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2章 暗殺者ギルド『深海』の壊滅
2、暗殺者AはKに執着する(side.暗殺者ギルド『深海』首領)
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※作中に残酷な描写があります。子殺し、人体実験などについて軽くですが触れています。直接表現はありません。また、今回はおまけがありません。
…………………………………………………………………………
暗殺者ギルド『深海』の首領は迷っていた。
手元にある資料をペラペラと捲る。
首領は元ナンバーAだった男だ。寄る年波には勝てず、気力や体力が衰え始めたと感じた男は、優秀で若い後輩にナンバーを譲り渡して暗殺の実行部隊を辞め、ギルドのトップに就いた。
「Kの初仕事か……。どれにすっかなぁ」
手元にある暗殺の依頼は、初任務のKには肉体的にも精神的にも辛いものばかりだった。
「これなんかどうかしら?」
「……うおっ!? ああ、Aか。びっくりさせるなよ」
椅子に座る首領のすぐ横にAが立っていた。全然気が付かなかった。Aはマニキュアが美しく彩られた指で、数枚の資料の中から一部を選び出し、首領に手渡した。今日のAはオフショルダーのミニワンピース姿の女性だった。
それにしても部屋の扉には施錠もしてあり、結界も張ってあったのに、いつの間にこの部屋に入って来たのだろう? いつもながら気配を完璧に隠す消すのが上手い奴だ。
資料の内容にざっと眼を通す。依頼人は暗殺対象者が営む商会で番頭をしていた男の父親だ。
横領の罪を全て番頭に被せ、その金で準男爵の地位を買った男と、その番頭に折檻や冷遇を続け、自死にまで追い込んだその家族。その一家を皆殺しにする依頼だ。
その家族構成を見て、首領は資料室で魔物の図鑑を見るKの姿を思い出した。角兎、ユニコーン、ケットシー、カーバンクル、マイコニドなど、市井の女子供が可愛いと言っている魔物の挿絵を、Kは飽きもせず何時間も眺めていた。氷のように冷たい表情を変えてはいないが、ギルドに来た時からずっとKのことを見てきた首領は、どことなく楽しそうな様子であるのを見て取った。
Kにはまだ幼気なものを愛しく感じる感情が残っている。暗殺者に感情は必要ない。そんな感情、持っていると自分が辛いだけだ。
特に今回の依頼の場合は……。
首領は手に持った資料に添付された、魔道カメラで暗殺対象者を写した写真の一枚を指で弾いた。暗殺対象者の一家は全部で五名。準男爵、準男爵の妻、準男爵の長男、その妻。
そして、二人の間に生まれた赤ん坊。
何の罪もない無垢な赤ん坊を殺すよう命令されたKは、躊躇わずにちゃんと殺しが出来るんだろうか。こんな依頼を最初に受けさせようとするAは本当に鬼畜だ。
「最初っからコレをやらせる気かよ。中堅暗殺者でも赤子殺しは気分が悪くなる依頼だぜ。Kが動揺して暗殺に失敗したらどうすんだ。今の『深海』には戦闘能力が高いうえに魔法も使える奴は少ないんだ。別のガキを一から育てンのは時間も労力もかかる。一度の失敗でKを殺すには惜しいんだがな」
暗殺者になる以上、子供殺しは暗殺者の誰しもが避けて通れない道だ。首領もかつて子供の暗殺を請け負った事があった。初めて子供を殺した日、暗殺者としてまだ未熟だった首領は、身体の震えが止まらずに部屋に戻るなり吐き、睡眠も食事も満足に取れず数日間閉じ籠もった。
しかし、何人も何人も暗殺していくうちにいつしか何も感じなくなった。いちいち動揺していたら罪悪感に押しつぶされて仕事に支障が出てしまう。自分の精神を守るために考えることをやめたのだ。
「Kはきっと私と並び立てるくらい強い暗殺者になれるわ。でも今のままじゃ駄目。だってまだあの子にはまだ感情が残っているもの。感情を残したまま暗殺者になったらあっという間に潰れちゃうわ。そのためのこの依頼よ。感情を全て消すためには一番最初に奈落の底にまで落とさないとね」
女は首領の手から一枚の写真を抜き取った。写真の中で長男の妻が腕に赤ん坊を抱いて幸せそうに笑っている。徐にAはいつの間にか手にしていた小さな黒いナイフで赤ん坊の顔を突き刺した。
「ああ、この子を殺したとき、Kはどんな顔をするのでしょう……」
ここで初めて女は赤黒く塗られた唇を歪ませた。くつくつと喉の奥で押し殺したような小さな笑いから、仮面が剥がれるようにだんだんと声が、そして姿までもが女から男のものに変化していく。
「後悔するかな? 悲しむかな? 泣くかなぁ。ふふ……ああ……! 赤ん坊の骸を抱いて絶望に打ちひしがれるKの姿はきっとものすごく憐れだろうね。ああ、早くその表情が見たいなあ。あああああ想像するだけでゾクゾクするよ……!!」
外見が完全に青年の姿になったAは身を震わせながら髪を振り乱し、自分の身体を掻き抱く。
「ふふ、ふふふ。ああ……早くKもぼくみたいに壊れないかなぁ。感情を亡くしたKはきっと情け容赦なく残酷に冷酷に非情に冷静に何人も何人も殺すすごい暗殺者になるよ……ああ早く早くはやくはやくぼくとおなじところまでおちてくればいいのに……!!」
Aの様子を見て首領はわずかに眉を顰めた。
Aはまだ首領が『A』と呼ばれていた頃に見つけ、自分の後継者にするために、今まで培ってきた自分の暗殺技術全てを叩き込んで育てた暗殺者だ。初めて会ったとき、子供らしからぬ暗く澱んだ瞳に暗殺者としての素質を感じ、ギルドへ連れて帰った。
その子供ーー少年は最初から壊れていた。
魔力の少ない平民の子供を秘密裏に集め、強引に魔力を増やす研究を行っていた魔術師の暗殺。それが『A』に下された命令だった。
研究所の地下、暗くて狭い檻の中で、折り重なる多数の子供の死体の上にたった一人、傷だらけの少年が膝を抱えて座っていた。顔を上げて胡乱げに『A』の方を見た少年の深淵を覗き込んだような暗い眼は、人を殺し慣れた『A』から見てもゾッとするものだった。
「……だれ?」
「あら、どなた?」
「誰だてめえ?」
「どちらさまかの?」
「おにいちゃんだぁれ?」
「あんた誰?」
『A』に問いかける声は、少年だったり、小さな女の子だったり、年寄りだったりした。ひとこと話すごとに人格が交替し、外見までもが声に合わせて変化する。その姿は誰の目から見ても異常だった。
常軌を逸した人体実験と強力な幻覚作用がある薬の長期服用。その結果、少年は魔力こそ大して増えなかったが、その代わりに魔法属性に拠らない変わった特性が開花した。自分の身体に常人よりも強力に掛けることができる『速さ』に特化した身体強化。自分の存在を希薄にして周りに気付かせなくする『認識阻害』能力。
そして『変身』の能力。変身魔法自体は無属性魔法の一つだが、それは周囲の人間に幻覚を見せ別人に見せかけるだけのもので、少年の『変身』魔法とは似て非なるものだ。
少年の場合、何かのスイッチが入ると、外見のみならず内面までもが完璧に別人に成り代わってしまう。身体強化と認識阻害と多重人格に伴う外見の変化。それが魔術師の実験によって少年が獲得した魔法の特異能力だった。
少年が『変身』出来るのは今まで会った人のみに限られるが、変身魔法は暗殺者にとってとても有用な能力だった。顔を変えて暗殺対象者に簡単に近づくことができるし、逃げる時も別人に成り代わればバレることはない。『A』が少年を引き取ってから、暗殺者ギルド『深海』は勢いを増すこととなり、民間の暗殺者ギルドのトップに躍り出た。
「おい、アレックス。地が出てるぞ」
首領が思わず本当の名前で呼びかけると、身体を捩らせて狂ったように笑っていたAがだんだんと落ち着きを取り戻し、逆再生のように元の女の姿に変わっていく。
「ふふふ……ああ、あ、あははは、ああ、ごめんごめん! あれ? 違うわ……ごめんなさい……。ああ、ボス……首領、申し訳ありません。取り乱しましたわ」
見慣れたはずの首領でさえ、Aのこの変身は驚愕だった。
「いや、構わん。お前の言う通り、Kにこの依頼を受けさせることにする。この仕事を乗り切れば、有能な暗殺者として育ってくれそうだしな」
いいことを思いついたかのようにAは手を軽くぽんと打ち鳴らした。
「それでしたら私にKの初仕事の見届けをさせていただけます?」
「お前が?」
暗殺の初仕事を一人で行うのは難しい。そのため仕事を要領よく終えることができるように、仕事の見届けをする先達が必ず一人ついて色々と指導する。Aはその見届け人をしようと言うのだ。
「それは構わんが……」
「あ、あと、Kの奴隷契約の主人を一時的に私にして下さい。もしKがどうしても子供に手をかけるのが無理だと躊躇したら、命令して無理にでも殺らせますから」
「あ、ああ……」
首領は奴隷契約書を金庫から出して魔力を流し、首領の名前からAの名前に書き換えてAに渡した。
「ありがとうございます、首領」
依頼の資料と奴隷契約書を胸に抱くようにかかえたAは、長い髪を靡かせながら中ヒールの靴をコツコツと鳴らして部屋から出て行った。
首領は椅子に浅く座り、背もたれに背を預けて目を閉じた。静かな部屋に古い椅子の軋む音が響く。
「アレックス、お前はKに執着してるんだよ。初めて自分と肩を並べて歩いて行けそうな存在を見つけて嬉しかったんだ。そして執着は恋にも似てる。アレックスはそのことに気づいているのかねえ」
…………………………………………………………………………
暗殺者ギルド『深海』の首領は迷っていた。
手元にある資料をペラペラと捲る。
首領は元ナンバーAだった男だ。寄る年波には勝てず、気力や体力が衰え始めたと感じた男は、優秀で若い後輩にナンバーを譲り渡して暗殺の実行部隊を辞め、ギルドのトップに就いた。
「Kの初仕事か……。どれにすっかなぁ」
手元にある暗殺の依頼は、初任務のKには肉体的にも精神的にも辛いものばかりだった。
「これなんかどうかしら?」
「……うおっ!? ああ、Aか。びっくりさせるなよ」
椅子に座る首領のすぐ横にAが立っていた。全然気が付かなかった。Aはマニキュアが美しく彩られた指で、数枚の資料の中から一部を選び出し、首領に手渡した。今日のAはオフショルダーのミニワンピース姿の女性だった。
それにしても部屋の扉には施錠もしてあり、結界も張ってあったのに、いつの間にこの部屋に入って来たのだろう? いつもながら気配を完璧に隠す消すのが上手い奴だ。
資料の内容にざっと眼を通す。依頼人は暗殺対象者が営む商会で番頭をしていた男の父親だ。
横領の罪を全て番頭に被せ、その金で準男爵の地位を買った男と、その番頭に折檻や冷遇を続け、自死にまで追い込んだその家族。その一家を皆殺しにする依頼だ。
その家族構成を見て、首領は資料室で魔物の図鑑を見るKの姿を思い出した。角兎、ユニコーン、ケットシー、カーバンクル、マイコニドなど、市井の女子供が可愛いと言っている魔物の挿絵を、Kは飽きもせず何時間も眺めていた。氷のように冷たい表情を変えてはいないが、ギルドに来た時からずっとKのことを見てきた首領は、どことなく楽しそうな様子であるのを見て取った。
Kにはまだ幼気なものを愛しく感じる感情が残っている。暗殺者に感情は必要ない。そんな感情、持っていると自分が辛いだけだ。
特に今回の依頼の場合は……。
首領は手に持った資料に添付された、魔道カメラで暗殺対象者を写した写真の一枚を指で弾いた。暗殺対象者の一家は全部で五名。準男爵、準男爵の妻、準男爵の長男、その妻。
そして、二人の間に生まれた赤ん坊。
何の罪もない無垢な赤ん坊を殺すよう命令されたKは、躊躇わずにちゃんと殺しが出来るんだろうか。こんな依頼を最初に受けさせようとするAは本当に鬼畜だ。
「最初っからコレをやらせる気かよ。中堅暗殺者でも赤子殺しは気分が悪くなる依頼だぜ。Kが動揺して暗殺に失敗したらどうすんだ。今の『深海』には戦闘能力が高いうえに魔法も使える奴は少ないんだ。別のガキを一から育てンのは時間も労力もかかる。一度の失敗でKを殺すには惜しいんだがな」
暗殺者になる以上、子供殺しは暗殺者の誰しもが避けて通れない道だ。首領もかつて子供の暗殺を請け負った事があった。初めて子供を殺した日、暗殺者としてまだ未熟だった首領は、身体の震えが止まらずに部屋に戻るなり吐き、睡眠も食事も満足に取れず数日間閉じ籠もった。
しかし、何人も何人も暗殺していくうちにいつしか何も感じなくなった。いちいち動揺していたら罪悪感に押しつぶされて仕事に支障が出てしまう。自分の精神を守るために考えることをやめたのだ。
「Kはきっと私と並び立てるくらい強い暗殺者になれるわ。でも今のままじゃ駄目。だってまだあの子にはまだ感情が残っているもの。感情を残したまま暗殺者になったらあっという間に潰れちゃうわ。そのためのこの依頼よ。感情を全て消すためには一番最初に奈落の底にまで落とさないとね」
女は首領の手から一枚の写真を抜き取った。写真の中で長男の妻が腕に赤ん坊を抱いて幸せそうに笑っている。徐にAはいつの間にか手にしていた小さな黒いナイフで赤ん坊の顔を突き刺した。
「ああ、この子を殺したとき、Kはどんな顔をするのでしょう……」
ここで初めて女は赤黒く塗られた唇を歪ませた。くつくつと喉の奥で押し殺したような小さな笑いから、仮面が剥がれるようにだんだんと声が、そして姿までもが女から男のものに変化していく。
「後悔するかな? 悲しむかな? 泣くかなぁ。ふふ……ああ……! 赤ん坊の骸を抱いて絶望に打ちひしがれるKの姿はきっとものすごく憐れだろうね。ああ、早くその表情が見たいなあ。あああああ想像するだけでゾクゾクするよ……!!」
外見が完全に青年の姿になったAは身を震わせながら髪を振り乱し、自分の身体を掻き抱く。
「ふふ、ふふふ。ああ……早くKもぼくみたいに壊れないかなぁ。感情を亡くしたKはきっと情け容赦なく残酷に冷酷に非情に冷静に何人も何人も殺すすごい暗殺者になるよ……ああ早く早くはやくはやくぼくとおなじところまでおちてくればいいのに……!!」
Aの様子を見て首領はわずかに眉を顰めた。
Aはまだ首領が『A』と呼ばれていた頃に見つけ、自分の後継者にするために、今まで培ってきた自分の暗殺技術全てを叩き込んで育てた暗殺者だ。初めて会ったとき、子供らしからぬ暗く澱んだ瞳に暗殺者としての素質を感じ、ギルドへ連れて帰った。
その子供ーー少年は最初から壊れていた。
魔力の少ない平民の子供を秘密裏に集め、強引に魔力を増やす研究を行っていた魔術師の暗殺。それが『A』に下された命令だった。
研究所の地下、暗くて狭い檻の中で、折り重なる多数の子供の死体の上にたった一人、傷だらけの少年が膝を抱えて座っていた。顔を上げて胡乱げに『A』の方を見た少年の深淵を覗き込んだような暗い眼は、人を殺し慣れた『A』から見てもゾッとするものだった。
「……だれ?」
「あら、どなた?」
「誰だてめえ?」
「どちらさまかの?」
「おにいちゃんだぁれ?」
「あんた誰?」
『A』に問いかける声は、少年だったり、小さな女の子だったり、年寄りだったりした。ひとこと話すごとに人格が交替し、外見までもが声に合わせて変化する。その姿は誰の目から見ても異常だった。
常軌を逸した人体実験と強力な幻覚作用がある薬の長期服用。その結果、少年は魔力こそ大して増えなかったが、その代わりに魔法属性に拠らない変わった特性が開花した。自分の身体に常人よりも強力に掛けることができる『速さ』に特化した身体強化。自分の存在を希薄にして周りに気付かせなくする『認識阻害』能力。
そして『変身』の能力。変身魔法自体は無属性魔法の一つだが、それは周囲の人間に幻覚を見せ別人に見せかけるだけのもので、少年の『変身』魔法とは似て非なるものだ。
少年の場合、何かのスイッチが入ると、外見のみならず内面までもが完璧に別人に成り代わってしまう。身体強化と認識阻害と多重人格に伴う外見の変化。それが魔術師の実験によって少年が獲得した魔法の特異能力だった。
少年が『変身』出来るのは今まで会った人のみに限られるが、変身魔法は暗殺者にとってとても有用な能力だった。顔を変えて暗殺対象者に簡単に近づくことができるし、逃げる時も別人に成り代わればバレることはない。『A』が少年を引き取ってから、暗殺者ギルド『深海』は勢いを増すこととなり、民間の暗殺者ギルドのトップに躍り出た。
「おい、アレックス。地が出てるぞ」
首領が思わず本当の名前で呼びかけると、身体を捩らせて狂ったように笑っていたAがだんだんと落ち着きを取り戻し、逆再生のように元の女の姿に変わっていく。
「ふふふ……ああ、あ、あははは、ああ、ごめんごめん! あれ? 違うわ……ごめんなさい……。ああ、ボス……首領、申し訳ありません。取り乱しましたわ」
見慣れたはずの首領でさえ、Aのこの変身は驚愕だった。
「いや、構わん。お前の言う通り、Kにこの依頼を受けさせることにする。この仕事を乗り切れば、有能な暗殺者として育ってくれそうだしな」
いいことを思いついたかのようにAは手を軽くぽんと打ち鳴らした。
「それでしたら私にKの初仕事の見届けをさせていただけます?」
「お前が?」
暗殺の初仕事を一人で行うのは難しい。そのため仕事を要領よく終えることができるように、仕事の見届けをする先達が必ず一人ついて色々と指導する。Aはその見届け人をしようと言うのだ。
「それは構わんが……」
「あ、あと、Kの奴隷契約の主人を一時的に私にして下さい。もしKがどうしても子供に手をかけるのが無理だと躊躇したら、命令して無理にでも殺らせますから」
「あ、ああ……」
首領は奴隷契約書を金庫から出して魔力を流し、首領の名前からAの名前に書き換えてAに渡した。
「ありがとうございます、首領」
依頼の資料と奴隷契約書を胸に抱くようにかかえたAは、長い髪を靡かせながら中ヒールの靴をコツコツと鳴らして部屋から出て行った。
首領は椅子に浅く座り、背もたれに背を預けて目を閉じた。静かな部屋に古い椅子の軋む音が響く。
「アレックス、お前はKに執着してるんだよ。初めて自分と肩を並べて歩いて行けそうな存在を見つけて嬉しかったんだ。そして執着は恋にも似てる。アレックスはそのことに気づいているのかねえ」
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