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第一章 首払村の魔剣! 美女の血を吸う神を斬れ!

第19話 マーシャル・キッド

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 戦後。


 敗戦のショックから立ちなおった日本は、経済成長をはじめていた。当時の人々に、強力なエネルギーがあったのかもしれない。終戦直後の焼け野原だった姿からは想像できないほどのスピードで遂げた復興は、飢えた国民が燃えあがった結果だったのだ。とどまるところを知らぬ勢いだった。


 そして、その“象徴"となるスーパースターの存在があった。みな、今となっては伝説と化したその男を愛した。誰しもが、熱狂したものである。


 だが、その男は、ある日突然に“引退"を発表した。世界最高峰の実力を維持したままでの引退は、国民をおおいに悲しませた。










 時代の移り変わりの中で、ここ首払村の様子は昔とちっとも変わらなかった。住民は、みな、農業に明け暮れ、家族と土地を大切にし、騒々しい都会の発展とは真逆の価値観を、いつまでも持っている。毎日が、のどかだった。


 早朝、その首払村の道を歩く一人の男がいた。背はさほど高くないが、その肉体は見事なものだった。ランニングからのぞく腕はたくましく、肩もあるが、腰は締まっている。弾力に富んだ身体をしていた。


 日に焼けた顔は、よく見ると、むしろ繊細な造形をしているくらいである。そうでありながらも、絶妙に男らしさも持ちあわせており、端正とも精悍とも思わせるルックスをしていた。いい男である。


 道で、住民の一人とすれ違った。声をかけられた。


「早いのう。散歩かね?」


 たくましい男が、それにこたえた。


「今週の“掃除当番"は俺さ。辰さん、これから畑かい?」


 すれ違った相手は、のちに首払村の集落会長を務めることになる首払辰正であった。


「そうじゃったのう。かなり汚れておるから、掃除しがいがあるじゃろ。頼むよ、“一郎"さん」


 たくましい男は、若き日の首払一郎だった。彼は、鍛えられた右手を振って、辰正と別れた。










 “マーシャル・キッド"の異名を持つ世界的なストリートファイター、首払一郎が、この村に帰ってきて、数年がたっていた。日本国内で、そして海外で、幾多の名勝負を繰り広げ、国民を燃えさせた彼は、若くして表舞台から姿を消した。その理由を、マスコミは面白おかしく想像し、取り上げたが、本人の口から語られることはなかった。短い現役生活だったが、それで得た莫大なファイトマネーを元手に、若くして、のんびりと隠居生活を送るつもり、だった。


 この日、彼が向かった先は、首払村の公民館である。今とは違い、建て替えられる前の公民館は、みすぼらしい物だった。住民たちが集まると、傾きそうなボロ屋である。ここの掃除をするために、一郎はやってきたのであった。そして、その軒下あたりで、ひとりの女が壁にもたれかかるようにして寝ていた。


「よう!」


 一郎が声をかけた。若い頃は、言葉遣いが乱暴だった。


「こんな田舎でも、悪いヤツの一人や二人はいるかもしれないぜ。女の一人寝たァ、感心しねぇな」


 今、思えば、のちに彼が正体不明の隼人を助けた理由は、このときの女の姿と隼人が重なったからではないだろうか。初対面のシチュエーションが、よく似ていた。


 女は、長い睫毛に覆われた目を覚ました。清楚で上品な顔を持った、ものすごい美人である。色は白く、肌はなめらかで、長い髪を後ろでひっつめていた。


 寝起きで、意識がはっきりしないのだろうか。ぼうっと、こちらを見ている。


「あの……ここは、どこですか?」


 十数秒後、女は、一郎に訊いた。


「おいおい、お嬢さん。記憶喪失にでもかかったのか?ここは、首払村っていう、ド田舎の集落さ」


 女は、その名前に聞き覚えがあった。そして、目の前の男には、見覚えがある。


「では、あなたは、首払一郎さん?」


 女の言葉に、一郎は頷いたりはしない。逆に聞き返した。


「前に、どこかであったかねェ?」


 女は白い頬を、ほんの少しだけ赤くし、そして、答えた。


「私、子供のころ、あなたの“ファン"でしたの」

「そいつは、光栄だな」


 一郎が、頭をかいた。










 かつて、この首払村からストリートファイトの世界に飛び込んだ一郎は、とある柔道家と闘った。当時、日本最強と言われたその男に勝利した一郎は、それで一躍、時の人となった。そして、そんな彼に目をつけた新進の“格闘技プロモーター"がいた。


 “これからの時代は、スポーツと映画が娯楽の中心になるわ。そして大衆は、スターを求めるようになる。あんたには、その素質があるわ、一郎!"


 彼女の展望は正しかった。日本での試合すべてに勝利した一郎は、やがて世界へと羽ばたいた。彼の活躍は連日、新聞や雑誌、テレビでとりあげられ、日本国民たちは、その活躍に魅せられた。


 ルックスに恵まれていたことも人気の理由だった。少年向けの雑誌で表紙を飾り、映画出演も果たした。作られたスター、という側面もあったが、実力は本物だった。一郎は、格闘技の“天才"だったのだ。


 敗戦国の若者が海外の強豪格闘家を次々と撃破し、のし上がってゆく、というサクセスストーリーに国民はハマった。テレビの普及と時期が重なり、一郎人気はピークに達した。海外での試合は録画で放送され、日本国内での試合は生中継された。当時の学校でも職場でも、首払一郎の闘いは共通の話題であった。










「ところで、あんたは、ここで何をしてるんだい?寝てましたって答えは、なしだぜ」


 一郎が女の顔を見て言った。彼女の美しさ。それは絶世のものと言ってよいだろう。


「私、“奈美坂精神病院"から、逃げ出して来たのです」


 美女の口から出たその名は、一郎も知っていた。隣のS市に存在するという“超常能力者"の育成施設である。


 現役時代に、がっぽり稼いだ金で、のんびりと平穏に暮らそうかと思っていた一郎だったが、その夢は、あっさりと破られた。首払村に帰ってきた一郎に、戦後、発足して間もない超常能力実行局のEXPERたちが闘いを挑んできたのである。ある者は、純粋に決闘を申し込み、別のある者は、教授を願い出てきた。スターは引退してもスターだったのだ。そして、その闘い全てに一郎は勝利した。奈美坂精神病院の存在は、挑戦者のひとりから聞いたのである。


「なぜ、逃げ出した?」


 一郎が質問をすると、女はズボンのポケットから“ある物"を取り出した。彼女の手のひらで、それは小さく輝いていた。


 そして、女は、こう言ったのである。





「私は、この“魔剣"と心中することを決めたのです……」






 
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