ヒポクラテスの袖

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ヒポクラテスの袖

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ーヒポクラテスの袖ー
惚れ薬のこと。
ギリシャの医学者ヒポクラテスの袖に、妙薬を濾過する木綿の濾過器が似ていたことから、この名前がついた。
一般には、数種類のスパイスなどをつけんだ赤ワインを指す。




いやいやいや....。
なんで、こんなのを真剣に読んでるんだ、俺は。

確かにさ、俺は、あの人をどうにかして振り向かせたい。
なんとしてでも、あの凛とした声で「慎司」って、囁くように俺の名前を呼んでほしい。
いつも一瞥するように俺を見るクールな黒い瞳じゃなくて....。
とろけるような甘い光を帯びた瞳で俺を見てほしい。

そういう想いが心に蓄積して、消化不良を起こして、切羽詰まって。
どうにか振り向かせたくて。

「惚れ薬」なんてワードを検索したら....これまた、ドンピシャで出てくるじゃないか。

何やってんだ、俺は....。

急に恥ずかしくなって、そのページを閉じようとした時、ある広告が目に止まった。

〝ヒポクラテスの袖、あります!
好きな人を振り向かせたい、そこのあなた!
 効果は100%!もし効果が感じられないようでしたら、全額返金いたします!
さぁ、ココをクリック!!〟

なんとも、まぁ、強気な広告なんだろう....。
ちょっと、試したくなる.....。

いやいやいや....。
何考えてるんだよ、俺は。

こんな妙な薬を使わなくても、努力と根性で....。

ただ、一つ言えるのは。
その人は、俺に全く興味がないってこと。

努力と根性でなんとかなる相手ではない。
そんな地道なことをしていたら、その努力と根性が実るのに、多分100年はかかるハズだ。

.....どうしよう、買っちゃおうかな。

.....いやいやいや、そんないかがわしいのに手を染めるなんて。

俺の頭の中の天使な部分と悪魔な部分が喧嘩して、答えが見つからないから、余計頭が混乱して、ぐるぐるめまいがしてくる。

どうせ、返金してくれるんだし....。

どうせ、効かないよ、こんなもん.....。

頭が疲れてしまって。
半ば投げやりな気持ちになってしまって。
俺は〝さぁ、ココをクリック!〟をクリックしてしまったんだ。

 





3本セットで30,000円。

箱の中には、かわいいハート型の小瓶がその中に赤い液体を宿してキチンと収まっている。
....こんないかがわしい飲み物に、大枚をはたいた俺を殴りたくなる。

はぁ、どうしよう....。

箱の中に同封された白い紙は、取扱説明書的なものだった。

〝どう飲ませるかは、あなたのテクニック次第です!頑張ってください!

1本目
相手をあなたに振り向かせるために使いましょう。
レベル→甘い中高生の恋愛程度

2本目
相手があなたを欲しがるために使いましょう。
レベル→新婚夫婦のアツアツ程度

3本目
相手があなたを欲して欲してたまらなくする、あなたがいないと生きていけないようにするために使いましょう。
レベル→アブノーマル

注意!効果は長くて1本1日間です。注意して使いましょう〟

.....なんだよ、この3本目の表記。

あと、効果は1本1日間って......。

いかにも、効かない感満載なぼったくりドリンクだ。

あーあぁ、勿体無いことしちゃったかなぁ。

でも、このまま返すのも勿体ない気がするし....。

えーい!
一か八かだっ!

ちょうど明日は、プレゼンが成功した打ち上げがある。
そこで、飲ませてみよう!
どうせ効かないんだ!
3本まとめて飲ませちゃおう!

俺の気になる.....蒼に。







「この度は、無事当課の企画が通って、新規契約を締結することができました。
一重に、皆さんの御尽力の賜物であります。
今日は、おつかれさまの意味を含めて楽しく飲みましょう!
それでは、かんぱーい!!」

課長の一言で、みんなが一斉にグラスをあわせる。
俺の向かいには、相変わらずクールな蒼。

プレゼンの準備段階の間も、ずっとクールだった。
例えば、俺が、
ー休日、何してるの?
と聞くと、
ー寝てる。
という、素っ気ない返事が返ってくる。
ー今度さ、映画とか行かない?
ーえ?やだよ、寝たいし。
ーじゃあさ、ドライブとかは?
ー慎司。友達いないの?

もう、〝作麼生!説破!〟状態で。
ちょっとぐらい、話にのっかってくれてもいいのに、箸にも棒にもかからない。

俺は店員からもらったワイングラスに、例の液体を入れた。
3本とも、全部。

見た目は普通の赤ワインと、全く変わらない。
蒼は、ワインが好きだから。
多分、絶対、飲むハズだ。

「はい、これ。蒼、赤ワイン好きだろ?」
「あ!ありがとう。いつ注文したの?」
「さっき」

蒼が、グラスの液体を一口飲んだ....。

うわー、飲んじゃった.....飲んじゃったよ。

急に心配になって、動揺してくる。
蒼は、一口飲んで俺を見る。
その瞳がいつものクールな感じとちがって、ちょっと熱っぽくて少しドキっとする。

「なんか、スパイスが効いてて美味しいね、これ。なんて言うの?」
「.....ヒポクラテスの袖」
「初めて聞いたよ、それ。でも、美味しい」

俺の心配をよそに、蒼はそれを一気飲みしてしまった.....。

あ、あぁ.....どうしよう....。

蒼が小さくため息をつく。
そして、目を小さく擦ると、潤んだとろけた瞳で俺を見る....顔もみるみる真っ赤になっちゃって....。

あんだけ信じてなかった、〝ヒポクラテスの袖〟の効果を肌で感じてしまったから....心臓が爆発しそうになってしまった。

「....慎司....」

小さく吐息混じりの蒼の声に、俺は慌てる。

「かかかかちょう!課長!蒼が具合悪そうなので、俺、家まで送り届けてきます!!」
「わかった。2人とも気をつけてな」

課長の声を背中に聞いて、俺は蒼を抱えて足早にその場を後にしたんだ。







蒼は、ずっと呼吸を荒くして俺にしがみついて、たまに俺を見上げて、うっとりした表情を見せる。

「慎司って、そんなにかっこよかったっけ?」
「え?」
「ねぇ....僕、慎司が.....慎司が、好き」

そう言って、顔が真っ赤な蒼が、俺を見つめてにっこり笑う。

「わかった!わかったから!!大人しくしてて!蒼!」

まさか、まさか、こんなに効くとは思わなかった....。

「よし!チャンス!」と思う反面、「ヤバい、どうしよう」という感情がぐるぐるしてしまって、心臓の鼓動が抑えられない。
俺は、蒼に〝ヒポクラテスの袖〟を飲ませたことを少し後悔してしまったんだ。

俺の家に着くと、あはそのまま崩れるようにベッドに横になった。

相変わらず、呼吸が荒くて。

そして、とろけるような甘い光を帯びた瞳で俺を見る。

俺が切望した....この瞳.....グラつかないわけない。

「蒼、どっか苦しいとこない?」
「色々、苦しい....」
「え?」
「息も、心も、体も。慎司が好きすぎて、全部苦しい」
「!!」

蒼は俺のネクタイを引っ張ると、俺の顔を強引に引き寄せてキスをしてきた。
熱い唇が重なって....蒼は俺の頰を両手で包むとさらに深く舌まで絡ませてくる。

甘いお酒の味と。 
ピリっとしたスパイスの刺激と。
蒼の口の中から、俺の口の中に伝わってくる....。

「ん、あ....」ってたまに漏らす吐息とともに、蒼の舌の感覚が俺の欲望をさらに刺激して。

いつもは、俺なんか眼中にない蒼が。

素っ気ないクールビューティな蒼が。

こんなにも、乱れちゃって。
俺にぞっこんになっちゃって。

蒼に積極的に求められてしまうなんて....夢みたいだ....。

そんなことされたら、だんだん俺も抑えられなくなってしまう....。
キスをしながら、蒼のネクタイを外して、シャツを脱がして、ベルトを緩める。

....少しためらった、蒼の体に触れることを。

このまま触れたら.....行き着くとこまで行ってしまう。
でも、蒼をこんな風にしてしまったのは俺なんだ。

行き着くとこまで行かなきゃ。

俺は覚悟を決めて、蒼の胸にそっと触れた。

「!!....んぁ!.....ん!」

俺が蒼の体に触る度、重なる唇の奥から声が漏れて、体を逸らして敏感に反応する。

ヤバい....俺も我慢の限界かも....。

息が苦しくなって、重なった唇をそっと離す。
蒼は、恥ずかしそうな顔をして俺を見た。

「....ねぇ、僕、慎司が好き。慎司は僕のこと好き?」
「もちろん、大好き」

大好きだから。
〝ヒポクラテスの袖〟を飲ませたし、俺はこんなにも興奮してるんだよ、蒼。
まさか、こんなに〝ヒポクラテスの袖〟が効くなんて思わなかったけどさ。

「....だったら、焦らさないで....慎司」

甘い声と、甘い光を宿した瞳。
細い腕を俺の首に回して、甘えるように体を近づけて、囁く。

ヤバい....これは、かなりヤバいぞ。
理性がなくなりそうだ....。

「蒼....俺はどうしたらいい?」

俺の言葉に、蒼は少し怒った顔をした。

「....どうしたらいいって....なんで、そんなイジワルなことを言うかな....わかってるくせに....僕が慎司を欲しがってるって....わかってるくせに」

そう言って、蒼はまた激しくキスを交わしてきた。

その少し怒った顔も....かなり、かわいくて....。

だからさ。
とうとう、俺は理性というものを失ってしまったんだ。


蒼のそこを触ると、もうヤラシイくらいになってて....。
俺は遠慮なく、蒼の中に入れて激しく突き動かす。
それに合わせて、日頃の見ないとろけた顔して、蒼が喘いじゃって。
2人ともかなりエスカレートしちゃってさ....2人で一緒にイっちゃって....。
余韻にひたることなく....。
蒼は恥ずかしそうな顔をして、僕に腕を絡ませていうんだよ。

「慎司、もっと」

そして、求めるようにまた激しくキスをしてきて、俺を誘ってくるんだ。

1本、1日間の効き目。
それも合ってた。

3本飲んだ蒼は、3日間ずっとそんな感じで。

俺にしがみついて、ずっと「好き」って言ってくる。
俺の体温を感じるように引っ付いてきては、キスをして誘ってくる。
誘ってくる蒼に俺はクラクラしちゃって、また、蒼の深みにハマってしまうんだ。

飲ませたのが金曜日で、本当によかったと心底思った。

ずっと甘いひとときを過ごして。
そのうち蒼は、電池が切れてしまったみたいに深い眠りについてしまったんだ....。







次、目覚めた蒼は、いつものクールな蒼になっていた。

「....体が痛い.....」
「ごめん、つい....」
「......別にいいよ」
「え?」
「......好き、だから」
「な、何?」
「......2度も言わせないでよ.....慎司のこと好きだったんだよ....前から。
ずっとキッカケが掴めなくって、素っ気ない態度をとってしまって......こんな風にならなかったら、多分、思いを伝えることもなかったかも」
「....蒼」

蒼が恥ずかしいそうに目を逸らして言うから。
あんまりにもいじらしくなって。
俺は思わず抱き寄せて、キスをした。

蒼が愛おしくて、愛おしくて、たまらない。

唇を離した蒼が言った。

「ねぇ、慎司。僕になんか飲ませたでしょ?」

俺はドキっとした。

「まぁ、うん」
「何?何飲ませたの?」

「....ヒポクラテスの袖」
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