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……dear my
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悪魔は人間に〝憑依〟するって、知ってるだろ?
人間に入って、色々悪さをしたりするから、俺たちは人間から恐れられる。
だから、昔からエクソシストは、人間に入った俺たちを追い出そうと孤軍奮闘するんだ。
映画みたいにね。
正直、ホンモノのエクソシストは、100人中1、2人くらいで。
だいたい、悪魔にも取り憑かれてない普通の人間に対して、懸命に祈りを捧げて、悪魔祓いをしたりして、ムダなことをしている。
悪魔にニンニクなんて、全く効かないし。
聖水は、まあまあ、軽い火傷程度には効く。
銀の剣や銀の弾丸は、テキメンに効く。
ただ、〝憑依〟が解けるだけで、別に俺たちが消えるわけじゃなくて。
また、違う人間を探すだけ。
俺たちを本当に封印できるのは、アイツらだけ。
大きな翼をもった、天からの使者。
アイツらだって、俺たちみたいに人間に〝憑依〟するんだ。
そして、俺たちに静かに近づいてくる。
アイツらは圧倒的に強くて、俺の仲間を何人も封印してきた。
封印されると、地獄の底に落とされるから。
そこから這い上がるのが、かなり面倒なことになる。
殺るか、殺られるかだ......。
俺は今の〝イレモノ〟が気に入っている。
名前は、天使みたいな名前で。
ダニエルと言った。
背が高くて、目もとが涼しげで。
人間を惹きつけるから、俺の仕事もやりやすいし。
仕事をするときは、わざわざ本当の名前を使わず、この〝ダニエル〟を使っているから、誰も俺を怪しまない。
人間のくだらない願い事を叶えて、そして、その魂をいただく。
俺たちにしたら、〝等価交換〟なんだけど。
人間は都合よく、俺たちを悪者にするから、アイツらが出てくるんだ。
俺はダニエルの魅力的な容姿のおかげで、エクソシストすら気が付かないで、思うがままに仕事ができる。
今は、カラーコンタクトもあるから、本当の目の色も気付かれないし。
俺は結構、悠々自適に過ごしていた。
あの日。
俺は、偶然に。
本当に偶然に。
空からアイツが降りてきて、人間に入っていくのをはじめて見た。
また、純粋そうなキレイなコを選んで。
実体がない薄い光だけのアイツに、名前を聞かれたんだろう。
そのコは、耳に残りそうなキレイな声で「エドワードです」と、答えていた。
2人が、一言二言言葉を交わすと、まばゆい光が辺りを包んで......エドワードは、アイツのイレモノになっていた。
ここで、唯一の計算違いだったのが。
アイツが、びっくりするくらい未熟だったということ。
イレモノを扱いきれずに、フラフラして.....今にも倒れそうになって……。
俺は思わず、駆け寄ってアイツのイレモノになったエドワードを支える。
視線も定まってないし、呼吸も浅い。
「大丈夫?!立てる?」
エドワードは、首を横に振るとそのまま意識を失った。
華奢な体が、俺にしなだれる。
.......こいつ、大丈夫か?
本当に、半人前の.......。
これが俺じゃなかったら、この腕の中にいるコイツはイレモノごと、仲間に殺られてたところだ。
じゃ......なんで、俺は殺らないんだ?
.......なんでだ?
イレモノのエドワードが気になってしまっているのか?
半人前のアイツが気になるのか?
アイツらが、人間をイレモノにするときは、「まず、イレモノにしていいですか?」って、同意を得るって聞いてたけど。
本当だったんだな。
そんなの、いちいち聞いてどうすんだよ。
「ダメ」とか言われたら、「わかりました。じゃ、ほかあたります」なんて言うのかよ。
あの後、俺はエドワードを抱きかかえて、自宅に運んだ。
ベッドの上で、幸せそうに寝ているエドワードを見ていると、複雑な気持ちになる。
未熟とはいえ、コイツはアイツらの仲間だ。
いつ本気になるとも、わからないし.......。
「.......ん........」
エドワードは小さく声を発すると、ゆっくり目を開けた。
まっすぐでキラキラした瞳が俺を見て、そして、微笑む。
入った体に馴染んだのか、スムーズに上体をおこした。
「たすけてくれて、ありがとう。ぼく、人間に入るの初めてで、なんか変な感じになっちゃって......大事な〝エドワード〟の体を傷付けるとこだった」
エドワードの中のアイツは、ニコニコしながら話し出す。
多分、いや、9割くらい。
コイツは、俺が悪魔だって気付いていない。
「.......お前、名前は?」
「ダニエル。〝父〟がつけたの」
よりにもよって、〝ダニエル〟とか.....。
「......地上では、自分が神の御使いであることとか、本当の名前とかさ。言っちゃいけないんじゃないの?」
「あっ!!........そうだった......」
エドワードの中のダニエルは、瞳を大きく見開いて、手を口にあてた。
こんなに、隙だらけでそそっかしいアイツらの仲間を初めてみた。
「大丈夫。俺は、黙っとくから。お前は、今入ってる人間の名前を語るといいよ」
「わかった。ありがとう。人間って、色々親切なんだね」
そう言ってにっこり笑うと、「エドワード、エドワード、ぼくはエドワード」と呪文のように呟きだす。
俺に対してなんの疑問も持たず。
俺のことを、素晴らしく理解のある人間としか思ってないんだろう。
おそらく、目の前にいるヤツが悪魔だなんて思いもしないんだろうな。
なんか、外見も中身も含めて。
すべてが純粋すぎて、俺の殺る気は、削がれてしまったんだ。
「今日も、外、ダメ?」
エドワードは、キレイな瞳を三角にして俺を見る。
「俺は仕事だから、エドワードをつれていけないんだよ。明日、外に連れてってやるから」
「人間は、ウソをつく。この間もそう言って連れてってくれなかった」
「今度は、本当だから。ちゃんと家でまってて。わかった?」
「はい.......。いってらっしゃい、人間のダニエル」
エドワードと.....半人前の天使のダニエルと一緒に、住むようになってから、万事こんな感じだ。
子どもを.....とりわけ5歳児を相手にしてるみたいで。
たまに、疲れる。
アイツらは、一体なにを考えてるんだ。
あんな、本当に何にも知らないヤツを地上におろしやがって。
狂気の沙汰としか、思えない。
「ダニエルさん、ですか?」
俺は、待ち合わせ場所で待っていた人間に話しかけられる。
俺の目が、悪魔の色に変わる瞬間ー。
「おまたせ。君の願いはなに?なんでも、叶えてあげるよ。そのかわり、君の魂と交換だよ。期限は君の願いが叶ってから1週間後」
その愚かな人間は、真剣な顔で頷いた。
「エリゴス、お前、最近、アイツらの仲間とつるんでるって、本当か?」
一瞬で現れた気配。
その声はキレイなんだけど、どこか深く沈んで。
俺たち独特の響きをもっている。
「.......こんなとこで、そんな名前使うなよ。アイツらがすっとんでくるぞ、ボティス」
「はぐらかすな」
「つるんでるんじゃなくて、アイツらの仲間が未熟すぎて......いわゆる、人質だよ」
「変な真似するなよ、ダニエル」
「わかってるよ、ジャック」
ジャックの気配が、一瞬で消える。
.......やっぱり、情報が早いな。
それもそうだ。
外に出ると、エドワードはまるで遊園地にきた子どもみたいにはしゃぎだす。
「あれなに?あれは?あっちはなに?」
瞳をキラキラさせながら、矢継ぎ早に質問するから。
だから、結局、目立つんだ。
もうちょっと。
もうちょっとだけ。
大人しくしてくれれば、いいんだけど。
「エドワード、ただいま。......エドワード?」
いつもキラキラした目で「おかえり」って言ってくるのに。
部屋に入ると、エドワードはベッドに寄りかかって寝ていた。
......手には、白い羽根。
アイツらが来たのか!?
思わず、エドワードの肩を強く握って、華奢な体を揺さぶった。
「エドワード!起きろ!エドワード!」
「......んー、おかえり、ダニエル。.....何?.....どうしたのダニエル」
「この羽根.......」
「ラファエル様からの手紙。窓開けて、外を眺めてたら、空から降ってきた」
「............」
「ぼくのことが、心配なのかな?〝あなたは隙だらけだから、くれぐれも悪魔には気をつけてください〟って3回くらい書いてある」
そう言って無邪気に笑うエドワードが、眩しくて、許せなくて。
時間の問題のような気がする。
一刻も早く、エドワードを殺るか.......。
殺るには......エドワードがあまりにも深く、俺の中に刻まれすぎていた。
俺の中の欲望が渦巻いて、抑えられなくなってくる。
だったら、エドワードが.....俺を殺るように仕向ければいい。
俺はエドワードを抱き上げて、ベッドにそのまま押し倒す。
「わっ!!ダニエル!!.......や、ん........んーっ」
エドワードの細い両手首を押さえて、無理矢理唇を重ねる。
くぐもったエドワードの声が、俺の耳を刺激して、俺は、抵抗する口をこじ開けて、激しく舌を絡めた。
エドワードは、手足をばたつかせる。
力じゃ、俺に敵うはずない。
このままいけば、俺は、天使を犯した最初の悪魔になるかもしれない.......。
早く、本気を見せろよ、エドワード。
俺は唇を話すと、エドワードの鎖骨の窪みから耳たぶまで、じっくり、激しく、愛撫する。
「やだ......やめて、ダニエル........ん....や、だ......こわい......こわい、よ......ん、あっ」
抵抗しつつも、乱れた声を発するエドワードに、俺もだんだん止まらなくなってくる。
手首から手を離すと、俺は、エドワードの華奢な身体中を手で刺激する。
エドワードは俺の体を引き離そうと、手で必死に俺の肩を押した。
「あ.......あ......ダ....二....エル.....や、ん.......」
「ほら、エドワード........本気だせよ。お前が本気出したら、俺なんか木っ端みじんじゃないか」
「.....ん.......ん、で....き.....ないよ......だって......ダニエル......が......好き.....たとえ......悪魔でも」
驚いた......気づいてたのか、コイツ。
エドワードのキレイな瞳から、涙がこぼれ落ちる。
「だから.....お願い。......やめて、ダニエル......」
純粋は、これだから困る。
人間も悪魔も、お願いされたら、言うことを聞かなくなるんだよ。
「!!....やだっ!!.....ダニエル!!」
下の衣服を勢いよく剥ぎ取ると、エドワードの中に無理矢理ねじ込んだ。
そして、間髪入れずに激しく揺さぶる.....。
エドワードの顔が、痛そうに歪んで。
それでも、俺が動くたびに、エドワードが小さく乱れた声を上げる。
そして、涙を流しながら、静かに呟いた.....。
「father......」
俺がどんなに、エドワードを激しく揺さぶっても。
俺がどんなに、エドワードをキツく攻めても。
エドワードは、決して本気を出さなかった。
ただ、ひたすら涙を流しながら......俺に感じて、小さな声を上げる。
そして、そのままグッタリして。
泣きながら、寝てしまった。
どうして、そんなに我慢するんだ?
未熟だから?
半人前だから?
.......本当に、俺が好きだから?
本気を出して、俺を殺ってしまえば、終わりだったのに.....。
俺は、悪魔なんだ。
.....悪魔なんだよ。
だけど、目の前で頰を濡らして眠るコイツを、愛おしい、なんて思ってしまって。
手離したくない、なんて思ってしまって。
俺は.....どうかしている。
エドワードの濡れたまつげが、あまりにもキレイで....。
俺はたまらず、そのまつげにキスをした。
それから3日間。
エドワードは目を覚まさなかった。
寝ているだけなのに。
すごく穏やかな顔をして、時々、苦しそうな顔をして。
4日目にようやく目を覚ましたエドワードは、少し切なそうに俺を見て.......そして、いつもの優しくて無邪気な笑顔を俺にむける。
エドワードを手離したくないのに、気持ちとは裏腹なことを俺は口にしてしまった。
「出て行くなら、今のうちだ。エドワード」
「.......かない」
「え?」
「出て行かない」
「どうして?俺は、いつかお前を殺ってしまう」
「大丈夫。ダニエルは、そんなことしないよ」
キラキラした瞳で俺の目を真っ直ぐに見て。
エドワードは、自信に満ちた優しい口調で言った。
「俺のそばにいたら.....俺じゃなくても、俺の仲間が.....お前を殺るかもしれない」
「その時は、しょうがない。ぼく、まだまだ未熟者だから」
エドワードはゆっくり立ち上がる。
3日間ずっと寝ていたから、案の定、その足元はおぼつかなくて。
とっさに、俺はエドワードの身体を支えた。
「無理するな」
「.....ダニエル、聞いて。ぼくは、ダニエルが好きなの。人間や悪魔はウソをつくけど、ぼくはウソをつかない。.......ずっと、ダニエルのそばにいたい。.......だから......ぼくは、もう〝父〟の下には、帰らない」
そう言って、エドワードは俺の頰に軽く触れて、自分から唇を重ねてきた.....。
きっとこんなのは、長くは続かない。
俺は寝ないから、エドワードの寝顔を一晩中見て。
朝、エドワードが目を覚ましたら。
キレイな笑顔で俺を見て、優しくキスをする。
そして夜になったら、互いの気持ちを確かめるように、肌を重ねる。
毎日続くローテーションなんて。
俺たちには、絶対成立しないんだ。
今までの経験からしてそうだ。
そう。
必ず、邪魔が入る。
仕事がうまくいっていても、アイツらに邪魔されたり、仲間に足を引っ張られたり。
何度そう言う目にあって、地獄の底に落とされて。
幾度となく、地獄の底から見上げてた地上の光。
落とされる度に、それを目指して我れ先に這い上がってきたんだ。
「じゃ、行ってくるから。エドワード、絶対中に入れるなよ」
「わかった。ダニエル、早く帰ってきて」
「わかってる。......エドワード、俺が帰って来なかったら」
「〝逃げろ〟でしょ?わかってる。大丈夫」
エドワードは、俺を安心させるように笑った。
人間の魂をひとつ、地獄におくって。
俺は足早に、家に向かう。
「ダニエル、一つ忠告してやる」
この声ー。
「ジャック」
「お前の家にアイツが向かった。多分、カマエルだ。......厄介だぞ......お前、このまま逃げろ」
カマエル ー 〝破壊の天使〟
確かに厄介だ......容赦ないヤツだから。
でも。
〝父の下に帰らない〟って言っていた、エドワードもヤバイんじゃないだろか?
「ジャック、なんでそんなこと。わざわざ俺に?」
「前に助けてもらった借りだ。これで、借りは返したからな」
ジャックの気配が闇に溶ける。
ほらみろ、やっぱり。
こんなのは、長くは続かないんだ。
絶対、邪魔が入るんだよ.....。
また、地獄の底かな.....まぁいい。
また這い上がれば。
俺は急いで家に向かった。
「ダニエル!!はいったらダメだっ!!」
俺が玄関を開けると同時に、エドワードの叫び声が響いた。
やっぱり....きてたんだな、アイツが。
部屋に入ると、スラッとしたイケメンがエドワードを抱き寄せて、その口を手で塞いでいた。
エドワードは涙目になって、塞がれている口を自由にしようと、必死に暴れている。
「なんだよ、〝ダニエル〟って誰かと思ったら、お前かよ。エリゴス」
「お前こそ、なんだよ。イケメンなんかをイレモノにしちゃってさ。図々しいんじゃない?カマエル」
「そんなこと言っていられるのも、今のうちだと思うけどな」
カマエルは、持っていた拳銃の銃口をむける。
「そんなんじゃなくたって、早いとこ俺を封印すればいいんじゃないの?」
「悪いな、時間がないんだよ。こいつを父の下に連れて帰んなきゃいけないんでね。連れて帰ったら、ゆっくり封印してやるよ」
鋭い衝撃が、体を貫く。
.......っ、いってぇ
.....久しぶりだ。
体の中に染みわたるように広がる、銀の感触。
俺は、動けなくなって、崩れるように倒れこんだ。
「ダニエル!!」
エドワードの泣きそうな顔が、俺の目の前に現れた。
俺に構うな.....早く.....逃げろ。
そう言いたいのに、口すらまともに動かない。
エドワードの両手が銃弾の入り口に添えられた。
そして、口をキュッと結ぶ。
傷口から、じんわりあたたかさが入り込んで、体中に広がっていた冷たい銀の感触を、まるで溶かすみたいに、だんだん小さくしていく感じがした。
「おまえ、何やってんだ!そいつは、悪魔なんだぞ!そんなヤツに力など使う必要もない!」
「でも、外側は人間なんだよ!このままじゃ、死んじゃうよ!」
「黙れ!早くそこから離れろ!.....さもなくば、撃つぞ」
「そんな脅したって!!ぼくは、どかない!!」
そう言い放ったエドワードの瞳は、力強くて、キレイで.....俺の知ってる5歳児じゃないみたいで。
今すぐにでも、手を伸ばして抱きしめたい。
「!!.......ん!!」
エドワードが身体を2回、震わせた。
とたんに呼吸が荒くなって、俺に添えられた両手に力が入っていくのが分かる。
「あと.....もうちょっと.......もうちょっとなのに」
エドワードは下唇を噛み締めた。
すると、俺の体のしがらみが溶けたみたいに、フッと軽くなった。
俺の目の前のエドワードの顔が、優しく微笑んでいる。
その手には、銀の弾丸。
俺の体の中の弾丸を、とってくれていたんだ....。
「よかった.....」
そう言うと、エドワードは俺に倒れ込んできた。
俺の上で、その華奢な体が、呼吸をするたびに上下に動いて。
その小さな背中には2か所、血が滲む.....。
......アイツ、仲間を本当に撃ってやがる。
俺は動くようになった体で、エドワードを抱きしめて、立ち上がる。
ここにはもういられない。
俺は地獄から炎を召喚して、部屋に火を放った。
「エリゴス!逃げられると思うなよ!!また、必ず見つけて、お前を封印してやるからなっ!!」
炎に阻まれて、カマエルは叫んだ。
「やってみろよ。今度は、お前を殺ってやるよ。カマエル」
俺は、エドワードを抱きしめて。
そして、炎を纏ってその場から消えた。
「〝エドワード〟が死んじゃったら、どうしよう....」
呼吸の荒いエドワードが、うわ言のように呟く。
不安でしょうがないのか、その細い指が俺のシャツをギュッて握って離さない。
「大丈夫。大丈夫だから」
俺は、小さく震えるエドワードの体を抱きしめた。
俺が撃たれた傷は、エドワードのおかげで跡形もなく、キレイになくなっていて、痛みも銀の感触も全く感じない。
でもー。
俺を助けてくれたエドワードが、今、すごく苦しそうにしているのに。
あの時、動けなかったとはいえ、どうすることもできなかった自分が、歯痒かった。
まずは、エドワードの体の中の弾丸を取らないと。
「エドワード、シャツずらすよ」
よりかかるソンウのシャツをずらして、肩越しに傷口から、俺の〝魔女爪〟で弾丸を探って抜き取る。
「!!」
「力入れると取れないよ。力抜いて」
「.....ムリ」
体を強張らせてエドワードが、小さく言う。
しょうがない.....。
俺は、もう片方の腕でエドワードの体を、強く引き寄せる。
そして、はずみで顔をあげたエドワードに、唇を重ねた。
ゆっくり、ゆっくり....エドワードの荒い呼吸に合わせて舌を絡める。
すると、エドワードの体の強張りが消えて、一つ目の弾丸を取り出すことができた。
そのまま、爪で傷口を探ってもう一つも取り出す。
「.....ん....ダニ.......エル....ありがとう」
エドワードは俺の肩におでこをくっつけて、安堵の表情を浮かべる。
どこか、休むところを探さないと....エドワードが限界だ....。
目立たないし、他人のことを気にしない。
こんな条件に合うのは、モーテルしかない。
ようやく郊外のモーテルにたどり着いて、柔らかいベッドにエドワードを寝かせることができた。
少し、その体が熱い。
カマエルのこともあったから、色々、不安なんだろう。
その熱い手が、俺の手を離そうとしない。
「大丈夫。どこにも行かないから」
「手.....握ってて.....ちょっとでいいから....お願い」
今にも泣きそうな顔で言うから、つい、その〝お願い〟をきいてしまった。
エドワードは、俺の手を握りしめたまま、ゆっくり瞳を閉じた。
これから、どうすればいいんだろう.....。
エドワードと一緒にいたいけど。
一緒にいれば、ずっと追われることになる。
俺は、エドワードを守りきれるだろうか?
俺が地獄の底に落ちてしまったら、残されたエドワードはどうなってしまうのだろうか?
エドワードの寝顔を見ながら、一晩中ずっと、そんなことを考えてて。
結局、答えが出ないまま、朝を迎えてしまった。
「ねぇ。ダニエルはちょっと苦手かもしれないけど、水晶のペンダントを準備してくれない?できれば、急いで欲しいな」
目を覚ましたエドワードが、起き抜けにそう言った。
その微笑んだ顔が、なんか晴れ晴れとしていて。
昨日までの不安げな顔とは、全然違って。
....少しだけ、気持ちがざわついてしまった。
何を考えて、いるんだろう....。
街に出て、濁りのないエドワードみたいな水晶のペンダントを俺は選んだ。
キラキラした瞳で俺が選んだ水晶を見たエドワードは、「いい水晶だね。ありがとう。ダニエル」と言って、そして、涙を浮かべて、俺の目を見る。
「あのさ、今からぼくが言うことをちゃんと聞いてくれる?......昨日ね、ダニエルの手を握って、ずっと考えてたんだけど。
一番いいって思える方法が、これしか思いつかなかったんだ。
このまま、ぼくが〝エドワード〟の体に居座ってたら、いつか〝エドワード〟が死んじゃうし。
ダニエルも巻き込んでしまうから。
ぼくは、〝エドワード〟の体を離れようと思う」
「な、何言ってんだ!!俺は、大丈夫だ.....」
「最後まで聞いて!!ちゃんと.....聞いて」
涙をポロポロこぼしながら強い口調で言うエドワードに、俺は圧倒されてしまった。
「ダニエルにひどいことをした〝父〟の下には帰りたくないし、もう、帰れないから。
ぼくは、ダニエルのそばにずっといたいから。
その水晶に入って、ずっと、ずっと、ダニエルのそばにいるっていうのは、ダメかな?」
「.....エドワード」
「誰も傷付けない方法が、もう、これしか思いつかないんだよ.....」
苦しそうに言葉を紡ぐエドワードを、俺はこれ以上見ていられなくて、思わずキツく抱きしめてしまう。
「ずっとそばにいるだけで、ぼくはもう2度と、ダニエルと話せなくなる。
ダニエルに触れることもできなくなる。
だから、最後にダニエルとたくさん話して。
ダニエルにたくさん触れたいんだけど.....ダメかな?」
その言葉に俺は、たまらず、エドワードに唇を重ねる。
激しくキスを求めて、そして、お互いの手が、お互いの頰を包み込んで、熱い舌を絡ませあう。
息を切らすくらい興奮して、唇を1度離してエドワードを見ると、涙をためたエドワードの瞳が、とても強くて.....目を逸らすことができなくて。
静かにエドワードが俺に言った。
「ダニエル.....ぼくを、忘れないで」
もう1度、激しく唇を重ねて.....押し倒す。
俺はエドワードを忘れないように。
エドワードに触れる一瞬一瞬を。
エドワードが発する声の一音一音を。
大事に、深く、エドワードを全身で記憶する。
「.....ん、ダ...ニエ....ル.......声、聞かせて.....」
「エドワード.....好きだ......本当は、離したくない」
「........今は、ん.....離さ....ないで」
その言葉に、俺のタガが外れてしまって。
エドワードの中に、深く入り込んで、激しくかき乱す。
俺の動きに、エドワードは大きく体をしならせて、喘ぐ。
そして、涙をいっぱいためた瞳で、微笑んだんだ。
2人で肌を重ねて、気持ちを確かめ合うことは。
もう、2度とない。
これが、最後なんだ.....。
いつも寝ることがない俺が、なぜか寝てしまっていて。
気がついたら、エドワードが服を着てソファーで寝ていて。
「エドワード」って、声をかけようとした時、目の端にあの濁りのない水晶が、入ってきて。
その水晶の中に、初めて会った時の薄い光が宿ってて。
慌てて飛び起きた。
水晶の横には、メモが残っていて。
『これが、今からのぼくです。
よろしくお願いします。
P.S 人間のエドワードを元の場所に帰してあげてください。』
エドワードらしい。
ペンダントを首にかけると、薄い光が話をしているように、小さく、大きく、輝きだす。
俺は悪魔だけど。
悪魔なんだけど。
愛なんて、知らなかったけど。
これが、人間やアイツらが言う愛なんだな、ってわかった気がした。
ずっと、忘れない。
ずっと、一緒。
純粋な、俺のエドワード。
人間に入って、色々悪さをしたりするから、俺たちは人間から恐れられる。
だから、昔からエクソシストは、人間に入った俺たちを追い出そうと孤軍奮闘するんだ。
映画みたいにね。
正直、ホンモノのエクソシストは、100人中1、2人くらいで。
だいたい、悪魔にも取り憑かれてない普通の人間に対して、懸命に祈りを捧げて、悪魔祓いをしたりして、ムダなことをしている。
悪魔にニンニクなんて、全く効かないし。
聖水は、まあまあ、軽い火傷程度には効く。
銀の剣や銀の弾丸は、テキメンに効く。
ただ、〝憑依〟が解けるだけで、別に俺たちが消えるわけじゃなくて。
また、違う人間を探すだけ。
俺たちを本当に封印できるのは、アイツらだけ。
大きな翼をもった、天からの使者。
アイツらだって、俺たちみたいに人間に〝憑依〟するんだ。
そして、俺たちに静かに近づいてくる。
アイツらは圧倒的に強くて、俺の仲間を何人も封印してきた。
封印されると、地獄の底に落とされるから。
そこから這い上がるのが、かなり面倒なことになる。
殺るか、殺られるかだ......。
俺は今の〝イレモノ〟が気に入っている。
名前は、天使みたいな名前で。
ダニエルと言った。
背が高くて、目もとが涼しげで。
人間を惹きつけるから、俺の仕事もやりやすいし。
仕事をするときは、わざわざ本当の名前を使わず、この〝ダニエル〟を使っているから、誰も俺を怪しまない。
人間のくだらない願い事を叶えて、そして、その魂をいただく。
俺たちにしたら、〝等価交換〟なんだけど。
人間は都合よく、俺たちを悪者にするから、アイツらが出てくるんだ。
俺はダニエルの魅力的な容姿のおかげで、エクソシストすら気が付かないで、思うがままに仕事ができる。
今は、カラーコンタクトもあるから、本当の目の色も気付かれないし。
俺は結構、悠々自適に過ごしていた。
あの日。
俺は、偶然に。
本当に偶然に。
空からアイツが降りてきて、人間に入っていくのをはじめて見た。
また、純粋そうなキレイなコを選んで。
実体がない薄い光だけのアイツに、名前を聞かれたんだろう。
そのコは、耳に残りそうなキレイな声で「エドワードです」と、答えていた。
2人が、一言二言言葉を交わすと、まばゆい光が辺りを包んで......エドワードは、アイツのイレモノになっていた。
ここで、唯一の計算違いだったのが。
アイツが、びっくりするくらい未熟だったということ。
イレモノを扱いきれずに、フラフラして.....今にも倒れそうになって……。
俺は思わず、駆け寄ってアイツのイレモノになったエドワードを支える。
視線も定まってないし、呼吸も浅い。
「大丈夫?!立てる?」
エドワードは、首を横に振るとそのまま意識を失った。
華奢な体が、俺にしなだれる。
.......こいつ、大丈夫か?
本当に、半人前の.......。
これが俺じゃなかったら、この腕の中にいるコイツはイレモノごと、仲間に殺られてたところだ。
じゃ......なんで、俺は殺らないんだ?
.......なんでだ?
イレモノのエドワードが気になってしまっているのか?
半人前のアイツが気になるのか?
アイツらが、人間をイレモノにするときは、「まず、イレモノにしていいですか?」って、同意を得るって聞いてたけど。
本当だったんだな。
そんなの、いちいち聞いてどうすんだよ。
「ダメ」とか言われたら、「わかりました。じゃ、ほかあたります」なんて言うのかよ。
あの後、俺はエドワードを抱きかかえて、自宅に運んだ。
ベッドの上で、幸せそうに寝ているエドワードを見ていると、複雑な気持ちになる。
未熟とはいえ、コイツはアイツらの仲間だ。
いつ本気になるとも、わからないし.......。
「.......ん........」
エドワードは小さく声を発すると、ゆっくり目を開けた。
まっすぐでキラキラした瞳が俺を見て、そして、微笑む。
入った体に馴染んだのか、スムーズに上体をおこした。
「たすけてくれて、ありがとう。ぼく、人間に入るの初めてで、なんか変な感じになっちゃって......大事な〝エドワード〟の体を傷付けるとこだった」
エドワードの中のアイツは、ニコニコしながら話し出す。
多分、いや、9割くらい。
コイツは、俺が悪魔だって気付いていない。
「.......お前、名前は?」
「ダニエル。〝父〟がつけたの」
よりにもよって、〝ダニエル〟とか.....。
「......地上では、自分が神の御使いであることとか、本当の名前とかさ。言っちゃいけないんじゃないの?」
「あっ!!........そうだった......」
エドワードの中のダニエルは、瞳を大きく見開いて、手を口にあてた。
こんなに、隙だらけでそそっかしいアイツらの仲間を初めてみた。
「大丈夫。俺は、黙っとくから。お前は、今入ってる人間の名前を語るといいよ」
「わかった。ありがとう。人間って、色々親切なんだね」
そう言ってにっこり笑うと、「エドワード、エドワード、ぼくはエドワード」と呪文のように呟きだす。
俺に対してなんの疑問も持たず。
俺のことを、素晴らしく理解のある人間としか思ってないんだろう。
おそらく、目の前にいるヤツが悪魔だなんて思いもしないんだろうな。
なんか、外見も中身も含めて。
すべてが純粋すぎて、俺の殺る気は、削がれてしまったんだ。
「今日も、外、ダメ?」
エドワードは、キレイな瞳を三角にして俺を見る。
「俺は仕事だから、エドワードをつれていけないんだよ。明日、外に連れてってやるから」
「人間は、ウソをつく。この間もそう言って連れてってくれなかった」
「今度は、本当だから。ちゃんと家でまってて。わかった?」
「はい.......。いってらっしゃい、人間のダニエル」
エドワードと.....半人前の天使のダニエルと一緒に、住むようになってから、万事こんな感じだ。
子どもを.....とりわけ5歳児を相手にしてるみたいで。
たまに、疲れる。
アイツらは、一体なにを考えてるんだ。
あんな、本当に何にも知らないヤツを地上におろしやがって。
狂気の沙汰としか、思えない。
「ダニエルさん、ですか?」
俺は、待ち合わせ場所で待っていた人間に話しかけられる。
俺の目が、悪魔の色に変わる瞬間ー。
「おまたせ。君の願いはなに?なんでも、叶えてあげるよ。そのかわり、君の魂と交換だよ。期限は君の願いが叶ってから1週間後」
その愚かな人間は、真剣な顔で頷いた。
「エリゴス、お前、最近、アイツらの仲間とつるんでるって、本当か?」
一瞬で現れた気配。
その声はキレイなんだけど、どこか深く沈んで。
俺たち独特の響きをもっている。
「.......こんなとこで、そんな名前使うなよ。アイツらがすっとんでくるぞ、ボティス」
「はぐらかすな」
「つるんでるんじゃなくて、アイツらの仲間が未熟すぎて......いわゆる、人質だよ」
「変な真似するなよ、ダニエル」
「わかってるよ、ジャック」
ジャックの気配が、一瞬で消える。
.......やっぱり、情報が早いな。
それもそうだ。
外に出ると、エドワードはまるで遊園地にきた子どもみたいにはしゃぎだす。
「あれなに?あれは?あっちはなに?」
瞳をキラキラさせながら、矢継ぎ早に質問するから。
だから、結局、目立つんだ。
もうちょっと。
もうちょっとだけ。
大人しくしてくれれば、いいんだけど。
「エドワード、ただいま。......エドワード?」
いつもキラキラした目で「おかえり」って言ってくるのに。
部屋に入ると、エドワードはベッドに寄りかかって寝ていた。
......手には、白い羽根。
アイツらが来たのか!?
思わず、エドワードの肩を強く握って、華奢な体を揺さぶった。
「エドワード!起きろ!エドワード!」
「......んー、おかえり、ダニエル。.....何?.....どうしたのダニエル」
「この羽根.......」
「ラファエル様からの手紙。窓開けて、外を眺めてたら、空から降ってきた」
「............」
「ぼくのことが、心配なのかな?〝あなたは隙だらけだから、くれぐれも悪魔には気をつけてください〟って3回くらい書いてある」
そう言って無邪気に笑うエドワードが、眩しくて、許せなくて。
時間の問題のような気がする。
一刻も早く、エドワードを殺るか.......。
殺るには......エドワードがあまりにも深く、俺の中に刻まれすぎていた。
俺の中の欲望が渦巻いて、抑えられなくなってくる。
だったら、エドワードが.....俺を殺るように仕向ければいい。
俺はエドワードを抱き上げて、ベッドにそのまま押し倒す。
「わっ!!ダニエル!!.......や、ん........んーっ」
エドワードの細い両手首を押さえて、無理矢理唇を重ねる。
くぐもったエドワードの声が、俺の耳を刺激して、俺は、抵抗する口をこじ開けて、激しく舌を絡めた。
エドワードは、手足をばたつかせる。
力じゃ、俺に敵うはずない。
このままいけば、俺は、天使を犯した最初の悪魔になるかもしれない.......。
早く、本気を見せろよ、エドワード。
俺は唇を話すと、エドワードの鎖骨の窪みから耳たぶまで、じっくり、激しく、愛撫する。
「やだ......やめて、ダニエル........ん....や、だ......こわい......こわい、よ......ん、あっ」
抵抗しつつも、乱れた声を発するエドワードに、俺もだんだん止まらなくなってくる。
手首から手を離すと、俺は、エドワードの華奢な身体中を手で刺激する。
エドワードは俺の体を引き離そうと、手で必死に俺の肩を押した。
「あ.......あ......ダ....二....エル.....や、ん.......」
「ほら、エドワード........本気だせよ。お前が本気出したら、俺なんか木っ端みじんじゃないか」
「.....ん.......ん、で....き.....ないよ......だって......ダニエル......が......好き.....たとえ......悪魔でも」
驚いた......気づいてたのか、コイツ。
エドワードのキレイな瞳から、涙がこぼれ落ちる。
「だから.....お願い。......やめて、ダニエル......」
純粋は、これだから困る。
人間も悪魔も、お願いされたら、言うことを聞かなくなるんだよ。
「!!....やだっ!!.....ダニエル!!」
下の衣服を勢いよく剥ぎ取ると、エドワードの中に無理矢理ねじ込んだ。
そして、間髪入れずに激しく揺さぶる.....。
エドワードの顔が、痛そうに歪んで。
それでも、俺が動くたびに、エドワードが小さく乱れた声を上げる。
そして、涙を流しながら、静かに呟いた.....。
「father......」
俺がどんなに、エドワードを激しく揺さぶっても。
俺がどんなに、エドワードをキツく攻めても。
エドワードは、決して本気を出さなかった。
ただ、ひたすら涙を流しながら......俺に感じて、小さな声を上げる。
そして、そのままグッタリして。
泣きながら、寝てしまった。
どうして、そんなに我慢するんだ?
未熟だから?
半人前だから?
.......本当に、俺が好きだから?
本気を出して、俺を殺ってしまえば、終わりだったのに.....。
俺は、悪魔なんだ。
.....悪魔なんだよ。
だけど、目の前で頰を濡らして眠るコイツを、愛おしい、なんて思ってしまって。
手離したくない、なんて思ってしまって。
俺は.....どうかしている。
エドワードの濡れたまつげが、あまりにもキレイで....。
俺はたまらず、そのまつげにキスをした。
それから3日間。
エドワードは目を覚まさなかった。
寝ているだけなのに。
すごく穏やかな顔をして、時々、苦しそうな顔をして。
4日目にようやく目を覚ましたエドワードは、少し切なそうに俺を見て.......そして、いつもの優しくて無邪気な笑顔を俺にむける。
エドワードを手離したくないのに、気持ちとは裏腹なことを俺は口にしてしまった。
「出て行くなら、今のうちだ。エドワード」
「.......かない」
「え?」
「出て行かない」
「どうして?俺は、いつかお前を殺ってしまう」
「大丈夫。ダニエルは、そんなことしないよ」
キラキラした瞳で俺の目を真っ直ぐに見て。
エドワードは、自信に満ちた優しい口調で言った。
「俺のそばにいたら.....俺じゃなくても、俺の仲間が.....お前を殺るかもしれない」
「その時は、しょうがない。ぼく、まだまだ未熟者だから」
エドワードはゆっくり立ち上がる。
3日間ずっと寝ていたから、案の定、その足元はおぼつかなくて。
とっさに、俺はエドワードの身体を支えた。
「無理するな」
「.....ダニエル、聞いて。ぼくは、ダニエルが好きなの。人間や悪魔はウソをつくけど、ぼくはウソをつかない。.......ずっと、ダニエルのそばにいたい。.......だから......ぼくは、もう〝父〟の下には、帰らない」
そう言って、エドワードは俺の頰に軽く触れて、自分から唇を重ねてきた.....。
きっとこんなのは、長くは続かない。
俺は寝ないから、エドワードの寝顔を一晩中見て。
朝、エドワードが目を覚ましたら。
キレイな笑顔で俺を見て、優しくキスをする。
そして夜になったら、互いの気持ちを確かめるように、肌を重ねる。
毎日続くローテーションなんて。
俺たちには、絶対成立しないんだ。
今までの経験からしてそうだ。
そう。
必ず、邪魔が入る。
仕事がうまくいっていても、アイツらに邪魔されたり、仲間に足を引っ張られたり。
何度そう言う目にあって、地獄の底に落とされて。
幾度となく、地獄の底から見上げてた地上の光。
落とされる度に、それを目指して我れ先に這い上がってきたんだ。
「じゃ、行ってくるから。エドワード、絶対中に入れるなよ」
「わかった。ダニエル、早く帰ってきて」
「わかってる。......エドワード、俺が帰って来なかったら」
「〝逃げろ〟でしょ?わかってる。大丈夫」
エドワードは、俺を安心させるように笑った。
人間の魂をひとつ、地獄におくって。
俺は足早に、家に向かう。
「ダニエル、一つ忠告してやる」
この声ー。
「ジャック」
「お前の家にアイツが向かった。多分、カマエルだ。......厄介だぞ......お前、このまま逃げろ」
カマエル ー 〝破壊の天使〟
確かに厄介だ......容赦ないヤツだから。
でも。
〝父の下に帰らない〟って言っていた、エドワードもヤバイんじゃないだろか?
「ジャック、なんでそんなこと。わざわざ俺に?」
「前に助けてもらった借りだ。これで、借りは返したからな」
ジャックの気配が闇に溶ける。
ほらみろ、やっぱり。
こんなのは、長くは続かないんだ。
絶対、邪魔が入るんだよ.....。
また、地獄の底かな.....まぁいい。
また這い上がれば。
俺は急いで家に向かった。
「ダニエル!!はいったらダメだっ!!」
俺が玄関を開けると同時に、エドワードの叫び声が響いた。
やっぱり....きてたんだな、アイツが。
部屋に入ると、スラッとしたイケメンがエドワードを抱き寄せて、その口を手で塞いでいた。
エドワードは涙目になって、塞がれている口を自由にしようと、必死に暴れている。
「なんだよ、〝ダニエル〟って誰かと思ったら、お前かよ。エリゴス」
「お前こそ、なんだよ。イケメンなんかをイレモノにしちゃってさ。図々しいんじゃない?カマエル」
「そんなこと言っていられるのも、今のうちだと思うけどな」
カマエルは、持っていた拳銃の銃口をむける。
「そんなんじゃなくたって、早いとこ俺を封印すればいいんじゃないの?」
「悪いな、時間がないんだよ。こいつを父の下に連れて帰んなきゃいけないんでね。連れて帰ったら、ゆっくり封印してやるよ」
鋭い衝撃が、体を貫く。
.......っ、いってぇ
.....久しぶりだ。
体の中に染みわたるように広がる、銀の感触。
俺は、動けなくなって、崩れるように倒れこんだ。
「ダニエル!!」
エドワードの泣きそうな顔が、俺の目の前に現れた。
俺に構うな.....早く.....逃げろ。
そう言いたいのに、口すらまともに動かない。
エドワードの両手が銃弾の入り口に添えられた。
そして、口をキュッと結ぶ。
傷口から、じんわりあたたかさが入り込んで、体中に広がっていた冷たい銀の感触を、まるで溶かすみたいに、だんだん小さくしていく感じがした。
「おまえ、何やってんだ!そいつは、悪魔なんだぞ!そんなヤツに力など使う必要もない!」
「でも、外側は人間なんだよ!このままじゃ、死んじゃうよ!」
「黙れ!早くそこから離れろ!.....さもなくば、撃つぞ」
「そんな脅したって!!ぼくは、どかない!!」
そう言い放ったエドワードの瞳は、力強くて、キレイで.....俺の知ってる5歳児じゃないみたいで。
今すぐにでも、手を伸ばして抱きしめたい。
「!!.......ん!!」
エドワードが身体を2回、震わせた。
とたんに呼吸が荒くなって、俺に添えられた両手に力が入っていくのが分かる。
「あと.....もうちょっと.......もうちょっとなのに」
エドワードは下唇を噛み締めた。
すると、俺の体のしがらみが溶けたみたいに、フッと軽くなった。
俺の目の前のエドワードの顔が、優しく微笑んでいる。
その手には、銀の弾丸。
俺の体の中の弾丸を、とってくれていたんだ....。
「よかった.....」
そう言うと、エドワードは俺に倒れ込んできた。
俺の上で、その華奢な体が、呼吸をするたびに上下に動いて。
その小さな背中には2か所、血が滲む.....。
......アイツ、仲間を本当に撃ってやがる。
俺は動くようになった体で、エドワードを抱きしめて、立ち上がる。
ここにはもういられない。
俺は地獄から炎を召喚して、部屋に火を放った。
「エリゴス!逃げられると思うなよ!!また、必ず見つけて、お前を封印してやるからなっ!!」
炎に阻まれて、カマエルは叫んだ。
「やってみろよ。今度は、お前を殺ってやるよ。カマエル」
俺は、エドワードを抱きしめて。
そして、炎を纏ってその場から消えた。
「〝エドワード〟が死んじゃったら、どうしよう....」
呼吸の荒いエドワードが、うわ言のように呟く。
不安でしょうがないのか、その細い指が俺のシャツをギュッて握って離さない。
「大丈夫。大丈夫だから」
俺は、小さく震えるエドワードの体を抱きしめた。
俺が撃たれた傷は、エドワードのおかげで跡形もなく、キレイになくなっていて、痛みも銀の感触も全く感じない。
でもー。
俺を助けてくれたエドワードが、今、すごく苦しそうにしているのに。
あの時、動けなかったとはいえ、どうすることもできなかった自分が、歯痒かった。
まずは、エドワードの体の中の弾丸を取らないと。
「エドワード、シャツずらすよ」
よりかかるソンウのシャツをずらして、肩越しに傷口から、俺の〝魔女爪〟で弾丸を探って抜き取る。
「!!」
「力入れると取れないよ。力抜いて」
「.....ムリ」
体を強張らせてエドワードが、小さく言う。
しょうがない.....。
俺は、もう片方の腕でエドワードの体を、強く引き寄せる。
そして、はずみで顔をあげたエドワードに、唇を重ねた。
ゆっくり、ゆっくり....エドワードの荒い呼吸に合わせて舌を絡める。
すると、エドワードの体の強張りが消えて、一つ目の弾丸を取り出すことができた。
そのまま、爪で傷口を探ってもう一つも取り出す。
「.....ん....ダニ.......エル....ありがとう」
エドワードは俺の肩におでこをくっつけて、安堵の表情を浮かべる。
どこか、休むところを探さないと....エドワードが限界だ....。
目立たないし、他人のことを気にしない。
こんな条件に合うのは、モーテルしかない。
ようやく郊外のモーテルにたどり着いて、柔らかいベッドにエドワードを寝かせることができた。
少し、その体が熱い。
カマエルのこともあったから、色々、不安なんだろう。
その熱い手が、俺の手を離そうとしない。
「大丈夫。どこにも行かないから」
「手.....握ってて.....ちょっとでいいから....お願い」
今にも泣きそうな顔で言うから、つい、その〝お願い〟をきいてしまった。
エドワードは、俺の手を握りしめたまま、ゆっくり瞳を閉じた。
これから、どうすればいいんだろう.....。
エドワードと一緒にいたいけど。
一緒にいれば、ずっと追われることになる。
俺は、エドワードを守りきれるだろうか?
俺が地獄の底に落ちてしまったら、残されたエドワードはどうなってしまうのだろうか?
エドワードの寝顔を見ながら、一晩中ずっと、そんなことを考えてて。
結局、答えが出ないまま、朝を迎えてしまった。
「ねぇ。ダニエルはちょっと苦手かもしれないけど、水晶のペンダントを準備してくれない?できれば、急いで欲しいな」
目を覚ましたエドワードが、起き抜けにそう言った。
その微笑んだ顔が、なんか晴れ晴れとしていて。
昨日までの不安げな顔とは、全然違って。
....少しだけ、気持ちがざわついてしまった。
何を考えて、いるんだろう....。
街に出て、濁りのないエドワードみたいな水晶のペンダントを俺は選んだ。
キラキラした瞳で俺が選んだ水晶を見たエドワードは、「いい水晶だね。ありがとう。ダニエル」と言って、そして、涙を浮かべて、俺の目を見る。
「あのさ、今からぼくが言うことをちゃんと聞いてくれる?......昨日ね、ダニエルの手を握って、ずっと考えてたんだけど。
一番いいって思える方法が、これしか思いつかなかったんだ。
このまま、ぼくが〝エドワード〟の体に居座ってたら、いつか〝エドワード〟が死んじゃうし。
ダニエルも巻き込んでしまうから。
ぼくは、〝エドワード〟の体を離れようと思う」
「な、何言ってんだ!!俺は、大丈夫だ.....」
「最後まで聞いて!!ちゃんと.....聞いて」
涙をポロポロこぼしながら強い口調で言うエドワードに、俺は圧倒されてしまった。
「ダニエルにひどいことをした〝父〟の下には帰りたくないし、もう、帰れないから。
ぼくは、ダニエルのそばにずっといたいから。
その水晶に入って、ずっと、ずっと、ダニエルのそばにいるっていうのは、ダメかな?」
「.....エドワード」
「誰も傷付けない方法が、もう、これしか思いつかないんだよ.....」
苦しそうに言葉を紡ぐエドワードを、俺はこれ以上見ていられなくて、思わずキツく抱きしめてしまう。
「ずっとそばにいるだけで、ぼくはもう2度と、ダニエルと話せなくなる。
ダニエルに触れることもできなくなる。
だから、最後にダニエルとたくさん話して。
ダニエルにたくさん触れたいんだけど.....ダメかな?」
その言葉に俺は、たまらず、エドワードに唇を重ねる。
激しくキスを求めて、そして、お互いの手が、お互いの頰を包み込んで、熱い舌を絡ませあう。
息を切らすくらい興奮して、唇を1度離してエドワードを見ると、涙をためたエドワードの瞳が、とても強くて.....目を逸らすことができなくて。
静かにエドワードが俺に言った。
「ダニエル.....ぼくを、忘れないで」
もう1度、激しく唇を重ねて.....押し倒す。
俺はエドワードを忘れないように。
エドワードに触れる一瞬一瞬を。
エドワードが発する声の一音一音を。
大事に、深く、エドワードを全身で記憶する。
「.....ん、ダ...ニエ....ル.......声、聞かせて.....」
「エドワード.....好きだ......本当は、離したくない」
「........今は、ん.....離さ....ないで」
その言葉に、俺のタガが外れてしまって。
エドワードの中に、深く入り込んで、激しくかき乱す。
俺の動きに、エドワードは大きく体をしならせて、喘ぐ。
そして、涙をいっぱいためた瞳で、微笑んだんだ。
2人で肌を重ねて、気持ちを確かめ合うことは。
もう、2度とない。
これが、最後なんだ.....。
いつも寝ることがない俺が、なぜか寝てしまっていて。
気がついたら、エドワードが服を着てソファーで寝ていて。
「エドワード」って、声をかけようとした時、目の端にあの濁りのない水晶が、入ってきて。
その水晶の中に、初めて会った時の薄い光が宿ってて。
慌てて飛び起きた。
水晶の横には、メモが残っていて。
『これが、今からのぼくです。
よろしくお願いします。
P.S 人間のエドワードを元の場所に帰してあげてください。』
エドワードらしい。
ペンダントを首にかけると、薄い光が話をしているように、小さく、大きく、輝きだす。
俺は悪魔だけど。
悪魔なんだけど。
愛なんて、知らなかったけど。
これが、人間やアイツらが言う愛なんだな、ってわかった気がした。
ずっと、忘れない。
ずっと、一緒。
純粋な、俺のエドワード。
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