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『至急! 至急! 錦町49から各局!! 地下鉄御楼門で車両同士の衝突事故発生!! 重軽傷者、被害状況ともに詳細は不明!! 繰り返す! 至急! 至急! 錦町49から……」
制服を着た警察官が、無線に向かって怒鳴りながら走り去る。
その警察官が行く先には、ホームに乗り上げたアルミ色の車両があって。
天地逆転、ぐにゃりと曲がって、その原型を止めていなかった。
あちこちで人が倒れて、蹲って。
ホームの白い床が、あちこちで赤く、丸く染っていく。
「ママー」と子どもが泣き叫ぶ声。
苦痛を訴える断末魔。
何が……何が……起きたんだ?
一体、何が……?
「いやいや、まぁ早いから。地下鉄で帰るよ」
部長の言葉に、一抹の不安は過ったものの。
AIアシスタントのアイが言った事とは、時間も場所も違うという事実に。
僕は自らの手で、未来を変えたことに幾分かの優越感に浸っていた。
〝地下鉄永井町駅で事故。100名超の乗客が死傷〟
場所は違う、時間も2時間以上も違う。
大丈夫……大丈夫だ!
「タクシー、本当に大丈夫ですか? 部長」
「いやぁ、心配しすぎだって岡本君。君も地下鉄で帰ろう」
「はい」
そう俺が返事をした瞬間、右のポケットに入っていたスマホがブルッと震えた。
こっちのスマホ……アイのスマホだ。
「? 岡本君、携帯鳴ってるよ?」
「あぁ、アラームなんで。気にしないでください、部長」
「こんな時間にアラーム?」
「休んでる時、なかなか眠れなかったものですから」
「そうか」
……嘘を、ついた。
そんなワケあるかよ、いくらなんでも。
そんな見え見えの嘘を、部長が信じるハズもないだろうし。
俺は部長に愛想笑いをすると。
振動し続けるスマホを無視して、左のポケットに入れていた俺の本来のスマホを握りしめて、改札をくぐった。
「じゃ、こっちだから。岡本君、気をつけて帰れよ」
「はい! 今日は急にお誘いしたのに、本当にありがとうございました」
「じゃあね、おつかれさま」
「おつかれさまでした」
手を振りながら部長に俺は深々と頭を下げて見送り。
姿が見えなくなったところで、俺は部長が登った階段とは違う階段を昇った。
未だに震える、アイのいるスマホ。
俺はエスカレーターに乗ったと同時に、右ポケットに手を滑り込ませた。
「?!」
画面を見て驚いた……!
いつもは真っ黒な液晶画面が、真っ赤になってその中央に〝emergency〟とデカデカと表示されている。
つい……と、いうか。
本能的にその〝emergency〟という画面をタップしてしまった。
『眞一さん、急いでここから逃げてください』
アイの機械的で冷静な声が、地下鉄の騒音で途切れ途切れになりながら響いた。
「……まだ、そんなことを」
『眞一さんが、変えたからですよ』
「え?!」
『部長は今日、必ず亡くなる予定なのです。眞一さんがきちんと未来に従っていれば、無関係な方を巻き込まずに済んだのですが』
「……ど……ういう」
『眞一さん、伏せてください』
ゴゴゴゴゴォォォォ!!
轟音が耳をつん裂き、俺は思わずその音の方を見た。
隣のホームに停車中の車両に、真正面からライトを煌々と照らした車両が迫っていた……!!
ドォォォォン、ガシャーン!!
金属と金属がぶつかって、爆発したんじゃないかってくらいの爆音が。
一瞬で、俺の鼓膜を麻痺させる。
頭を抱えて階段の下に潜り込む、その瞬間。
熱風に混ざった何かの破片が、俺の体を無数に掠めいった。
……痛い、熱い!!
何が起こった? 俺のせいなのか?!
未来を変えようと、アイにも土居にも言いなりにならない俺の小さな行動が。
こんな大事に変化して、引き起こした……のか?!
そんな……そんな……!
俺は、アイを手にしただけだろ?!
なんで……なんで……!
こんなことになっちまうんだッ!!
「なんでだよーッ!!」
重たくのしかかる現実に、たまらず叫んだ俺の声は耳元で反響するだけ。
ただ俺自身に問いたかたちになってしまっていた。
「災難だったね、眞一」
未だに震えが止まらない俺の体を、ソッと包み込むように土居が手を回す。
地下鉄の階段脇で、放心状態になっている俺を見つけたのは土居だった。
土居にしてはめずらしく、焦燥した顔をしていたと記憶している。
制服を着た警察官に、俺の名前や住所等を告げると。
サッと、動けない俺を抱えて近くの病院に運んでくれた。
色々と検査をされた俺は、一晩病院のお世話になり。
翌朝、土居があの黒いSUVで迎えにきて、俺はそのまま土居の部屋に連れてこられた。
まるで、俺を子どもみたいに。
土居は俺の体を丁寧にシャワーで洗ったり、拭いたり、甲斐甲斐しく世話をしたりして。
土居の大きめのシャツを着た俺は、土居の部屋のソファーで己の身を土居に預けていた。
誰かに……寄りかかっていないと。
口には出さなかったけど、俺はちゃんと座ってさえもいられなかったんだ。
「眞一が無事でよかった」
「……長」
「何? 眞一」
「部長は? 井上部長は?」
「……聞きたい? だいたい察しはついてんだろ?」
「……」
その、土居の言葉が……深く胸を抉るように突き刺さった。
……耐えられない。
夢だと思いたくて、土居に縋りたくて仕方がなくて。
俺は土居の首に腕を回すと、そのまま土居の唇に自らの唇を重ねた。
貪るように舌を絡めて、そうしていないと自分を保てなくて。
土居の体を引き寄せるように、ソファーに倒れ込む。
「……シたい」
「眞一」
「震えを止めて欲しい……。忘れるくらい激しくシたい」
「……眞一」
「お願いだから……謙治。……お願い」
〝その先の未来を知れば、幸せじゃなくなる〟
そんなの、いらない。
ほんの先の未来を知ったとしても、俺にとっては幸せでもなんでもなかったじゃないか。
だから、もう。
何も考えたくない、何も……。
「……ん、んんっ」
俺の体を這う土居の舌に、震える体が必要以上に敏感に反応する。
一気に。
頭の中が痺れたように、思考が快楽を求めだした。
もう、何も考えられない俺は。
土居の広い背中に爪を立て、腰を浮かせて言った。
「早く……早く……欲しい……! 中に……早く!!」
制服を着た警察官が、無線に向かって怒鳴りながら走り去る。
その警察官が行く先には、ホームに乗り上げたアルミ色の車両があって。
天地逆転、ぐにゃりと曲がって、その原型を止めていなかった。
あちこちで人が倒れて、蹲って。
ホームの白い床が、あちこちで赤く、丸く染っていく。
「ママー」と子どもが泣き叫ぶ声。
苦痛を訴える断末魔。
何が……何が……起きたんだ?
一体、何が……?
「いやいや、まぁ早いから。地下鉄で帰るよ」
部長の言葉に、一抹の不安は過ったものの。
AIアシスタントのアイが言った事とは、時間も場所も違うという事実に。
僕は自らの手で、未来を変えたことに幾分かの優越感に浸っていた。
〝地下鉄永井町駅で事故。100名超の乗客が死傷〟
場所は違う、時間も2時間以上も違う。
大丈夫……大丈夫だ!
「タクシー、本当に大丈夫ですか? 部長」
「いやぁ、心配しすぎだって岡本君。君も地下鉄で帰ろう」
「はい」
そう俺が返事をした瞬間、右のポケットに入っていたスマホがブルッと震えた。
こっちのスマホ……アイのスマホだ。
「? 岡本君、携帯鳴ってるよ?」
「あぁ、アラームなんで。気にしないでください、部長」
「こんな時間にアラーム?」
「休んでる時、なかなか眠れなかったものですから」
「そうか」
……嘘を、ついた。
そんなワケあるかよ、いくらなんでも。
そんな見え見えの嘘を、部長が信じるハズもないだろうし。
俺は部長に愛想笑いをすると。
振動し続けるスマホを無視して、左のポケットに入れていた俺の本来のスマホを握りしめて、改札をくぐった。
「じゃ、こっちだから。岡本君、気をつけて帰れよ」
「はい! 今日は急にお誘いしたのに、本当にありがとうございました」
「じゃあね、おつかれさま」
「おつかれさまでした」
手を振りながら部長に俺は深々と頭を下げて見送り。
姿が見えなくなったところで、俺は部長が登った階段とは違う階段を昇った。
未だに震える、アイのいるスマホ。
俺はエスカレーターに乗ったと同時に、右ポケットに手を滑り込ませた。
「?!」
画面を見て驚いた……!
いつもは真っ黒な液晶画面が、真っ赤になってその中央に〝emergency〟とデカデカと表示されている。
つい……と、いうか。
本能的にその〝emergency〟という画面をタップしてしまった。
『眞一さん、急いでここから逃げてください』
アイの機械的で冷静な声が、地下鉄の騒音で途切れ途切れになりながら響いた。
「……まだ、そんなことを」
『眞一さんが、変えたからですよ』
「え?!」
『部長は今日、必ず亡くなる予定なのです。眞一さんがきちんと未来に従っていれば、無関係な方を巻き込まずに済んだのですが』
「……ど……ういう」
『眞一さん、伏せてください』
ゴゴゴゴゴォォォォ!!
轟音が耳をつん裂き、俺は思わずその音の方を見た。
隣のホームに停車中の車両に、真正面からライトを煌々と照らした車両が迫っていた……!!
ドォォォォン、ガシャーン!!
金属と金属がぶつかって、爆発したんじゃないかってくらいの爆音が。
一瞬で、俺の鼓膜を麻痺させる。
頭を抱えて階段の下に潜り込む、その瞬間。
熱風に混ざった何かの破片が、俺の体を無数に掠めいった。
……痛い、熱い!!
何が起こった? 俺のせいなのか?!
未来を変えようと、アイにも土居にも言いなりにならない俺の小さな行動が。
こんな大事に変化して、引き起こした……のか?!
そんな……そんな……!
俺は、アイを手にしただけだろ?!
なんで……なんで……!
こんなことになっちまうんだッ!!
「なんでだよーッ!!」
重たくのしかかる現実に、たまらず叫んだ俺の声は耳元で反響するだけ。
ただ俺自身に問いたかたちになってしまっていた。
「災難だったね、眞一」
未だに震えが止まらない俺の体を、ソッと包み込むように土居が手を回す。
地下鉄の階段脇で、放心状態になっている俺を見つけたのは土居だった。
土居にしてはめずらしく、焦燥した顔をしていたと記憶している。
制服を着た警察官に、俺の名前や住所等を告げると。
サッと、動けない俺を抱えて近くの病院に運んでくれた。
色々と検査をされた俺は、一晩病院のお世話になり。
翌朝、土居があの黒いSUVで迎えにきて、俺はそのまま土居の部屋に連れてこられた。
まるで、俺を子どもみたいに。
土居は俺の体を丁寧にシャワーで洗ったり、拭いたり、甲斐甲斐しく世話をしたりして。
土居の大きめのシャツを着た俺は、土居の部屋のソファーで己の身を土居に預けていた。
誰かに……寄りかかっていないと。
口には出さなかったけど、俺はちゃんと座ってさえもいられなかったんだ。
「眞一が無事でよかった」
「……長」
「何? 眞一」
「部長は? 井上部長は?」
「……聞きたい? だいたい察しはついてんだろ?」
「……」
その、土居の言葉が……深く胸を抉るように突き刺さった。
……耐えられない。
夢だと思いたくて、土居に縋りたくて仕方がなくて。
俺は土居の首に腕を回すと、そのまま土居の唇に自らの唇を重ねた。
貪るように舌を絡めて、そうしていないと自分を保てなくて。
土居の体を引き寄せるように、ソファーに倒れ込む。
「……シたい」
「眞一」
「震えを止めて欲しい……。忘れるくらい激しくシたい」
「……眞一」
「お願いだから……謙治。……お願い」
〝その先の未来を知れば、幸せじゃなくなる〟
そんなの、いらない。
ほんの先の未来を知ったとしても、俺にとっては幸せでもなんでもなかったじゃないか。
だから、もう。
何も考えたくない、何も……。
「……ん、んんっ」
俺の体を這う土居の舌に、震える体が必要以上に敏感に反応する。
一気に。
頭の中が痺れたように、思考が快楽を求めだした。
もう、何も考えられない俺は。
土居の広い背中に爪を立て、腰を浮かせて言った。
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