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3章 辺境の地ライムライトへ
26-2、ケイとレオンハルトは服を買う
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「じゃあそろそろ服を選んじゃいましょうネ」
ポンっと手を打ち鳴らしたアラクネは僕の服を上から下まで眺めて嘆息した。
「うん、黒いわネ……。上から下まで真っ黒! でも似合ってる。銀髪に全身黒コーデ、すごく似合ってるケド……!!」
暗殺者だった頃、返り血が目立たないように暗い色の服ばかりを着ていた。そのせいなのか無意識に選んだ今日の服も黒だ。
「アナタまだ若いんだからもっと明るい服を着ましょうヨ! ジャケットとズボンは替える必要なさそうネ。サイズのお直しだけをして……。あとはそうネ、シャツを明るいものにして差し色にしましょうカ」
少し待つように僕たちに言ってから、アラクネはシャツを何点か選んで持ってきた。暖色系のものが中心で自分では絶対に選ぼうと思わない色ばかりだ。
「ハイ、ここに立っテ」
僕を大きな姿見の前に移動させると、色とりどりのシャツを次から次へと僕の前見頃に添えて確認していく。そのうちの一枚、赤いレースブラウスで手を止めた。
「コレはどう? 赤はレオンハルトサマの色だし」
「良いんじゃねえか? 似合ってると思うぜ。それに好きなやつが自分の色を纏ってくれてると思うと、俺のものみたいで嬉しいしな」
レースをふんだんに使った前立てと、襟ぐりについた大きなリボンが特徴の深紅のレースブラウスを添えられて、あまりの鮮やかさに目眩がした。
「えっと、レオンハルトさんの考え方が気持ち悪いし、赤は派手すぎるから却下で」
「そう? ジャケットを羽織れば大部分は隠れちゃうし、明るい色を少しだけ取り入れるコトによって、年相応の明るさと華やかさがプラスされるワ。あ、コッチのオレンジ色もイイかも!」
次に選ばれた服は、朗らかな雰囲気の女子が好んで着そうな、襟に花柄の刺繍が縫ってある程よい透け感のレースシャツだった。オレンジといっても落ち着いた色合いで派手さを感じないので、真っ赤なブラウスよりは受け入れやすい。透けているのは気になるけれど……。それに、赤いブラウスもこれもボタンの位置がいつも着ている服と左右が逆、どう見ても女物だ。
「これ、明らかにレディースですよね」
「エエ。一番あなたのサイズに近いものはレディースなのよネェ……。ドワーフかハーフリングのメンズ服もあるけれど、ドワーフ用はサイズが横に大きすぎるし、ハーフリング用はちょっと小さいワ」
普通にレディースの服が入る自分の体型がちょっと恨めしい。肘を曲げて二の腕を触っていると、別の場所で服を見ていたレオンハルトが何かを手に持って戻ってきた。
「おい、次はこれ着てくれよ! 絶対似合う。な、ケイ頼む!」
「え?」
光沢のある白布の塊を勢いよく僕に押し付けてきたので、受け取ってピラっとそれを広げる。
「……………………」
それは女性のランジェリーと見紛うようなノースリーブのキャミソールだった。投げ付けたい衝動に駆られたが、売り物なのでなんとか思い止どまる。これを僕に着せて何が楽しいんだか。
「えーーっと、これはさすがに無しかと……」
「………………ハァ……。この子の服は私が選びますカラ、レオンハルトサマはご自分の服をさっさと探して下さい」
ゴミを見るような目をレオンハルトに向けたアラクネは、困惑している僕の手からやんわりとキャミソールを回収し、そっと畳んでカウンターの横に隠すように置いた。肩を落としたレオンハルトはすごすごと服を探しに行った。
「コホン。さてと、私としてはさっきの赤いレースブラウスを推すケレドどうする?」
「うーーん、やっぱり赤はちょっと……。あ、これとこれがいいですね。無理のない値段ですし、黒のジャケットにも合いそうです」
アラクネが持ってきた服の中で、値段も手頃で比較的シンプルなネイビーブルーのストライプシャツとアイボリーホワイトのVネックシャツを選び、他の服を勧められる前にこれで決定とばかりに手渡した。アラクネは赤いブラウスを至極残念そうにハンガーにかけ直してラックに戻した。選んだ服と、少しだけ大きかったジャケットとトラウザーズは後で詰めてくれるそうだ。
「あとはレオンハルトさんの服ですね。いいの見つかりました?」
ハンガーラックから服を取っては戻すことを繰り返していたレオンハルトが僕の声に首を捻った。
「うーーん、そうだなぁ……。服なんて着られれば何でもいいんじゃねえのかよ……。どれも同じに見えるんだが……。あ、別に買わなくてもいいんじゃねえか? まだ今の格好でダメって言われたわけじゃねえんだし、店に強引に押しかけても…………」
「何はた迷惑なこと言ってるんですか! 清潔感がない今のままの格好で格式高めの料理屋に行けば、いくら高名なレオンハルトさんといえどもぜったいに門前払いをされるし、駄目って言われたら押し込み強盗みたいなことする気ですか!?」
今思い返してみると、旅の途中にレオンハルトが着ていた服はどれもこれも今着ている服と似たような状態だった。
「レオンハルトさん……。もしかして服をバッグに入れる前、畳んでいないんですか? え、まさかバッグに入っている他の服もみんな皺くちゃとか言いませんよね?」
「いや……。あは、あはは……。あ! でも洗ってはいるぜ!」
それは当たり前のことなのでドヤ顔で言わないでほしい。聞けば、どうやら服は洗浄だけして、魔道アイロンをかけたり畳んだりはせずにマジックバッグに押し込んでいるらしい。それはくしゃくしゃになってもおかしくない。
「だって畳むのも片付けるのも面倒くさくね?」
「だってじゃないです! はあ……。だから宿の部屋も汚いんですね……」
今まで泊まってきた宿の惨状を思い出し、苦笑しか出ない。宿を出る時、部屋を片付けるのは僕の役目だった。片付ける人がいなかったらゴミ部屋が出来上がるだろう。
ぶつぶつ言いながらもしばらく服を物色していたレオンハルトだが、飽きたのか気に入ったものが見つからなかったのかとうとう匙を投げた。
「あ~、もうやーめたっと!! おい店長、俺にはどうやら服のセンスがなさそうだから適当に選んでくれ」
「もう! 仕方ないわネ」
こうなることを予想していたのか、服選びを任されたアラクネは、あっという間に白のボタンダウンシャツとミディアムブラウンのセットアップを選んだ。僕の時とは違ってずいぶん決めるのが早い。この店を利用したことがあるレオンハルトのサイズも熟知しているようだ。
「前来た時とサイズが変わっていなければですケド、コチラでいいんじゃないでしょうカ」
「ずいぶんとぞんざいに選んだなぁおい。ま、いいや。俺は何着ても似合うからな! いい子で待ってろケイ、すぐに着替えてくる」
アラクネから服を渡されたレオンハルトは僕の頭を掴むように撫でるとローブを翻して試着室の中へ入っていった。何があるたびに頭を掴むように撫でるのはやめてほしい。髪の毛がくしゃくしゃになってしまった。
「あ、そうだワ。こちら差し上げます。初来店記念ヨ」
ウインクと共に渡されたのは、赤、ピンク、白の三色の布で作られた薔薇の花束だった。巷ではハンカチやハンドタオルを花にしてプレゼントすることが流行っている。
「わ、すごい。ちゃんと薔薇の花に見えます。これ、ハンカチですか? ありがとうございます」
「…………ん~~、ハンカチではないけれど、似たようなものカシラ。あとで使ってネ」
「?」
「ハイ、どうぞ」
言葉を濁すアラクネに対して訝しく思いながらも、手渡されたそれを受け取った。
「えっと、ハンカチじゃないならこれは……」
「おーい、着てみたぜ」
尚も聞こうと思ったら着替え終わったレオンハルトが足元を気にしながら試着室から出てきたので、僕は慌ててそれを腰のポーチに仕舞った。それからレオンハルトの相手に忙しく、それを仕舞ったことを思い出したのはずいぶんあと、宿に戻ってからのことだった。
「…………うわ、すっごい似合ってますね……」
「マア、ホント……」
一瞬、見惚れてしまった。
アラクネが適当に選んだ服のはずなのに、これがまた憎たらしいほど似合っていた。自意識過剰の気はあるけれど、背が高くて手足が長く、戦神のような筋肉とバランスのとれた均整の良い体型に、自信満々で押し出しが強く、見栄えも良いから何を着ても似合う。
「ちょっとズボンの丈が短いんだが」
「アラ、もしかしてまだ身長が伸びてるノ?」
足元に目を向けると、言われなければ分からない程度だが心持ち短いような気がする。悔しくはないけれどやっぱり足が長い。
「あら、ホント! このズボンなら裾出ししても跡が目立たないカラ、すぐ直してしまいますネ。レオンハルトサマ、申し訳ないデスが、下だけまた元のズボンに履き替えて、十五分ほどお待ちいただけますカ?」
「ええーー。面倒だからこのまんまでいいよ」
「ソレは私の矜持が許しません」
「アナタの服もサイズ直ししますカラ、こっちに来て」
「分かりました」
しぶしぶ再び試着室へと戻ったレオンハルトから脱いだズボンを受け取ったアラクネは、サイズに合っていない僕の服と一緒に試着室の奥にある針子の小部屋へと声をかけ、裾出しをするように指示した。
「ありがとうございました~~。また来てネ!」
数分後、服のお直しをして着替えたレオンハルトと、サイズを詰めてもらってピッタリになった服を着た僕は、手を振るアラクネの店を出て、徒歩で『西の斗食兎宇亭』へと向かったのだった。
なお、替わったのはシャツだけなのに、レオンハルトが僕のことをさんざん可愛いだとか尊いとか褒めちぎって、鬱陶しかったけれど、どこか少しだけ面映かったことをここに追記しておく。
…………………………………………………………………………
【おまけ】
(side.ケイ 届いた服)
後日、アラクネから服が届いた。
最近仲良くなった落ち人のヒナタがたまたま家に遊びに来ていたので、一緒に見ることに。
「王子系ロリータファッションって言ったら僕が住んでいたニホンで『漆黒の執事』だとか『ポウのファミリア』なんかのマンガ……えっと、絵画をお話仕立てにしたみたいなやつ? とかが好きな一部の女の子に流行っていた服だよ。あ、ちなみに『王子系』って言うけど、好んで着るのはだいたいが女の人だから」
「え」
アラクネは若い男性が着る服を新たに手がけると言っていた。つまりは王子系ロリータファッションは男が着るものだと勘違いしていた事になる。
アラクネに王子系ロリータファッションを教えた『落ち人』、出てこいやーー!
「ね、ね。早く服見せて! 着たところも! おかしな所があったらダメ出しするよ~~。なにせ本場ニホン人だからね!」
ーーということで。
がさがさ。まずは出してみた。
「これはブラウスか……。色は限りなく黒に近い濃い赤紫。襟は大きけれどシンプル。でも袖のフリルが多い!」
「この色ケイくんすっごく似合いそう!」
「この細い紐のようなものは何だろう」
「リボンだね。それも真っ赤。ギルマスの髪の色だ。クラヴァットじゃないんだね」
アラクネはここでレオンハルトの色をぶちこんできたか。
「あとは……。灰色のベストと、裾が広がったワンピースのような黒のロングジャケットに、ハイソックスと編み上げのロングブーツか」
グレイのシンプルなベストはダブルボタンで、後ろにアジャスターが付いてる。ジャケットの裾には装飾過多だと思うくらいレースが入っている。全体に入ってないだけまだマシか。
「よし、じゃあ一応着てみよう」
シャツとベストとジャケットだけ持って着替えに行こうとすると、ヒナタに止められた。
「待って待って、さりげなくショートパンツとガーターベルトを箱に戻してなかったことにしないで!」
「チッ」
見つかったか。だってこの歳でストレートのショートパンツはないだろう? それも膝上! ロングブーツで肌の露出は少なく済んでいるけれど、さすがにこれはない。あと何で黒のガーターベルト?
「ガーターベルトって女性が着けるものじゃないのか!?」
「あ、ケイくん。ガーターベルトはメンズ用もあるらしいよ。この場合、ハイソックスが落ちないようにするんじゃないかな」
「本当にこんなのがニホンで流行っていたのか……?」
異世界の流行、恐るべしだ。
ガーターベルトは着け方が分からないし、男の人は忌避すると思う、とアラクネに感想を送っておこう。
着てみた。
ガーターベルトはよく分からなかったから、ヒナタに着け方を教えてもらった。ヒナタ自身着けたことがないそうで、多分こう……かな? と着け方はあやふやだったけど、何とかなった。
「お、おおおお、王子様だ……王子様がいる……! それも普通の王子様じゃなくて黒王子、ダークプリンスだ!!」
ヒナタは着替えた僕を見て大爆笑だ。これは褒められているのか貶されているのかどっちだ。
「いや、ごめんごめん。あまりのお似合いさにびっくりした! ギルドのお姉さんたちに見せたら、たぶんかわいいかわいいって構い倒されるレベル!」
ギルドで働くお姉さんたちは、元冒険者の人たちが多くてそこいらの男よりも強くて怖いけど、可愛いものが大好きだ。モフモフ冒険者の妖精猫、カインズさんはいつもお姉さんたちに構い倒されている。さすがにあれはちょっと……。
「着た状態で人前に出ないようにするよ……。じゃあさっさと脱ぐか……」
「ちょーーーっと待ったああああぁぁぁっ!!!!」
「げっ、レオンハルトさんっ! どうしてここに? 今は仕事の時間のはずだろ!?」
バターーンと部屋の扉を勢いよく開けたのは、ギルドで仕事しているはずのレオンハルトだった。あ、後ろにメリュさん(副ギルマスのメリュジーナ)もいる。
「ふ、服が届いたって聞いて。お前のことだから恥ずかしがって俺の前で絶対に服を着た姿を見せてくれないと思ったからさぁ。仕事抜けて見に来た。タイミングバッチリだったな! おおーー! 可愛いな!!」
恥ずかしがっているんじゃなくて、似合っても似合わなくても誉め殺しされるのが鬱陶しかっただけなんだけど。そんな息せき切ってギルドからわざわざ走って見に来なくても。ああ、レオンハルトの後ろでメリュさんが肩を震わせて怒っt…………
「はわっ、はわわわわわ! か、か、かかかかかか可愛いわ、可愛いわっ!!」
「えっと、メリュさん……?」
メリュジーナさんは両手で頬を押さえて鼻息も荒く僕に突進した。あ、レオンハルトが太い蛇の尻尾にバシッと打たれて跳ね飛ばされた。
その後、メリュジーナさんに強引にギルドへと連行された僕は、ギルドのお姉さんたちに死ぬほど構い倒されたのであった。
…………………………………………………………………………
ポンっと手を打ち鳴らしたアラクネは僕の服を上から下まで眺めて嘆息した。
「うん、黒いわネ……。上から下まで真っ黒! でも似合ってる。銀髪に全身黒コーデ、すごく似合ってるケド……!!」
暗殺者だった頃、返り血が目立たないように暗い色の服ばかりを着ていた。そのせいなのか無意識に選んだ今日の服も黒だ。
「アナタまだ若いんだからもっと明るい服を着ましょうヨ! ジャケットとズボンは替える必要なさそうネ。サイズのお直しだけをして……。あとはそうネ、シャツを明るいものにして差し色にしましょうカ」
少し待つように僕たちに言ってから、アラクネはシャツを何点か選んで持ってきた。暖色系のものが中心で自分では絶対に選ぼうと思わない色ばかりだ。
「ハイ、ここに立っテ」
僕を大きな姿見の前に移動させると、色とりどりのシャツを次から次へと僕の前見頃に添えて確認していく。そのうちの一枚、赤いレースブラウスで手を止めた。
「コレはどう? 赤はレオンハルトサマの色だし」
「良いんじゃねえか? 似合ってると思うぜ。それに好きなやつが自分の色を纏ってくれてると思うと、俺のものみたいで嬉しいしな」
レースをふんだんに使った前立てと、襟ぐりについた大きなリボンが特徴の深紅のレースブラウスを添えられて、あまりの鮮やかさに目眩がした。
「えっと、レオンハルトさんの考え方が気持ち悪いし、赤は派手すぎるから却下で」
「そう? ジャケットを羽織れば大部分は隠れちゃうし、明るい色を少しだけ取り入れるコトによって、年相応の明るさと華やかさがプラスされるワ。あ、コッチのオレンジ色もイイかも!」
次に選ばれた服は、朗らかな雰囲気の女子が好んで着そうな、襟に花柄の刺繍が縫ってある程よい透け感のレースシャツだった。オレンジといっても落ち着いた色合いで派手さを感じないので、真っ赤なブラウスよりは受け入れやすい。透けているのは気になるけれど……。それに、赤いブラウスもこれもボタンの位置がいつも着ている服と左右が逆、どう見ても女物だ。
「これ、明らかにレディースですよね」
「エエ。一番あなたのサイズに近いものはレディースなのよネェ……。ドワーフかハーフリングのメンズ服もあるけれど、ドワーフ用はサイズが横に大きすぎるし、ハーフリング用はちょっと小さいワ」
普通にレディースの服が入る自分の体型がちょっと恨めしい。肘を曲げて二の腕を触っていると、別の場所で服を見ていたレオンハルトが何かを手に持って戻ってきた。
「おい、次はこれ着てくれよ! 絶対似合う。な、ケイ頼む!」
「え?」
光沢のある白布の塊を勢いよく僕に押し付けてきたので、受け取ってピラっとそれを広げる。
「……………………」
それは女性のランジェリーと見紛うようなノースリーブのキャミソールだった。投げ付けたい衝動に駆られたが、売り物なのでなんとか思い止どまる。これを僕に着せて何が楽しいんだか。
「えーーっと、これはさすがに無しかと……」
「………………ハァ……。この子の服は私が選びますカラ、レオンハルトサマはご自分の服をさっさと探して下さい」
ゴミを見るような目をレオンハルトに向けたアラクネは、困惑している僕の手からやんわりとキャミソールを回収し、そっと畳んでカウンターの横に隠すように置いた。肩を落としたレオンハルトはすごすごと服を探しに行った。
「コホン。さてと、私としてはさっきの赤いレースブラウスを推すケレドどうする?」
「うーーん、やっぱり赤はちょっと……。あ、これとこれがいいですね。無理のない値段ですし、黒のジャケットにも合いそうです」
アラクネが持ってきた服の中で、値段も手頃で比較的シンプルなネイビーブルーのストライプシャツとアイボリーホワイトのVネックシャツを選び、他の服を勧められる前にこれで決定とばかりに手渡した。アラクネは赤いブラウスを至極残念そうにハンガーにかけ直してラックに戻した。選んだ服と、少しだけ大きかったジャケットとトラウザーズは後で詰めてくれるそうだ。
「あとはレオンハルトさんの服ですね。いいの見つかりました?」
ハンガーラックから服を取っては戻すことを繰り返していたレオンハルトが僕の声に首を捻った。
「うーーん、そうだなぁ……。服なんて着られれば何でもいいんじゃねえのかよ……。どれも同じに見えるんだが……。あ、別に買わなくてもいいんじゃねえか? まだ今の格好でダメって言われたわけじゃねえんだし、店に強引に押しかけても…………」
「何はた迷惑なこと言ってるんですか! 清潔感がない今のままの格好で格式高めの料理屋に行けば、いくら高名なレオンハルトさんといえどもぜったいに門前払いをされるし、駄目って言われたら押し込み強盗みたいなことする気ですか!?」
今思い返してみると、旅の途中にレオンハルトが着ていた服はどれもこれも今着ている服と似たような状態だった。
「レオンハルトさん……。もしかして服をバッグに入れる前、畳んでいないんですか? え、まさかバッグに入っている他の服もみんな皺くちゃとか言いませんよね?」
「いや……。あは、あはは……。あ! でも洗ってはいるぜ!」
それは当たり前のことなのでドヤ顔で言わないでほしい。聞けば、どうやら服は洗浄だけして、魔道アイロンをかけたり畳んだりはせずにマジックバッグに押し込んでいるらしい。それはくしゃくしゃになってもおかしくない。
「だって畳むのも片付けるのも面倒くさくね?」
「だってじゃないです! はあ……。だから宿の部屋も汚いんですね……」
今まで泊まってきた宿の惨状を思い出し、苦笑しか出ない。宿を出る時、部屋を片付けるのは僕の役目だった。片付ける人がいなかったらゴミ部屋が出来上がるだろう。
ぶつぶつ言いながらもしばらく服を物色していたレオンハルトだが、飽きたのか気に入ったものが見つからなかったのかとうとう匙を投げた。
「あ~、もうやーめたっと!! おい店長、俺にはどうやら服のセンスがなさそうだから適当に選んでくれ」
「もう! 仕方ないわネ」
こうなることを予想していたのか、服選びを任されたアラクネは、あっという間に白のボタンダウンシャツとミディアムブラウンのセットアップを選んだ。僕の時とは違ってずいぶん決めるのが早い。この店を利用したことがあるレオンハルトのサイズも熟知しているようだ。
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「ずいぶんとぞんざいに選んだなぁおい。ま、いいや。俺は何着ても似合うからな! いい子で待ってろケイ、すぐに着替えてくる」
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「あ、そうだワ。こちら差し上げます。初来店記念ヨ」
ウインクと共に渡されたのは、赤、ピンク、白の三色の布で作られた薔薇の花束だった。巷ではハンカチやハンドタオルを花にしてプレゼントすることが流行っている。
「わ、すごい。ちゃんと薔薇の花に見えます。これ、ハンカチですか? ありがとうございます」
「…………ん~~、ハンカチではないけれど、似たようなものカシラ。あとで使ってネ」
「?」
「ハイ、どうぞ」
言葉を濁すアラクネに対して訝しく思いながらも、手渡されたそれを受け取った。
「えっと、ハンカチじゃないならこれは……」
「おーい、着てみたぜ」
尚も聞こうと思ったら着替え終わったレオンハルトが足元を気にしながら試着室から出てきたので、僕は慌ててそれを腰のポーチに仕舞った。それからレオンハルトの相手に忙しく、それを仕舞ったことを思い出したのはずいぶんあと、宿に戻ってからのことだった。
「…………うわ、すっごい似合ってますね……」
「マア、ホント……」
一瞬、見惚れてしまった。
アラクネが適当に選んだ服のはずなのに、これがまた憎たらしいほど似合っていた。自意識過剰の気はあるけれど、背が高くて手足が長く、戦神のような筋肉とバランスのとれた均整の良い体型に、自信満々で押し出しが強く、見栄えも良いから何を着ても似合う。
「ちょっとズボンの丈が短いんだが」
「アラ、もしかしてまだ身長が伸びてるノ?」
足元に目を向けると、言われなければ分からない程度だが心持ち短いような気がする。悔しくはないけれどやっぱり足が長い。
「あら、ホント! このズボンなら裾出ししても跡が目立たないカラ、すぐ直してしまいますネ。レオンハルトサマ、申し訳ないデスが、下だけまた元のズボンに履き替えて、十五分ほどお待ちいただけますカ?」
「ええーー。面倒だからこのまんまでいいよ」
「ソレは私の矜持が許しません」
「アナタの服もサイズ直ししますカラ、こっちに来て」
「分かりました」
しぶしぶ再び試着室へと戻ったレオンハルトから脱いだズボンを受け取ったアラクネは、サイズに合っていない僕の服と一緒に試着室の奥にある針子の小部屋へと声をかけ、裾出しをするように指示した。
「ありがとうございました~~。また来てネ!」
数分後、服のお直しをして着替えたレオンハルトと、サイズを詰めてもらってピッタリになった服を着た僕は、手を振るアラクネの店を出て、徒歩で『西の斗食兎宇亭』へと向かったのだった。
なお、替わったのはシャツだけなのに、レオンハルトが僕のことをさんざん可愛いだとか尊いとか褒めちぎって、鬱陶しかったけれど、どこか少しだけ面映かったことをここに追記しておく。
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【おまけ】
(side.ケイ 届いた服)
後日、アラクネから服が届いた。
最近仲良くなった落ち人のヒナタがたまたま家に遊びに来ていたので、一緒に見ることに。
「王子系ロリータファッションって言ったら僕が住んでいたニホンで『漆黒の執事』だとか『ポウのファミリア』なんかのマンガ……えっと、絵画をお話仕立てにしたみたいなやつ? とかが好きな一部の女の子に流行っていた服だよ。あ、ちなみに『王子系』って言うけど、好んで着るのはだいたいが女の人だから」
「え」
アラクネは若い男性が着る服を新たに手がけると言っていた。つまりは王子系ロリータファッションは男が着るものだと勘違いしていた事になる。
アラクネに王子系ロリータファッションを教えた『落ち人』、出てこいやーー!
「ね、ね。早く服見せて! 着たところも! おかしな所があったらダメ出しするよ~~。なにせ本場ニホン人だからね!」
ーーということで。
がさがさ。まずは出してみた。
「これはブラウスか……。色は限りなく黒に近い濃い赤紫。襟は大きけれどシンプル。でも袖のフリルが多い!」
「この色ケイくんすっごく似合いそう!」
「この細い紐のようなものは何だろう」
「リボンだね。それも真っ赤。ギルマスの髪の色だ。クラヴァットじゃないんだね」
アラクネはここでレオンハルトの色をぶちこんできたか。
「あとは……。灰色のベストと、裾が広がったワンピースのような黒のロングジャケットに、ハイソックスと編み上げのロングブーツか」
グレイのシンプルなベストはダブルボタンで、後ろにアジャスターが付いてる。ジャケットの裾には装飾過多だと思うくらいレースが入っている。全体に入ってないだけまだマシか。
「よし、じゃあ一応着てみよう」
シャツとベストとジャケットだけ持って着替えに行こうとすると、ヒナタに止められた。
「待って待って、さりげなくショートパンツとガーターベルトを箱に戻してなかったことにしないで!」
「チッ」
見つかったか。だってこの歳でストレートのショートパンツはないだろう? それも膝上! ロングブーツで肌の露出は少なく済んでいるけれど、さすがにこれはない。あと何で黒のガーターベルト?
「ガーターベルトって女性が着けるものじゃないのか!?」
「あ、ケイくん。ガーターベルトはメンズ用もあるらしいよ。この場合、ハイソックスが落ちないようにするんじゃないかな」
「本当にこんなのがニホンで流行っていたのか……?」
異世界の流行、恐るべしだ。
ガーターベルトは着け方が分からないし、男の人は忌避すると思う、とアラクネに感想を送っておこう。
着てみた。
ガーターベルトはよく分からなかったから、ヒナタに着け方を教えてもらった。ヒナタ自身着けたことがないそうで、多分こう……かな? と着け方はあやふやだったけど、何とかなった。
「お、おおおお、王子様だ……王子様がいる……! それも普通の王子様じゃなくて黒王子、ダークプリンスだ!!」
ヒナタは着替えた僕を見て大爆笑だ。これは褒められているのか貶されているのかどっちだ。
「いや、ごめんごめん。あまりのお似合いさにびっくりした! ギルドのお姉さんたちに見せたら、たぶんかわいいかわいいって構い倒されるレベル!」
ギルドで働くお姉さんたちは、元冒険者の人たちが多くてそこいらの男よりも強くて怖いけど、可愛いものが大好きだ。モフモフ冒険者の妖精猫、カインズさんはいつもお姉さんたちに構い倒されている。さすがにあれはちょっと……。
「着た状態で人前に出ないようにするよ……。じゃあさっさと脱ぐか……」
「ちょーーーっと待ったああああぁぁぁっ!!!!」
「げっ、レオンハルトさんっ! どうしてここに? 今は仕事の時間のはずだろ!?」
バターーンと部屋の扉を勢いよく開けたのは、ギルドで仕事しているはずのレオンハルトだった。あ、後ろにメリュさん(副ギルマスのメリュジーナ)もいる。
「ふ、服が届いたって聞いて。お前のことだから恥ずかしがって俺の前で絶対に服を着た姿を見せてくれないと思ったからさぁ。仕事抜けて見に来た。タイミングバッチリだったな! おおーー! 可愛いな!!」
恥ずかしがっているんじゃなくて、似合っても似合わなくても誉め殺しされるのが鬱陶しかっただけなんだけど。そんな息せき切ってギルドからわざわざ走って見に来なくても。ああ、レオンハルトの後ろでメリュさんが肩を震わせて怒っt…………
「はわっ、はわわわわわ! か、か、かかかかかか可愛いわ、可愛いわっ!!」
「えっと、メリュさん……?」
メリュジーナさんは両手で頬を押さえて鼻息も荒く僕に突進した。あ、レオンハルトが太い蛇の尻尾にバシッと打たれて跳ね飛ばされた。
その後、メリュジーナさんに強引にギルドへと連行された僕は、ギルドのお姉さんたちに死ぬほど構い倒されたのであった。
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