元暗殺者の少年は竜人のギルドマスターに囲われる

ノルねこ

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3章 辺境の地ライムライトへ

14、レオンハルトは不甲斐なさに打ちひしがれる

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「………が聞こえる……」
「あん? なんか言ったか?」

 隣に立っていたケイが霧の中へふらり、と足を一歩前に動かした。

「……ここは…………、…………い……」

 ぶつぶつと呟くケイはふらり、ふらりと濃い霧の中へ進んでいこうとする。レオンハルトはそれ以上進まないように肩を掴んで止め、ガクガクと揺さぶった。

「おい、ケイ! しっかりしろ!」

 返事はない。

 ケイの瞳には光がなく焦点が合っていない。
 その顔には表情がなくただ虚ろだ。

「………………い……」

 何かを掴むかのように、虚空に手を伸ばしたケイは糸の切れた操り人形のようにがくりと膝から崩れ落ちた。レオンハルトは力のなくなった身体を咄嗟に受け止めた。

「……………い……。ご……なさい、ごめんなさい……」

 ケイの呟きの言葉は誰かに赦しを乞う声だった。焦点の合わない瞳からは本人は気付いていないだろう涙が一筋流れている。こんな弱ったケイの姿を見るのは二度目だった。一度目はデュラハンの街の宿屋で夢に魘されているとき。あの時も眠りながらも辛そうに眉根を寄せ、赦しを乞い、涙を流していた。

 レオンハルトはギリっと奥歯を噛み締めた。この場にもし誰かがいたら、その憤怒の表情に心臓が凍りつくほど恐れ慄いただろう。

 その怒りの矛先は、今の状況を作り出している何者かに対してはもちろんのこと、目の前で苦しんでいるケイに何もしてやれない自分の不甲斐なさにも向けられていた。

「…………俺は……弱いな。昔とちっとも変わってねえ。好きなやつ一人守れやしねえのか」

 けれど遅すぎた過去の名も知らぬ彼女とは違い、ケイはまだ生きている。これから先、自分がケイにしてやれることはたくさんあるはずだ。

(「まだ間に合う。もう後悔することはしねえ」)

 目を閉じ、一度大きく息を吐いて心を落ち着けたレオンハルトは、ケイを抱きしめたまま大きく首を巡らせてこの場に漂っている霧の魔力を感じ取った。

「この霧、『認識阻害』がかかってんな。ケイが見てんのは幻覚か。こんなんできるのは幻想種の『幻影ファントム』くらいしかいねえ」

 『認識阻害』の霧の中に獲物を迷い込ませて、深層心理から今まで一番辛く悲しかったことを引き出し、その原因となった相手を霧の中に共に入り込んだ者とすり替えることで同士討ちをさせる、それが『ファントム』だ。相手への憎悪、恐怖心、絶望といった感情を持ったまま死んだ魂を取り込み糧として大きく成長する。

 レオンハルトも『ファントム』の存在は聞いたことがあるが、大変に珍しく、九十年近く生きてきて遭遇したのは初めてだった。いや、正確にはこれがファントムだと認識できたのが初めてだった、と言うべきか。

 と、いうのもレオンハルトの身体には魔力を弾く鱗が生えているため状態異常バッドステータスが効きにくく、そのためこの魔物に遭っても幻覚を見ることがほとんどなく、ただの自然現象だとしか認識できなかったためだ。

「ちっ、ベリウスのやつを残してくるんじゃなかった。あいつ、髪色からして風属性だった」

 この状況を打破するには、聖女エレオノーラのような聖属性、もしくは光属性の魔法を使って浄化するか、広範囲の風属性魔法で霧を払ってその場から離脱するしかない。

「勇者一行と旅してた時は物理攻撃効かねえ相手はみぃんなエレオノーラが倒してたんだよな。コイツは物理特化の俺と相性が悪いにも程があるぜ」

 力任せの戦闘は慣れたものだが、幻想種は実体を持たないため、レオンハルトの得意な物理攻撃が効かないのだ。

 そうこうしているうちにケイを取り込もうと霧がどんどんと濃くなってきており、視界を白く染めていく。

(「さっさとこの霧の中から離脱したいところだが……。霧が濃すぎて右も左も分からねえ。その間に残った三人が殺し合ったらまずいしな。ケイを正気に戻して魔法を使わせるか?」)

 ケイは氷属性魔法ばかりを使ってるから忘れそうになるが、属性は風と水の二つだ。風属性魔法も使えるだろう。

 しかし呼びかけても頬を叩いても肩を揺さぶってもケイは正気に戻らない。

「……っ!?」

 背に冷たいものを感じたレオンハルトはケイを胸に引き寄せて、まるでダンスのターンのように左へ身体を移動させた。横ギリギリを拳大の石が通り過ぎる。誰かに遠くから投石されたのだった。気付くのが遅れていたら、確実にケイの身体に当たっていただろう。

「誰だ!?」

 投石をしてきた誰かに向けてレオンハルトは殺気を返すと、霧のカーテンの向こうから幽鬼のような虚ろな目をしたマリオンがふらふらとした足取りで現れた。

「……わたしの……、赤ちゃん……。リリィを……どこへやったの……? 返して……返しなさいよっ!!」

 そのセリフから察するに、どうやらマリオンはまだ赤ん坊のリリィがケイに連れ去られてしまったという偽りの幻覚を見せられているようだ。

 ケイの姿を視認したマリオンはふらふらした足取りから一転、素早くしゃがんで地に落ちている石を拾い、走り寄ってケイの頭に振り下ろそうとした。

 左腕でケイを抱いたまま、反対側の腕に生えた鱗で石を受けたレオンハルトは、怪我をさせない程度の力加減でマリオンの身体を押した。反撃は想定していなかったのか、マリオンは軽く後ろへ飛ばされ尻餅をつくように倒れた。その隙を見逃さずケイを柔らかい草の上に置いてから、立ち上がろうとするマリオンの首へと手刀を叩き込んだ。

「こりゃどうすっかなぁ」

 レオンハルトの足元には気を失ったマリオンと正気に戻らないケイの二人。残り二人を探そうにも、呼気から侵入してくる魔力のせいで、魔力抵抗値が高いレオンハルトにすら『認識阻害』が効いているようで、居場所は杳として知れなかった。

「そうだ、アレがあったか」

 レオンハルトが思い出したのは、ケイと初めて会ったときに戦闘で使った異空間の部屋だった。あの空間は現実世界から隔絶されているため、霧の影響を受けないから二人を中に入れておけば正気に戻るかもしれない。

「ここでいっか」

 真っ白な視界の中、手探りですぐ近くに手頃な木を見つけると、レオンハルトはその前で指先に魔力を集め、詠唱しながら魔法陣を構築した。

 強大で難易度が高い魔法を使用する時は長い詠唱が必要となる。暴発を防ぐためと、詠唱で周りの魔力マナを多く取り込むことができるためだ。レオンハルトは普段詠唱破棄で魔法を行使するが、この空間魔法は空間を切り裂いて別次元を強引に開くため、魔力を膨大に使用する。そのため魔力量が多い竜人であるレオンハルトすらこの魔法は詠唱しないと使えなかった。

『我が魔力を対価にし、今ここに空間を切り裂く鍵を与えよ。我は扉を開ける者、異界の門を開け【アーカーシャ】』

 木の幹に空間への入り口を作ると、二人を背中に軽々と背負ったレオンハルトは中に入り、二人の身体を横たえた。この空間に霧の侵食はない。このままここに居ればじきに正気に戻るだろう。

「しっかしこの詠唱、何とかならないモンかね。長えし恥っずい。アイツどんな顔して作ったんだか。人前ではぜってえ使いたくねえな」

 変な二つ名を付ける自分のことは棚に上げた酷い言いように、この場に誰かがいたら確実にお前が言うなと突っ込まれていただろう。

「さてと、あと二人。早く見つけねえとやべえな」

 ミレーヌとリリィ。リリィはまだ小さいので、ミレーヌと遭遇したらあっという間に殺されてしまうだろう。

「『付加エンチャント』、聴力ブースト」

 部屋に二人を置いて外に出たレオンハルトは視界が悪い中、魔法で聴力を引き上げて霧の中を進んだ。

………………………………………………………………………………

【おまけ】
(side.レオンハルト 名は体を表しません)

「ねえねえギルマス。『レオンハルト』って僕のいたチキュウでは『勇敢な獅子』っていう意味なんだけど、ギルマスは竜人なのに獅子って変じゃない?」

 ヒナタはお茶の入ったカップを机に置いた。成人を過ぎているのに十代前半にしか見えないほどの童顔で、ほんわりした愛らしい外見だが、はっきりと意見を言うしっかりものの男である。

 ここはライムギルドの職員用休憩室。この部屋にいる四人でお茶を飲んでいるところだ。内訳は、終業時間のケイと休憩中のエルザ、仕事がうざくって逃げ出してきた俺、ケイを迎えに来たニホンからの落ち人ヒナタだ。

 俺はヒナタに言われ、チュウニビョウとかいう病を長らく患っている母(男)を思い出した。

「ああ……。俺の名前はお前と同じニホンからの落ち人だった母が付けたんだ。ガイコクの名前でなんかカッコいいから、っていう理由でさ。意味まで考えてねえんだよ多分……」

 ヤツは異世界に落とされて大喜びした手合いだ。ギルドの登録名は白銀と書いてアルギュロスと読ませていた……。なんで? だってお前の本名、白川太一タイチ・シラカワじゃねえか! 日当たりの良い自分の部屋に何故か真っ黒なカーテンを掛けてわざと薄暗くしてるし、灯りは蝋燭を使い、髑髏のインテリアが置いてあった。ありゃ気持ち悪くないのかねえ。

「アイツみたいに変な名前は付けたくねえな」
「「「お前が言うな!!」」」

 何故かその場にいた全員に突っ込まれた。解せん。
…………………………………………………………………………
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