この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失の男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

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第三章 砂漠の魔女編

28.虚ろな空間

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 砂漠での戦いの最中に地面へ飲み込まれたシキは、それからの記憶が曖昧であった。

 朦朧とする意識の中、身体を揺すられる感覚を覚えシキは目を覚ます。薄ぼんやりと見える視界の先には、頭にほんのり砂を被ったネオンが無表情のままシキを揺すっていた。

 シキは身体を起こし辺りを見渡してみる。どうやらここは洞窟の中のようである。しかし天井のあちこちからは常に砂が流れ落ち、さらには地面の一部が湿っている感覚があった。

「ネオン……何が起こった?」

「…………」

 当然、ネオンが何かを口にする事は無い。軽く首を振り何も分からないと反応したのを確認すると、シキは彼女に積もった頭の砂を落としながら、改めて辺りへ意識を向ける。

 シキから数歩ほど先。重なるようにして倒れていたエリーゼとオームギを見つけ、すかさずシキは彼女らの名前を呼ぶ。

「大丈夫か? しっかりしろ!!」

 シキに揺すられ、エリーゼとオームギも目を覚ます。幸い彼女達も大した怪我は無い様で、起き上がるとすぐ何が起きたのかシキへ確認を取った。

「シキさん、ここは……?」

「分からないが、恐らく砂漠の地下だろう。まさかこのような場所があろうとは。オームギは知っていたのか?」

「知っていたら驚く訳ないでしょ!? もう百年以上も住んでいたはずなのに、こんな空間があるなんて思いもしなかった。いったいいつからこんな場所が砂漠の地下に……」

 本当にオームギはこの場所を知らないようだ。ではいったいここは何なのか。誰がこのような地へ誘ったというのだろうか。

 灯りも無く天井も塞がった地下空間であるはずなのに、不思議と周りの風景を見る事が出来る。いったい何が起きているのか見渡してみると、どうやら地面からほんのりと輝いているようであった。

 それを見てさらに気付いたのはオームギである。僅かに湿り気のある砂に触れ、この地に流れる光の正体に気が付く。

「この水気……オアシスの水が流れてきている? まさか、あの湖から水源が引かれていたとでも言うの? あの地は私の術で誰にも分からないように隠していたはず……なのに、いったいどうやって」

 困惑するオームギ。長年この地へ身を潜めていた彼女が知らなかった空間。エルフの水が流れ込む謎の空間に、奴らは再び現れる。

「おやおや、何が起こるのかと期待したのですが……何もありませんねぇ」

「にゃー」

 長毛の猫を撫で、不服そうにのっそりと湿った砂を踏みつける貴族風の男。彼の周りには褐色肌にの男に二色の鳥。岩石のように巨大な拳の大男に赤黒い色をした給仕服の女。そして獣型の魔物の群れ。

 赤の国グラナートの刺客達が、静かな洞窟の中を野望と闘争によって染めてゆく。そんな彼らの登場へ反応するように、シキ達の周りにもエルフ型の魔物達が次から次へと現れる。

 戦地は移っても状況は同じ。狩る者と狩られる者の戦いはどちらかの敗北をもってしてしか終結しない。だが、何かがおかしかった。エルフ型の魔物達は刺客が近づいて来ようとも、その身を動かさずただジッと静まり返っていたのだ。

「お前達……まだ戦う気か!?」

「ほう、そちらの寡黙な少女が持っていると思いましたが……。返事をしたという事は、どうやら赤のコアを持っているのは、あなたの様ですね」

「な、なんだと……?」

 貴族風の男は、口元にシワを作りながらゆっくりと笑みを作る。目の奥を真っ赤に輝かせ、男は一歩また一歩とシキ達へ近づいて来る。

 彼は何故赤のコアを持っているのがシキだと気づいたのか。その答えはすぐさま分かった。

「……! エリーゼ! オームギ!!」

 二人からの返事が無い。静まり返っていた洞窟の中へ、確かに彼女達は立っている。しかしエルフ型の魔物と同様、二人もまたただ立ち尽くすしか出来ないでいたのだ。

 人を寄せ付けない砂漠のさらに地下という閉鎖空間で、刺客側を除いて今動いているのはコアを持つシキと、エーテルを吸収するネオンのみであった。

 貴族風の男はエーテルを使った何かを発動させ、この空間を支配していたのだ。

「ミネルバ君スワンプ君、そしてレンリ君。あなた達は二人の対処をお願いします。私は長寿の血を頂くとしましょうか」

「はぁいラボン様!」

 ラボンと呼ばれた貴族風の男の一声で、敵の刺客達はシキとネオンを狙い撃ちする。刺突に斬撃、衝撃波に三方向からの暴風。防ぐ事など出来るはずもない。シキは必死に避け続けながら、炎を織り交ぜ何とか致命傷を受けないように逃げ回るしか出来なかった。

 シキとネオンが攻撃を受ける横で、ラボンは一歩ずつ踏み締めながら長寿の血へと近づいて行く。
 生物のエーテルを研究し続け、しかし辿り着けなかったエルフという種族の持つ長寿という栄光。憧れ続けた悲願を叶えるため、男は長寿の血を手に入れ永遠の命をも掴もうとする。

 何故男は永遠の命を手に入れたいのか。その理由はただ一つ。この世界を支配する未知、エーテルというものの全てを余すことなく紐解きたいからだ。

「全く、先人達には反吐が出ますねぇ。恨みだの妬みだのと下らない劣等感で折角の力を根絶やしにしてしまうなんて。真に羨ましいと思うのなら、手中に収めるまで生かしておけば良いものを。お陰でどれほど遠回りをする事となったか」

 刺客達のボスであるラボン。長寿の血を求める彼の目は、不気味なほど真っ赤に染まっていた。ラボンはオームギへと近づきながら、周りに立ち尽くすエルフ型の魔物を獣型という駒を使って蹂躙する。

 確実に、着実に。二度と邪魔などは要らぬように。ただひたすらに、長寿の血だけを眼中に入れて。

(身体が……動かない……!!)

 オームギはただ、近づく脅威を睨み付けるしか出来なかった。全身にまとわりつくような熱と倦怠感。身体に流れるはずのエーテルは燃え盛るようなビリビリとした痛みへと変わり、内側からその身を焼き尽くす。口も舌も手も足も。肉体もエーテルも制限され、反撃の術は全て封じられている。

 ラボンの操るエーテルが、身体中のエーテルを支配している事だけが感じ取れた。だが、だからといって今のオームギに出来る事は何一つとして無い。

 共に戦う味方も、戦地に現れた魔物達も、完全に敵の支配下に置かれてしまっている。これが赤の国グナラートの持つ力。種族を滅ぼした、忌まわしき暴力の片鱗。

 一方的で圧倒的な戦いにおいて、何をしたら勝てるのか。何をしておけば勝てたのか。

 戦地を飲み込んだ奇跡というものは二度は起こらないのか。まだ知らぬ地。エルフ達のエーテルが流れる新たな地。もしかすればこの地なら、この地の中になら探し求めた同胞の遺物は眠っていたのではないか。

 砂漠に眠る最後のエーテルコアは、種族の最期を前にしてついに、その眩い光を放つ。

(…………!? 大地が、揺れている?)

 身動きの取れないオームギの足が大きく揺れた。地響きが地下空間へと轟き、天井から零れる砂の量が増える。それと同時にほんのりと光を放っていた湿った砂地が橙色に輝く。洞窟内が橙色の光で包まれたその瞬間、洞窟の奥深くから眩い光を放つそれは現れた。

「あ、あれは、白い蛇……か?」
 
 突如現れた巨大な陰に、シキは驚きの声を漏らす。

 洞窟の天井へと届きそうな巨体を引きずり、真っ白な身体をしたその生物は戦地へと乱入する。白蛇は獣型の魔物を大地ごと蹴散らし、その太く厚い尾でラボンへと襲い掛かった。

「っ、ラボン様!!」

 ミネルバは真っ先に飛び出し、斧槍を叩きつけ白蛇の尾を退ける。真っ二つに切り裂かれた尾の先は光の粒子を振り撒きながら消滅し、その直後断面から橙の光と共に再生する。

 多大なダメージを受けても蘇る永遠の身体。そしてギラリと輝く、巨大な白蛇の額へと埋め込まれた橙色の宝石。

 ラボンは、生物に流れるエーテルの研究者は、その姿を見て真の答えへと辿り着いた。

「長寿の血。おやおや誰ですか、そんな大嘘を呟いたのは。長寿の力があるのはエルフという種そのものではなかった。エルフの持つ橙のエーテルコア! コアによるエーテルの供給を受け続けた事によって、エルフという種は長寿へとなっていたのですね……!!」

 ついに明かされる長寿の血。その正体とは、エルフの種族が扱っていた橙のエーテルコア、そのものであった。
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