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78,チャーム。

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 ごろつきとムッサを縛り上げて、村長の部屋に座らせていた。
 ことの経緯はガブリエル、ユリ、村長には説明してある。さすがに観念したのか、目の前でムッサにされたことをガブリエルたちに話しても、ムッサはなにも弁解はしなかった。
 
 「しかしムッサたちが口止めの為にこの村に来ていたにしても、裏で手を引いているのは誰なんだろうな」
 ガブリエルがそう言い、首を捻る。
 「……実はあのあと、湖でこんなものを見つけました」
 それは商会の紋様の入ったエンブレムだった。
 「恐らくは馬車についていたものと思われます。証拠隠滅の為に馬車を破壊して、このエンブレムだけが残ったのかもしれません」
 「どこの商会のエンブレムなのでしょうか」とユリが言うと、村長が「ちょっと見せてください」と立ち上がった。

 「これは、私たちが数か月前に湖で見かけた馬車についていたものと、同じものです。間違いありません」
 「私も見て良いだろうか」と、ガブリエルが立ち上がる。
 村長の手からガブリエルのもとへとエンブレムが渡り、しばしの静寂が流れる。
 「フレッシャー商会のものだな。街で見かけたことがある」

 ガブリエルがそう言うと、それまで微動だにしなかったムッサが、ぴくりと身体を震わせた。
 
 「……ということは、フレッシャー商会が今回の黒幕、ということですか……?」 
 蒼ざめた顔をしたユリが、そう呟く。
 「そうなるな」とガブリエル。「湖の汚染、村民に病を振り撒くという所業、さらには口止めの為にごろつきを差し向けた……。とてつもない汚職だ。裁判は免れんだろう」
 「フレッシャー商会と言えば、かなりの大企業ですよ。こんなことが発覚したら、とてつもない大騒ぎになるんじゃないですかね……」
 事態の大きさが怖くなったのか、ユリがそう声を震わせる。
 「国全体を揺るがすほどの騒ぎになるのは間違いないだろう。フレッシャー商会は倒産は免れない。それに、商会長や役員たちは、投獄されるかもしれない。だが……」
 と、ガブリエルはそのとき、思いがけないことを言った。
 「さらに騒ぎになりそうなのは、この事件を解決に導いたのが、ここにいる第四階級の涼くんだということだ」 
 自分の名前が急に上がったことで、つい、反応も出来ずに息を飲む。
 「確かに……」と呟いたのは、ユリだ。「“沈黙の呪縛”を治癒したのも、湖の水質を浄化したのも、ごろつきを倒したのも、すべて涼さんですよね……。第四階級のひとは冒険すら出られないと言うのがみんなの思い込みですから、この活躍を知ったら、きっと、大騒ぎになります……」
 「本来はB級へ昇格するための試験だったのだがな……。涼くんの活躍次第では私も強く推そうと思っていたが、もはや合格どころの話ではない。A級冒険者のあいだでもかなりの騒ぎになるだろう」
 「しかも、美味しいお酒まで私たちに振る舞ってくれましたよ。あのお酒も、人生で飲んだなかで一番美味しかったです……!」
 「私もあの酒はかなり美味しいと感じた。いずれにせよ、今回のことで涼くんが世間の注目を集めるのは間違いないだろう」
 
 そのときのことだ。
 部屋の端から静かな笑い声が響き、それは次第に、大きな高笑いと変わった。
 笑い声の主は、ムッサだ。

 「……くくく。仮にそうだったとして、お前ら、証拠はあるのか? 誰がどう話そうが、私たちは決して口を割らない。フレッシャー商会という超大手企業と、第四階級の下賤な冒険者。世間がどちらの言うことを信じるかは目に見えている。お前らがいくら愉快な未来を空想しようが、それは所詮、絵にかいた餅だ」
 
 なにかしら厳しい契約でも交わしているのか、それとも、弱みでも握られているのか、ムッサの後ろにいるごろつきたちも唇をきつく噛みしめ、絶対に口を割らないという風を表現している。
 ガブリエルやユリが証言してくれるから、ムッサに襲われたことは証明できるだろうが、この村の病にフレッシャー商会が関わっているというところは、どうやっても証明が難しい。今のところは、これといったはっきりとした証拠がない。
 
 「どうしても、自白はしてくれませんか」
 と、俺はムッサに尋ねる。
 「口を割る気はない」
 ムッサは断固、そう返す。
 「では、無理やり口を開かせるしかありませんね」
 「……拷問する気か?」
 空気が冷ややかになり、ガブリエルが思わず、腰を上げた。 
 「いえ、そんなことはしません。代わりに“チャーム”を使います」
 「……チャーム?」
 と、全員が口を揃えてそう言った。

 「以前、リリス・ナイトシェイドと関わったことがあって、その関係で俺は”チャーム“が使えるんです。裁判があったとして、全員の前でムッサにこう言えば簡単です。”真実を話せ“と。あとはムッサが自分からフレッシャー商会の悪事を話してくれるでしょう」
 「ちょっと待て、なぜ”チャーム“が使えるんだ……?」
 と、声を荒らげてそう問うたのは、ガブリエルだ。
 「ええと……、なぜ使えるかは言えないのですが、とにかく使えるんです……」
 「君はあまりにも多くのスキルが使えるな。いったい、なにがどうなって、そんなことが出来るんだ……?」
 「それについては、いずれどこかで詳しくお教えします。……とにかく、今はムッサの件を片づけましょう」

 俺は立ち上がってムッサの目の前まで行く。全員が見守る中、ムッサの前に膝をつき、その顔の前に手を翳す。

 「はったりだ。お前が“チャーム”を使えるはずがない」
 さすがに恐怖はあるのか、そう言ったムッサの声はかすかに震えている。
 「使えるかどうか、すぐにわかりますよ」
 「あり得ないな。いくらなんでもそれほど多様なスキルを使えるなんて、あり得ない」
 「……”チャーム“」
 
 かすかな光が掌から溢れ、それがムッサの顔の奥へと浸透してゆく。

 「……これから俺のする質問に対して、お前は”本当のこと“を話さなくてはならない。わかったか?」
 じっと一点を見据えたムッサは、口を半開きにしたまま、頷く。
 「お前はフレッシャー商会の差し金でこの村にやってきた。イエスか?」
 「……イエス」
 「この村の湖を毒素で汚染させたのは、フレッシャー商会か?」
 「……イエス」
 「これらの話を、裁判のときにも同じように証言出来るな?」
 「……はい」

 俺がチャームを解くと、ムッサは糸の切れた人形のように、頭を胸の前に投げ出した。

 一連の流れを見ていたガブリエルが俺の肩をぽんと叩き、

 「もはや君がなにをしても驚かんな」と言った。「……ここからは私が引き継ごう。今から国の上層部に掛け合ってムッサを連行させる。……お手柄だ。B級試験は必ず私が合格にさせる」




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