元暗殺者の少年は竜人のギルドマスターに囲われる

ノルねこ

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3章 辺境の地ライムライトへ

24、臨時受付嬢は高ランク冒険者を狙う

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 ミルファさんとすっかり話し込んでいたら、受付の奥の扉からギルドの制服をきちんと着こなした女の人たちが連れ立って入って来た。レイドが終わってこれから忙しい時間に入るのか人数が多い。

 その中でも一番若そうな見た目の、茶髪をハーフアップにしたかわいらしい受付嬢が大きな声でミルファさんを呼んだ。

「あ、ミルファさ~~ん。そろそろ忙しくなるので、受付に入っていつもの通り私の補助をお願いしてもいいですか?」
「ああ、そうね。分かったわ。レナさん、あなたはそろそろ退勤時間だから上がって……」

 そこまで言ってミルファさんは受付の方を振り向いたけれど、そこには空の椅子があるだけで、座っていたはずの服を着崩した女の人はどこにもいなかった。

「ってあれ? レナさんは!?」

 ミルファさんが呼ぶレナというのはさっきまで受付に座っていたお姉さんの名前だろう。レナさんを探して周りをキョロキョロと見渡すミルファさんに、さっきの茶髪ハーフアップの受付嬢が応えた。

「レナさんならついさっき、四時になったと同時に席を立って帰っちゃいました」
「はあ!?」

 受付カウンターの裏はギルド職員専用区域になっていて、職員は冒険者に会わずに裏から帰宅できるようになっている。レナさんがもう帰ってしまったと聞いて、ミルファさんは怒りを露わにした。

 周りの冒険者たちがミルファさんの怒りに巻き込まれないようにさっと距離を取った。その慣れた動きの素早さに、毎回のことだと分かる。

「そりゃレナさんの勤務時間は今日の四時までだけど! 最終日なんだからせめて挨拶して帰りなさいよ!!」

 怒りでヒートアップしてしまったミルファさんから逃げ遅れた僕とレオンハルトは、ミルファさんを落ち着かせるように、どうどう、まあまあ、と慰めた。白狐にもこの暴れ馬を落ち着かせるような掛け声が有効なのか分からないけれど。

「まあいいわ。どうせレイドが終わるまでって契約、明日からようやくあの子に振り回されなくても済むわ」

 それが功を奏したのか、しばらくして溜飲を下げたミルファさんが、僕たちにレナさんを雇った経緯を教えてくれた。

「ギルドの受付係は高ランク冒険者と接触する機会が多いから玉の輿を狙う若い女の子とか、没落寸前の貴族家のお嬢さまたちから、臨時でもいいから働かせて欲しいってお願いが後を絶たないのは知ってる?」
「ああ……。聞いたことあります」

 貴族といっても裕福な家ばかりではなく、天候不順で領地の作物が不足したり、世代交代などで役職を失ったり、様々な理由で収入が減って没落寸前の貴族家は案外多い。けれど貴族は体面を重んじるためうわべを取り繕う。そのためだけに無理に金を使うことも必要で、ますます困窮してしまう。

 一番最初に削られるのは令嬢の結婚の持参金だ。持参金が少ないと良い結婚相手がなかなか見つからず、身体目当ての好色な歳の離れた男性、もしくは平民に嫁ぐしか道がない。

 そこで令嬢たちが狙うのは高ランクの冒険者だ。

 冒険者は高ランクになればなるほど強い魔物が倒せるようになっていき、強い魔物の素材はその希少性も相まって高く売れる。その他、ダンジョンで倒した魔物からドロップする魔石、宝箱の中に入っているお宝などのおかげで、そこいらの貴族よりも懐が暖かかったりする。

 少しでも良い生活を送りたい令嬢たちにとって、高ランク冒険者と簡単に知り合えるギルドの受付は夢のような職場なのだ。

「レナさんはここの領主様の知り合いの娘さんでね。どうしても受付で働きたいからって頼み込まれて仕方なく臨時に雇ったはいいけど、色目ばかり使って仕事をまともにしないし、私たちに文句ばっかり言うしで困ってたのよね」

 ここの領主は確か伯爵家だったか。その紹介じゃいくら中立の冒険者ギルドでも断ることは難しかっただろう。知り合いの娘さんということは、寄子の貴族令嬢なのかもしれない。だからレナさんの方が若年なのに、ミルファさんや他の受付嬢が『さん』を付けて名前を呼んでいたのかと腑に落ちた。

「仕方なくレイド戦の間だけ、手が足りない時に手伝ってもらうことにしたの。でもこのギルドって高ランク冒険者なんてそうそう来ないから、最初こそ真面目に仕事をしてたんだけど、だんだんとやる気をなくしちゃったみたい」

 グランダンナにある迷宮は難易度の低いイニシアフーリひとつしかなく、手に入るアイテムも安いものばかりで、高ランク冒険者にとって手応えがなく旨みが少ない。

 そのため彼らは迷宮には潜らず、武器のメンテナンスだけこの街でして、終わったらさっさと大迷宮がある隣のライムギルドか、迷宮の数が多いメレキオールギルドに移動してしまう。レナさんのように高ランク冒険者とお近づきになりたい人にとって、ここはハズレのギルドなのだ。

「あ、でもミルファ姐さん、高ランク冒険者なら目の前にいるじゃないですか。金持ってて爵位もある超有名人。レナさんだったら絶対レオンハルトさんを狙うと思ってたんですけど」

 近くにいた若い冒険者が口を出すと、ミルファさんが分かってないなあ、とでも言いたげに肩をすくめた。

「いくら高ランク冒険者でもレオンさんはほら、言っちゃ悪いけど彼女のおじいさまか、もしかしたらそれよりも年上じゃない? 年齢が違い過ぎて価値観も違うし話も合わないでしょ。それに、なんといってもレナさんのタイプは『神話の誓いミトス・アイト』のヴィクター様みたいな王子様然とした美青年よ。全然違うじゃないの」
「うっ」

 ミルファさんの言葉にショックを受けたレオンハルトはヨロヨロと僕に近づき、弱々しく肩を掴んだ。

「なあ……。じゃあお前は? 歳が離れ過ぎてんのは嫌か? やっぱ話が合わないと思ってんのか? ケイもやっぱりイケメン王子様っぽいやつの方が好みなのか!?」

 飼い主に追い縋る捨てられそうになっている大型犬みたい……と思いつつ僕は答えた。

「うーん、そうだなあ……。レオンハルトさんもヴィクターさんも勇者関連で有名人、爵位も持っている。ほぼ条件は同じですよね。ただヴィクターさんの方はまだ若いし、S級冒険者になるのは確実だって言われるくらい強くて、伯爵家の出だから将来性もあって、物腰柔らかで顔も絶世の美男子だって評判。うん、レナさんじゃなくてもほとんどの人がヴィクターさんを狙うんじゃないかなあ」
「ふぐうっ!!!」

 心に氷が刺さったかのようにレオンハルトが胸を押さえた。これが同じ暗殺者ギルドの一員だった落ち人がたまに言っていた『俺のライフはもうゼロだ』ってやつか。初めて彼の言っている意味がよく分かった……。

「でも僕はヴィクターさんと会ったことがないし、噂でしか聞いたことがない人なんで、レオンハルトさんとは比べられないかな。モテそうな人だから浮気されても嫌だし、会ってみたらそれこそ性格や価値観が違うかもしれないし。少なくとも僕は……、まあ、レオンハルトさんが酒を飲んだ時、たまにウザいと思う事もあるけど、一緒にいるのは苦じゃないかな」

 僕が苛めたみたいになってしまったのでフォローもしておいた。陽気で立ち直りの早いレオンハルトならすぐに浮上するだろう。現に僕のフォローにもう目をキラキラさせているし。

「レオンハルトさんはしばらく放っておいて。ミルファさん、これ、メレキオールで請けた依頼の郵便です。あと、魔獣の駆除依頼も達成しました」

 すっかりミルファさんと話し込んでしまい、忘れそうになっていたけれど、レイド戦から帰って来る冒険者たちでギルドが混む前に、メレキオールギルドで請け負った郵便物の配達と、魔獣の駆除依頼の達成報告をさっさとしないといけなかった。

 遭遇するのが珍しい幻想種『幻影ファントム』に狙われたことや、山中で盗賊に襲われたことも伝えなければ。

 僕はレオンハルトを横目に腰のマジックバッグの中に手を突っ込み、郵送を頼まれた手紙の束を取り出し、首から下げたカードケースの中からギルドカードを出してミルファさんに手渡した。

……………………………………………………
【間話】
(side.ギルド臨時受付嬢、レナ 夢のような希望)

 わたしの名前はレナ。某男爵家の三女よ。弟が後を継ぐから、結婚して家を出ないといけないの。でも、我が家にはお金がない。歳の離れたお姉様方は貴族学園に入って同じ家格の令息と知り合って、少ないながらもなんとか持参金を捻出して婚姻を結んだけれど、三女のわたしが学園に入学する頃にはすっからかん!

 だから両親は昔から三女のわたしに、持参金は出せないから、学園で愛人にしてくれそうな人を自力で探すか、見つからない場合は卒業後に親が決めた条件のいい商人の元へ嫁ぐようにって言い含められたの。

 商人の妻だなんて真っ平ごめん! いくら商人が裕福だっていっても、所詮は平民じゃない。お姉様たちは貧しくても貴族の家に嫁いだのに、なんでわたしだけ……。

 だから学園では勉強なんて二の次で男の人に媚びを売った。ちょっといいな、と思った男性に近づいて、明るく挨拶して愛嬌よく振る舞った。異性に慣れていない男の子にほんの少しのボディタッチ。

 そんな風にいろんな男の子たちに接していたら、女の子たちに『はしたない』だとか、『身の程知らず』とか言われて蛇蝎の如く嫌われたわ。でも、こうでもしないと先がある令嬢たちとは違ってわたしに未来がない。平民落ちするくらいなら、苦言を呈されても平気よ。

 逆に男の子たちはチヤホヤしてくれるんだけど、学生の時だけの期間限定の遊び相手としか見てくれず、卒業したら捨てられるだろうってことも分かっていた。あわよくばで爵位が上の男性も狙ったんだけど、その昔、学園で希少な魔力を持つ平民の奨学生が王子様をはじめとする高位貴族を軒並み籠絡して、王子様と侯爵令嬢の婚約が破棄される事件が起きたせいで、今は高位貴族子息には必ず護衛が付き、録画・録音の魔道具が学園のあちこちに設置され、高位貴族と下位貴族の学舎が左右別に分けられて、接触するのは物理的に不可能になっていた。

 もうっ、その奨学生って誰よ!!(作者註:ミルファさんの旦那さんの幼馴染です)
 そんな事件が無かったら、王子様に近づいて側妃か寵妃にしてもらうことも出来たかもしれないのに!

 卒業間近、わたしは男の子たちに距離を取られた。昨日までチヤホヤしてくれた人が、今日は婚約者の手を取っている……、仲良く語らっている……。

 誰もわたしを見てくれなかった。選んでくれなかった。そのことに心が痛んだ。

 家が用意した縁談は、商会で働く当主の弟。四十代! おじさんじゃないの!(←作者もレナから見るとおばさんなのでグサっと刃物が刺さりました)

 その商会はメレキオールの平民相手に手広く商売をしていた老舗の糸問屋。商会の羽振りはとてもいいみたい。商会長の当主はわたしと身内の結婚を足掛かりに、貴族の新規顧客を取り込みたいみたい。

 当主の妻になるならまだしも、わたしが結婚するのはなんの役職にも就いていない当主の弟……、なんでも昔から女性関係のトラブルが絶えない人だそうよ。わたしがその人と結婚すれば、実家に資金援助をしてくれるという約束。つまりわたしは両親に売られ、金で商人に買われた……ということね。
 
 信じられない! どうしていつもわたしばっかり外れくじを引くの? 大事なのは跡取りの弟と、一番最初に産んだ優秀な姉、要領の良い次姉。三女なんて余り物はどうでもいいみたい……。

 でもわたしは転んでもただでは起きたくない。
 まだ、方法はある。商会や実家が口出しできないくらい強くてお金持ちの結婚相手を自分で見つければいいのよ。

 学園の最後の冬休み。わたしは学生時代の思い出を作りたいと親に泣きつき、グランダンナを治める領主である寄親の伯爵様にお願いして、冒険者ギルドの受付で臨時に働かせてもらうことにした。学園の女の子たちが世間話で、高ランクの冒険者は裕福な商人と同等か、それよりもお金を持っているって言っているのを聞いたから。
(作者註:又聞き。女の子に嫌われているから友達がいなくて一人でご飯を食べていたら、隣のテーブルに座った子たちが楽しそうに話していた)

 特に、勇者の孫のヴィクター・レイ・フランネル様! 絵姿を見たけれどものすごい美形。この国の王子様たちなんて足元にも及ばないわ! 高ランク冒険者で貴族位ももっている有名人。もしギルドで知り合えて、恋人になることができたならば……。

 まあヴィクター様じゃなくても、このわたしの美貌とこの肢体があれば、高ランク冒険者を落とすのもワケないわ!

 と、思っていたけれど……。

 どうしてこのギルド、高ランク冒険者がこんなに少ないの!? お金持ってない新人冒険者ばっかりじゃない!

 中ランクだと……、え、一日の稼ぎってこれだけしかないの? 全然足りないじゃない!!
(作者註:平民の賃金とは比べられないほど高額な金額を稼いでいるが、レナは金銭感覚が貴族なので、稼ぎが少ないと感じる)

 このギルドで会った高ランク冒険者はギルドマスターのシュタイナー様と英雄レオンハルト様。でも、シュタイナー様は見た目が子供だから手を出すのをためらうし、レオンハルト様は身持ちが固くて隙がないし、それに……わたしの婚約者候補よりも……、お祖父様より年上よ!? それにガチムチはどうしても無理! レオンハルト様、ごめんなさい。
(作者註:『天上の射手』のメンバーは中ランク冒険者のくくり。彼らはレイド戦の数日前にグランダンナギルドに立ち寄りましたが、まだレナは働いていませんでした。もし出会っていればロイがレナのおっぱいに引っかかったかもしれない)

 相手がいなさすぎて働く意欲もだんだん失せてきちゃった。ヴィクター様率いる『神話の誓い』がギルドに来ることもなかった。そうこうしているうちにレイド戦も最終日になっちゃった。

 逃げ出さないようにわたしには監視がついている。
 勤務時間終了になって慌ててギルドを出たところで監視の人に手を取られ、商会の荷馬車に乗せられた。

 結婚は絶対。逃げられない。

 せめて旦那さまになる人が少しでもわたしに優しくしてくれれば……。わたしにできることはそんな夢のような希望を抱くことだけだった。
……………………………………………………
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