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06、翡翠色の瞳
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王都の街トロイデンに着いた僕は、三人にお姫様のように宿に運ばれてベッドに押し込まれた。
「オレたちはギルドヘ行って来るから。大人しくしてろよ」
「あ、ちょっと待って。王都の冒険者に聞いてきてほしいことがあるんだけど」
僕は三人に頼み事をしてから素直にベッドに入って目を瞑った。この一週間の疲れが出たのだろう、すぐに眠気がやってきて、いつのまにか夢の中の住人になった。
三人は冒険者ギルドヘ足を向けた。ヴィリエの街のギルドから王都のギルドヘ登録先を変えるためと、襲ってきた魔物たちを換金するためである。魔物は綺麗に解体してヘイデンの持つマジックバッグに入れてある。
ラルフとヘイデンが用事を済ませている間、ハリーはあの小さな少年ーールネの「聞いてきてほしいこと」を聞くためにギルド内にある飲食スペースへと足を向けた。
王都のギルドはヴィリエの街とは比べものにならないくらい広くて人も多い。飲食スペースも広く、大勢の冒険者が酒を呑んだり飯を食ったりしてざわついていた。
ハリーは飲食スペースにいる冒険者たちをざっと見て、その中から程よく酔っ払った好色そうな優男に目をつけた。周りに見せる大きな態度や金のかかった装備などから、どこかの金持ちのボンボンが遊びで冒険者をやっているというのがバレバレである。こういった輩は女も好きだが男もイケる。
この世はレベル世界なので、外見は全く当てにならない。弱そうに見えても強いヤツなんて幾らでもいる。人を見る目がなければ冒険者としてやっていけないのだ。
ルネに頼まれたのは、この街の娼館についてだった。
どこの街でも身体を売るためには二つの道がある。店に所属して稼ぐかフリーで稼ぐかである。売れなくなって店を追い出された者がフリーとなることが多い。フリーの場合はテリトリーがあって、別の人間のテリトリー内で身体を売るとリンチを受ける。フリーは病気も怪我も多いので、ルネはどこかの店に所属したいと思っているようだ。女を売る娼館など幾らでもあるが、ルネが探しているのは男娼の店だ。男を買うことを表沙汰にしたくない奴らが多いので、男娼が買える店は秘匿されている。
そこでルネはハリーたちに、それっぽい冒険者に男を買える店がないかを聞いて来るように頼んだ。それでハリーは優男に目を付けたのである。
カウンターで酒瓶を買って、それを手に優男の元へ向かったハリーは男に酒を勧めた。
「楽しそうですね。オレも仲間に入れてもらってもいいですか? あ、こちらの酒もどうぞ、お近づきの印に」
男以外の冒険者にもしっかり酒を勧める。
ハリーは手練手管に秀でていて口が上手い。金持ちのボンボンから話を聞くことなど赤子の手を捻るように簡単だった。数分後にはすっかり周りと仲良くなり優男とは肩を組み合って話す間柄になった。男はトロイデンの街で一、二を争う布を取り扱う商家の次男坊で、家を継ぐこともないから金と暇を持て余していて、たまにこうして冒険者をやって暇潰しをしていると話した。
ハリーは他の人に聞こえないように声を潜め、男の耳に口を近づけて聞いた。
「オレは今日、田舎のギルドからこっちへ出てきたばかりなんですけど、この辺で男が買える店ないですかね? 出来れば質の良い店が良いんですが」
「それなら三番街の『fortuna』だな。あそこは客層もいいし男も綺麗どころが揃っている」
すぐ答えが返ってきた。コイツはやはり男もイケる口らしい。
「でもあの店は紹介がないと入れない。もし行きたいようなら俺の名前を出してくれていいぜ」
そう言われてはじめてこの男の名前を知らないことに気がついた。
ハリーは片手を優男に差し出して自己紹介をした。
「そういえば挨拶がまだだったな。ハリー・ペイジだ。よろしくな」
「チルコット商会の次男、アンドリュー・チルコットだ。こちらこそよろしく」
握手を交わし再び酒をかっくらっていると、ヘイデンとラルフが戻ってきた。どうやら無事登録と換金は終わったらしい。
「おっと。パーティーメンバーが戻って来たからオレはもう行くな。情報サンキュ」
ハリーはアンドリューに礼を言って宿屋へ戻るために席を立った。
ハリーが今日聞いたことをルネに伝えようと宿屋の部屋を訪ねると、ルネは気持ち良さそうにベッドで眠っていた。あの美しい翡翠色の瞳は今は閉じられている。
ヴィリエのギルドにルネが入って来た時、一様に全員の眼がルネに吸い寄せられた。ギルドに来るには若すぎるということはもちろんの事、そのあまりの美貌に全員の注目が集まったのだ。少し伸びたふわふわの金の髪に、まるで翡翠のような青緑の瞳と長い睫毛。紅を差したような薔薇色の唇。なだらかな肩から細すぎる腰までの曲線。そのどれもが完璧で、皆が息を呑んだのが分かった。
かく言うオレも同様で、一瞬で酔いが醒めるほどの衝撃を受けた。風と光を司る子供神、ファリエルを想像したのはオレだけではないだろう。
視線だけで誰が声を掛けるか相談した結果、行けと言われたのがハリーだった。ヴィリエの街で一番実力があるのがハリーたちのパーティーだったし、ハリーならどうして彼がギルドヘ来たのか上手く聞き出せることが出来ると皆が分かっていたので白羽の矢が立ったのだ。
声をかけたのはいいが、なぜか彼は媚びるような目つきで誘うように自分の腕に手を回してきたではないか。さっきまで聖なる神様のようだと思ったのに、今の彼は淫婦に変容していた。笑顔がまさしく淫婦のそれであった。
呆然としていると受付のマリンに邪魔をされた。おかげでその時は彼がギルドヘ来た理由が分からなかったのだが、後でマリンと彼の話を近くで聞いていた冒険者が、彼がトロイデンまでの護衛を探していること、金がなくて諦めたことを教えてくれた。ちょうど自分たちパーティーはもっと上を目指そうと王都に河岸を変えるつもりだったし、ヘイデンのこともあったので彼に声をかけた。
彼ーールネ・ソエルは不思議な子供だった。一週間と少しの付き合いになるが、未だにルネが何を考えているのか分からない。人を見る目には自信があったが、ルネに関しては分からない事だらけだ。でもただ一つ言えるのはルネがとてもアンバランスだということだ。弱いように見えてとても強い。かと思うと弱くて脆くて消えそうな時もある。強かさもあれば優しく慈愛に満ちた時もある。まるで全ての感情を集めてぐちゃぐちゃになったおもちゃ箱のようだ。
性器の周りだけに執拗に残された痕跡を見るに、村では相当酷いことをさせられていた事が分かる。それなのにルネは怖がりもせず平気でオレたちに身体を開いた。ただセックスが好きなだけなのかとも思ったが、快楽に溺れているような感じでもない。
ヘイデンのことについてもそうだ。オレは話を聞いて断ると思っていた。
村のヤツらから逃るため早く王都に行きたいと思うのは分かるが、自分が酷い目に遭うのが明らかな話を受けるようなヤツはいない。それもヘイデンは別の冒険者を探すように金まで出そうとした。
だがルネはオレたちの依頼を受けたのみならず、なんと値下げ交渉までしてきた。
挙句に死ぬほどの目にあっておきながら、その夜動かない身体で再びヘイデンを受け入れたらしい。もう訳が分からない。
苦労するのが分かっている男娼などしなくても、彼ならその辺を歩いていれば金持ちの愛人になることくらい簡単だろうとオレは思うんだが、ルネは街で男娼として働くつもりらしい。どうしても男娼として働かなければならない理由があるのかもしれない。どんな理由かは皆目見当もつかないが。
眠っているルネの髪を撫でる。幽かな寝息が生きていることを証明している。まだルネが起きる気配はなかった。
ハリーは自分の顎をひと撫ですると、この辺りに理容師がいないか宿屋の主人に聞くために立ち上がった。
数時間後。
「あははははははははっ!」
「ふふ」
久しぶりに髭を当たり、髪もセットしたハリーを見てラルフは大笑いし、ルネは微笑んだ。
ヘイデンに至っては後ろを向き、肩を震わせている。
「お前、髭がないと童顔だよなぁ」
「ふふふ……、に、似合ってる……、よ」
「ふっざけんなよ、お前が髭を剃った方がいいって言ったんじゃないか」
笑顔が見られて良かった。ハリーはそう思いながらルネの頭をグリグリした。
「オレたちはギルドヘ行って来るから。大人しくしてろよ」
「あ、ちょっと待って。王都の冒険者に聞いてきてほしいことがあるんだけど」
僕は三人に頼み事をしてから素直にベッドに入って目を瞑った。この一週間の疲れが出たのだろう、すぐに眠気がやってきて、いつのまにか夢の中の住人になった。
三人は冒険者ギルドヘ足を向けた。ヴィリエの街のギルドから王都のギルドヘ登録先を変えるためと、襲ってきた魔物たちを換金するためである。魔物は綺麗に解体してヘイデンの持つマジックバッグに入れてある。
ラルフとヘイデンが用事を済ませている間、ハリーはあの小さな少年ーールネの「聞いてきてほしいこと」を聞くためにギルド内にある飲食スペースへと足を向けた。
王都のギルドはヴィリエの街とは比べものにならないくらい広くて人も多い。飲食スペースも広く、大勢の冒険者が酒を呑んだり飯を食ったりしてざわついていた。
ハリーは飲食スペースにいる冒険者たちをざっと見て、その中から程よく酔っ払った好色そうな優男に目をつけた。周りに見せる大きな態度や金のかかった装備などから、どこかの金持ちのボンボンが遊びで冒険者をやっているというのがバレバレである。こういった輩は女も好きだが男もイケる。
この世はレベル世界なので、外見は全く当てにならない。弱そうに見えても強いヤツなんて幾らでもいる。人を見る目がなければ冒険者としてやっていけないのだ。
ルネに頼まれたのは、この街の娼館についてだった。
どこの街でも身体を売るためには二つの道がある。店に所属して稼ぐかフリーで稼ぐかである。売れなくなって店を追い出された者がフリーとなることが多い。フリーの場合はテリトリーがあって、別の人間のテリトリー内で身体を売るとリンチを受ける。フリーは病気も怪我も多いので、ルネはどこかの店に所属したいと思っているようだ。女を売る娼館など幾らでもあるが、ルネが探しているのは男娼の店だ。男を買うことを表沙汰にしたくない奴らが多いので、男娼が買える店は秘匿されている。
そこでルネはハリーたちに、それっぽい冒険者に男を買える店がないかを聞いて来るように頼んだ。それでハリーは優男に目を付けたのである。
カウンターで酒瓶を買って、それを手に優男の元へ向かったハリーは男に酒を勧めた。
「楽しそうですね。オレも仲間に入れてもらってもいいですか? あ、こちらの酒もどうぞ、お近づきの印に」
男以外の冒険者にもしっかり酒を勧める。
ハリーは手練手管に秀でていて口が上手い。金持ちのボンボンから話を聞くことなど赤子の手を捻るように簡単だった。数分後にはすっかり周りと仲良くなり優男とは肩を組み合って話す間柄になった。男はトロイデンの街で一、二を争う布を取り扱う商家の次男坊で、家を継ぐこともないから金と暇を持て余していて、たまにこうして冒険者をやって暇潰しをしていると話した。
ハリーは他の人に聞こえないように声を潜め、男の耳に口を近づけて聞いた。
「オレは今日、田舎のギルドからこっちへ出てきたばかりなんですけど、この辺で男が買える店ないですかね? 出来れば質の良い店が良いんですが」
「それなら三番街の『fortuna』だな。あそこは客層もいいし男も綺麗どころが揃っている」
すぐ答えが返ってきた。コイツはやはり男もイケる口らしい。
「でもあの店は紹介がないと入れない。もし行きたいようなら俺の名前を出してくれていいぜ」
そう言われてはじめてこの男の名前を知らないことに気がついた。
ハリーは片手を優男に差し出して自己紹介をした。
「そういえば挨拶がまだだったな。ハリー・ペイジだ。よろしくな」
「チルコット商会の次男、アンドリュー・チルコットだ。こちらこそよろしく」
握手を交わし再び酒をかっくらっていると、ヘイデンとラルフが戻ってきた。どうやら無事登録と換金は終わったらしい。
「おっと。パーティーメンバーが戻って来たからオレはもう行くな。情報サンキュ」
ハリーはアンドリューに礼を言って宿屋へ戻るために席を立った。
ハリーが今日聞いたことをルネに伝えようと宿屋の部屋を訪ねると、ルネは気持ち良さそうにベッドで眠っていた。あの美しい翡翠色の瞳は今は閉じられている。
ヴィリエのギルドにルネが入って来た時、一様に全員の眼がルネに吸い寄せられた。ギルドに来るには若すぎるということはもちろんの事、そのあまりの美貌に全員の注目が集まったのだ。少し伸びたふわふわの金の髪に、まるで翡翠のような青緑の瞳と長い睫毛。紅を差したような薔薇色の唇。なだらかな肩から細すぎる腰までの曲線。そのどれもが完璧で、皆が息を呑んだのが分かった。
かく言うオレも同様で、一瞬で酔いが醒めるほどの衝撃を受けた。風と光を司る子供神、ファリエルを想像したのはオレだけではないだろう。
視線だけで誰が声を掛けるか相談した結果、行けと言われたのがハリーだった。ヴィリエの街で一番実力があるのがハリーたちのパーティーだったし、ハリーならどうして彼がギルドヘ来たのか上手く聞き出せることが出来ると皆が分かっていたので白羽の矢が立ったのだ。
声をかけたのはいいが、なぜか彼は媚びるような目つきで誘うように自分の腕に手を回してきたではないか。さっきまで聖なる神様のようだと思ったのに、今の彼は淫婦に変容していた。笑顔がまさしく淫婦のそれであった。
呆然としていると受付のマリンに邪魔をされた。おかげでその時は彼がギルドヘ来た理由が分からなかったのだが、後でマリンと彼の話を近くで聞いていた冒険者が、彼がトロイデンまでの護衛を探していること、金がなくて諦めたことを教えてくれた。ちょうど自分たちパーティーはもっと上を目指そうと王都に河岸を変えるつもりだったし、ヘイデンのこともあったので彼に声をかけた。
彼ーールネ・ソエルは不思議な子供だった。一週間と少しの付き合いになるが、未だにルネが何を考えているのか分からない。人を見る目には自信があったが、ルネに関しては分からない事だらけだ。でもただ一つ言えるのはルネがとてもアンバランスだということだ。弱いように見えてとても強い。かと思うと弱くて脆くて消えそうな時もある。強かさもあれば優しく慈愛に満ちた時もある。まるで全ての感情を集めてぐちゃぐちゃになったおもちゃ箱のようだ。
性器の周りだけに執拗に残された痕跡を見るに、村では相当酷いことをさせられていた事が分かる。それなのにルネは怖がりもせず平気でオレたちに身体を開いた。ただセックスが好きなだけなのかとも思ったが、快楽に溺れているような感じでもない。
ヘイデンのことについてもそうだ。オレは話を聞いて断ると思っていた。
村のヤツらから逃るため早く王都に行きたいと思うのは分かるが、自分が酷い目に遭うのが明らかな話を受けるようなヤツはいない。それもヘイデンは別の冒険者を探すように金まで出そうとした。
だがルネはオレたちの依頼を受けたのみならず、なんと値下げ交渉までしてきた。
挙句に死ぬほどの目にあっておきながら、その夜動かない身体で再びヘイデンを受け入れたらしい。もう訳が分からない。
苦労するのが分かっている男娼などしなくても、彼ならその辺を歩いていれば金持ちの愛人になることくらい簡単だろうとオレは思うんだが、ルネは街で男娼として働くつもりらしい。どうしても男娼として働かなければならない理由があるのかもしれない。どんな理由かは皆目見当もつかないが。
眠っているルネの髪を撫でる。幽かな寝息が生きていることを証明している。まだルネが起きる気配はなかった。
ハリーは自分の顎をひと撫ですると、この辺りに理容師がいないか宿屋の主人に聞くために立ち上がった。
数時間後。
「あははははははははっ!」
「ふふ」
久しぶりに髭を当たり、髪もセットしたハリーを見てラルフは大笑いし、ルネは微笑んだ。
ヘイデンに至っては後ろを向き、肩を震わせている。
「お前、髭がないと童顔だよなぁ」
「ふふふ……、に、似合ってる……、よ」
「ふっざけんなよ、お前が髭を剃った方がいいって言ったんじゃないか」
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