この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失の男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

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第一章 忘却の通り魔編

29.眠りし記憶

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 夢を見ていた。

 自分ではない誰かの夢を。

「アイヴィ、お前にそやつを授ける」

「……これは?」

 屋敷やお城の中のような豪華な一室で、白い髭を蓄えた年老いた男性が何かを話していた。

大食らいの少身物グラットン・ダガー……。暴食の名を持つ宝具の一つである。エーテルを食らいしそれは大層大食らいであり、しかしそれは大層臆病者である。故にその一撃は、記憶の領域にまで浸食する。言っている意味が分かるな?」

「……はい。わたしがこれを使って兵を集める。いずれ来たる戦争の日のために。そうすれば、みなの命は守って頂けるのですね?」

「……お前が、使命を果たすのであればな」

「分かりました。このアイヴィ、必ず、必ずや使命を果たします。たとえこの命に代えても、必ず」

「うむ、それで良い……」

 アイヴィは、年老いた男性へ服従していた。

 胸が苦しい。吐き気が酷い。怒りで我を忘れてしまいそうだ。
 気が狂いそうな感覚に、シキは陥ろうとしていた。

 恐怖と、悔しさと、誓いを胸に、アイヴィはその男を見ていたのだ。

 …………。

 ……。


「今のは、アイヴィの記憶……」


 胸の奥が、熱く燃えているのを感じた。

 シキは目を覚ます。ここはどうやら、借りている宿の一室のようだ。

 あれからどうなったのか。アイヴィに勝ってからの記憶が曖昧になっていた。

 とりあえず起き上がろう。
 どれぐらい眠っていて、どれだけの事象が変わったのか知るために。

 しかし、シキは上手く起き上がれなかった。腹部の辺りに重みを感じ、力が入らない。

「ん、なんだ……?」

 上半身を軽く起こし、何が起きているのか確認した。

 そこには、銀髪でゴスロリ調の少女が、ベッドの使い方を無視して横向きに寝ていた。

「ネオン……」

 シキは、守り抜いたのだ。

 サラの猛追から、アイヴィの強襲から、彼女を守り抜いたのだ。

「……重い」

 けれど、不思議と不快な重みではなかった。

 それはきっと、取り戻した記憶の中で、死にかけの自分を救ってくれていたのを目撃したから。

 蘇った自分へ、記憶を取り戻す手伝いを行ってくれているから。

 いや、もっと単純な話なのだろう。

「ネオン、ほら起きろ。出かけるぞ」

 私は彼女を、信じているから。
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