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第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび

第33話 変わる空気

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 月が変わり、三月。この時期の鹿児島は、前月に比べ日中の気温が高くなる。日によっては春ではなく夏を感じさせるほどに暖かい。 


 理由は、直射する日光にあるのだろう。二月より眩く見える太陽が、我々に冬の最終局面を告げているのかもしれない。 


 だが一方で、強い風は、いまだ冷たいものである。それは、冬の精が春の訪れを妨害するために吹かせる最後の抵抗なのか。昼夜の寒暖の差も激しいが、木々を叩きつけるかのように揺らす強風もまた、大変に激しいものである。 


「なんか、すごいことになったなぁ……」 


 バーニング・ゼミナールの前に立ち、隼人はひとりごとを呟いた。大量に増えた塾生たちを見ての感想である。ジャンパーのポケットに手を入れている理由は、ちょうど建物の影にいるからだ。寒暖の差は昼夜のみならず、日なたと日陰の境界線上にもあらわれる。気温が上がっても、まだ、真冬の格好をしている者が多数を占めるのは、それが原因なのかもしれない。 


 現在、時刻は午後四時半ごろ。先日、発売された『非現実ジャーナル』に掲載された幽霊記事が、賑わいの理由である。その“宣伝効果"により飛躍的に増加した塾生たちが通いに来る時間帯となっていた。“新入り"たちは連れ立って建物内に入って行く。同じ学校のクラスメイト同士も多いのだろう。 


「うーん……」 


 と、人差し指で白い頬をかいた隼人。 


(なんか、複雑な気分だなぁ……) 


 生徒が増加することは、塾側にとっては良いことなのだろう。それは、子供の隼人にもわかる。だが、鋭敏な感性を持つ彼は、塾内の空気が変わってしまったことに早々と気づいていた。 


(アットホームな雰囲気が、なくなっちゃったなぁ……) 


 元々、人が少ない塾ではなかった。だが、混雑を感じさせるほどに多かったわけでもない。“少人数制"と書かれたポスターが入り口の窓ガラスに貼ってあったはずなのだが、いつの間にか撤去されていた。明らかに事実と異なる謳い文句は、保護者たちからのクレーム要因となるからであろう。 


(なんか、“あの人たち"の気持ちが、今になってわかっちゃったなぁ……) 


 隼人が思い出した“あの人たち"とは、昨年、“仕事"で行った大隅半島、猪熊ゴルフスクールの不良たちのことだった。人気アマチュアゴルファー、林原緑の知名度が上昇した結果、本格的にゴルフを志す生徒が増え、“更正"目的で入校した彼らは居場所を失った。古参と新入りの温度差というものは確かにある。同質のものを感じていた。 


 そんな隼人、実は“処分"を免れた身である。先日、久美子とバロンの一戦に参加したことが問題視されたのである。 


 現在、奈美坂精神病院の“研修生"という立場の隼人。彼が独断で戦闘行為に加担したことについて、運営元である超常能力開発機構は奈美坂を追及した。塾通いに関しては、隼人の母、美弥子の希望であり、ややこしい家族からのクレームを避けるため容認した。だが、勝手な参戦をおこなったという事実を座視して良いものなのか。判断に迷うところである。 


 退魔士の“仕事"に超常能力者の隼人が割り込んだ、という点も上層の連中の癇に障ったのかもしれない。異能業同士のバッティングは好意的な目で見られないものだ。互いの“領分"は尊重するという暗黙の了解が存在し、それによって保たれてきた両者の友好関係というものがある。退魔連合会と超常能力実行局、そして奈美坂精神病院。みな、その了解の当事者なのだ。 


 しかも、隼人には“脱走歴"がある。早々に塾通いを中断させ、謹慎させるべきではないか、という声もあがった中、超常能力開発機構に一通の速達が届いた。 


 “この度は、当出張所の所員、天宮久美子の危難に際し、御機構、東郷隼人君の御助力を賜りましたこと厚く御礼申し上げます。敵方である違法薬物密売人が人質をとっており、当天宮の戦術判断が難解を極める中、武器を持たぬ東郷君は果敢にも攻撃を選択され、見事、密売人の撃退を果たされました。もし、東郷君の御力を得られなかった場合、人質の救出は困難であった可能性も高く、当出張所の名誉問題へと発展しかねない状況であったこと、天宮が証言しております。誠にありがとうございました。 


 退魔連合会 村島健康  証人 天宮久美子" 


 この書面を受け取った超常能力開発機構の職員は慌てた。退魔連合会鹿児島支部の村島といえば、異能業界の有名人である。退魔士としても戦士としても多くの功績を持ち、超常能力実行局のEXPERたちからも尊敬を集めている。そんな男からの、直筆直々の礼状だった。 


 ちなみに、この一通。加勢に対する純粋な感謝の意であり、同時に村島が隼人の“立場"に配慮して出したものである。あのクールな天宮久美子が“友"と呼ぶ少年に興味もあった。人間同士の関係とは、直接の面識なくとも生まれるものである。 


 “一度、あってみたいものだね" 


 そう語った村島がなぜ、嬉しそうだったのか。久美子にわかる日が来るのだろうか。無愛想であっても、かわいい部下なのだ。 


 この礼状が隼人の処分を見合わせた最大の理由だったと言って良い。隼人に対する寛大な処置を遠回しに希望していることは誰が読んでも明らかであり、処分を実行することは村島の真心を反故にすることとなる。結果、超常能力開発機構は、隼人を無罪放免とした。訓告すらなかったのである。 


 もうひとつ理由があった。新設されて間もない“21世紀型育成制度"には、まだ、明確な賞罰の基準が規定されていなかったのである。人材の早期育成を目指すその適用第一号者である隼人の使命は、超常能力の職業的実行者たるEXPERに準ずるものではないか。いや、そこまでの立場ではないとしても、目前の悪の存在を看過しなかった点は評価すべきではないか、という意見が出たのも事実だ。 


 もっとも、こういった考え方は、隼人がまだ子供だから生まれた同情論であるとも言える。もし、大人であったなら、退魔士の仕事に踏み込んだことに眉をひそめる者が大半を占めただろう。異能業間の目に見えないルールというものは尊重されるものである。 


「さぁ、行くか!」 


 腕を伸ばし隼人は、バーニング・ゼミナールの門をくぐった。彼はここに、勉強をしに来ているのだ。 










 丁度、同じ頃、久美子は塾内にいた。廊下を歩きながら、各教室内を覗くと見られる“現象"に興味を持ったのだ。 


 “非現実ジャーナル効果"により急激に増えた新規の塾生たち。彼らのほうが、元々いた者たちより態度がデカいのである。新入り同士がダベって教室の中で騒いでおり、古参の塾生たちは、その傍らで、やや、居心地悪そうにしながら本を開いている。 


 “当分は、新規の生徒さんたちの扱いは丁寧にお願いします" 


 さきほど、従業員たちの前で塾長の初美が言った。つまり、騒がしくとも注意をするな、という意味だ。新入りたちのほうが待遇が良いらしい。 


 こういった古参と新参の温度差というものが久美子の目にはおかしく映った。人間、群れをなして生きる動物であるが、こうもきれいに分かれるものか。面白いものである。 


「おい、あいつだぜ」 


 久美子のそばで声がした。新入りの男の子ふたりが廊下で会話をしている。片方は、ふとっちょで、片方は、眼鏡をかけていた。そっと聞き耳をたててみる。 


「あいつが、この塾のトップなんだろ?」 


 ふとっちょが言った。 


「へぇ」 


 と、眼鏡。ふたりの視線の先にいるのは、教室の机に座り、参考書とノートを広げ、自習している友村早苗だった。 


「あいつ、毎日ほとんど遊ばず勉強ばっかしてるらしいぜ」 

「うへぇ、マジかよ?そんなにまでして頭良くなりたいかねぇ?」 

「学校でも、浮いてんだろうな。友達、いなさそうじゃね?」 

「たしかに。勉強漬けとか超ダセェわ」 

「だいたい塾とか、かったりーよな」 

「学校よりかはマシかね?」 

「ところで、そろそろゲーム返せよ」 

「悪りィ、ラスボスの前で止まったまんまだわ」 


 親の手により無理矢理、塾に通わされることになったのだろう。そういう意味では隼人と同類である。周囲を見回すと、ダラダラとくっちゃべりながら時間を潰している者が結構いた。


「滑稽なものですね……」


 久美子の横に長身の影が立った。ハンサム講師、元木である。
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