この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失の男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

文字の大きさ
上 下
94 / 161
第三章 砂漠の魔女編

14.湖畔の旅人達

しおりを挟む
 白い屋根の家から少しだけ離れた湖畔にて。シキとエリーゼは、まとっていたケープやローブを脱ぎ、衣服に染み付いた魔物の臭いを湖の水で落としていた。

 砂漠の真ん中にあるとは思えない澄んだ透明に、夜空の光が反射し煌びやかに光る幻想的な水。エリーゼは片手を水面に当て水をすくうと、湖の持つ特殊な効果に気が付く。

「この水……エーテルが豊富に込められています」

「他の湖と何か違うのか?」

「まるで別物ですよ……! この湖は特に浄化の作用が特別強く、臭いや汚れぐらいなら軽く流すだけですぐ落ちるはずです」

 エリーゼの言葉を聞き、シキはサッと手に持った自身のケープを水に潜らせる。特殊な湖の水分を吸った布は、水面から引き上げるや否やすぐさま水気が抜けていた。

 シキは洗い立てのように肌触りの良くなったケープへ鼻を近づけ、強烈に染みついていた臭いを確認する。

「……なるほど。確かにこれは別物のようだ」

「異常なほどの水はけの良さも見るに、ここの水は彼女か彼女の一族によって調合されたものでしょう。俗に言うエルフの飲み薬。それ一つで解毒も治癒も出来るという、賢人の知恵の一端ですね」

「賢人の知恵は、不毛の大地すら浄化するというのか。凄まじいな。エルフという種族は」

 賢人の力を改めて目の当たりにし、思わずシキは苦笑いをする。そんな種族の一人に、彼らは命を握られているのだ。

 逃げる事も戦う事も敵わない。オアシスという名の至上の牢獄に、旅人達は未だ囚われていた。

「…………シキさん。どうするおつもりなのですか」

「どうする、とは」

「これからどうするのかと聞いているのです。今はまだ大丈夫かも知れません。この協力関係が続く限りは、お互いに生かしておく方が賢明でしょう。しかし、コアが見つかったら……。私達は用済みになるのですよ。そうなったらもう、生かしておく必要も無い……!」

 エリーゼは手に持っていたローブを強く抱き締めた。まだ洗っていないローブには獣の臭いが染み付いたままであったが、感情を零す今の彼女にはそんなものは微塵も意識に入っていなかった。

 ただ、シキの判断に任せていた。

 エリーゼなりに時折意見や行動にも移したが、最終的には彼の考えに同意していた。彼の言う通りにしておけば、必ず事態は良い方へと向かっていく。兄の手がかりを見つけた時のように、彼ならまた。そんな気がしていた。そう信じて、疑わなかったのだ。

 しかし。

 敵意は遮られ、逃走は釘を打たれ、最後に残った希望の短剣も預ける始末。希望と野望を抱き、生まれ育った地を旅立った少女は、何もする事が出来ずただただ砂漠の辺地に幽閉されていた。

 苛立つでもなく焦るでもないシキに対し、エリーゼは彼の考えが理解出来ないでいた。

「コアを探すためというのは重々承知です。しかし、見つけた後、私達はどうするのですか。私達は、どうなるのですか……」

 不安と焦燥。困惑と不信感。信じたいのに、信じるには決定的な何かが欠落した現状。エリーゼはひたすらに、シキを信じたいと思っていた。だが。

「別に、何もしないさ」

 シキは答える。いや、答えないという選択肢を取る。同意も否定も出来ない返答を受け、エリーゼはただ茫然と立ち尽くすしか出来なかった。

「何もしないって、それではただ殺されるのを待つというのですか……!?」

「そうではない。私達からは、何もしないと言っているのだ」

「……分からないですよ。それだけでは。何かをするために、私達は旅をしていたのでしょう……!」

 シキもネオンも、エリーゼだって目的を持って世界中の地へ巡る決意をしていた。だからこそ、無責任とも取れる彼の言葉がエリーゼの逆鱗に触れてしまった。

 彼らの力になるため、エーテルコアを探す手助けはする。しかしその前提として、エリーゼにはエリーゼの目的がある。

 兄を探すという目的。

 どこに消えたかも分からない家族を探すためには、こんな砂漠の辺地にずっと留まってなどいられなかったのだ。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

死んで全ての凶運を使い果たした俺は異世界では強運しか残ってなかったみたいです。〜最強スキルと強運で異世界を無双します!〜

猫パンチ
ファンタジー
主人公、音峰 蓮(おとみね れん)はとてつもなく不幸な男だった。 ある日、とんでもない死に方をしたレンは気づくと神の世界にいた。 そこには創造神がいて、レンの余りの不運な死に方に同情し、異世界転生を提案する。 それを大いに喜び、快諾したレンは創造神にスキルをもらうことになる。 ただし、スキルは選べず運のみが頼り。 しかし、死んだ時に凶運を使い果たしたレンは強運の力で次々と最強スキルを引いてしまう。 それは創造神ですら引くほどのスキルだらけで・・・ そして、レンは最強スキルと強運で異世界を無双してゆく・・・。

『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……

Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。 優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。 そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。 しかしこの時は誰も予想していなかった。 この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを…… アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを…… ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

処理中です...