128 / 161
第四章 風の連理編
08.唯一無二の後ろ姿
しおりを挟む
大通りから外れ、こじゃれた商店街の一角で立ち呆ける男が一人。
エリーゼとシャルトルーズが盛り上がっている中、店先で待っていたシキは考え事をしていた。
(地図を見たところ、黄の国ナルギットと赤の国グナラートはそれなりに距離があった。来た道を跨いだ先にまで地下が繋がっている訳がない。とすれば、やはりここから奴の研究所へと繋がる道がある)
日の光が少しずつ落ちていく。腕を組み建物へもたれかかっていたシキの影も、時間の経過と共に僅かに揺れ動く。
(待て。そもそもヴァーミリオンの住処は赤の国領土内なのか? 赤の国との取引だけであれば、黄の国領土内でも不可能ではない。では場所はどうだ。レンリは動物に関する研究を行っていると言っていた。土地は確かに必要だが、それはこの国でも用意出来なくは無い広さなのか? 仮に黄の国内に協力者や組織の存在があったとすれば、矛盾はどれだけ現れる……?)
一つ一つ、確定した要素と予測出来る可能性の欠片を埋める。いずれ見えて来る答えを知るために。答えに映り込んだ未知を捉えるために。胸の奥で震える焦燥感が、僅かな時間さえも無意識に蝕んでいた。
(可能性としては他に何がある? エーテルの痕跡に関しては、エリーゼとオームギが必死に解析してくれた。見えない扉はネオンと共に探し尽くしたはずだ。あるとすれば本当に、レンリの記憶を一通り塗り替えたぐらいか。いや、まだある。奴の使う手は何であった? 私達自身を縛る術だ。ああそうだ。ならばあの場で触れるのは壁や地面ではなく、私達自身………ネオン!!)
側で待つネオンに対し、シキはすぐにでも気づいた可能性の限りを伝えようとした。しかしシキの呼びかけは、虚空へと消える。
「…………ネオン?」
二人並んで待っていたはずのネオンの姿がない。慌てて辺りを見渡すも、それらしき人物は居なかった。
シキは咄嗟にエリーゼの居る店を離れ、ネオンを探す。あのつかみどころのない無口少女が易々と連れ去らわれるとは思えないが、それでも心配をしないのは別の話だ。
今シキの居る場所は大国ナルギットにある商店街である。欲しいと思った物はほぼ全て手に入るし、少し歩けばそこかしこから食欲をそそる美味しそうな匂いが立ち込める。であればあの大食い少女が釣られ、匂いの前でそのまま立ち止まっている可能性もあるはずだ。
シキは少し考え、この短時間でそう遠くまでは離れていないと判断する。そしてなるべくエリーゼの居る店から離れないように注意しながら、腹の虫に耳を傾け、野生動物のように嗅覚を利かせる。僅かに顔を覗かせる美食の糸を手繰り寄せながら、気付くとシキは表通りから一つ入った路地裏へと移っていた。
一転して人通りの少ない路地裏を歩きながら、シキは網目の様な街並みをその足でなぞる。
大食い少女の釣られそうな糸を辿り、ついにシキは人影を捉えた。
サンドイッチを片手に悠々と歩みを進める少女に対し、シキは手を伸ばし、肩を掴む。
「探したぞネオン……ッ!」
振り返った少女と目が合う。
少女は沈黙しながらも手に持っていたサンドイッチを食べ切り、そして一言呟いた。
「はい、違いますが」
思いもよらぬ状況に、言葉が出なかった。
シキは確実に、声を掛けた相手がネオンであると思っていた。
サンドイッチを頬張る後ろ姿だけで判断し訳ではない。慎重とも臆病とも形容し難い、物音が立たない独特の歩き方と身体の揺れ。エーテルを吸収する体質に白黒の特徴的な衣服が合わさり、どこに居ても分かる周りの背景からくり抜かれたような存在感。相反する二つの性質が合わさり、違和感にも近しい感覚で常に視界の中に現れるその少女は、文字通りこの世界で唯一無二の存在であった。
そんな彼女だからこそシキは放っておく事も出来ず、つい探しに飛び出してしまう。そしてそんな彼女だからこそ、シキは確信を持って声を掛けたはずだった。
「僕に何か用かな?」
「い、いや。人違いだ。済まない……」
なのに目の前の少女は、ネオンではないのだ。
今にして思えば、目の前の少女が別人であると即座に気づく。髪は銀と言うよりは白髪に近く、髪型も巻かれた毛先こそ類似しているものの、ネオンの二つ結びとは違い真っ直ぐへ広がるように降ろされている。何より圧倒的に白の面積が多い彼女の衣服を見て、どう間違えばその後ろ姿をネオンと捉えてしまうのかと疑問にすら思うほどであった。
シキは動揺しながらも謝罪し、すぐその場を立ち去ろうとした。だが後ろ背へ唐突に話しかけられ、シキは急ぎ足を止めて少女へ耳を傾ける。
「時に。ここがどこだか分かるかい? お兄様」
偶然出会ったはずのその少女は、さも親し気にシキをお兄様と呼び、小さく笑みを作るのであった。
エリーゼとシャルトルーズが盛り上がっている中、店先で待っていたシキは考え事をしていた。
(地図を見たところ、黄の国ナルギットと赤の国グナラートはそれなりに距離があった。来た道を跨いだ先にまで地下が繋がっている訳がない。とすれば、やはりここから奴の研究所へと繋がる道がある)
日の光が少しずつ落ちていく。腕を組み建物へもたれかかっていたシキの影も、時間の経過と共に僅かに揺れ動く。
(待て。そもそもヴァーミリオンの住処は赤の国領土内なのか? 赤の国との取引だけであれば、黄の国領土内でも不可能ではない。では場所はどうだ。レンリは動物に関する研究を行っていると言っていた。土地は確かに必要だが、それはこの国でも用意出来なくは無い広さなのか? 仮に黄の国内に協力者や組織の存在があったとすれば、矛盾はどれだけ現れる……?)
一つ一つ、確定した要素と予測出来る可能性の欠片を埋める。いずれ見えて来る答えを知るために。答えに映り込んだ未知を捉えるために。胸の奥で震える焦燥感が、僅かな時間さえも無意識に蝕んでいた。
(可能性としては他に何がある? エーテルの痕跡に関しては、エリーゼとオームギが必死に解析してくれた。見えない扉はネオンと共に探し尽くしたはずだ。あるとすれば本当に、レンリの記憶を一通り塗り替えたぐらいか。いや、まだある。奴の使う手は何であった? 私達自身を縛る術だ。ああそうだ。ならばあの場で触れるのは壁や地面ではなく、私達自身………ネオン!!)
側で待つネオンに対し、シキはすぐにでも気づいた可能性の限りを伝えようとした。しかしシキの呼びかけは、虚空へと消える。
「…………ネオン?」
二人並んで待っていたはずのネオンの姿がない。慌てて辺りを見渡すも、それらしき人物は居なかった。
シキは咄嗟にエリーゼの居る店を離れ、ネオンを探す。あのつかみどころのない無口少女が易々と連れ去らわれるとは思えないが、それでも心配をしないのは別の話だ。
今シキの居る場所は大国ナルギットにある商店街である。欲しいと思った物はほぼ全て手に入るし、少し歩けばそこかしこから食欲をそそる美味しそうな匂いが立ち込める。であればあの大食い少女が釣られ、匂いの前でそのまま立ち止まっている可能性もあるはずだ。
シキは少し考え、この短時間でそう遠くまでは離れていないと判断する。そしてなるべくエリーゼの居る店から離れないように注意しながら、腹の虫に耳を傾け、野生動物のように嗅覚を利かせる。僅かに顔を覗かせる美食の糸を手繰り寄せながら、気付くとシキは表通りから一つ入った路地裏へと移っていた。
一転して人通りの少ない路地裏を歩きながら、シキは網目の様な街並みをその足でなぞる。
大食い少女の釣られそうな糸を辿り、ついにシキは人影を捉えた。
サンドイッチを片手に悠々と歩みを進める少女に対し、シキは手を伸ばし、肩を掴む。
「探したぞネオン……ッ!」
振り返った少女と目が合う。
少女は沈黙しながらも手に持っていたサンドイッチを食べ切り、そして一言呟いた。
「はい、違いますが」
思いもよらぬ状況に、言葉が出なかった。
シキは確実に、声を掛けた相手がネオンであると思っていた。
サンドイッチを頬張る後ろ姿だけで判断し訳ではない。慎重とも臆病とも形容し難い、物音が立たない独特の歩き方と身体の揺れ。エーテルを吸収する体質に白黒の特徴的な衣服が合わさり、どこに居ても分かる周りの背景からくり抜かれたような存在感。相反する二つの性質が合わさり、違和感にも近しい感覚で常に視界の中に現れるその少女は、文字通りこの世界で唯一無二の存在であった。
そんな彼女だからこそシキは放っておく事も出来ず、つい探しに飛び出してしまう。そしてそんな彼女だからこそ、シキは確信を持って声を掛けたはずだった。
「僕に何か用かな?」
「い、いや。人違いだ。済まない……」
なのに目の前の少女は、ネオンではないのだ。
今にして思えば、目の前の少女が別人であると即座に気づく。髪は銀と言うよりは白髪に近く、髪型も巻かれた毛先こそ類似しているものの、ネオンの二つ結びとは違い真っ直ぐへ広がるように降ろされている。何より圧倒的に白の面積が多い彼女の衣服を見て、どう間違えばその後ろ姿をネオンと捉えてしまうのかと疑問にすら思うほどであった。
シキは動揺しながらも謝罪し、すぐその場を立ち去ろうとした。だが後ろ背へ唐突に話しかけられ、シキは急ぎ足を止めて少女へ耳を傾ける。
「時に。ここがどこだか分かるかい? お兄様」
偶然出会ったはずのその少女は、さも親し気にシキをお兄様と呼び、小さく笑みを作るのであった。
0
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
八十神天従は魔法学園の異端児~神社の息子は異世界に行ったら特待生で特異だった
根上真気
ファンタジー
高校生活初日。神社の息子の八十神は異世界に転移してしまい危機的状況に陥るが、神使の白兎と凄腕美人魔術師に救われ、あれよあれよという間にリュケイオン魔法学園へ入学することに。期待に胸を膨らますも、彼を待ち受ける「特異クラス」は厄介な問題児だらけだった...!?日本の神様の力を魔法として行使する主人公、八十神。彼はその異質な能力で様々な苦難を乗り越えながら、新たに出会う仲間とともに成長していく。学園×魔法の青春バトルファンタジーここに開幕!
スキルは見るだけ簡単入手! ~ローグの冒険譚~
夜夢
ファンタジー
剣と魔法の世界に生まれた主人公は、子供の頃から何の取り柄もない平凡な村人だった。
盗賊が村を襲うまでは…。
成長したある日、狩りに出掛けた森で不思議な子供と出会った。助けてあげると、不思議な子供からこれまた不思議な力を貰った。
不思議な力を貰った主人公は、両親と親友を救う旅に出ることにした。
王道ファンタジー物語。

30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

前世は最強の宝の持ち腐れ!?二度目の人生は創造神が書き換えた神級スキルで気ままに冒険者します!!
yoshikazu
ファンタジー
主人公クレイは幼い頃に両親を盗賊に殺され物心付いた時には孤児院にいた。このライリー孤児院は子供達に客の依頼仕事をさせ手間賃を稼ぐ商売を生業にしていた。しかしクレイは仕事も遅く何をやっても上手く出来なかった。そしてある日の夜、無実の罪で雪が積もる極寒の夜へと放り出されてしまう。そしてクレイは極寒の中一人寂しく路地裏で生涯を閉じた。
だがクレイの中には創造神アルフェリアが創造した神の称号とスキルが眠っていた。しかし創造神アルフェリアの手違いで神のスキルが使いたくても使えなかったのだ。
創造神アルフェリアはクレイの魂を呼び寄せお詫びに神の称号とスキルを書き換える。それは経験したスキルを自分のものに出来るものであった。
そしてクレイは元居た世界に転生しゼノアとして二度目の人生を始める。ここから前世での惨めな人生を振り払うように神級スキルを引っ提げて冒険者として突き進む少年ゼノアの物語が始まる。

世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
とあるおっさんのVRMMO活動記
椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。
念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。
戦闘は生々しい表現も含みます。
のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。
また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり
一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が
お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。
また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や
無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が
テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという
事もございません。
また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。
スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜
櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。
パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。
車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。
ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!!
相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム!
けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!!
パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる