秘密のサクラと秘密の朔

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僕には、たくさんの秘密がある。

人には言えない、たくさんの秘密があるんだ。

だから、ひたすら。
外ではなんでもない顔をして、大学に行って、平和に過ごして。
家で起こる、一般の家庭ではありえないであろう、僕の家庭におこる事情をひた隠す。

「朔、遅いっ!勒はもう入ってるよ!」
「……ごめん、ゼミが押してて」
「早く着替えて!!」
「はいはい」

昨今流行り出したバブリーダンスのおかげで、なんとなく違和感がなくなってきたバブリー真っ盛りの母親のナリを横目に、僕はロッカールームに急いだ。

ゲイバー、って言ったらお分かりいただけるだろうか。

僕の家庭はそういうお店を営んでいて、僕はそのお店で〝サクラ〟という源氏名でバーテンをしている。

分厚い度の入ったメガネを外して、ネクタイをしめる。
カラコンを入れて、ヘアワックスでフワッと髪を流したら、僕の夜の顔のスイッチが入る。

お酒を作るのは、嫌いじゃない。
凝り性だから、むしろ、色んなお酒を作れるようになるのが楽しい。
タバコは嫌いだけど、色んな人の話を聞くのが好きだし、それに………たまに、誘われるのも悪くない。

だって、お客さんは、僕に優しくしてくれる。

ただ、そんなことは。
僕の別の顔であって、表向きの僕ではない。

ちゃんと大学を卒業して、ちゃんと就職して、こんなことからは足を洗わなきゃ。

なにより………僕は、あの人たちから一刻も早く離れたい、逃げ出したい。


僕の兄と、父から、逃げ出したい。


ロッカールームで身支度を整えていたら、ギィっとイヤな音を立ててドアが開いた。
間髪入れず、そのドアの鍵が乾いた音を響かせる。

「遅かったな、朔」
「勒……兄さん」

僕より少し背が高くて、ハーフみたいな勒のキレイな顔立ちが………僕の手を冷たくさせる、手を震わせる。
勒が僕との距離をつめるから、思わず後ずさって、僕は壁際に追いやられてしまった。

「怖がんなよ、朔」
「……やめて、よ……勒」
「いつも、ヤッてることだろ?今さら生娘ぶるなよ」

抵抗する僕の腕は、勒の腕に押さえ込まれて。
身動きがとれない僕の首筋から鎖骨の窪みに、勒の熱い舌が這う。

「ろ、く…!!……やめっ!!」
「いいだろ?いつもそんなこと言って、よがるくせに」

……そう、僕はいつも兄のオモチャにされている。

そして家に帰ると、僕は父親にも同じことをされるんだ。

2人とも口を揃えて僕に言う。
「おまえが、誘ってるんだ」って………。

勒の細い指が僕の体をなぞって、ズボンのその先にある僕の中にその指が無理に入ってきた。

「……ん、ぁ……や、やめ……」

兄と父によって開発された僕の体は、頭の中の確固たる意思とは相反して、クラクラして、感じて………。
たまらず、勒に体を預けてしまった。

「今日はここに、いいのを入れてやるよ、、朔」

僕の耳元で囁く勒の艶のある声と、これからされることを容易に想像してしまって。
僕は、ゾクッと………体が震えた。







「サクラちゃん、今日なんか色っぽいね」
「……そう、ですか?」
「ねぇ、ミロクちゃん。そう思わない?」
「たまにね……見境なくさかるんですよ、サクラは」

そう勒に聞かされたお客さんの喉が鳴るのが分かった。

他人に指摘されなくても分かる。
僕は今、どうしようもなく、エロい顔をしているハズだ。

さっき、勒に媚薬を入れられた。
その少量の悪魔の薬は僕の中を少しずつ狂わせて、熱く、疼かせる。
体も、顔も、火照って………我慢すればするほど、呼吸が乱れる気がする。

ヤバい……ヤリたい衝動の前に………。

倒れてしまいそうだ。

「勒……ごめん、ちょっとトイレ………」
「なんだ、もう限界か?」
「違っ………なんか、吐きそう」

今日はお客さんも少ないし……。

ちょっとだけなら……。

僕はカウンターの奥へと足早に進むと、勝手口から外に飛び出した。
吐きそう、なのは嘘じゃない。
頭がグラグラして、体が火照って、僕はその場に座り込んでしまったんだ。


………なんか、もう。


勒の……兄や父親のいいなりで、いいように体を弄ばれる僕自身が、イヤになる。


どこか、へ………。


僕を知ってる人がいない所へ、早く逃げ出したい。


「……あの、大丈夫ですか?」

僕の頭のすぐ上から、透き通るようないい声が響く。
僕は変な顔をしているハズだから………その人の顔を見たくなかったんだけど、見ざるを得なかった。
その声の主が気になって、思わず顔をあげたんだ、僕は。

「……っあ、だ……大丈夫です」

まだ、若い……真っ直ぐな、黒い瞳が印象的な……若いひと……。
いたって、ノーマルな……。
僕みたいにたくさんの秘密を抱えていない………。
幸せそうな、そんなひとが、僕を心配そうに見おろしていた。

「ここのお店のバーテンさんですよね?さっきから具合悪そうだったから………大丈夫ですか?」

………お客さん、か。

うちのお客さんにしては、めずらしいくらい澄んでて、透明で………僕は急に恥ずかしくなってしまった。

だって、さ。

兄から媚薬を入れられて、倒れそうなくらい、吐きそうなくらい………さかってる僕を見られてたから。

「大丈夫……です。しばらく、したら……おさまりますから」
「いや!ほっとけません!俺にできることがあれば言ってください!」
「………ほんと、大丈夫…なん、で」
「何をそんなに我慢してるんですか?!」

………何?

なんで、僕は見ず知らずのこの人に、なんで僕はこんなことを言われなきゃ、いけないんだ?

……我慢、するなって?

我慢しなきゃ、生きていけない。

勒からも、父親からも………今の僕の人生全てにおいて………。


生きていけないんだよ!


「………じゃあ、僕を………その柵から解放してくれますか?」
「………え?」
「……さっきから、ヤリたくてヤリたくて、しょうがない………この身体にたまった熱を冷ましてくれますか?………色んな柵から……僕を助けてくれます、か?」


偽善だろ、どうせ。


そんな、他人の重荷も背負いたくないくせに。
いざとなったら、僕をおいて逃げるくせに。


フッ…と、ギュッと。


僕の体は宙に浮いたんじゃないかってくらい、重量から切り離されて、兄とも父親とも違う暖かさに包まれた。

「サクラさん、って言うんですよね?」

その声は僕の耳から体内に入って、体の奥深くを刺激する。

「どうしたら、サクラさんは楽になりますか?俺は、サクラさんの笑顔が見たいんですけど、どうしたらいいですか?」

その言葉に。
僕はほとんど無意識に………。
その人の首に両手を回して言ったんだ。


「………熱を、とって………お願い」


壁に背中を押しつけられて、その人は僕に激しく深いキスをする。
僕の片足を持ち上げて、媚薬を入れられた僕の中に熱を帯びたその人のものが貫くように入ってきて、僕を揺さぶって………。

体にたまった熱が嘘みたいにひいていった。

ひいていったのに………。

気持ち良さは増幅して、思考回路がショートしそうになる。

「……サク………サクラさんっ!!」
「……んあっ………もっと……もっと………シて」

名前も知らないその人の刺激に体がしなって、僕は天を仰いだ。

ビルとビルの隙間の小さな四角い夜空に、星が微かに見えて………。

それが、僕の今から抜け出せる希望の入り口に見えたから、僕は初めて、自由になった気がした。

その分、また秘密が増えてしまったけど。

この人の体温や、真っ直ぐな瞳は、僕のそんな不安をかき消して………。


少しだけ、強くなれたんだ。

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