠くなるほどの無自覚な発言に眩暈がする。天然でたらしなのかこいつは。そもそも俺はキスが初めてだったのに。どうしてこんなやつなんかと。こんなくそやろーと。と頭ではたくさんの罵声が浮かんでくるのにそれを発する声帯は一ミリも震えない。何も言い返せないほどにドキドキしている自分が悔しくて、どうにか立ち上がりアキにボディーブローを食らわせてその場を逃げるように立ち去った。
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