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04、狂戦士(バーサーカー)

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 全裸のままベッドに横になっていた僕は身体を起こして、服と鎧をかちゃかちゃと身につけているハリーとラルフに言葉をかけた。

「それで?僕にお願いしたいことって何なの?」

 鎧がない分、先に着替え終わったハリーがベッドにいる僕の隣に座ったので、身体を傾けてハリーの肩にしなだれかかった。

「ここには今いないんだが、俺たちのパーティーメンバーにはもう一人ヘイデン・シュミットと言う男がいてな。あいつのおかげで俺たちなんかでもCランクに上がれたんだが」
「それだけ強いって事?」
「ああ」

 ハリーの話によると、ヘイデンは普段とてもストイックな生活を送っているそうだ。もちろんハリーたちのように連れ込み宿なんかにしけ込んだりはしないし、酒も煙草もやらないし女も抱かない。

「それがな、あいつは戦いになると凶暴になるんだ。戦っている間はそれでもいいんだが、終わった後もしばらくは理性を失って暴れている状況が続く」

 その状態になったヘイデンは忘我状態になって敵味方関係なく襲いかかるという。いわゆる狂戦士バーサーカー状態だ。話には聞いたことがあったけれど、本当にそんなことがあるんだと驚いた。

「ヘイデンがそうなった時、誰か鎮めてやる者が必要なんだ。今までは金で商売の姐ちゃんを雇って相手をしてもらってたんだが、激しすぎてみんな身体を壊されちまって。今では頼んでも誰もヘイデンの相手をしちゃくれねぇ」

 鎧を装着し終わったラルフはどっかりと連れ込み宿に備え付けられている木の椅子に座った。さすが冒険者御用達の連れ込み宿の椅子。大きくて重いラルフが座ってもびくともしない。

「だから俺たちはしばらく冒険者稼業を休んでたんだが、いつまでもこのままって訳にはいかねえ。働かないと金が入ってこねえ」
「じゃあ僕はそのヘイデンの相手をすればいいんだね」

 ヘイデンを鎮める者がいない状態で仕事をしてしまうと凶暴化したヘイデンによって逆に被害が広がってしまう。

 僕は二人に向けて指を五本立てるポーズを取った。

「銅貨五枚」
「え?」

 二人が不思議な顔をする。

「だーーかーーらーー、安くしろって言ってんの。さっきは銀貨一枚で王都まで護衛するって言ってたじゃん。それを銅貨五枚にしろって言ってるの。だってさ、今まではお姐さんを金で雇ってたんだろ?ヘイデンに身体を壊されるかもしれないんだろ?身の危険もあるっていうのに僕だけお金を払わなきゃいけないっておかしくない?」
「それはただの討伐任務で日帰りだったからだ。銀貨一枚ってのは全員の旅の準備代だ。銅貨五枚ぽっちじゃメシだってまともに食えやしねぇ。王都まで行くのに銀貨一枚でも破格の値段だぜ?」

 僕は少し考えて指を三本にした。

「じゃあ八枚。これが僕の出せるギリギリかな。その代わりに出発の準備が整うまで僕の身体を好きにしてもいいよ」

 それで話はまとまった。二人に安い宿を紹介してもらったので僕はそこに泊まることにして、近いうちにヘイデンと宿で顔合わせをすることになった。
 宿の代金を支払いにハリーが席を外したのを見計らってラルフの腕を取った。

「ねえラルフ、今度は一人で僕の部屋に来て。今度は後ろから……、ね」

 ラルフが満更でもない顔をしたので、ダメ押しとばかりに唇を重ね合わせておいた。


  *


 その後、ラルフからも無事レベル上げをさせてもらった。僕は村の人間に見つからないように極力宿の中にいた。宿にも僕が泊まっていることは誰にも言わないようにお願いした。ずっと部屋にいて暇だったので、宿の店主と寝てレベル上げをした。

 そうこうしているうちにハリーから宿に連絡があり、僕の泊まっている部屋にヘイデンを連れて来てもらうことになった。
 とても恐ろしい顔をした魔獣のような大男が来るのかなと思っていたのに、ヘイデンの姿を見て拍子抜けした。
 背は高いが、服を着ているといたって普通の男性だった。だが横から見ると胸板が厚い。脱ぐとすごいタイプなのかもしれない。黒い服の上下に長いコート。膝までの編み上げブーツも黒い。背中に長くて太い剣を差していて、ラルフによると炎帝剣という銘の迷宮産の剣で、焔を剣に纏わせて戦うらしい。

「よろしく」

 僕は手を差し出したけど、ヘイデンは聞こえるか聞こえないかの声でボソッと「よろしく」と言っただけで、手は握らなかった。

「今コイツは禁欲中だからな。誰とも触れ合わないんだ」

 そうハリーが教えてくれた。ヘイデンはもう用は終わったとばかりに部屋を出て行った。
 変わった人、というのが僕の正直な感想だった。あの真面目そうな朴念仁が凶戦士状態になるって?その時は信じられなかった。

「旅の準備はもうすぐ終わる。あと二、三日待ってくれ」
「あ、うん。わかった。出発の日が決まったら教えてね」

 二人が部屋を出て行った。しばらくしてまた部屋の扉がノックされたので、言い忘れたことでもあって二人が戻って来たのかと思ったけど、ドアを開けた先に立っていたのは出て行ったはずのヘイデンだった。
 僕は彼を部屋の中に入れて椅子に座らせた。

「何か用?」
「……取り消してくれ」

 ボソッとヘイデンが言った。声小さすぎて聞こえないんだけど。

「王都への護衛依頼をなしにしてくれないか?お前は金がないから普通の護衛を頼めないんだろう?だから今回ハリーの話に乗った。だったら俺が新しく雇う護衛代を全額支払うから、俺たちと行くのはやめてくれ。アイツらには悪いが俺はもう冒険者を辞めようと思っている。俺はもう誰も傷付けたくないし、もしかしたら今回は殺してしまうかもしれない。お前だって俺なんかに殺されたくないだろう」

 辞めると本人は言っているが、この人は冒険者以外の仕事はできないような気がする。それに彼がいるからこそのパーティーランクCだ。辞めるなんてハリーとラルフが許してくれないだろう。

 僕はヘイデンに触ろうと伸ばした手を止めた。
 そういえば今は禁欲中だっけ。

「依頼は取り消さないよ。今から他の冒険者を探すのも時間がかかるし。僕は急いでいるんだ。僕はね、生まれた村から逃げてきたんだ。ここに居たら村の奴らに見つかって連れ戻されて、死ぬまで遊ばれて飽きたら殺される。どうせ殺されるならあんたの方がいい」

 ヘイデンは僕の言葉を聞くと、椅子から立ち上がった。

「後悔するなよ」

 やはりボソッとそう言って、扉を開けて部屋から出て行った。


  *


「ラルフ!!」
「任せろっ!!」

 いきなり何匹もの森狼フォレストファングが僕たちの野営地に向かって走ってきた。ラルフが盾を構えて森狼たちのヘイトを集めて時間稼ぎをしている間、魔術師であるハリーが魔法を詠唱する。

「『ライトニングボルト』!!」

 雷魔法で森狼たちを痺れさせて、そこにヘイデンが炎帝剣に焔を纏わせて1匹ずつ倒していく。前衛に盾、中衛に魔法、後衛に剣という、バランスの良いパーティーだ。さすがパーティーランクC、森狼たちに対しても全く怯むことはない。

 僕はと言うと初めての戦闘に怖いよりも興味が先に立ち、隠匿魔法がかけてあるテントの中に隠れて戦いをチラチラ見ていたのだった。

 最初こそ普通に森狼を剣で薙ぎ倒していたヘイデンだったが、敵の数が増えるにつれ少しずつ様子が変化していった。
 
 そこにいたのはもう宿でボソボソ喋っていたヘイデンではなかった。
 ヘイデンは、襲ってくる森狼を目の色を変えて楽しそうにぐちゃぐちゃに斬りつけている。
 まるで別人だ。
 服の上からでも筋肉が盛り上がっているのが分かった。

「あはははははははははははははは!!」

 声出るじゃん。

「うぷっ……」

 ヘイデンがなかなか倒れない一際大きな森狼ーーボスか?に噛み付いて肉を引きちぎった時はちょっと吐きそうになった。もうラルフもハリーも疲れ果てて肩で息をしているので、戦いの参戦は無理だった。

 襲ってくる森狼の爪を器用に避けて剣を振り上げる。森狼も『咆哮』で威嚇する。しかし狂戦士状態のヘイデンには効かない。彼は剣を振り上げて焔を纏わせると、森狼の首に向けて思い切り斬りつけた。
 森狼の首から鮮血が流れる。ヘイデンは再び首に噛み付いて肉を引きちぎった。

 まだ僅かに動いている森狼を、ヘイデンは笑顔で何度も何度も斬りつけた。それは森狼が死んだ後もしばらく続いた。ようやく気が済んだのか、全身に鮮血を被ったままのヘイデンは、くるりとテントの方を振り返って、底意地が悪い笑顔を僕に見せた。
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