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しおりを挟む先生が文化祭に来てくれた。
絶対楽しくなるって思ってたのに、気付かされてしまった。
俺は先生の特別じゃない。
***
先生は俺が作った焼きそばを美味しそうに食べてくれた。ダンスだってかっこよかったと褒めてくれた。だけど俺の気分は上がらなかった。
クラスの奴と砕けて話す先生を見て、嫉妬した。それから悲しくなった。
先生は家庭教師だから家に来てくれる。仕事だから俺に笑いかけてくれてるんだって気が付いてしまった。
あのキスも、優しく撫でてくれる手のひらも、全部俺が先生の生徒だからしてくれたのだろうか。
それに文化祭が終わってからよく女子に話しかけられるようになった。もちろんダンスのことを聞かれることもあるけれど、だいたいが「相馬君と一緒にいたイケメンお兄さんは誰?」というものだった。そのたびにやっぱり先生はモテるんだろうと再認識させられる。きっと大学に行くと毎日のように告白されて、素敵な人だって選び放題で、俺にしてくれることよりもっと凄い事だってしてる。俺は先生の暇つぶし。
考えれば考えるほど底なし沼に引きずり込まれていくようで息苦しい。どうせなら打ち明けてしまいたい。
「千明?何ぼーっとしてんだよ」
先生は相変わらず俺に勉強を教えてくれる。学校の小テストの結果を見て頭を撫でてくれる。
「ご褒美。今日もくれんだろ」
「…いいよ。どこ?」
「唇がいい」
「それは、駄目」
「何で?前にもしただろ」
真っ直ぐ見つめると先生は困ったような、迷惑そうな顔を一瞬だけ見せた。そのあとすぐいつもの表情に戻って、駄目なもんは駄目、と持っていたシャーペンで俺の頭を小突いた。
「先生、俺のこと好き?」
「そうだな、教え甲斐のあるいい生徒だよ」
ねぇ先生、答え合わせをしよう。
この「好き」じゃだめなのか、先生と俺の「好き」は違うのか。
もう我慢の限界だった。
先生には何度も好きだと言っているのに、うまく流されて、知らんふりされて。キスだって嫌がらず、むしろノリノリでしてくれるのに、まるで二人の間に窓ガラスでも挟んでいるかのように言葉は一方通行。
先生の本当の気持ちが、知りたいだけなのに。
「先生、教えて」
「なにを」
顔を近付けると鼻にフルーツっぽい甘くて爽やかな匂いが通った。これが先生の匂い。いつだって爽やかで、この匂いがするだけで心臓が跳ねてしまうくらい先生が好きだ。
「先生、俺、わかんないんだけど」
もう何度も先生とキスをした。学校の奴らにもダンススクールの仲間達にも、親にも内緒で何度も。先生が家庭教師としてきてくれたときから、少しずつでも成長している学力のおかげか、誰も先生とそういうことしてるだなんて気付いてない。二人だけの秘密。俺はそれが嬉しくて、先生も同じ気持ちでいてくれたらなんて、期待していたけれど。
先生は俺が好きだと言うたびに、はぐらかす。聞こえなかったフリもする。少しだけ悲しい顔をして、そのあとすぐ微笑んで、俺の告白をなかったことにする。それでも優しいキスをしてくれる。残酷なくせに、心底愛おしい。
もう、意味わかんねー。
好きなの、好きじゃないの。
もう一度真っ直ぐ見つめると、先生はめんどくさそうに小さく溜息をついて、シャーペンを机に置いた。近くのベッドに腰掛けて両手を組んで足の間に落として言った。
「あのさ、千明って俺のこと好きなの」
「おう」
「それってほんとに?」
射抜くように睨まれて一瞬怯んだけれど、咄嗟に負けず嫌いを発揮して、同じように睨み返した。好きだって言ってるのに信じてもらえないことがこんなに惨めな気持ちになるなんて知らなかった。それでも負けたくない。
「最初から全部、悪いことだったか」
「……」
「俺が先生のこと好きじゃダメなのか」
「そういうことじゃなくて」
「俺は、この好きしか持ってない」
そう言って椅子から立ち上がり、先生の肩を押してベッドに倒した。噛み付くみたいなキスをして、無理矢理こじ開けて舌を入れる。先生が好き、ということが伝わって欲しくて、何度も呼んで身体を触って、指と指を絡めながら舌を動かした。そういえばお互いの息が上がるほどの激しいキスをするのはこれが初めてだな、と脳みその隅で考えた。
「せんせ、すき」
「ち、あ…」
「いい加減、認めろよ」
「っ……」
先生の目が見開いて、今にも泣き出しそうな瞳がグラグラと揺れていて、口には出していないのに、ちがう、と言われた気がした。
緩んだ身体を押し退けられて、俺の身体は簡単にずるりと先生の隣に倒れ込んだ。先生は起き上がり、最初と同じようにベッドに腰掛けた。俺の視界からじゃ背中しか見えなかったけど、そのまま先生は話しだした。
「お前はまだ知らないだけだ。俺にキスされて、勘違いして、好きだと思ってる。高校を卒業して社会人にでもなったら、周りには可愛い子だらけできっと驚くぞ」
先生は驚く俺を想像してるのか少しだけ笑った。
「それで気付くんだ。あの好きは違ったなって」
先生の声は震えていた。俺は何も言い返せなかった。
視界が滲んで、自分が目に涙を溜めていることに気付く。鼻の奥がつんと痛くなって唇が震える。泣いたらだめだ、と力を入れれば入れるほどじわじわと込み上がる。先生にバレたくなくてベッドにうつ伏せになって顔を隠した。
ふわりと頭に手が乗って、優しく動いた。
「好きだよ、千明。でもこれ以上は、望んでない。もし嫌だっつうなら俺はもうこない」
言ってることは俺を突き放してるくせに、手の動きは愛しかなくて混乱する。唇が俺を拒絶して、指先が俺を受け止めている。アンバランスすぎる先生の言動からわかるのはひとつ。先生も俺を好きってこと。なんだかよくわかんねーことをうだうだ悩んで、俺のためって勝手に決めて、今、苦しんでいる。
うつ伏せになった顔を少しだけあげて、先生の顔を見る。
「はっ、なに泣いてんの」
「うっせーな、泣いてねーよ」
「目、真っ赤だぞ」
「……先生こそ」
手を伸ばして、頬を包む。先生はくすぐったそうに顔を動かした。
「なんでそんな傷ついた顔してんだよ」
ふられたのは俺の方なのに、と付け足すと先生は俺の手を掴んで手のひらにキスをした。多分、最後のキス。閉じた目に濡れたまつげが際立って、先生をキラキラ輝かせる。また喉から何かが込み上げてきて、ベッドに寝そべったまま泣いた。涙が鼻を横切って、反対の頬を濡らしている。鼻を啜った音で、目を閉じたままの先生の口角が上がった。人が泣いてるっつーのにこの人は嬉しそうに笑ってる。最悪。
―――すき、だいすき。
―――ぜってぇ忘れてやらねぇ。
滲んだ視界でどうにか捉えたのは、先生の頬を伝う、世界で一番キレイな涙だった。
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