この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失の男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

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第四章 風の連理編

29.裏切り者の末路

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 人通りの無い路地裏が、真っ赤な夕日に染まっていく。

 必死に追いかける褐色の青年とエルフを背に、少女はぽつりと呟いた。

「お願いエーテルコア、わたしを連れてって」

 少女は黄のエーテルコアを目の前に掲げ、内に秘めるエーテルの記憶を解放する。
 エーテルが輝きを帯びると同時に、コアと少女は黄色い光に包まれる。しかし。

「……!? どうして!!」

 少女の身は、ナルギットの路地裏に縛られたままであった。
 本来であれば赤の国グラナートへと誘われ、転移の魔術が発動するはずなのだ。そうして忘却の通り魔は追手に捕まる事無く、人を攫い物を奪い赤の国の力となっていた。だからこそ彼女は自由を奪われたまま自由を与えられていた。そのはずであった。

 少女の動揺を、追手達は見逃さない。
 異変を察知したレンリとオームギは、咄嗟の連携で手がかりへと迫る。

「隙ありって訳!!」

 大鎌を振り被るエルフへ、暴風が背を押し加速させる。
 異音を聞き振り返るよりも前に、大鎌の斬撃が少女を横に薙ぎ払う。

 攻撃は直撃。衝撃を受けた少女は路地裏の奥へと吹き飛ばされた。
 しかし少女も反射的にツルで身を纏い、何とか身体への傷を回避する。

「ッッッ、次こそは……愛災カラミティ・バインド!!」

 靴裏をすり減らしながら、少女は再び扉を目指す。コアのエーテルを借りて動く樹海を作り、建物と建物の間を縦横無尽に飛び回る。
 斬撃で切られても再生し、暴風で抉られても再形成させる。不滅の防壁を身に纏い、少女は己の目的を守るためにツルを生み出し続ける。そして動く樹海は路地裏を飲み込み、空間ごと扉の前を陣取った。

「お願い応えてよエーテルコア! わたしには守るものがあるの、救わなきゃいけない人達が居るの!
 敵わないから諦めるなんてもうしたくないの! だからもう一度、わたしをもう一度連れてって……!!」


 少女は奪われたものを奪い返すために。囚われた家族や仲間、裏切り陥れてしまった人々を解放するために。敵わないと諦めた自分を、否定してくれた人のように。彼女は忘却の通り魔という存在を、裏切り陥れる────。


 ────だが。


 少女の身体は、コアより放たれる黄色の光に包まれる。人気の無い路地裏も、そこへ形成した樹海も、光の波に飲み込まれる。だというのに、扉は開かれず、少女は光を中で影を作るばかり。

「なん、で……」

 コアは応えてくれない。少女の知る方法では、赤の国へと繋がる事は無かった。
 その瞬間、少女は悟った。裏切り者の末路を。いいや、最初から信頼などされていなかった事を。

「コアを持って扉の前に立ち、グラナートを想えば行き来出来る。んふっ、ふふふ。そう聞いてたんだけどなぁ」

 赤の国グラナートが彼女へ伝えたのは二つだけ。
 一つは大罪武具『大食らいの少身物グラットン・ダガー』を用いて、来たる戦争の日に備える事。
 そしてもう一つが、エーテルコアを用いて各地から繋がる扉をくぐり、集めたものを納める事。それだけであった。

 答えなどない。期間など決まっていない。目標など定められていない。ただひたすらに、少女が皆を守り続けるには、辞める事など許されていなかったのだ。

 逃げればどうなるか。負ければどうなるか。裏切ればどうなるか。そんなものはとうの昔に分かっていたはずなのに、それでも少女は目の前へ現れた光へとすがってしまった。その結果が、ただ光を浴びるだけの空虚な末路だ。

 少女は力なく膝から崩れ落ちる。コアから放たれていた光も、込めた願いと同じように消える。
 路地裏に作られた樹海はエーテルを失うと共にブチブチと千切れ隙間を作り、少女を夕暮れの日へと晒していく。

 やはり願う事すら愚かだったのだろうか。少女のやりきれない感情が爆発しそうになった、その時だった。樹海のツルが力強く千切れる音と共に、隙間から、炎を纏った男の手が少女の腕を掴んだ。


「やっと捕まえたぞ、アイヴィ」


 少女は目を疑った。

 ツルの隙間をかき分け、赤髪の男が姿を現す。その顔を少女は、アイヴィは忘れる事など出来なかった。
 何度も裏切って信頼を断ったにも関わらず、それでも赤の国の手先である自分を否定し、胸の内にいた本心を肯定してくれた。シキという名の男を、アイヴィが忘れるはずなどなかった。

「んふっ、ふふふ。なんで、なんで君がいるのさ」

「ずっとお前を、追いかけていたからだ」

 シキから返って来る言葉なんて、アイヴィにとってはなんでも良かった。今目の前に彼がいる事実だけが、彼の示した答えなのだから。

 アイヴィの中には、相変わらず変わらない彼に安心する気持ちと、同時にまた巻き込んでしまった罪悪感が生まれる。だがそんなアイヴィの感情を、シキは包み込むように受け入れる。

 アイヴィの目の前には変わらない感情を持った彼と共に、以前とは比べものにならないほどエーテルの扱いに慣れた、ずっと成長した姿が映っていた。

 彼がいるなら、もしかすれば。

 アイヴィは腕を掴まれたまま、なんと言葉を続けたら良いものか悩み込んでしまう。
 彼と別れた後は、一人で方を付けようと思っていたのに。けれどそうと伝えてしまえば、彼は必ずまた付いて来ようとするだろう。でも今の彼なら、成長した彼であれば、もしかすれば。

 希望の炎が胸に灯ったその時、シキとアイヴィを中心に、真っ赤で暖かい光が夕暮れに染まった路地裏を染め直す。そしてそ光が全てを包み込んだその瞬間、その場にいた皆の姿が消え去った。
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