秘密のサクラと秘密の朔

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憧れ、というか。
小さい頃から、シンデレラとか白雪姫とか、そういう話が好きだった気がする。

生まれた時から父親はいないし、昔からバブリーな母親は知らないオジサンを、取っ替え引っ替え、よく家に連れてきた。
優しいオジサンもいれば、僕と勒のことなんか幽霊のように見えてないオジサンもいたし。
あからさまに敵意を剥き出しにしてくるオジサンだっていて。

そんな日常も、いつかは幸せになるって思ってた。

物語のお姫様みたいに、かっこよくて強くて優しい王子様が助けに来てくれるんじゃなかって。
僕の場合、それは理想の父親で。
僕に今の父親ができた時、僕は本当に嬉しかったんだ。

………なのに。

僕に現れた王子様は、イジワルで悪い魔法使いだった。

だから今でも、僕は王子様を待ち望んでいるのかもしれない。
深くからまったかずらを断ち切って、僕を助けに来てくれる王子様を、心のどこかで待ち望んでいる。
いくら一人で頑張っていても、限界とか辛さとか、そういうのが僕を押しつぶしてしまうから………。
お客さんの、肌の暖かさが好きだったり。
本心ではないお客さんの愛の囁きにときめいたり。

感情のでない表情とは裏腹に、僕の内側は………。

救われたい、愛されたい、という感情が渦巻いているんだ。

あのお客さんの一言で、僕は動悸が止まらない。
不安になって、挙動不審になって………カウンターに立つのが億劫だ。

………あの人、今日は来ないでほしい。

来ても、別の人とヤってるとこ見せつけたら帰る、かな。

いずれにせよ、どんな顔をして、どんな態度を取ればいいのか………分からない。

雨が降ってるし、週の始めの方は客足もまばらで。
常連さんが帰って行った11時を回ったくらいから、ぱったりとお客さんがこなくなった。

「今日はあんまり来ないな」

勒はその端正な顔立ちを外に向けて言う。

「そうだね」

勒の単調な言葉に、カウンターで並んで外を見ていた僕も単調に返事をした。
お客さんが入ってくるドアの横は偏光ガラスで、地下にある店に入ってくる、外灯に照らされたお客さんは丸見えで。
地下へと繋がる華奢な階段とテラスに打ち付ける雨が、外灯でチラチラ輝いて、僕はなんとなくその光景に見入ってしまった。

「もう、閉めるか」
「分かった」

………今日は、というよりいつもだけど。
色んな意味で疲れてるから、早く上がれるのはありがたい。
閉店の札を外にかけて、看板の灯りと外灯を消すと、店の中がぼんやりと浮かび上がって、中の様子が丸見えになって、中にいる勒の様子が僕の視界に飛び込んでくる。

………現実味が、ない。

今いる、僕が生きているこの現状が夢ならば、って何回、何十回と考えたか………。

目が覚めたら全部夢で、かっこいい父親と優しい母親と、頼り甲斐のある兄がいて………そんな普通の生活を………送っている。

そういう現実が欲しくて、切望して。

それでも………神様からの罰のように、僕の抱える秘密はつきまとう。

「朔、濡れるよ。早く入りなよ」
「うん…………ねぇ、勒」
「何?朔」
「………なんで、僕を抱くの?」
「愛してるから」
「………兄弟、じゃん。僕ら」
「とられたくない、アイツからも、客からも」
「…………普通には。前みたいな、そういうのには………もう、戻れない?」
「戻れ……ないな」

いつもより、真剣で。
いつもより、物憂げな感じで。

勒は僕の肩を掴むと、ソファーに腰掛けるようにして、僕を押し倒した。
冷たい勒の唇がフワッと触れたかと思うと、そのまま深いキスをして、勒の手が僕の服を脱がしにかかる。

「………っん、勒……」

勒の冷たい指が僕の胸の先をなめからに辿って、その冷たい感覚はズボンを通り、僕の中に深くたくさん入って弾く。

「あの時、朔が俺に打ち明けてくれた時。本当はすぐにでもおまえの手を引いて家を出たかった。………朔をアイツから助けたかったのに、俺は弱くて、馬鹿だから。アイツと同じことをおまえにすることで、おまえを離さないように………手元に縛り付けていたくて。エスカレートして、止まらなくなって………。もう少し待っていてほしい。もう少ししたら、2人で家を出て行こう、朔」


…………うそ、でしょ?


どういう、こと………?


なら、ちゃんと言って欲しかった。


あの時に、ちゃんと………「もう少し待っていてほしい。もう少ししたら、2人で家を出て行こう、朔」って………言って欲しかった。


今さら………そういうのは、いらない。


僕が優しくして欲しかった時に、父親と同じように僕を犯して………抵抗できない僕に対して、その行為をエスカレートさせて。


我慢させて、言うことを聞かせて、僕を………。


好き放題してたくせに………!!


「………それ、本気……なの?……勒」
「本気だ」
「今さら、そんな本気………じゃあ、その本気がどの程度か………見せてよ」
「………朔?」
「僕が好きなんでしょ?!だったら、僕を幸せにしてよ!!すべての不幸から僕を助けてよ!!………そんなことも、できないくせに……口ばっかりのくせに!!」
「………っんだと?!」
「何、自分を正当化してんの?!自分はアイツと違うみたいな言い方して!!ヤッてることはアイツと一緒なんだよっ!!」

煽った、つもりはない。

ただ、積年の………。
苦しかった、辛かった、誰にも言えなかった、そんな思いが爆発して、本音を言わざるを得なかった。
勒の目が怒りの色を宿して、その両手を僕の首にかけた。
同時に、勒の固いのが間髪入れずねじ込まれて、僕の中を痛いくらい突き上げる。

「……っ!!……ぁか」

首が圧迫されて、苦しい。

その勒の手を取り除きたくて、もがけばもがくほど、余計苦しくなって………。
頭がぼんやりしてきた。
僕を突き上げる勒がレイプみたいに犯すから………。
今まで感じたことのない痛さと、生暖かい感触が太ももをつたう。


………苦しい…………誰か、助けて……。


今まで、生きてきて。


楽しいとか、幸せだとか、そういう記憶なんてほぼ皆無で。
辛いとか、苦しいとか、そんな思いをした方が遥かに多くて。


…………僕が一体、何をしたんだろう……か?


僕は何のために、生まれてきたんだろうか?


もし、本当に神様がいるならば………一度だけ、一度くらい………僕の願いを聞いてほしい。


僕をすべての苦痛から解放してほしい………。


そして、幸せが………ほしい。








………目をつぶっているのに、まぶたを通して光を感じる。
もう、少し寝ていたい。
だって今は、苦しくも痛くもないから………ずっとこのまま、こうしていたい。
けど、まぶたを通す光は思いの外強くて、僕はたまらず目を開けた。

「朔………サクラさん、気がつきました?」

………この、声。
ドキッと、そして、チクッと。

胸が小さく疼いて………僕は、その声の方をみた。

やっぱり、あの人だ!!
なんで?!どうして?!

そう言葉を声に出したかった。
出したかったのに………。

「ニャー」

僕から出たその意外すぎる言葉に、かなり驚愕した。

………ニャー、って何?

慌てて僕自身を見ると、全身真っ白な長いふわふわした毛に覆われている。
体が思いの外柔らかくて、後ろをみると白い立派な尻尾と………その綺麗な毛並みに赤いシミがついていて…………。

一気に、思考が停止する。

「ビックリしてます?俺もビックリしてるんですよ」

名前も知らないその人は、僕の頭にそっと手を添えると、物語の王子様みたいに優しく笑った。

「店に行ったんです、俺。そしたら、サクラさんがレイプされてたから………無我夢中で相手を殴って………振り返ったら、サクラさんが猫になってたんですよ」

神様に、お願いをしたのは、僕だ。


〝苦痛から解放してほしい。幸せがほしい〟


その願いは、神様に届いて聞き入れられて、意外な形で叶ってしまった。


………しかし、何故……何故、猫なんだ。


信じられないけど、受け入れざるを得ない。
僕は、猫になってしまったんだ。


そしてまた、必然的に秘密が増えてしまった。

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