……dear my

文字の大きさ
上 下
1 / 1

……dear my

しおりを挟む
悪魔は人間に〝憑依〟するって、知ってるだろ?

人間に入って、色々悪さをしたりするから、俺たちは人間から恐れられる。
だから、昔からエクソシストは、人間に入った俺たちを追い出そうと孤軍奮闘するんだ。

映画みたいにね。

正直、ホンモノのエクソシストは、100人中1、2人くらいで。
だいたい、悪魔にも取り憑かれてない普通の人間に対して、懸命に祈りを捧げて、悪魔祓いをしたりして、ムダなことをしている。

悪魔にニンニクなんて、全く効かないし。
聖水は、まあまあ、軽い火傷程度には効く。
銀の剣や銀の弾丸は、テキメンに効く。

ただ、〝憑依〟が解けるだけで、別に俺たちが消えるわけじゃなくて。
また、違う人間を探すだけ。

俺たちを本当に封印できるのは、アイツらだけ。

大きな翼をもった、天からの使者。

アイツらだって、俺たちみたいに人間に〝憑依〟するんだ。

そして、俺たちに静かに近づいてくる。

アイツらは圧倒的に強くて、俺の仲間を何人も封印してきた。
封印されると、地獄の底に落とされるから。
そこから這い上がるのが、かなり面倒なことになる。


殺るか、殺られるかだ......。


俺は今の〝イレモノ〟が気に入っている。
名前は、天使みたいな名前で。


ダニエルと言った。


背が高くて、目もとが涼しげで。


人間を惹きつけるから、俺の仕事もやりやすいし。

仕事をするときは、わざわざ本当の名前を使わず、この〝ダニエル〟を使っているから、誰も俺を怪しまない。
人間のくだらない願い事を叶えて、そして、その魂をいただく。

俺たちにしたら、〝等価交換〟なんだけど。

人間は都合よく、俺たちを悪者にするから、アイツらが出てくるんだ。

俺はダニエルの魅力的な容姿のおかげで、エクソシストすら気が付かないで、思うがままに仕事ができる。
今は、カラーコンタクトもあるから、本当の目の色も気付かれないし。
俺は結構、悠々自適に過ごしていた。


あの日。


俺は、偶然に。
本当に偶然に。


空からアイツが降りてきて、人間に入っていくのをはじめて見た。

また、純粋そうなキレイなコを選んで。


実体がない薄い光だけのアイツに、名前を聞かれたんだろう。
そのコは、耳に残りそうなキレイな声で「エドワードです」と、答えていた。

2人が、一言二言言葉を交わすと、まばゆい光が辺りを包んで......エドワードは、アイツのイレモノになっていた。

ここで、唯一の計算違いだったのが。


アイツが、びっくりするくらい未熟だったということ。


イレモノを扱いきれずに、フラフラして.....今にも倒れそうになって……。
俺は思わず、駆け寄ってアイツのイレモノになったエドワードを支える。
視線も定まってないし、呼吸も浅い。

「大丈夫?!立てる?」

エドワードは、首を横に振るとそのまま意識を失った。


華奢な体が、俺にしなだれる。


.......こいつ、大丈夫か?

本当に、半人前の.......。


これが俺じゃなかったら、この腕の中にいるコイツはイレモノごと、仲間に殺られてたところだ。


じゃ......なんで、俺は殺らないんだ?

.......なんでだ?


イレモノのエドワードが気になってしまっているのか?
半人前のアイツが気になるのか?








アイツらが、人間をイレモノにするときは、「まず、イレモノにしていいですか?」って、同意を得るって聞いてたけど。

本当だったんだな。

そんなの、いちいち聞いてどうすんだよ。

「ダメ」とか言われたら、「わかりました。じゃ、ほかあたります」なんて言うのかよ。

あの後、俺はエドワードを抱きかかえて、自宅に運んだ。
ベッドの上で、幸せそうに寝ているエドワードを見ていると、複雑な気持ちになる。


未熟とはいえ、コイツはアイツらの仲間だ。

いつ本気になるとも、わからないし.......。


「.......ん........」

エドワードは小さく声を発すると、ゆっくり目を開けた。
まっすぐでキラキラした瞳が俺を見て、そして、微笑む。
入った体に馴染んだのか、スムーズに上体をおこした。

「たすけてくれて、ありがとう。ぼく、人間に入るの初めてで、なんか変な感じになっちゃって......大事な〝エドワード〟の体を傷付けるとこだった」

エドワードの中のアイツは、ニコニコしながら話し出す。


多分、いや、9割くらい。

コイツは、俺が悪魔だって気付いていない。


「.......お前、名前は?」
「ダニエル。〝父〟がつけたの」


よりにもよって、〝ダニエル〟とか.....。


「......地上では、自分が神の御使いであることとか、本当の名前とかさ。言っちゃいけないんじゃないの?」
「あっ!!........そうだった......」

エドワードの中のダニエルは、瞳を大きく見開いて、手を口にあてた。

こんなに、隙だらけでそそっかしいアイツらの仲間を初めてみた。

「大丈夫。俺は、黙っとくから。お前は、今入ってる人間の名前を語るといいよ」
「わかった。ありがとう。人間って、色々親切なんだね」

そう言ってにっこり笑うと、「エドワード、エドワード、ぼくはエドワード」と呪文のように呟きだす。

俺に対してなんの疑問も持たず。

俺のことを、素晴らしく理解のある人間としか思ってないんだろう。

おそらく、目の前にいるヤツが悪魔だなんて思いもしないんだろうな。

なんか、外見も中身も含めて。
すべてが純粋すぎて、俺の殺る気は、削がれてしまったんだ。







「今日も、外、ダメ?」

エドワードは、キレイな瞳を三角にして俺を見る。

「俺は仕事だから、エドワードをつれていけないんだよ。明日、外に連れてってやるから」
「人間は、ウソをつく。この間もそう言って連れてってくれなかった」
「今度は、本当だから。ちゃんと家でまってて。わかった?」
「はい.......。いってらっしゃい、人間のダニエル」

エドワードと.....半人前の天使のダニエルと一緒に、住むようになってから、万事こんな感じだ。


子どもを.....とりわけ5歳児を相手にしてるみたいで。


たまに、疲れる。


アイツらは、一体なにを考えてるんだ。
あんな、本当に何にも知らないヤツを地上におろしやがって。
狂気の沙汰としか、思えない。

「ダニエルさん、ですか?」

俺は、待ち合わせ場所で待っていた人間に話しかけられる。


俺の目が、悪魔の色に変わる瞬間ー。


「おまたせ。君の願いはなに?なんでも、叶えてあげるよ。そのかわり、君の魂と交換だよ。期限は君の願いが叶ってから1週間後」

その愚かな人間は、真剣な顔で頷いた。







「エリゴス、お前、最近、アイツらの仲間とつるんでるって、本当か?」

一瞬で現れた気配。
その声はキレイなんだけど、どこか深く沈んで。
俺たち独特の響きをもっている。

「.......こんなとこで、そんな名前使うなよ。アイツらがすっとんでくるぞ、ボティス」
「はぐらかすな」
「つるんでるんじゃなくて、アイツらの仲間が未熟すぎて......いわゆる、人質だよ」
「変な真似するなよ、ダニエル」
「わかってるよ、ジャック」

ジャックの気配が、一瞬で消える。

.......やっぱり、情報が早いな。

それもそうだ。
外に出ると、エドワードはまるで遊園地にきた子どもみたいにはしゃぎだす。

「あれなに?あれは?あっちはなに?」

瞳をキラキラさせながら、矢継ぎ早に質問するから。

だから、結局、目立つんだ。

もうちょっと。
もうちょっとだけ。
大人しくしてくれれば、いいんだけど。








「エドワード、ただいま。......エドワード?」

いつもキラキラした目で「おかえり」って言ってくるのに。
部屋に入ると、エドワードはベッドに寄りかかって寝ていた。


......手には、白い羽根。


アイツらが来たのか!?


思わず、エドワードの肩を強く握って、華奢な体を揺さぶった。

「エドワード!起きろ!エドワード!」
「......んー、おかえり、ダニエル。.....何?.....どうしたのダニエル」
「この羽根.......」
「ラファエル様からの手紙。窓開けて、外を眺めてたら、空から降ってきた」
「............」
「ぼくのことが、心配なのかな?〝あなたは隙だらけだから、くれぐれも悪魔には気をつけてください〟って3回くらい書いてある」

そう言って無邪気に笑うエドワードが、眩しくて、許せなくて。


時間の問題のような気がする。


一刻も早く、エドワードを殺るか.......。


殺るには......エドワードがあまりにも深く、俺の中に刻まれすぎていた。

俺の中の欲望が渦巻いて、抑えられなくなってくる。

だったら、エドワードが.....俺を殺るように仕向ければいい。

俺はエドワードを抱き上げて、ベッドにそのまま押し倒す。

「わっ!!ダニエル!!.......や、ん........んーっ」

エドワードの細い両手首を押さえて、無理矢理唇を重ねる。
くぐもったエドワードの声が、俺の耳を刺激して、俺は、抵抗する口をこじ開けて、激しく舌を絡めた。
エドワードは、手足をばたつかせる。

力じゃ、俺に敵うはずない。

このままいけば、俺は、天使を犯した最初の悪魔になるかもしれない.......。

早く、本気を見せろよ、エドワード。

俺は唇を話すと、エドワードの鎖骨の窪みから耳たぶまで、じっくり、激しく、愛撫する。

「やだ......やめて、ダニエル........ん....や、だ......こわい......こわい、よ......ん、あっ」

抵抗しつつも、乱れた声を発するエドワードに、俺もだんだん止まらなくなってくる。
手首から手を離すと、俺は、エドワードの華奢な身体中を手で刺激する。
エドワードは俺の体を引き離そうと、手で必死に俺の肩を押した。

「あ.......あ......ダ....二....エル.....や、ん.......」
「ほら、エドワード........本気だせよ。お前が本気出したら、俺なんか木っ端みじんじゃないか」
「.....ん.......ん、で....き.....ないよ......だって......ダニエル......が......好き.....たとえ......悪魔でも」


驚いた......気づいてたのか、コイツ。


エドワードのキレイな瞳から、涙がこぼれ落ちる。


「だから.....お願い。......やめて、ダニエル......」


純粋は、これだから困る。


人間も悪魔も、お願いされたら、言うことを聞かなくなるんだよ。


「!!....やだっ!!.....ダニエル!!」

下の衣服を勢いよく剥ぎ取ると、エドワードの中に無理矢理ねじ込んだ。

そして、間髪入れずに激しく揺さぶる.....。

エドワードの顔が、痛そうに歪んで。

それでも、俺が動くたびに、エドワードが小さく乱れた声を上げる。


そして、涙を流しながら、静かに呟いた.....。


「father......」







俺がどんなに、エドワードを激しく揺さぶっても。
俺がどんなに、エドワードをキツく攻めても。

エドワードは、決して本気を出さなかった。

ただ、ひたすら涙を流しながら......俺に感じて、小さな声を上げる。
そして、そのままグッタリして。
泣きながら、寝てしまった。


どうして、そんなに我慢するんだ?

未熟だから?

半人前だから?


.......本当に、俺が好きだから?


本気を出して、俺を殺ってしまえば、終わりだったのに.....。


俺は、悪魔なんだ。

.....悪魔なんだよ。


だけど、目の前で頰を濡らして眠るコイツを、愛おしい、なんて思ってしまって。
手離したくない、なんて思ってしまって。


俺は.....どうかしている。


エドワードの濡れたまつげが、あまりにもキレイで....。
俺はたまらず、そのまつげにキスをした。








それから3日間。
エドワードは目を覚まさなかった。

寝ているだけなのに。
すごく穏やかな顔をして、時々、苦しそうな顔をして。

4日目にようやく目を覚ましたエドワードは、少し切なそうに俺を見て.......そして、いつもの優しくて無邪気な笑顔を俺にむける。

エドワードを手離したくないのに、気持ちとは裏腹なことを俺は口にしてしまった。

「出て行くなら、今のうちだ。エドワード」
「.......かない」
「え?」
「出て行かない」
「どうして?俺は、いつかお前を殺ってしまう」
「大丈夫。ダニエルは、そんなことしないよ」

キラキラした瞳で俺の目を真っ直ぐに見て。
エドワードは、自信に満ちた優しい口調で言った。

「俺のそばにいたら.....俺じゃなくても、俺の仲間が.....お前を殺るかもしれない」
「その時は、しょうがない。ぼく、まだまだ未熟者だから」

エドワードはゆっくり立ち上がる。
3日間ずっと寝ていたから、案の定、その足元はおぼつかなくて。

とっさに、俺はエドワードの身体を支えた。

「無理するな」
「.....ダニエル、聞いて。ぼくは、ダニエルが好きなの。人間や悪魔はウソをつくけど、ぼくはウソをつかない。.......ずっと、ダニエルのそばにいたい。.......だから......ぼくは、もう〝父〟の下には、帰らない」

そう言って、エドワードは俺の頰に軽く触れて、自分から唇を重ねてきた.....。









きっとこんなのは、長くは続かない。

俺は寝ないから、エドワードの寝顔を一晩中見て。

朝、エドワードが目を覚ましたら。

キレイな笑顔で俺を見て、優しくキスをする。

そして夜になったら、互いの気持ちを確かめるように、肌を重ねる。


毎日続くローテーションなんて。
俺たちには、絶対成立しないんだ。
今までの経験からしてそうだ。


そう。


必ず、邪魔が入る。



仕事がうまくいっていても、アイツらに邪魔されたり、仲間に足を引っ張られたり。
何度そう言う目にあって、地獄の底に落とされて。
幾度となく、地獄の底から見上げてた地上の光。
落とされる度に、それを目指して我れ先に這い上がってきたんだ。

「じゃ、行ってくるから。エドワード、絶対中に入れるなよ」
「わかった。ダニエル、早く帰ってきて」
「わかってる。......エドワード、俺が帰って来なかったら」
「〝逃げろ〟でしょ?わかってる。大丈夫」

エドワードは、俺を安心させるように笑った。









人間の魂をひとつ、地獄におくって。
俺は足早に、家に向かう。

「ダニエル、一つ忠告してやる」 

この声ー。

「ジャック」

「お前の家にアイツが向かった。多分、カマエルだ。......厄介だぞ......お前、このまま逃げろ」


カマエル  ー  〝破壊の天使〟


確かに厄介だ......容赦ないヤツだから。


でも。

〝父の下に帰らない〟って言っていた、エドワードもヤバイんじゃないだろか?

「ジャック、なんでそんなこと。わざわざ俺に?」
「前に助けてもらった借りだ。これで、借りは返したからな」 

ジャックの気配が闇に溶ける。

ほらみろ、やっぱり。
こんなのは、長くは続かないんだ。

絶対、邪魔が入るんだよ.....。

また、地獄の底かな.....まぁいい。
また這い上がれば。

俺は急いで家に向かった。









「ダニエル!!はいったらダメだっ!!」

俺が玄関を開けると同時に、エドワードの叫び声が響いた。


やっぱり....きてたんだな、アイツが。


部屋に入ると、スラッとしたイケメンがエドワードを抱き寄せて、その口を手で塞いでいた。
エドワードは涙目になって、塞がれている口を自由にしようと、必死に暴れている。

「なんだよ、〝ダニエル〟って誰かと思ったら、お前かよ。エリゴス」
「お前こそ、なんだよ。イケメンなんかをイレモノにしちゃってさ。図々しいんじゃない?カマエル」
「そんなこと言っていられるのも、今のうちだと思うけどな」

カマエルは、持っていた拳銃の銃口をむける。

「そんなんじゃなくたって、早いとこ俺を封印すればいいんじゃないの?」
「悪いな、時間がないんだよ。こいつを父の下に連れて帰んなきゃいけないんでね。連れて帰ったら、ゆっくり封印してやるよ」


鋭い衝撃が、体を貫く。


.......っ、いってぇ


.....久しぶりだ。


体の中に染みわたるように広がる、銀の感触。


俺は、動けなくなって、崩れるように倒れこんだ。

「ダニエル!!」

エドワードの泣きそうな顔が、俺の目の前に現れた。


俺に構うな.....早く.....逃げろ。


そう言いたいのに、口すらまともに動かない。
エドワードの両手が銃弾の入り口に添えられた。
そして、口をキュッと結ぶ。

傷口から、じんわりあたたかさが入り込んで、体中に広がっていた冷たい銀の感触を、まるで溶かすみたいに、だんだん小さくしていく感じがした。

「おまえ、何やってんだ!そいつは、悪魔なんだぞ!そんなヤツに力など使う必要もない!」
「でも、外側は人間なんだよ!このままじゃ、死んじゃうよ!」
「黙れ!早くそこから離れろ!.....さもなくば、撃つぞ」
「そんな脅したって!!ぼくは、どかない!!」

そう言い放ったエドワードの瞳は、力強くて、キレイで.....俺の知ってる5歳児じゃないみたいで。

今すぐにでも、手を伸ばして抱きしめたい。

「!!.......ん!!」

エドワードが身体を2回、震わせた。
とたんに呼吸が荒くなって、俺に添えられた両手に力が入っていくのが分かる。

「あと.....もうちょっと.......もうちょっとなのに」

エドワードは下唇を噛み締めた。

すると、俺の体のしがらみが溶けたみたいに、フッと軽くなった。

俺の目の前のエドワードの顔が、優しく微笑んでいる。

その手には、銀の弾丸。

俺の体の中の弾丸を、とってくれていたんだ....。

「よかった.....」

そう言うと、エドワードは俺に倒れ込んできた。
俺の上で、その華奢な体が、呼吸をするたびに上下に動いて。
その小さな背中には2か所、血が滲む.....。


......アイツ、仲間を本当に撃ってやがる。


俺は動くようになった体で、エドワードを抱きしめて、立ち上がる。


ここにはもういられない。


俺は地獄から炎を召喚して、部屋に火を放った。

「エリゴス!逃げられると思うなよ!!また、必ず見つけて、お前を封印してやるからなっ!!」

炎に阻まれて、カマエルは叫んだ。

「やってみろよ。今度は、お前を殺ってやるよ。カマエル」

俺は、エドワードを抱きしめて。
そして、炎を纏ってその場から消えた。









「〝エドワード〟が死んじゃったら、どうしよう....」

呼吸の荒いエドワードが、うわ言のように呟く。

不安でしょうがないのか、その細い指が俺のシャツをギュッて握って離さない。

「大丈夫。大丈夫だから」

俺は、小さく震えるエドワードの体を抱きしめた。

俺が撃たれた傷は、エドワードのおかげで跡形もなく、キレイになくなっていて、痛みも銀の感触も全く感じない。

でもー。

俺を助けてくれたエドワードが、今、すごく苦しそうにしているのに。
あの時、動けなかったとはいえ、どうすることもできなかった自分が、歯痒かった。

まずは、エドワードの体の中の弾丸を取らないと。

「エドワード、シャツずらすよ」

よりかかるソンウのシャツをずらして、肩越しに傷口から、俺の〝魔女爪〟で弾丸を探って抜き取る。

「!!」
「力入れると取れないよ。力抜いて」
「.....ムリ」

体を強張らせてエドワードが、小さく言う。


しょうがない.....。


俺は、もう片方の腕でエドワードの体を、強く引き寄せる。
そして、はずみで顔をあげたエドワードに、唇を重ねた。

ゆっくり、ゆっくり....エドワードの荒い呼吸に合わせて舌を絡める。

すると、エドワードの体の強張りが消えて、一つ目の弾丸を取り出すことができた。
そのまま、爪で傷口を探ってもう一つも取り出す。

「.....ん....ダニ.......エル....ありがとう」

エドワードは俺の肩におでこをくっつけて、安堵の表情を浮かべる。

どこか、休むところを探さないと....エドワードが限界だ....。









目立たないし、他人のことを気にしない。

こんな条件に合うのは、モーテルしかない。

ようやく郊外のモーテルにたどり着いて、柔らかいベッドにエドワードを寝かせることができた。
少し、その体が熱い。
カマエルのこともあったから、色々、不安なんだろう。

その熱い手が、俺の手を離そうとしない。

「大丈夫。どこにも行かないから」
「手.....握ってて.....ちょっとでいいから....お願い」

今にも泣きそうな顔で言うから、つい、その〝お願い〟をきいてしまった。
エドワードは、俺の手を握りしめたまま、ゆっくり瞳を閉じた。


これから、どうすればいいんだろう.....。


エドワードと一緒にいたいけど。


一緒にいれば、ずっと追われることになる。


俺は、エドワードを守りきれるだろうか?


俺が地獄の底に落ちてしまったら、残されたエドワードはどうなってしまうのだろうか?


エドワードの寝顔を見ながら、一晩中ずっと、そんなことを考えてて。

結局、答えが出ないまま、朝を迎えてしまった。









「ねぇ。ダニエルはちょっと苦手かもしれないけど、水晶のペンダントを準備してくれない?できれば、急いで欲しいな」

目を覚ましたエドワードが、起き抜けにそう言った。
その微笑んだ顔が、なんか晴れ晴れとしていて。
昨日までの不安げな顔とは、全然違って。


....少しだけ、気持ちがざわついてしまった。


何を考えて、いるんだろう....。


街に出て、濁りのないエドワードみたいな水晶のペンダントを俺は選んだ。

キラキラした瞳で俺が選んだ水晶を見たエドワードは、「いい水晶だね。ありがとう。ダニエル」と言って、そして、涙を浮かべて、俺の目を見る。

「あのさ、今からぼくが言うことをちゃんと聞いてくれる?......昨日ね、ダニエルの手を握って、ずっと考えてたんだけど。
一番いいって思える方法が、これしか思いつかなかったんだ。
このまま、ぼくが〝エドワード〟の体に居座ってたら、いつか〝エドワード〟が死んじゃうし。
ダニエルも巻き込んでしまうから。
ぼくは、〝エドワード〟の体を離れようと思う」
「な、何言ってんだ!!俺は、大丈夫だ.....」
「最後まで聞いて!!ちゃんと.....聞いて」

涙をポロポロこぼしながら強い口調で言うエドワードに、俺は圧倒されてしまった。

「ダニエルにひどいことをした〝父〟の下には帰りたくないし、もう、帰れないから。
ぼくは、ダニエルのそばにずっといたいから。
その水晶に入って、ずっと、ずっと、ダニエルのそばにいるっていうのは、ダメかな?」
「.....エドワード」
「誰も傷付けない方法が、もう、これしか思いつかないんだよ.....」

苦しそうに言葉を紡ぐエドワードを、俺はこれ以上見ていられなくて、思わずキツく抱きしめてしまう。

「ずっとそばにいるだけで、ぼくはもう2度と、ダニエルと話せなくなる。
ダニエルに触れることもできなくなる。
だから、最後にダニエルとたくさん話して。
ダニエルにたくさん触れたいんだけど.....ダメかな?」

その言葉に俺は、たまらず、エドワードに唇を重ねる。

激しくキスを求めて、そして、お互いの手が、お互いの頰を包み込んで、熱い舌を絡ませあう。

息を切らすくらい興奮して、唇を1度離してエドワードを見ると、涙をためたエドワードの瞳が、とても強くて.....目を逸らすことができなくて。
静かにエドワードが俺に言った。


「ダニエル.....ぼくを、忘れないで」


もう1度、激しく唇を重ねて.....押し倒す。


俺はエドワードを忘れないように。


エドワードに触れる一瞬一瞬を。


エドワードが発する声の一音一音を。


大事に、深く、エドワードを全身で記憶する。


「.....ん、ダ...ニエ....ル.......声、聞かせて.....」
「エドワード.....好きだ......本当は、離したくない」
「........今は、ん.....離さ....ないで」


その言葉に、俺のタガが外れてしまって。


エドワードの中に、深く入り込んで、激しくかき乱す。


俺の動きに、エドワードは大きく体をしならせて、喘ぐ。


そして、涙をいっぱいためた瞳で、微笑んだんだ。


2人で肌を重ねて、気持ちを確かめ合うことは。


もう、2度とない。


これが、最後なんだ.....。










いつも寝ることがない俺が、なぜか寝てしまっていて。

気がついたら、エドワードが服を着てソファーで寝ていて。

「エドワード」って、声をかけようとした時、目の端にあの濁りのない水晶が、入ってきて。

その水晶の中に、初めて会った時の薄い光が宿ってて。

慌てて飛び起きた。

水晶の横には、メモが残っていて。

『これが、今からのぼくです。
よろしくお願いします。
P.S  人間のエドワードを元の場所に帰してあげてください。』


エドワードらしい。


ペンダントを首にかけると、薄い光が話をしているように、小さく、大きく、輝きだす。


俺は悪魔だけど。

悪魔なんだけど。


愛なんて、知らなかったけど。


これが、人間やアイツらが言う愛なんだな、ってわかった気がした。

ずっと、忘れない。
ずっと、一緒。

純粋な、俺のエドワード。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

別に、好きじゃなかった。

15
BL
好きな人が出来た。 そう先程まで恋人だった男に告げられる。 でも、でもさ。 notハピエン 短い話です。 ※pixiv様から転載してます。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...