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第二章 鏡映しの兄弟編
06.果報は呼び込め
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記憶喪失を明かしたシキは、これまでの出来事と旅の目的を魔術雑貨屋で働く二人に説明した。
最初は戸惑っていたが次第に彼の言葉を理解するエリーゼとエランダ。エーテルという存在の特性と照らし合わせながら、二人はシキという男を紐解こうとする。
「そのエーテルコアという結晶の中にシキさんの記憶があるのですか……。にわかには信じがたいですが、エーテルの特性上、全く無いと言い切れないのが恐ろしいですね」
「エーテルの少ない安物の結晶なら地面を掘ったり川辺にでも行けばゴロゴロと転がっているだろうね。うちにもそれなりの物や空の結晶ならいくつか取り扱ってるんだがねぇ……」
魔力と呼ばれる、この世界で魔術を使うための力の源。それらは知識や経験といった記憶の蓄積によって力を増幅し、効力や上限を高めるものである。
そしてエーテルを内包する結晶とは、石や岩が長い時を経て出来る際に自然のエーテルを吸収した物質らしい。
安物の結晶は石と同様にそこらでいくらでも落ちており、魔道具のように流し込んで持ち運べる空の結晶なども存在するとの事だ。だが、エーテルコアと呼ばれるものはそれらとは訳が違う。
魔術雑貨屋を営む彼女らであっても、その正体については詳しく知り得はしなかった。
「それで、この店にはエーテルコアと思われる結晶は置いていないのか?」
「私は見た事がありませんねぇ。おばあちゃんは知ってますか?」
「んや、そんな物は売ってないし、売った覚えもないさ」
長年商売を続けている彼女達でも見た事が無いとなると、エーテルコアとはそうそう簡単にはお目にかかれない代物らしい。
やはり貰うなら盗賊と戦える武器の類か、関所を超えられる高価な物を選ぼうか。シキは薄ぼんやりと頂き物の使い道を考えていたが、ふと隣でじっとりと佇むネオンの姿が目に入った。
「…………」
彼女は顔を上げ、この立派な雑貨屋を囲う岩の要塞をじっと見つめていた。
「……?」
シキも同じく、崖から突き出すように存在する岩の巨城と化したエランダ達の家を見つめてみた。その中で浮かんだ疑問を、そっと口に出してみる。
「エランダ、盗賊団はそれほど警戒が必要な強さなのか? 仮にも流れのならず者だろう。これほど巨大な岩が操れるなら、狙われようが襲われようが返り討ちに出来ると思うのだが」
素人目でも分かる、内側の建物を崩さないよう精密に作られた巨大な岩の壁。こんな大層な代物を作れる彼女がここまでする理由とは、いったい何なのだろうか。
シキの言葉を聞いた魔術雑貨屋の主は、目を逸らし顔を曇らせた。唸るような声を吐きながら、要塞を築かなければならない理由を口にする。
「アタシも最初はそう思ってたんだがねぇ。奴ら北にある関門を強引に抜けたらしいんだ。関門を守る軍人さんが勝てないってなら、流石に用心しておかないとと思ってねぇ」
「そこまで強いのか? その盗賊一味は」
「噂じゃグレた若者の集まりとか聞いてたんだがね。どうも最近になって急に力を増したらしく、誰も手が付けられなくなっているんだよ」
軍人ですら勝てない集団。そんな盗賊がこの先にいるというのだ。シキは思わず息を飲み、待ち受ける強敵の存在を再確認した。
そんな事はつゆ知らず、エリーゼは緊張感無く茶々を入れるようにぽつりと呟いた。
「シキさんの言うエーテルコアがあれば、そんな強い盗賊団でもへっちゃらだったりして……。なんて、そんな都合の良い事はないですよね……ははは」
思わず口にしたものの、誰も反応をしなかったのでエリーゼは適当に笑ってやり過ごそうとした。
だが違った。
反応しなかったのではない、シキも、ネオンも、エランダも、彼女の一言に意識を奪われていたのだ。
シキの胸打つ鼓動が早くなる。ドクンドクンと、その身体の内側から熱いものが溢れて来る。
「……エランダ。この店で盗賊に狙われていそうな物はどれだ」
「……なぜ、そんな事を聞くんだい?」
「それを頂きたい。そいつを持っていれば、私はこの先へと旅路を進める事が出来るかもしれない」
何か確信を得たようにやけに自身に溢れるシキを見て、エランダはその言葉の真意が分からないながらも、話を進める事にした。
「何か考えでもあるんだね。……いいだろう。うちのとっておきを見せてやる。待ってな」
エランダはゆっくりと、自身が経営する魔術雑貨屋に入って行った。
残されたエリーゼは、謎に堂々としているシキの考えが気になり質問を投げかけてみた。
「そんな物貰ってどうするのです? 盗賊さん達が血眼になってシキさん達を追いかけて来るのではないですか?」
「察しが良いな。お前の言った通り、私は盗賊団と接触するつもりだ」
エリーゼは彼の言葉を聞き、ギョっとした表情で返事をする。
「えぇ……本気ですか? うちに迷惑だけはかけないでくださいね」
「無論だ。どこにやったと聞かれれば、この私が持って行ったと言っておいてくれ」
「はぁ、分かりました……って、それちょっと迷惑かかってません?」
「まさか。お前はただこういえばいいのさ。この私、シキがお前達の事を探していたぞ、お探しの品は私が持っている。欲しければこの私を探し出すのだな。コソ泥どもめ。とな」
シキは自信ありげに目をつむり、高笑いを発していた。
「……言いましたからね。私知りませんからね。原文のまま一言一句違わず伝えますからね!」
エリーゼは世間知らずなシキの事が心配になりながらも、これ以上は付き合いきれないと溜め息を漏らす。
彼の強気な物言いに呆れながら、もしものためエリーゼは彼の言葉を記憶したのだった。
最初は戸惑っていたが次第に彼の言葉を理解するエリーゼとエランダ。エーテルという存在の特性と照らし合わせながら、二人はシキという男を紐解こうとする。
「そのエーテルコアという結晶の中にシキさんの記憶があるのですか……。にわかには信じがたいですが、エーテルの特性上、全く無いと言い切れないのが恐ろしいですね」
「エーテルの少ない安物の結晶なら地面を掘ったり川辺にでも行けばゴロゴロと転がっているだろうね。うちにもそれなりの物や空の結晶ならいくつか取り扱ってるんだがねぇ……」
魔力と呼ばれる、この世界で魔術を使うための力の源。それらは知識や経験といった記憶の蓄積によって力を増幅し、効力や上限を高めるものである。
そしてエーテルを内包する結晶とは、石や岩が長い時を経て出来る際に自然のエーテルを吸収した物質らしい。
安物の結晶は石と同様にそこらでいくらでも落ちており、魔道具のように流し込んで持ち運べる空の結晶なども存在するとの事だ。だが、エーテルコアと呼ばれるものはそれらとは訳が違う。
魔術雑貨屋を営む彼女らであっても、その正体については詳しく知り得はしなかった。
「それで、この店にはエーテルコアと思われる結晶は置いていないのか?」
「私は見た事がありませんねぇ。おばあちゃんは知ってますか?」
「んや、そんな物は売ってないし、売った覚えもないさ」
長年商売を続けている彼女達でも見た事が無いとなると、エーテルコアとはそうそう簡単にはお目にかかれない代物らしい。
やはり貰うなら盗賊と戦える武器の類か、関所を超えられる高価な物を選ぼうか。シキは薄ぼんやりと頂き物の使い道を考えていたが、ふと隣でじっとりと佇むネオンの姿が目に入った。
「…………」
彼女は顔を上げ、この立派な雑貨屋を囲う岩の要塞をじっと見つめていた。
「……?」
シキも同じく、崖から突き出すように存在する岩の巨城と化したエランダ達の家を見つめてみた。その中で浮かんだ疑問を、そっと口に出してみる。
「エランダ、盗賊団はそれほど警戒が必要な強さなのか? 仮にも流れのならず者だろう。これほど巨大な岩が操れるなら、狙われようが襲われようが返り討ちに出来ると思うのだが」
素人目でも分かる、内側の建物を崩さないよう精密に作られた巨大な岩の壁。こんな大層な代物を作れる彼女がここまでする理由とは、いったい何なのだろうか。
シキの言葉を聞いた魔術雑貨屋の主は、目を逸らし顔を曇らせた。唸るような声を吐きながら、要塞を築かなければならない理由を口にする。
「アタシも最初はそう思ってたんだがねぇ。奴ら北にある関門を強引に抜けたらしいんだ。関門を守る軍人さんが勝てないってなら、流石に用心しておかないとと思ってねぇ」
「そこまで強いのか? その盗賊一味は」
「噂じゃグレた若者の集まりとか聞いてたんだがね。どうも最近になって急に力を増したらしく、誰も手が付けられなくなっているんだよ」
軍人ですら勝てない集団。そんな盗賊がこの先にいるというのだ。シキは思わず息を飲み、待ち受ける強敵の存在を再確認した。
そんな事はつゆ知らず、エリーゼは緊張感無く茶々を入れるようにぽつりと呟いた。
「シキさんの言うエーテルコアがあれば、そんな強い盗賊団でもへっちゃらだったりして……。なんて、そんな都合の良い事はないですよね……ははは」
思わず口にしたものの、誰も反応をしなかったのでエリーゼは適当に笑ってやり過ごそうとした。
だが違った。
反応しなかったのではない、シキも、ネオンも、エランダも、彼女の一言に意識を奪われていたのだ。
シキの胸打つ鼓動が早くなる。ドクンドクンと、その身体の内側から熱いものが溢れて来る。
「……エランダ。この店で盗賊に狙われていそうな物はどれだ」
「……なぜ、そんな事を聞くんだい?」
「それを頂きたい。そいつを持っていれば、私はこの先へと旅路を進める事が出来るかもしれない」
何か確信を得たようにやけに自身に溢れるシキを見て、エランダはその言葉の真意が分からないながらも、話を進める事にした。
「何か考えでもあるんだね。……いいだろう。うちのとっておきを見せてやる。待ってな」
エランダはゆっくりと、自身が経営する魔術雑貨屋に入って行った。
残されたエリーゼは、謎に堂々としているシキの考えが気になり質問を投げかけてみた。
「そんな物貰ってどうするのです? 盗賊さん達が血眼になってシキさん達を追いかけて来るのではないですか?」
「察しが良いな。お前の言った通り、私は盗賊団と接触するつもりだ」
エリーゼは彼の言葉を聞き、ギョっとした表情で返事をする。
「えぇ……本気ですか? うちに迷惑だけはかけないでくださいね」
「無論だ。どこにやったと聞かれれば、この私が持って行ったと言っておいてくれ」
「はぁ、分かりました……って、それちょっと迷惑かかってません?」
「まさか。お前はただこういえばいいのさ。この私、シキがお前達の事を探していたぞ、お探しの品は私が持っている。欲しければこの私を探し出すのだな。コソ泥どもめ。とな」
シキは自信ありげに目をつむり、高笑いを発していた。
「……言いましたからね。私知りませんからね。原文のまま一言一句違わず伝えますからね!」
エリーゼは世間知らずなシキの事が心配になりながらも、これ以上は付き合いきれないと溜め息を漏らす。
彼の強気な物言いに呆れながら、もしものためエリーゼは彼の言葉を記憶したのだった。
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