元暗殺者の少年は竜人のギルドマスターに囲われる

ノルねこ

文字の大きさ
上 下
55 / 57
3章 辺境の地ライムライトへ

25、ケイはランクアップする

しおりを挟む
「じゃあさっさと手続きしちゃうわね」

 僕が渡した郵便物と冒険者カードを手にカウンターの中へ入ったミルファさんは、レナさんが帰ったと教えてくれた茶髪ハーフアップの女性に軽く手を上げて挨拶をすると、神具『神の眼』が置いてあるデスクに向かって作業を始めた。

「ミルファは用心棒的な仕事以外に、本来の仕事じゃねえがああやって受付の手伝いもしてる。案外堂にってるだろ」

 レオンハルトがキーボードを打っているミルファさんを指さして言った。

 ものすごい早さでキーを打ち、サクサクと仕事を進めていたセイアットさんに比べると、手付きはゆっくりだけど正確に打とうとしているのが分かる。縦長の瞳孔を持つミルファさんの目は真剣そのものだ。

 じっと見られていると仕事がやりにくいだろうと目線を外し、少しだけ人が増えてきたギルド内を見回すと、使い込まれた装備をしている冒険者が多いことに気が付いた。ベテランでなくとも身につけている鎧や兜などの武具や、武器はあまり詳しくない僕の目から見てもいいものだった。さすが鍛治の街グランダンナの冒険者といえるだろう。

 今まで防具は籠手しか使っていなかったけれど、冒険者になった以上、身体の動きを阻害しない程度の軽くて丈夫な胸当てや状態異常無効のアクセサリーなどの装備品も考えた方がいいかもしれない。

「あら!」

 そんなことを考えていたら、驚いたようなミルファさんの声がして、レオンハルトと僕は目を見合わせた。

「? どうしたんですか? ……あ」

 ミルファさんの手元には僕のギルドカード。さっきまで白だったはずのそれは今では茶色に変化していた。つまりそれは僕がF級からE級に昇格したことを意味していた。

「お、昇級したのか。おめでとさん」

 レオンハルトもカードの色を見て昇級に気付き、お祝いの言葉をかけてくれる。けれど嬉しさの前に僕に襲ってきたのは早い昇級に対しての困惑だった。

「何かの間違いでは? 冒険者登録してまだ三日も経ってないんですけど」
「F級は登録しただけの人たちで数が多いですからね。ある程度依頼を熟せばすぐに昇級するようになっているんですよ」
「なるほど」

 ミルファさんが僕の疑問に答えた。
 身分証のためだけにギルドカードを作り、あとはカードの期限が切れる前に清掃や採取などの小さい子供でもできる簡単な依頼を受けるといった、昇級を望まずずっとF級のままでいる人たちは掃いて捨てるほどいる。そのためF級は昇級条件がゆるく、早い段階でE級に上がれるようになっているのだそうだ。

 ただし昇級が簡単なのはここまでだ。上に行けば行くほど昇級条件は厳しくなっていく。特にC級からB級に上がるのは困難で、だいたいの冒険者が万年C級のままB級に上がることなく冒険者を辞めていく。

「ケイはペイルに騎乗したままで水辺スライムとキシベヌートリアを大量に倒してたじゃねえか。そんなのE級の奴らだって出来るもんじゃねえぞ。それにほら……、草原で会ったF級のアンポンタンたち覚えてるか?」
「レオンハルトさん……。多分それはシンくん、カーンくん、センくんだと思うよ……」

 レオンハルトが言うアンポンタンたち、それはあの三人の少年のことだろう。

「そうだっけ? まあ名前なんてどうでもいいや。F級っていったらみんなアイツらと似たり寄ったりの強さで、お前があっという間に倒してた水辺スライム一匹ですら三人がかりでも手こずるぜ。お前の強さでF級のままだったら他の奴らの立場がねえだろ。純粋な強さだけならお前の今の実力はC級、いやB級でも遜色ないと思うぜ」

 強さだけなら、というのは敵が対人であると想定した場合だろう。魔獣相手と人間相手はそも戦い方が違う。僕たち暗殺者のターゲットはもっぱら人で、人に対しては強いけれど、これが本能だけで行動する魔獣になると、どこまでこの力が通用するか分からない。習性や弱点を知り、魔獣を相手に戦闘を繰り返してきた冒険者たちと比べたら僕はD級くらいが妥当か。

 ミルファさんの視線が僕のギルドカードの情報に向かう。

「え~っと、あとは山賊の討伐も昇級の理由ね」
「ああ! そんな奴らも居たなぁ。縛って山中に放置したままだっけな。まあ今ごろ魔獣のエサになってるだろうがな」
「もうっ。そういうことは早く報告してください!」

 腰に手を当てて栗鼠のように頬を膨らましたミルファさんは、デスクの引き出しから六つ折りにされた地図を出し、それを広げてレオンハルトに見せ場所を聞いた。

「あ、そういえば山中で『ファントム』にも遭遇したな」

 山賊を置き去りにした場所を指で差した後、指をずらしてファントムの出現位置をついでのように報告したレオンハルトの言葉に、ミルファさんはデスクを両手で叩いて頭を抱えた。

「……『ファントム』って言ったら滅多に遭遇することがないけれど、遭うと命の危険があるA級災害指定の幻想種じゃない! ギルドから緊急で国に報告すべき案件ですよ? レオンさん、いったい何年ギルマスやってるんですか!」

 ミルファさんは他の人に注意喚起の周知をしないといけないと言って、僕のカードを押し付けるように渡した。

「これ、手続き終わりましたから! ああ、忙しい忙しい!」

 慌てた様子で奥の部屋へ入っていったミルファさんはしばらく待っても出てこなかった。レイド戦が終わって忙しくなる時に手を煩わせることになって申し訳ない。

「忙しそうだから帰るかぁ」
「……レオンハルトさん」

 しれっと帰ろうとしているレオンハルトをミルファさんの代わりに睨んでおいた。


 外に出て解体したマーダージャイアントホーネットの素材を持つ冒険者たちを横目で見ながら道を歩く。マジックバッグを持っていないのか、素材を手づかみして歩く冒険者もいれば、台車に乗せて魔獣に引かせている者もいる。台車を引く魔獣はテイムした小型種で、地域によって種類はさまざまだ。ここグランダンナでは二足歩行の兎、首狩兎ヴォーパルバニーが多いようだ。

「ウサギ肉が食いたくなってきた……」
「あ、おい! どうした!? 待てーー!!」

 よだれを垂らさんばかりにレオンハルトが呟いた言葉に、近くにいたヴォーパルバニー数匹がブルっと体を震わせ、台車をすごい早さで引っ張って逃げていった。テイマーだろう冒険者が急に走り出したヴォーパルバニーを慌てて追いかけていく。ウサギは耳が大きいので、レオンハルトの小さな呟きも聞こえてしまったんだろう。

「よし! 今日の夕食はウサギ肉が美味えとこにするかぁ。もうちょっと先に兎肉のローストやシチューが美味い店があるんだ」

 今日の夕飯のメニューが決まった瞬間だった。

「お前の昇級祝いだからな。いつもの安酒場とは違ってお忍びの貴族や金のある高位冒険者なんかが立ち寄るちょいっと格式が高めな店だ。味は保証するぜ」
「えーっと。服はこれで大丈夫なの?」

 よれよれの白いシャツに紺色のトラウザーズ、色がくすんでしまった灰色のマント姿のレオンハルトに、シャツ、ジャケット、トラウザーズ、ショートブーツに至るまで真っ黒な僕。僕の方はジャケットもあるからなんとかなるにしても、レオンハルトの恰好は格式高い料理店には不向きだ。顔パスで店には入れるだろうが、他の客から白い目で見られそうだ。

「別の店でも……」

 そう言ったけれど、レオンハルトの中ではもう夕食はウサギ肉以外考えられない状態になっているようで、ウサギ肉を出すのがその店のみということで別の店の選択肢はない。

「そういやお前が着てる服って」
「はい。レオンハルトさんが適当に買ってきたものですね。あとはバークレー商会から売れ残りを頂いたり」

 服も金も持っていなかった僕に、王都を発つ前日、下着や服を用意してくれたのはレオンハルトだ。ただ、吟味したものではなく店任せで買ったもので、サイズも微妙に合ってない。僕としては着られれば何でもいいのでありがたく着させてもらっている。靴は元々履いていたものだ。

「じゃ、パパッとテキトーな服屋で服買って、さっさとウサギ食うぞ~~」

 レオンハルトの大きな声にまたヴォーパルバニーが大慌てで逃げていった。

…………………………………………………………………………

【補遺】

首狩兎ヴォーパルバニーとは

シャン◯ロにも出演されている有名なうさぎさんなので知っている人は多いでしょう。手に剣を持っているウサギさん。首を狙ってくるので要注意!

この作中のヴォーパルバニーさんは、二足歩行、子供くらいの身長、ウサギの顔に筋肉モリモリの身体を持つ、けっこう気持ち悪い感じのウサギさんです。もちろん食べられません。逆に食べられないように気をつけましょう。
…………………………………………………………………………
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

処理中です...