5 / 58
1章 暗殺者から冒険者へジョブチェンジ!
2、暗殺者ギルドは散歩ついでに壊滅される(※軽いキスシーンあり)
しおりを挟む
まるで蛇に睨まれたカエルのように、僕は一歩もその場から動けなかった。身体に仕込んだ得物はまだいくつもあるのだが、それを出すことも出来ず、ただ奥歯の痛みに耐えながら震えることしかできない。
レオンハルトは僕に噛まれた手の指を舌でべろりと舐め目を細めた。
「んんーーっ、やっぱ甘ぇなこりゃ」
まるで美味しいものを食べた時のような蕩けた顔をしたレオンハルトに、恐怖を一瞬忘れて目を奪われた。と、同時に僕の身体はレオンハルトに包まれていた。よく鍛えられた胸筋が目の前にある。
「やめっ……! 離せっ!」
「あ~~いい匂い。美味そう。今すぐ犯して貪り食いてぇ……。でもまだガキかァ……」
何か不穏なセリフが聞こえてきたような気がする。ぎゅうぎゅうとしがみついてくるレオンハルトから、震える身体でなんとか逃げようともがいたが、さすが竜人、びくともしない。
くんくん、すんすん、と犬のようにあちこちの匂いを嗅ぐ。何がそんなに気になるのかは知らないが、特に耳の後ろ、うなじと呼ばれる部分を執拗に嗅がれた。
「ひっ!」
べろん、とレオンハルトが不意に僕のうなじを舐めた。身体の中を稲妻のような何かが走ったような感覚がして身体に力が入らなくなる。その場に崩れ落ちそうになる僕の背中をレオンハルトが抱きとめる。
「……まさかなぁ、こんなガキが俺のつがいだとは……」
ぐいっと引き寄せられ、温かいものが唇に触れた。
「あっ…うン……」
腰を抱かれ、後頭部を押さえられて顔を避けることは許されなかった。
ぬるり、と分厚い舌が入ってくる。その舌は奥歯が抜けたばかりの孔を宥めるように優しく撫ぜた。口の中に感じていた錆びのような味が完全に消えたあと、再び動き出した舌が頬の裏を舐め、歯列をなぞり、僕の舌を引き摺り出し絡め取った。それは捕食者によるキスだった。抱き留められたままの腰が疼き、頭の芯が痺れて僕は一切の抵抗を止めた。
すでに奥歯の痛みも身体の震えも治まっている。どうやらキスの最中に回復魔法をかけられたようだ。
僕はただなす術もなく、瞼を閉じて甘い痺れの海の中を揺蕩った。
「……ぷはっ、ん……」
唇を離すと二人の間に銀の糸が繋がって、そして落ちた。お互い無言のまましばらく二人で見つめ合った。レオンハルトの紅い瞳に顔を紅潮させた自分のしどけない姿が映っている。それを見て途端に冷静になった。羞恥で顔が赤らむ。僕は生死の境目に暗殺対象者と何をやっているんだ。何だこの自分の蕩けきったみっともない顔は!
ベルトのバックルに仕込んだ小柄をさっと取り出し、レオンハルトの腕に斬りつけた。暗殺者は冷静であることを求められるのに、この時の僕は完全に頭に血が上っていた。固いうろこに阻まれて刃が届かない。すぐに手首を掴まれ、すごい力で捻り上げられる。
「おいおい、おいたすんなよな。ま、そんなやんちゃなとこも可愛いけどなあ」
子供に言い聞かせるような優しい口調だったが、掴む手の圧はどんどん増していく。ぎりぎりと音が鳴るくらい強く掴まれ、ぽとりと小柄を取り落とした。レオンハルトは僕の手首を掴んだまま床に引き倒し、仰向けの僕の脚の上に馬乗りになった。
「おまえ、どんだけ得物仕込んでやがるんだ」
手が襟ぐりに伸び、フード付きのローブを剥ぎ取られた。ぽろぽろと仕込み刀やナイフ、クナイ、小さな針などの刃物が床に落ちて散らばった。僕は思わず中に着ていたシャツを掻き合わせた。
「……っ!」
この服の下、胸元に奴隷印が魔法で刻まれている。なぜかこれを見られたくないと思った。それは隣国の孤児院から暗殺者ギルドに売られた時に付けられたらしい。その時の記憶はない。暗殺者ギルドではメンバーが裏切らないように、幹部以外は全員暗殺者ギルドと奴隷契約をしている。
得物を探して上半身を弄っている時ににちらりと印が見えたのか、レオンハルトは眼を眇めて舌打ちした。
「ちっ、アイツら俺のものに何をしてくれるんだ……」
「え?」
呟くような小声だったので僕にはレオンハルトが何と言ったのか聞きとれなかった。
僕の手を胸からやんわりと外したレオンハルトの手が、再び上半身のあちこちを這い回る。ソフトタッチで時折敏感な部分をなぞる手つきがものすごくいやらしい。
……というか、なんか硬いものが脚に当たってるんだけど!
ガキに欲情するのかこの変態は!!
「じゃ、次は下……っと」
円を描くように腹を撫で回していた手をズボンの中に入れようとしてきたので、拳で頬を一発殴った。レオンハルトなら、僕の拳を止めようと思えば簡単に止められただろうけど、自分の行いを少しは反省したのか避けることはなかった。
「あ、あとは靴に仕込んでるだけでもうないからっ!」
「なぁんだ、残念」
ズボンまで剥ぎ取られて下半身を弄られたら泣いてしまいそうだったので、素直に残りの得物の在処を話すと、レオンハルトは僕の上からようやくどいてくれた。
完全に武装解除された僕にはもう自殺すら許されず、何も出来ずにシャツとズボンだけの軽装で膝を抱えるように座り込んだ。レオンハルトは年寄りのように「よっこらしょ」と言いながら立ち上がって背筋を伸ばした。
そういえばここはどこだろう。
膝から顔だけを上げて周りを見渡した。戦いの最中は周りの景色を気にする余裕もなかったけれど、こうして落ち着いて周りを見渡すと、この部屋の異常性がよく分かる。
空っぽの箱の中ーー。
一言で言えばそんな感じの空間だった。
確か僕は家の中に引き摺り込まれたはずだ。しかし明らかにこの場所は家の中と違っいた。白くて高い壁で四方を囲み、天井を乗せただけの、空っぽの箱の中のような空間。家具などは何もなく、僕が入って来たと思しい木の扉がぽつんと一つだけ壁に付いている。明かりはないはずなのに壁が発光しているのか仄かに明るい。あちこちに戦闘の爪痕が残ってはいるが、とても無機質で殺風景な部屋だった。
「ここは……?」
僕の呟きにレオンハルトがすぐに答えを教えてくれた。
「ああ、ここ? ここは異空間だよ。アイテムボックスって分かるよな? その中みたいなもんさ。入ってきたあの扉を見てみろ」
木の扉を見ると、ちょうど真ん中のあたりに大きな魔法陣が浮かび上がっている。
「壁でも扉でも、何なら自然物でも、あの魔法陣を使えばそん中が異空間へと繋がる仕組みになってるんだ。無属性の空間魔術師が考案したやつでな、すげぇだろ! ちょーっと変わったところがある奴だが今度紹介してやるよ」
ぷくくと思い出し笑いしながら言われたが、僕に今度なんてものはあるんだろうか? 自死できなかった暗殺者は、捕らえられ、全ての情報をありとあらゆる手段で吐き出させ処刑される。痛みにはある程度慣らされてきたし、死ぬのも怖くない……はずだったのに今は死ぬのが怖いと感じはじめていた。それはレオンハルトが僕に『恐怖』という感情を植え付けたからだ。
恐怖、屈辱、羞恥、恋情……。
さまざまな感情を、出会ってたった数時間でレオンハルトは僕に教えた。
「さぁてと、おまえ、所属は『深海』だろ。この前ハニトラしてきた暗殺者ギルドは二度と俺に手が出せないように躾けといたからなあ」
レオンハルトが言ったように、僕の所属は『深海』だ。王都にある暗殺者ギルドは、『地下』『大地』『深海』『天空』『宙』の全部で五つある。そのうち『天空』と『宙』の二つは王国が管理しており、王国の依頼を受けた騎士団の仲介で、主に盗賊や犯罪者など罪を犯した者を狩る。
そして僕の所属する『深海』と『地下』『大地』の三つは、誰が相手でも金さえ積めば無差別に暗殺する。王国が管理する暗殺者ギルドが国営なら、こっちは民営だ。
ハニートラップを失敗したのは『大地』だ。なぜ僕の所属している暗殺者ギルドが『地下』ではなく『深海』だとレオンハルトが言い当てたのかというと、『地下』の連中は暗殺者というより盗賊の集まりみたいなやつらで、暗殺技術をほぼ持たない、数を頼みにした力ずくの人殺し集団だからだ。
「おまえみてぇなすげぇ暗殺技術を持ったヤツなんて『地下』にはいねぇだろ」
黙り込んだ僕を見たレオンハルトはニヤリと笑った。
「ってことで俺はちょいっと散歩してくるわ」
「はいっ!?」
散歩? 今?
手をふりふりと振りながらレオンハルトは部屋を出て行った。呆然とその様子を見ていたが、はっと気付いて逃げようと扉に手をかけたが、押しても引いても蹴っても叩いても、何をしても扉はぴったりと閉じられたままで、扉に浮かび上がっていた魔法陣もすでに消えており、この部屋から出ることができなくなっていた。
本来、マジックバッグには生物を入れることが出来ないはずなのに、この空間はそのデメリットが解消されている。
「凄いなあ、一体誰が作ったんだろう。気になるな……。でもその前に……」
きゅう、とかわいらしく腹が鳴った。音のない空間だからか、いやにその音が響く。
「……おなか、空いたなぁ。これからどうなるんだろう僕」
魔力を大量に使うと腹が減る。レオンハルトは散歩と言っていたし、すぐに戻って来るだろう。でないと困る。
僕は目の前に扉が見える壁側まで移動して、壁に背を付けて座り込み、膝を抱えて空腹に耐えた。
*
どれくらい時間が経ったのだろう。空気の流れが変わったのを肌で感じ、僕は目を開けた。
目の前の扉に魔法陣が再び大きく浮かび上がっている。レオンハルトが帰ってきたのだろう。ずいぶんと時間がかかった。散歩だなんて嘘だろう。カチリと歯車が噛み合うような音がしたかと思うと、勢いよく扉が開かれた。
「よっ、お待たせ」
出て行った時のように手を振りながらレオンハルトが戻ってきた。服があちこち破れ、どす黒く汚れている。剥き出しになっている鱗の生えていない皮膚には切り傷や擦り傷があり、まだ血が流れたままの所もある。僕は慌てて立ち上がり、レオンハルトに走り寄った。近くで見るともっとひどい。全身傷だらけだ。
「ど、どうしたんだよお前! 怪我してるし、それは返り血か? 散歩に行ったんじゃなかったのかよ」
痛いだろうにレオンハルトは平然とした顔で、脇に抱えていた羊皮紙で出来た書類を僕に差し出して、驚くことを言った。
「それ、お前の奴隷契約書。散歩ついでに『深海』へ立ち寄って貰ってきた」
「え、え? は、はぁ!?」
クリップで留められた羊皮紙には僕の胸に刻まれた印と同じ魔法陣が描かれている。今まで見飽きるほど見てきた模様だから、すぐに同じ模様だと分かった。
「解除」
レオンハルトが詠唱をした途端、僕の胸が一瞬熱くなって、身体に刻まれた魔法陣と、羊皮紙に描かれた魔法陣が浮かび上がって重なった。そしてパリンという音と共に二つの魔法陣が粉々に割れて消えた。
「よし綺麗になった。さぁてと、お前の身柄は俺が預かることになったからな。もうお前は暗殺者でもなけりゃ犯罪者でもねぇ。んじゃ行くか!」
呆然としている僕にレオンハルトは手を差し出した。
「いやまって!! 何が何だか……。えっ、ええ? だってギルドの場所とか、この書類とか……。えっと、そもそも『深海』ってどうなったの?」
この時以上に動揺したことは後にも先にもなかった。頭の中にクエスチョンマークが飛び交って、口調がしどろもどろになった。僕の質問に対してレオンハルトはこともなげに答えた。
「ん? ああ、酒場で俺に薬を盛ったヤツを優し~く問い詰めたら向こうから率先してギルドの場所を教えてくれたぜ。で、散歩がてらそこ行って、お偉いさんにお前の奴隷契約書を貰ってきたんだ。向こうさんは泣きながら喜んでそれを差し出してくれたぜ」
つまりレオンハルトは酒場に潜り込ませた協力者を脅すなり何なりして暗殺者ギルドの場所を聞き出し、一人でギルドに乗り込んで暗殺者集団と渡り合い、僕の奴隷契約書を出させたということか。
数ヶ月後、ライムライトの冒険者ギルドで、レオンハルトから『深海』がその後どうなったのかを聞いて、自分の推論が間違っていなかったことを知った。
あの日、レオンハルトはたった一人で『深海』に乗り込んだ。そこでギルドにいた首領含む全員と戦闘になり、全員を打ち倒してから知り合いの第三騎士団を呼び捕縛した。
その後の暗殺者たちへの尋問で、その場にいなかった暗殺者たちの素性も判明し、追手がかかって捕縛されることとなった。まだ逃亡している暗殺者もいるが、捕縛された暗殺者たちの方は、幹部を除いて国営の暗殺者ギルド『天空』に接収されたため、暗殺者ギルド『深海』は今はもうない。年端もいかない子供の暗殺者たちは、奴隷印を解除したのち、医療孤児院へと移されたそうだ。
そして僕の身柄は、魔王討伐の褒章の一つ【レオンハルトの希望を出来うる限り叶える】という王様との盟約により、レオンハルトの希望で罪を減じられ、成人するまでレオンハルトが僕の保護者になるということで話がついた。
「ということで肉食いに行こうぜ、肉!!」
ひょいっと抱き上げられた僕はレオンハルトに部屋から連れ出されることになった。
レオンハルトはバタバタと暴れる僕をものともせず、お姫様抱っこで食事処に運んだ。僕は恥ずかしくてしばらく顔を上げることが出来なかった。
…………………………………………………………………
【おまけの補遺】
(side.『踊り子』レイア 踊り子は美しく、艶めかしくバフをかける)
はぁい♪
あたしの名前はレイアよ。踊り子でバッファーをしているの。よろしくね。
踊り子の職業について、あたしが今からベッドの上で優しく教えてあ・げ・る。
バッファーって知ってる? バフ、デバフって言った方が分かりやすいかしら。まず「バフ」って言うのはね、攻撃力や防御力なんかの効果を高めること。そのバフを自分以外の相手にかけられる人のことを「バッファー」って呼ぶの。踊り子は優雅に美しく踊れば踊るほど、相手の能力を高めることが出来るわ。
あたしはベールをかぶって薄い衣を纏って、ふさふさな扇を持って踊るの。踊るたび足に嵌めたアンクレットがシャランシャランと音を立てて、自分で言うのもなんだけどとっても綺麗よ。娼婦みたいな格好って言われるけれど、身体の線を出してなまめかしく踊った方がバフが多くかかるの。
逆に「デバフ」というのは相手の能力を弱体化させることね。デバフをかければ相手の動きが悪くなるから、その隙に攻撃ができるわ。
え? ああ、ギルマス? あの人は竜人だから、鱗に魔力を弾く効果、え~っと魔力抵抗力が高くてバフもデバフもかからないの。まあバフをかけなくてもあの人は強いからあたしは必要とされないわよね。ギルマスだけじゃなくて、あまりにもバッファーとの力の差が大き過ぎる相手だと、バフはかかりづらいの。だからケイくんもヴィクター様もギルマスと同様にほとんどバフはかからないのよ。
……あらあなた、おはよう。ようやく起きたのね。昨日の夜はなかなか良かったわ。次も勃起状態が長く続くように下半身の持続時間強化と早漏対策として耐性UPしてあげるからまた閨に呼んでね。待ってるわ♪
…………………………………………………………………
レオンハルトは僕に噛まれた手の指を舌でべろりと舐め目を細めた。
「んんーーっ、やっぱ甘ぇなこりゃ」
まるで美味しいものを食べた時のような蕩けた顔をしたレオンハルトに、恐怖を一瞬忘れて目を奪われた。と、同時に僕の身体はレオンハルトに包まれていた。よく鍛えられた胸筋が目の前にある。
「やめっ……! 離せっ!」
「あ~~いい匂い。美味そう。今すぐ犯して貪り食いてぇ……。でもまだガキかァ……」
何か不穏なセリフが聞こえてきたような気がする。ぎゅうぎゅうとしがみついてくるレオンハルトから、震える身体でなんとか逃げようともがいたが、さすが竜人、びくともしない。
くんくん、すんすん、と犬のようにあちこちの匂いを嗅ぐ。何がそんなに気になるのかは知らないが、特に耳の後ろ、うなじと呼ばれる部分を執拗に嗅がれた。
「ひっ!」
べろん、とレオンハルトが不意に僕のうなじを舐めた。身体の中を稲妻のような何かが走ったような感覚がして身体に力が入らなくなる。その場に崩れ落ちそうになる僕の背中をレオンハルトが抱きとめる。
「……まさかなぁ、こんなガキが俺のつがいだとは……」
ぐいっと引き寄せられ、温かいものが唇に触れた。
「あっ…うン……」
腰を抱かれ、後頭部を押さえられて顔を避けることは許されなかった。
ぬるり、と分厚い舌が入ってくる。その舌は奥歯が抜けたばかりの孔を宥めるように優しく撫ぜた。口の中に感じていた錆びのような味が完全に消えたあと、再び動き出した舌が頬の裏を舐め、歯列をなぞり、僕の舌を引き摺り出し絡め取った。それは捕食者によるキスだった。抱き留められたままの腰が疼き、頭の芯が痺れて僕は一切の抵抗を止めた。
すでに奥歯の痛みも身体の震えも治まっている。どうやらキスの最中に回復魔法をかけられたようだ。
僕はただなす術もなく、瞼を閉じて甘い痺れの海の中を揺蕩った。
「……ぷはっ、ん……」
唇を離すと二人の間に銀の糸が繋がって、そして落ちた。お互い無言のまましばらく二人で見つめ合った。レオンハルトの紅い瞳に顔を紅潮させた自分のしどけない姿が映っている。それを見て途端に冷静になった。羞恥で顔が赤らむ。僕は生死の境目に暗殺対象者と何をやっているんだ。何だこの自分の蕩けきったみっともない顔は!
ベルトのバックルに仕込んだ小柄をさっと取り出し、レオンハルトの腕に斬りつけた。暗殺者は冷静であることを求められるのに、この時の僕は完全に頭に血が上っていた。固いうろこに阻まれて刃が届かない。すぐに手首を掴まれ、すごい力で捻り上げられる。
「おいおい、おいたすんなよな。ま、そんなやんちゃなとこも可愛いけどなあ」
子供に言い聞かせるような優しい口調だったが、掴む手の圧はどんどん増していく。ぎりぎりと音が鳴るくらい強く掴まれ、ぽとりと小柄を取り落とした。レオンハルトは僕の手首を掴んだまま床に引き倒し、仰向けの僕の脚の上に馬乗りになった。
「おまえ、どんだけ得物仕込んでやがるんだ」
手が襟ぐりに伸び、フード付きのローブを剥ぎ取られた。ぽろぽろと仕込み刀やナイフ、クナイ、小さな針などの刃物が床に落ちて散らばった。僕は思わず中に着ていたシャツを掻き合わせた。
「……っ!」
この服の下、胸元に奴隷印が魔法で刻まれている。なぜかこれを見られたくないと思った。それは隣国の孤児院から暗殺者ギルドに売られた時に付けられたらしい。その時の記憶はない。暗殺者ギルドではメンバーが裏切らないように、幹部以外は全員暗殺者ギルドと奴隷契約をしている。
得物を探して上半身を弄っている時ににちらりと印が見えたのか、レオンハルトは眼を眇めて舌打ちした。
「ちっ、アイツら俺のものに何をしてくれるんだ……」
「え?」
呟くような小声だったので僕にはレオンハルトが何と言ったのか聞きとれなかった。
僕の手を胸からやんわりと外したレオンハルトの手が、再び上半身のあちこちを這い回る。ソフトタッチで時折敏感な部分をなぞる手つきがものすごくいやらしい。
……というか、なんか硬いものが脚に当たってるんだけど!
ガキに欲情するのかこの変態は!!
「じゃ、次は下……っと」
円を描くように腹を撫で回していた手をズボンの中に入れようとしてきたので、拳で頬を一発殴った。レオンハルトなら、僕の拳を止めようと思えば簡単に止められただろうけど、自分の行いを少しは反省したのか避けることはなかった。
「あ、あとは靴に仕込んでるだけでもうないからっ!」
「なぁんだ、残念」
ズボンまで剥ぎ取られて下半身を弄られたら泣いてしまいそうだったので、素直に残りの得物の在処を話すと、レオンハルトは僕の上からようやくどいてくれた。
完全に武装解除された僕にはもう自殺すら許されず、何も出来ずにシャツとズボンだけの軽装で膝を抱えるように座り込んだ。レオンハルトは年寄りのように「よっこらしょ」と言いながら立ち上がって背筋を伸ばした。
そういえばここはどこだろう。
膝から顔だけを上げて周りを見渡した。戦いの最中は周りの景色を気にする余裕もなかったけれど、こうして落ち着いて周りを見渡すと、この部屋の異常性がよく分かる。
空っぽの箱の中ーー。
一言で言えばそんな感じの空間だった。
確か僕は家の中に引き摺り込まれたはずだ。しかし明らかにこの場所は家の中と違っいた。白くて高い壁で四方を囲み、天井を乗せただけの、空っぽの箱の中のような空間。家具などは何もなく、僕が入って来たと思しい木の扉がぽつんと一つだけ壁に付いている。明かりはないはずなのに壁が発光しているのか仄かに明るい。あちこちに戦闘の爪痕が残ってはいるが、とても無機質で殺風景な部屋だった。
「ここは……?」
僕の呟きにレオンハルトがすぐに答えを教えてくれた。
「ああ、ここ? ここは異空間だよ。アイテムボックスって分かるよな? その中みたいなもんさ。入ってきたあの扉を見てみろ」
木の扉を見ると、ちょうど真ん中のあたりに大きな魔法陣が浮かび上がっている。
「壁でも扉でも、何なら自然物でも、あの魔法陣を使えばそん中が異空間へと繋がる仕組みになってるんだ。無属性の空間魔術師が考案したやつでな、すげぇだろ! ちょーっと変わったところがある奴だが今度紹介してやるよ」
ぷくくと思い出し笑いしながら言われたが、僕に今度なんてものはあるんだろうか? 自死できなかった暗殺者は、捕らえられ、全ての情報をありとあらゆる手段で吐き出させ処刑される。痛みにはある程度慣らされてきたし、死ぬのも怖くない……はずだったのに今は死ぬのが怖いと感じはじめていた。それはレオンハルトが僕に『恐怖』という感情を植え付けたからだ。
恐怖、屈辱、羞恥、恋情……。
さまざまな感情を、出会ってたった数時間でレオンハルトは僕に教えた。
「さぁてと、おまえ、所属は『深海』だろ。この前ハニトラしてきた暗殺者ギルドは二度と俺に手が出せないように躾けといたからなあ」
レオンハルトが言ったように、僕の所属は『深海』だ。王都にある暗殺者ギルドは、『地下』『大地』『深海』『天空』『宙』の全部で五つある。そのうち『天空』と『宙』の二つは王国が管理しており、王国の依頼を受けた騎士団の仲介で、主に盗賊や犯罪者など罪を犯した者を狩る。
そして僕の所属する『深海』と『地下』『大地』の三つは、誰が相手でも金さえ積めば無差別に暗殺する。王国が管理する暗殺者ギルドが国営なら、こっちは民営だ。
ハニートラップを失敗したのは『大地』だ。なぜ僕の所属している暗殺者ギルドが『地下』ではなく『深海』だとレオンハルトが言い当てたのかというと、『地下』の連中は暗殺者というより盗賊の集まりみたいなやつらで、暗殺技術をほぼ持たない、数を頼みにした力ずくの人殺し集団だからだ。
「おまえみてぇなすげぇ暗殺技術を持ったヤツなんて『地下』にはいねぇだろ」
黙り込んだ僕を見たレオンハルトはニヤリと笑った。
「ってことで俺はちょいっと散歩してくるわ」
「はいっ!?」
散歩? 今?
手をふりふりと振りながらレオンハルトは部屋を出て行った。呆然とその様子を見ていたが、はっと気付いて逃げようと扉に手をかけたが、押しても引いても蹴っても叩いても、何をしても扉はぴったりと閉じられたままで、扉に浮かび上がっていた魔法陣もすでに消えており、この部屋から出ることができなくなっていた。
本来、マジックバッグには生物を入れることが出来ないはずなのに、この空間はそのデメリットが解消されている。
「凄いなあ、一体誰が作ったんだろう。気になるな……。でもその前に……」
きゅう、とかわいらしく腹が鳴った。音のない空間だからか、いやにその音が響く。
「……おなか、空いたなぁ。これからどうなるんだろう僕」
魔力を大量に使うと腹が減る。レオンハルトは散歩と言っていたし、すぐに戻って来るだろう。でないと困る。
僕は目の前に扉が見える壁側まで移動して、壁に背を付けて座り込み、膝を抱えて空腹に耐えた。
*
どれくらい時間が経ったのだろう。空気の流れが変わったのを肌で感じ、僕は目を開けた。
目の前の扉に魔法陣が再び大きく浮かび上がっている。レオンハルトが帰ってきたのだろう。ずいぶんと時間がかかった。散歩だなんて嘘だろう。カチリと歯車が噛み合うような音がしたかと思うと、勢いよく扉が開かれた。
「よっ、お待たせ」
出て行った時のように手を振りながらレオンハルトが戻ってきた。服があちこち破れ、どす黒く汚れている。剥き出しになっている鱗の生えていない皮膚には切り傷や擦り傷があり、まだ血が流れたままの所もある。僕は慌てて立ち上がり、レオンハルトに走り寄った。近くで見るともっとひどい。全身傷だらけだ。
「ど、どうしたんだよお前! 怪我してるし、それは返り血か? 散歩に行ったんじゃなかったのかよ」
痛いだろうにレオンハルトは平然とした顔で、脇に抱えていた羊皮紙で出来た書類を僕に差し出して、驚くことを言った。
「それ、お前の奴隷契約書。散歩ついでに『深海』へ立ち寄って貰ってきた」
「え、え? は、はぁ!?」
クリップで留められた羊皮紙には僕の胸に刻まれた印と同じ魔法陣が描かれている。今まで見飽きるほど見てきた模様だから、すぐに同じ模様だと分かった。
「解除」
レオンハルトが詠唱をした途端、僕の胸が一瞬熱くなって、身体に刻まれた魔法陣と、羊皮紙に描かれた魔法陣が浮かび上がって重なった。そしてパリンという音と共に二つの魔法陣が粉々に割れて消えた。
「よし綺麗になった。さぁてと、お前の身柄は俺が預かることになったからな。もうお前は暗殺者でもなけりゃ犯罪者でもねぇ。んじゃ行くか!」
呆然としている僕にレオンハルトは手を差し出した。
「いやまって!! 何が何だか……。えっ、ええ? だってギルドの場所とか、この書類とか……。えっと、そもそも『深海』ってどうなったの?」
この時以上に動揺したことは後にも先にもなかった。頭の中にクエスチョンマークが飛び交って、口調がしどろもどろになった。僕の質問に対してレオンハルトはこともなげに答えた。
「ん? ああ、酒場で俺に薬を盛ったヤツを優し~く問い詰めたら向こうから率先してギルドの場所を教えてくれたぜ。で、散歩がてらそこ行って、お偉いさんにお前の奴隷契約書を貰ってきたんだ。向こうさんは泣きながら喜んでそれを差し出してくれたぜ」
つまりレオンハルトは酒場に潜り込ませた協力者を脅すなり何なりして暗殺者ギルドの場所を聞き出し、一人でギルドに乗り込んで暗殺者集団と渡り合い、僕の奴隷契約書を出させたということか。
数ヶ月後、ライムライトの冒険者ギルドで、レオンハルトから『深海』がその後どうなったのかを聞いて、自分の推論が間違っていなかったことを知った。
あの日、レオンハルトはたった一人で『深海』に乗り込んだ。そこでギルドにいた首領含む全員と戦闘になり、全員を打ち倒してから知り合いの第三騎士団を呼び捕縛した。
その後の暗殺者たちへの尋問で、その場にいなかった暗殺者たちの素性も判明し、追手がかかって捕縛されることとなった。まだ逃亡している暗殺者もいるが、捕縛された暗殺者たちの方は、幹部を除いて国営の暗殺者ギルド『天空』に接収されたため、暗殺者ギルド『深海』は今はもうない。年端もいかない子供の暗殺者たちは、奴隷印を解除したのち、医療孤児院へと移されたそうだ。
そして僕の身柄は、魔王討伐の褒章の一つ【レオンハルトの希望を出来うる限り叶える】という王様との盟約により、レオンハルトの希望で罪を減じられ、成人するまでレオンハルトが僕の保護者になるということで話がついた。
「ということで肉食いに行こうぜ、肉!!」
ひょいっと抱き上げられた僕はレオンハルトに部屋から連れ出されることになった。
レオンハルトはバタバタと暴れる僕をものともせず、お姫様抱っこで食事処に運んだ。僕は恥ずかしくてしばらく顔を上げることが出来なかった。
…………………………………………………………………
【おまけの補遺】
(side.『踊り子』レイア 踊り子は美しく、艶めかしくバフをかける)
はぁい♪
あたしの名前はレイアよ。踊り子でバッファーをしているの。よろしくね。
踊り子の職業について、あたしが今からベッドの上で優しく教えてあ・げ・る。
バッファーって知ってる? バフ、デバフって言った方が分かりやすいかしら。まず「バフ」って言うのはね、攻撃力や防御力なんかの効果を高めること。そのバフを自分以外の相手にかけられる人のことを「バッファー」って呼ぶの。踊り子は優雅に美しく踊れば踊るほど、相手の能力を高めることが出来るわ。
あたしはベールをかぶって薄い衣を纏って、ふさふさな扇を持って踊るの。踊るたび足に嵌めたアンクレットがシャランシャランと音を立てて、自分で言うのもなんだけどとっても綺麗よ。娼婦みたいな格好って言われるけれど、身体の線を出してなまめかしく踊った方がバフが多くかかるの。
逆に「デバフ」というのは相手の能力を弱体化させることね。デバフをかければ相手の動きが悪くなるから、その隙に攻撃ができるわ。
え? ああ、ギルマス? あの人は竜人だから、鱗に魔力を弾く効果、え~っと魔力抵抗力が高くてバフもデバフもかからないの。まあバフをかけなくてもあの人は強いからあたしは必要とされないわよね。ギルマスだけじゃなくて、あまりにもバッファーとの力の差が大き過ぎる相手だと、バフはかかりづらいの。だからケイくんもヴィクター様もギルマスと同様にほとんどバフはかからないのよ。
……あらあなた、おはよう。ようやく起きたのね。昨日の夜はなかなか良かったわ。次も勃起状態が長く続くように下半身の持続時間強化と早漏対策として耐性UPしてあげるからまた閨に呼んでね。待ってるわ♪
…………………………………………………………………
10
お気に入りに追加
336
あなたにおすすめの小説

兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜
紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。
ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。
そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。

クラスのボッチくんな僕が風邪をひいたら急激なモテ期が到来した件について。
とうふ
BL
題名そのままです。
クラスでボッチ陰キャな僕が風邪をひいた。友達もいないから、誰も心配してくれない。静かな部屋で落ち込んでいたが...モテ期の到来!?いつも無視してたクラスの人が、先生が、先輩が、部屋に押しかけてきた!あの、僕風邪なんですけど。


侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

幼馴染みのセクハラに耐えかねています。
世咲
BL
性格クズな学園の王子様×美形のちょろヤンキー。
(絶対に抱きたい生徒会長VS絶対に抱かれたくないヤンキーの幼馴染みBL)
「二人って同じ名字なんだ」「結婚してるからな!」「違うな???」

彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる