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第三章 怪奇、幽霊学習塾! 退魔剣客ふたたび
第31話 『非現実ジャーナル』
しおりを挟む「そう思いませんか?天宮先生」
と、元木。今日も均整のとれた長身に、ブランド物のスーツを着け、上等の革靴を履いている。相変わらずのハンサム講師ぶりだ。
「見てくださいよ……」
彼は顎を隼人と早苗のほうへ向けた。
「目がキラキラしてるでしょ?自分の夢とか将来とかに期待している姿ですよ。社会人になれば、そんなものは木っ端微塵に打ち砕かれるのにねえ」
と、語る元木の目はシラケていた。
「まぁ、僕の給料は彼らから出てるので、偉そうなことは言えませんが」
子供の面倒を見る立場の仕事をしている男であるが、あくまで“客"と割り切れるのだろう。自分自身も、ある種の客商売であるため、久美子は完全否定しない。異能を駆使した退魔士業は、あくまでも生活の手段である。
だが、否定せずとも反感を抱くのは、この元木という男が、どこか薄情に見えるからである。塵ほどのあたたかみすら感じない。
「さて“営業"に行きますか……」
と、元木。長い足を動かし、ふたりの子供に近づいた。
「ぐ、ぐえぇ……ギブアップ、ギブアップ……」
「この大馬鹿者ッ!九州は七県とも、県名と県庁所在地名が一緒って言ったでしょ!“博多市"なんて存在しないわ!」
またも解答を間違えた隼人にスリーパーホールドをかけながら、顔を真ッ赤にした早苗が怒鳴った。猪熊豪三郎並みの熱血スパルタ指導である。
「は……博多ラーメンって有名だよね……」
と言う隼人の顔は正反対に真ッ青だ。
「ラーメンから解答を連想してどうすんのよ!」
「どうだい、調子の方は?」
その声を聞き、ふたりは一瞬、黙った。
「まぁ、元木先生!」
と、早苗。素早く隼人の首から腕を離し、片足をピョンとはねさせた。
「じっくりやることだよ、早苗くん。学ぶことも、そして教えることもね」
と言う元木の表情は、さっきまでと違い爽やかなものである。
「やだわぁ……見てたんですかぁ?」
三つ編みをかきかき、早苗が恥ずかしそうに言った。またも顔が真ッ赤だが、理由はさきほどとは違うだろう。真面目な勉強少女だが、面食いなところがあるようだ。
「将来は、ここの講師になるかい?僕の同僚になってくれると嬉しいなぁ」
「ええっ?ど、どうしようかしら……」
そんな元木と早苗の会話を聞きながら、久美子は内心で舌を出した。“残念ながら、この少女には総理大臣になる、という夢があるのだ"、と。
「東郷くん、早苗くんに負けてはいけないよ。同じ“男子"として、今回は君の応援にまわってあげよう」
元木が言った。
「ははははは……」
それを聞き、愛想笑いをする隼人。
「そうよ、隼人くん。元木先生のおっしゃるとおり、男らしいところを見せて頂戴」
と、早苗が言った。
「さぁ、そろそろ教室に入りたまえ。廊下は寒いだろう?暖房が入っているよ」
元木に促され、ふたりは立ち上がった。ぺこりと頭を下げ、教室へと消えた。
「ところで……」
誰もいなくなった廊下で、元木は素早く久美子の肩に右手をまわした。馴れ馴れしく、そして、慣れた手つきである。
「天宮先生、よかったら今度、食事にでも行きませんか?いい店を知ってるんです」
耳もとで、そっと囁かれた。かかる吐息に下心を感じるのは気のせいではないだろう。
「お互い、正社員とパートであっても、雇われの身です。共通の愚痴を言いあいませんか?」
元木は久美子のロングヘアを嗅ぐようにした。自分の甘いマスクに絶対の自信があるのだろう。だが、久美子は肩にまわった手を丁寧に振りほどき、そして、こう言った。
「この右手にお怪我をしていらっしゃるようですが……?」
この女が人に物事を訊くことは大変に珍しい。元木も少しは面喰らったようだ。だが……
「いやぁ、ちょっと、ぶつけちまいましてね。ドジな話です……」
彼は笑った。取り繕った様子はない。なかなかの“役者"といったところか。
数日後、『非現実ジャーナル』の最新号が発売された。巻頭カラーを飾ったのは神霊ジャーナリスト、花ノ宮奈津子が担当した記事である。見出しは“怪奇、幽霊学習塾!歪んだ受験社会が生み出した少女の悪霊"とあった。
おそらく塾長、中久保初美の許可を得ていたのだろう。塾生らがいない時間帯の建物内の写真が多数掲載されていた。暗闇の中、フラッシュを焚いて撮影したかのように、おどろおどろしく写っているが、久美子が幽霊と交戦した日を除けば、夜、薩国警備の防犯カメラの有視界内に奈津子が踏み込んだ形跡はなかった。加工したものであるのかもしれない。教室や廊下、トイレなど数点にわたる。
外観も撮影されていた。こちらは本当に夜、撮ったのだろう。新しい建物ではないだけに、灯りが全く見られないその姿は結構、不気味に写るものである。バーニング・ゼミナールの名前こそ伏せられているが、“鹿児島県S市の学習塾"と紹介されていた。特定は容易である。
そして、極めつけは“幽霊の写真"だった。表紙を飾ったそれは、奈津子が撮ったものである。プリント柄の子供服を着ており、“少女"だということは一目でわかる。足があるが、周囲がぼんやりと発光しているため、れっきとした幽霊に見える。長い髪で顔が隠れていることも理由なのか?ホラー映画に登場するような外見であるため、読者の目には相当わかりやすく映るだろう。“彼女"が久美子と対戦したのは、この直後である。
“成果主義、実力重視。こういった一個人に対する評価基準を否定することは出来ない。日本という国は、それで豊食したからだ。だが、成長の過程の端に産み落とされた廃棄物を回収する立場として現代の子供たちは生まれてきたのかもしれない。家庭では親の過大な期待を受け、学校では根性論を重視する理不尽な教師たちの罰を受け、その先にある将来の選択には常に学歴という肩書がついてまわる。一流企業、一流公務員。それらを目指すため、競争社会に放り込まれた彼らが抱える精神的負担は、我々、大人の想像以上に過大なのではないか?規則を重視する教育者は、人ひとりの個性よりも規律を重んじ、その者らが担当する授業とは、子供を伸ばすためでなく、それに当てはめるための手段となってはいないか?この幽霊は、そんな大人たちへ自分の苦悩を伝えるため現れた生霊の可能性もある"
さすがは神霊ジャーナリスト、花ノ宮奈津子である。幽霊と世間の問題を結びつけ、いつの間にか文章の調子を風刺にすりかえている。非現実ジャーナルの人気のひとつがこれだった。人外や超常の事柄とは、歪んだ人々の心が呼び出した社会悪であると綴る。
最新号の売上は、鹿児島で大変に良かったようである。やはり地元が話題になっているからであろう。県内の書店ではすぐに完売し、そこの従業員たちは、客からの苦情に耐える日々をおくった。ここS市でも、非現実ジャーナルを通じ、幽霊の姿が多くの人たちの目に触れることとなった。
そして二日後、バーニング・ゼミナールの前で久美子は信じられない光景を見た。子供連れの行列が出来ていたのだ。入塾希望者たちが殺到したのである。
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