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しおりを挟むベッドの中の千明は想像していた何億倍もかわいかった。
目をぎゅっと瞑って耐えるようにシーツを握った指も、汗が伝って束になった前髪も、上下する喉仏も。
千明を創る何もかもが愛おしくてたまらない。
***
カーテンからもれる日差しが眩しくて強制的に目が覚めた。腕の中に千明がいる。何度も思い描いた朝の風景と酷似していたから、一瞬夢なんじゃないかと不安になって千明の明るい髪の毛を撫でた。しっかりと触った感触を確認出来て、やっぱり夢じゃなかったと涙が出そうになった。もう二度と触れることなんか出来ないと思っていたし、想うことすら許されないんじゃないかって、千明との思い出を全て消したい夜もあったけど、どうやっても消せなくて今日までズルズルと千明の輪郭をなぞるみたいに瞼に残った映像を擦り切れるほど再生し続けた。一生手に入らないのに一生忘れられないと諦めていた存在が、腕の中で眠っている。奇跡だとしか言いようがない。
スヤスヤと眠っている千明の睫毛を眺めながら、昨晩のことを思い出した。
可愛い顔とは対照的にしっかりついた筋肉。長くて細い指。じっとりと汗ばんだ背中。舐めるとしょっぱくて興奮した。赤くなった下唇をぐっと噛んで声を出さないようにされたのが寂しくて親指を突っ込んで無理に口を開けさせたときも、気持ちが良いのか判断できずに顔色を窺ったときも、俺への配慮が伝ってきて罪悪感が押し寄せた。
千明は涙目で訴えるように俺の手を握って「どこにも行かないで」と呟いた。
もっと欲しいと求める欲と俺がまた逃げて行かないように繋ぎとめておきたい遠慮が織り交ざってぐちゃぐちゃになった顔にたくさんキスをして、安心させるように声をかける。俺にはそれしか出来なかった。
「もう絶対、いなくならない」
「…うん」
「千明がもういらないって思うまで、そばにいる」
「それじゃ、一生一緒になるけど」
繋がっても繋がっても拭えない不安を言葉で埋めて、目線を絡めて、キスで塞いだ。
「離さない、誰にも渡さない」
「んっ、」
「一生一緒にいる」
「ひろっ、すき、だ」
「俺も、」
気付けば二人とも泣いていて、ひとつになれた嬉しさと、今までの五年間の切なさと、体験したことのない気持ち良さとほんの少し、少しだけまだ残っていた罪悪感とで感情はぐちゃぐちゃだった。
何に泣いて、何に興奮して、何に幸せを感じたのか。もう何も考えられなかった。
ただ目の前で俺を求める千明が、今まで見た何よりもキレイで、可愛くて、愛おしかった。
腕の中で千明がモゾモゾと動いてゆっくり目を開けた。長い眠りから目覚めるプリンセスのような覚醒に思わず息を呑む。
「ん、おはよ、せんせ」
むにゃむにゃの混じった口調で挨拶をされて、じんわりと心が温かくなっていくのを感じた。これは俺がまだ見たことのない新鮮な千明の表情だったからだ。笑ったり泣いたり、気持ち良さに眉毛を縮こませる表情ならたくさん見てきたけれど、無防備な寝起きの表情には抗体がなく、無意識に口角があがる。
「名前で呼ばないのかよ」
「あ…そっか、まだ慣れないわ」
恥ずかしさを誤魔化すためなのか俺の鎖骨あたりに頭をグリグリとくっつけてきて、それに応えるように抱き締め返すと千明が長めの溜息をついた。
「…夢、じゃないよな」
「現実だ」
「まだ信じらんねぇ」
「ちゃんと痛いだろ、尻」
「はぁっ?………たしかに」
納得したように瞬きをする愛しい恋人に堪らずキスをした。
「ん、」
「好きだよ、これまでも、これからも」
「おれも」
長い長いキスをする。角度を変えて、舌を入れて、何度も確かめ合う。夢じゃない。世界で一番好きな人が目の前にいる。嫌になるほど好きになった人。誰よりも幸せになって欲しいと願った人。
「これからは俺が幸せにする」
「ありがと、でも」
今まで一度も荒れたことなんか無いみたいなキレイな色をした唇が優しく動く。
「先生がいれば勝手に幸せになる」
「ちあ、」
千明からのキス。柔らかい感触に脳みそから溶けていきそうだった。ドロドロに溶けて、全部が千明とごちゃ混ぜになって一緒になりたい。千明と再会してから自分の思考がどんどん変になっていく。でももう、好きすぎるのだからしょうがない。
「俺も先生の事、幸せにしたいよ。先生は何をどうすれば幸せになる?」
吸い込まれそうな純粋な黒目が、真剣に問いかけてくる。まじかよ。俺だって千明がそばに居る以上の幸せなんてないんだって。溢れてくる感情は愛おしさしかなくて、もうどうしようもなく愛してしまっているんだって、どうやって伝えればいいのだろう。
返事を待つ千明は、俺の心臓を射抜いたあの日の無垢な少年の眼差しのままだった。
「ねぇ、教えて、先生」
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