High Hope

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✳︎✳︎✳︎

日も沈みかけて、人の顔も判別できないくらい、あたりが薄暗くなった。
外国船籍が立ち寄る港の、倉庫の一角。

その暗さに紛れ込むように、オレはその倉庫の勝手口を開けた。


暗い倉庫の中。


二階の奥に灯りが見えて、媚を含んだ艶かしい声が反響している。
その声の主の、姿がありありと想像できるくらい、オレは毛穴が泡立った。

オレがメールを受信してから、既に2時間。
その前からヤられていたとしたら、最低でも3時間はこの状況下にいることになる。

瀬崖のことだ。
アイツは、クスリの密売まで手ェ出してるから、千陽に打ったに違いない。

千陽が普通の状態で、ヤられてるハズもない。

極力、足音を響かせないように、鉄骨で組まれた階段を、ゆっくり登る。
左手で拳銃の柄を握りしめて、徐々にその視界が明るくなっていった。


「……ぁあ、あっ……あ……んぁあっ」
「オラ、まだ限界じゃねぇだろ、ポリ公。もっと腰を振れよ」
「……や……やぁ……」


いつもオレがあれだけ抱き潰しても、決して折れることなく強い目でオレを見返していた千陽が。
顔も体も紅潮させて、微睡んで視線のあわない目つきで、嬌声をあげる。

それでも千陽は。
力の入っていない左手で、必死に抵抗して。

押さえつけられている体を捩っては、その苦痛から逃れようとして。


………こんなこと滅多にないのに、オレの体が……動かなくなった。


後悔と怒りで頭がサーッと冷たくなって、生唾を飲み込む音が、やたらと大きく響く感じがする。


「………す…だぁ………すだ……」


その時、うわ言のように千陽がオレの名前を呼んだ。


体の強張りが一気に解け、ほぼ無意識に拳銃を構えてたオレは、引き金をひいた。



ーパァン。



「ぐぁっ!!」



千陽の中に、必死こいて突っ込んでいた般若の刺青をした男が、大きくのけ反って地面に倒れる。



「っ!!……誰……だっ!!」
「オレだよ。決まってんじゃねぇか」

オレは拳銃を構えたまま、階段を登り切って答えた。

「よう、待ってたぜ?須田」
「オレはもう、お前ェになんざ用はないんだがな、瀬崖」

手首まで鮮やかな刺青を施した男が、静かに、威圧するように声を発する。


いけすかない、蛇のような目をした男……瀬崖だ。


瀬崖は千陽の背後にまわると、その華奢な体を抱き起こして無理矢理に千陽の足を広げた。


引き裂かれた警察官の制服。

腹には白濁した液体がかかって……。

止めどなく、終わりが見えずに、犯されて、イかされて。

その目は、快楽に打ちのめされたようにトロンとしているのに、微かにその表情を歪める。


「………ぅ……あ」
「ほら、何て言うんだ?ポリ公。さっき教えたろ?お前がうわ言で、呼んでただろ?ほら、言えよ」


そう言った瀬崖は薄笑いを浮かべて、千陽の太腿をさらに広げて、紐で先の方を固く結ばれたペニスをしごいた。


「………あぁ……や…やぁ……」
「何て、言うんだ?ポリ公」


瀬崖の右手には、警察官の千陽に支給された回転式の銃が握られ、その銃口が右胸に当てられる。


千陽の体が小さく、震えた……。


「……は…はや……く。入れ…てぇ………。こ…こに……デカい………チン……ポ………入れて……」


涙を……流して……。


苦しそうに、切ない顔で、千陽が言った。


気が強いのに、ちょっとやそっとじゃ折れないヤツが………クスリを使われて、不本意な形で支配されて。


………でも、その目の奥は……まだ……。

千陽の強い面影があった。



パァン……!



倉庫の静かな空気を、乾いた軽い音が引き裂く。

瀬崖はよく、オレの拳銃を馬鹿にしていたなぁ。

「若頭のくせに、オモチャみてぇなチャカ持ってんな」って。


瀬崖の言うとおり。

オレの銃は軽いから、殺傷能力はほぼ皆無だ。

ただ、真芯に当たれば………軽くても十分なんだよ、瀬崖。

それの放った銃弾は、真っ直ぐな軌道を描いて、吸い込まれるように瀬崖の右目を貫いた。



「がぁっ!!」



弾かれるように瀬崖の体が後ろに倒れ込み、その反動で千陽の体が横っ飛びに吹っ飛んだ。


よかった……。

これで、千陽を地獄のようなこの状況から救える。


「ゴラァ!テメェ、須田ぁ!!お前ェ、組長になんてこと!!」

背後から怒号が聞こえて、瀬崖の側近の若頭がオレの胸ぐらを掴んで殴りかかってきた。

「……アイツが、この組継いだ時点で終わってんだよ!!この組は!!」
「ンだと、ゴラァ!!」
「終わらせんだよ!!こんな組!!その辺のゴマンといる組と同じだ!いらねぇんだよ!!」

啖呵を切った、その瞬間。

脇腹が、熱を帯びたかのように熱くなった。

鋭い刺激が、急速に広がって………オレの中から、エネルギーが溢れ落ちる感覚がする。

オレは、視線をその方向に向けた。



………しくったな、ヤラれた。



刺されちまった………。



「勝手なコト抜かしてんじゃねぇぞ?!あぁっ?!」


そいつが大きく振りかぶった手の先には、倉庫の僅かな灯を反射した短刀が握られている。


………やべぇ、無理だな。


ちゃんと、千陽を救い出せなかった……な。


でも、どうか………。


神様がいるか分からない。

いなけりゃ、親父っさんでもいい。


今まで真っ当に生きたことはないけど。

人生で、たった一度だけ。


今、この瞬間……願いを叶えて欲しいと思った。


叶うことは、ないくらい無理な高望み。

高望みだけど………。



………千陽を、助けて欲しい。



…どうか、どうか………どうか………!!




パァン……。




背後で破裂音がして、ほぼ同時に。


目の前にいた若頭が、大きく弧を描いて弾き飛ばされた。
額には赤い傷があって……一気に血が吹き出す。


「………千陽っ!?」
「………あっ……あぁ」


振り返った先には、拳銃を握って震える千陽がいた。


打った衝撃で、体の震えが止まらないのか。

恐怖の残像が消えずに、怯えているのか。

小さく早い呼吸が、千陽の不安定さを物語っている。


たまらず、千陽に駆け寄った。


左手が強張って、中々拳銃が手から離れない。

オレは強引に拳銃をその華奢な手から剥がすと、その震える体を強く抱きしめた。


抱きしめてないと、千陽が壊れるんじゃないか、って。

崩れて、無くなってしまうんじゃないか、って。


そう思って、キツく強く、腕に力を込める。


「………す、だ……俺……。すだぁ……」


オレの腕の中で、小さなガキのように、泣いてオレの名前を呼ぶ千陽が、ひどく弱く感じた。


………オレにだけ、見せた……弱い、千陽。


もう………2度と、その体を離したくなかったんだ。


「オレと、逃げようか……千陽」
「………うん………うん」


千陽が2度と、こんな顔をしないように。

オレは千陽のために、すべてを捨てようと決心した。











✳︎✳︎✳︎

小さな、小さな家の窓からは、エメラルドグリーンの海が見渡せる。
だいたいの日は、ビックリするくらい平和で。
この海のように凪いでいて。
俺は、海からの潮風を体中で感じて、スーパーカブのエンジンをふかした。
舗装もまばらな道を、ハンドルをとられないように、カーキ色のカブを走らせると。
あっという間に、島で唯一の雑貨店にたどり着く。

「マヤ!配達ある?」

その店の奥には、ガッツリ日焼けをしたヤクザのヤの字も感じさせないくらい変貌した須田の姿があった。
髪が伸びて、それを一つに束ねて。
Tシャツにサンダルというラフな格好でさ。
もともと堀の深いイケメンな須田は、パッと見、現地の人と変わらない。

「オレリアさんとこに、パンとハチミツを持ってってくんねぇか?」
「了解!!」
「ハル。いい加減そのクセ、やめろよ。いつまでもポリ公みたいじゃねぇか」
「ごめん、ごめん。じゃ、行ってくる」

俺は須田から荷物を受け取ると、カブの荷台にそれを詰め込んだ。

「気ィつけろよ」
「分かってるよ!」

そう言うと、俺は再びカブのエンジンをふかして、風を切って走り出す。











刺青のヤロー達に輪姦わされて、俺は死を覚悟していた。


………終わることなく、次々に犯されで。


もし、生きて帰れることがあっても、まともに生きていけるか………正直、不安だったから。


混乱、混濁する意識の中。


須田の声が聞こえて、感情の渦に溺れていた俺の視界が、急にクリアになった気がした。


ムカつくマル暴に、馬鹿みたいなことを言わされても。

突きつけられた俺の拳銃の銃口が、狂いそうになるくらい冷たくても。


妙に……安心して。


〝きっと、須田が助けてくれる〟って………変な自信があったんだ。


そう思った瞬間、乾いた音が響いて。


俺を辱しめていた男が、俺の体から弾かれるように飛んでいく。


頭はグラグラするくせに、視界は妙にクリアで。


俺は、須田が安心したように顔を崩して笑う姿を確認していた。
その背後に、別なマル暴が現れたのも………。



無我夢中で。



須田と男が取っ組み合ってるのを、止めなきゃって必死で。
俺の後ろでぶっ倒れている男の手から拳銃を取り戻すと、膝の上に左手を固定して………。


なんの躊躇もなく、引き金をひいた……。


後にも先にも、人を殺したのはあの時だけだ。


打った弾丸は、目印でもついていたかのように、その男の額に命中して。


………鮮血が舞い散る。


震えが止まらない俺を、傷を負ってキツいのにもかかわらず。


須田は俺を強く、強く、優しく、あったかく………。

抱いて、抱いて………包んでくれたんだ。


「オレと、逃げようか……千陽」


その言葉が、どんなに嬉しかったか………。


人を殺して、警察官としての支えを失った俺を。

輪姦わされて、身も心も無くしてしまった俺を。

須田は………俺に残された、最後のHigh Hope。


その時、今まで叶うことのなかった、唯一叶ったHigh Hopeとなった瞬間だった。


それからの須田の行動は、とてつもなく早かった。


あっさり外国船籍を手配すると、俺を連れて船に乗り込んだ。
途中、支給された警察官の証をダンボールに詰めて、人伝いに返却して。
俺たちは長い時間をかけて、この小さな南の島にたどり着いた。

元々は有名私大卒の須田は、語学も長けていて、あっという間に小さな雑貨店を開業する。
俺はと言うと、店の手伝いで配達をしたり、サーフィンを始めたり。

日本にいる時とは、180度異なる生活をして………。


隠れて生きているはずなのに、かなり充実して生きている。


たまに、母さんのことが心配になるけど……。

ニ課長の鋭い眼差しや、交番長の柳のような物言いも。


全てが、昔のことのようで。


夢の中の出来事、みたいで。


俺は、後悔なんかしていない。


今を、須田と一緒に生きる。


ただ、それだけで………。


俺は、すべての高望みを凌駕するんだ。
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